古さと場数は海ではおなじ

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日本郵船歴史博物館再開館まで…あと一年とすこし!!!!
企業・組織擬人化で好きなやつ、「親権の主張」かもしれない
ちきゅうくんに親権(?)を主張しつつも、やっぱり他組織の子(よそのこ)なので「ちきゅうくん…」とちきゅうに語り掛ける郵船さん
#過去メモ
自分が書いた重要めの文章はupnoteに適宜コピペしているのですが、まあそれが面倒でしばらく抜けている場合もあります…
メモ魔なので最近そのことにもやもやしている
ここで言及するか悩んだのですが、フォロワーさんが『春のまひる』のPOP(書店のあれ)を描いて下さり、Blueskyに投げて下さったのでRPしてます。私のブルスカアカウントを見てね…

なる先日の投稿ですが、別に変に遠慮する必要もないのかなとリンクを貼らせて頂きます……(悩んだ、というのはリンクを貼られて嫌だと思う絵描きさんもいるっちゃいる…という悩みでした)。
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有難い……

七五三の「碁盤の儀」って、船で言えば進水っぽいですよね
いや進水を誕生と考えるなら違うんだけど 地に落ちたつ人間という点では…

船擬のこと便宜上「船霊」呼びする時があるけど、その世界線にも船霊という言葉と正しい定義があり、つまり競合してしまうため、その世界線では別呼びだと思う
艦船擬人化は基本的にSFというか「船にそれぞれ人間のうつしみをした存在が居る世界線」の話なんだけど、世界線の細かな設定、実在性とか理論みたいなものは深堀する気はあまり無くて(この世界にはうつしみをめぐる特殊な法律があるはずだ…云々。もちろんそういう話も好きだが) でもなんか土着土民と言うか、神道や民間風俗から発達している感じの話は描きたい気持ちは多少ならある 桜の枝を髪にさしたり碁盤の上に立っているような感じの なんだかんだ船霊亜種なので…
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『湯浅政明大全』再復刊時に通知が来るように設定してあったので、メールが来ました。
爆速で注文してしまった……
湯浅政明大全 Sketchbook for Animation Projects

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特設艦船とマックスに失礼だろ
ペーパーよい コミティア楽しみすぎる
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ここで言及するか悩んだのですが、フォロワーさんが『春のまひる』のPOP(書店のあれ)を描いて下さり、Blueskyに投げて下さったのでRPしてます。私のブルスカアカウントを見てね…
『春のまひる』本当に良い コミティアよろしくお願いします
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本級や、“あるぜんちな丸”級,日本郵船の新田丸級らを「戦争により薄命に終わった悲劇の美女たち」といった表現で現わす例が多い。それはそれで間違いではないのだが、この時期特に政府の補助を受けて建造された多くの船舶は、いずれも戦争への投入を前提としたボランティア・フリート的な性格を強く持っていた。つまり戦争がなければ生まれ来ることはなかった特殊な存在であることもまた確かなのである。

/小林義秀「報国丸クラスの航跡」『世界の艦船 1998年2月号 No.535』
ペーパー集って何?
今回は様々な特殊紙に印刷されたペーパーを、ペーパーファスナーで綴じる形です!我ながら形態が謎。

こんな感じです(画像は自宅印刷の仮組で、実物のペーパーではありません)

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デリックポストが白色のまま…泣
2/22コミティア155でペーパー集(?)を頒布します

船舶擬人化創作漫画同人誌『春のまひる』の副読本…ならぬ副読ペーパーです。
「擬人化漫画の副読」という体裁ですが、だいたいは「最近入手した紙ものが良い!このままだと破産する」という話です ホントそれだけ

