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2026年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
いろいろな人生(いろいろな人間)
私の被迫害意識や孤独や生きづらさや馴染めなさ世界一般との摩擦というものを植民地主義や近代という歴史そのものに投影していないかと聞かれると、明確に否を唱えられない…のが悔しい
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#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
口之津出身のある老女は、生々しい感情がこもる、鮮明な記憶にもとづいて、生まれ育った世界から地獄に突き落とされたこと、船員の目を盗んで、船から、地獄から必死で逃れようとしたことについて回想している。
/「第9章 人身売買」『阿姑とからゆきさん』
2026年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
対象が好きなことと対象を批判精神を持って論じることは両立するものだが、それ以上に対象は私の所有物ではない他者なので寄せ過ぎず、引き過ぎずにいきたい気持ち
いわゆる愛のある叩き、みたいなものを見ると、好きとはいえ/欠点があるとはいえ、他者を叩くことで自己の何かを表現してもな、という… #過去メモ
いわゆる愛のある叩き、みたいなものを見ると、好きとはいえ/欠点があるとはいえ、他者を叩くことで自己の何かを表現してもな、という… #過去メモ
でも、だんだん傾斜していってこの先かならず沈みゆくのが決まっている軍艦の上で、艦が波を引き込む瞬間に巻き込まれるかあるいは数十時間海に漂い力尽き自分も死ぬかもしれないことをこの時だけは忘れて万歳を叫び、この一瞬の生と訪れるかもしれない永劫の死を大勢の人間と共有するの、劇的だよなあ #過去メモ
※空母瑞鶴の話
※空母瑞鶴の話
善の希求、というと陳腐な形容になるけど、そういうものを維持し続けることをよく考える
▼善ってなんだよという話だし、それが存在したとして希求する方法は何通り何十通り何百通りある…が つまるところまあ問いかけ続けることですよね…
▼「「善の希求」(要定義)を歴史という方向から貫いていく」時に、擬人化というか、概念や観念を手法にするのは有効だとおもう
#過去メモ
▼善ってなんだよという話だし、それが存在したとして希求する方法は何通り何十通り何百通りある…が つまるところまあ問いかけ続けることですよね…
▼「「善の希求」(要定義)を歴史という方向から貫いていく」時に、擬人化というか、概念や観念を手法にするのは有効だとおもう
#過去メモ
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森崎和江の著作の中で炭坑の女性が「(生理中に炭坑に入るなという禁忌があるが一体それがなんだというのか)人間は信心ではなく自分の意志の問題だ」というのに「それでも神さまさえ地の底にいる私を見つけられなかった」と泣くシーンがある 『現代思想』森崎回の対談でその一節に触れ、「意志」という言葉は村や炭鉱の民衆の生活用語ではない、いわば「近代的」な単語であるが、"神さまが見つけられない"と涙するのを見るに、この「意志」は近代合理主義の迷信批判とは無縁のところにある、民衆世界のギリギリの臨界から生まれた彼女の尊厳の表現なのでは、という指摘が示唆に富んでいる
▼ありていに言えば「意志」という言葉の使い方や使われる文脈にズレがある、ということなんだろうけど
関係はないけれど、これはSNSをやっているとよく感じる…私が「意志」とある文脈で言っても、人がそれを読んだ時に理解する「意志」は、絶妙に異なる
▼この炭鉱の女性はいかにして「意志」という言葉と出会って、自分の定めを指し示すものとして選び取ったのだろう?
▼ありていに言えば「意志」という言葉の使い方や使われる文脈にズレがある、ということなんだろうけど
関係はないけれど、これはSNSをやっているとよく感じる…私が「意志」とある文脈で言っても、人がそれを読んだ時に理解する「意志」は、絶妙に異なる
▼この炭鉱の女性はいかにして「意志」という言葉と出会って、自分の定めを指し示すものとして選び取ったのだろう?
美術と政治とをきりはなすことの要求は非政治的にみえて実はきわめて政治的である
/『在日朝鮮美術家画集』1962年、97頁。孫引『美術手帖』2019年12月号、42頁
/『在日朝鮮美術家画集』1962年、97頁。孫引『美術手帖』2019年12月号、42頁
死んでくれと言えず言われずオフィーリア あなたはあなたのままでいいのよ #短歌
#読んだ
岡真理『記憶/物語』
岡真理『記憶/物語』
誤解を避けるためにつけ加えておかなくてはならない。「軍事大国」化を支えたのが養蚕家や製糸工女たち(あるいはひろく農民や労働者たち)であったというとき、そのことは「軍事大国」化のためには彼らの犠牲的献身は「やむを得なかった」ことを意味したり、ましてや彼ら自身が「お国のために尽そうとして」ひたすら苦しい条件のなかで繭や生糸をつくり続けたということを意味するのではない。
もちろん、為政者や資本家など総じて支配する側にある人々は「蚕糸は国の礎」と説き続けることで苛酷な収奪を(おそらく自らに対しても)合理化していたし、そうした国家主義的イデオロギーが様々な形で農民や労働者の内面を支配していたことを軽視することはあやまりであろう。にもかわらず、極めて明瞭であるのは、至極あたりまえのことではあるが、繭をつくり糸を繰るのは自分たちの生活のためだったのであり、生存可能のギリギリの水準において必死に生活をまもろうとした