#「春のまひる」(船舶擬人化)
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『慰霊と顕彰の間』で「議論が非常に抽象化・観念化している」「生身の人間が見えない議論というのがすごく多い」とあって、これはもう、自分が当事者でない以上仕方ない面があって、この抽象化・観念化への抗い、当事者ではない自分が当事者になるための、生身の人間を「再発見」するための手法としてのフィクション(ここでいうのなら大戦期の戦争のフィクションになる)がある と最近は理解し始めた
 やはり今思っているのはですね、この論文では一番最後に書いたことですが、最近の靖國は非常に危険な領域に入ってきているように思います。危険というのは、軍国主義の危険とかそういうことよりも、議論が非常にこう抽象化・観念化していっているのですね。要するに私もそうだったわけで、地に足がつかない議論が非常に多い。つまり理想というものはある程度追っていかないといけないでしょうが、ただ、やはりいろんな側面を見てますとですね、何と言うんですかね、生身の人間が見えない議論というのがすごく多い、という感じがします。
 それで、昨年私が論文でも取り上げたAさんBさんといった方々と面談したわけですが、実は今年になってAさんから電話があって、「先生、お元気ですか、お会いしたいですね」と仰しゃるんですね。向こうからですね、不意に。私としては嬉しいことですね。フィールドワーカーとしては嬉しく感じるものですが、何か話したいというより、顔がみたいというのです。「じゃあお会いしましょう」ということで、ちょうど永代神楽祭で靖國神社に来られるというので待ち合わせましてですね。まあ経済的にもそんなに裕福な方じゃないんですけれども、「今日は私に出させてください」と仰しゃるので天ぷらそばを御馳走になったりですね。そんなことがあって、その時はもう調査の面談ということではなくて、いろいろ身の上話などお聞きしたのですが、そういう会話の中から見えてくるものっていうのは、何というか、政治レヴェルの議論とは非常に違う世界なんですね。
 それからまた、私がかつて学生時代に仙台で下宿をしていた時の大家さんが、いわゆる戦争未亡人で、息子さんを御自身で育てるために、御主人の没後に下宿業をやっていた方でした。この方なんかはですね、別に思想的に反靖國ってわけじゃないんですが、要するに「お上が祀る神なんて自分には関係ないし、生活するのが精一杯よ」という人たちで、靖國神社にも行かないわけです。だから、逆に自分から永代神楽祭に申し込む方たちというのは、どういう人種なんだろうという関心から、何人かに面談してみたんですね。すると、これもまあ、決して右翼でもガチガチのナショナリストでもない。本当にごく普通の方々がいろんな動機や事情でこう関わっている。まさに、それぞれの個人性なんですね。
 そういったものを見ていったときに、一人一人を見るとですね、やはり亡くなった人を弔うことの中で自分自身が救われるというような方もいるし、これが靖國神社である人もいれば、そうじゃない別の人もいるということで、そこの個性は非常に多様だと思います。そういうものを、こう何というか、抜かしてしまう議論は危険だということですね。それは反靖國の立場の論者にもいえる話なんですね。で、だからやはり最後は、個人の一人一人に目を向けていったときに見えてくるものが大切になる。靖國の英霊と聞いたときに、それを「あの子」「あの人」「あいつ」というように受け取れる人たちですね。
 ところが「あの子」と呼ぶようなお母さんというのは、もういなくなっちゃった。そして「あの人」というと奥さん、「あいつ」といえば戦友ですが、そういう人たちも少なくなって、そうなると、すべてが抽象的な政治的レヴェルの議論になっていく。そういうある意味では危険なというか、新しい段階に入っている。そこでかつてのように、個と集団との緊張関係を取り戻すにはどうしたらいいかということは、よくわからないのですけれども、やっぱりそういう人たちの想いや信仰に立ち返って、それを大事にしていくことが重要ではないか。靖國神社の中でやってきた営みというのは、そういう緊張関係の根っこにある独特の救済構造に支えられている。それを明らかにしたい。たぶんそれは単なる好奇心だけではなくて、自分自身の生き方の問題としてでもある。まあ、こんなことにですね、考えを巡らせてきたということです。

/『慰霊と顕彰の間』「危険な領域に入る靖國論争」
ギョギョ〜ッ!この灰色の細長い子は、九三式魚雷ちゃん!とーっても強そうですね〜〜!!炸薬量と雷速に優れた素敵な子で、大戦当時に運用できたのは、日本海軍だけだったそうです〜!すごいです〜〜〜!!キャーッ見てくださいこの先端部分!ここには480gもの炸薬が入っているんです!この炸薬で敵を殺 #過去メモ
文学に何ができるかを考える人間だけど、物理で解決できるものは物理で解決すべきなんだよなあ
戦艦土佐のくす玉が割れないことを美麗な言葉で形容して、あの戦艦の自沈を悼む……のもいいが、実際に必要とされているのは次の艦では失敗しないくす玉を設計をすること、みたいな
#過去メモ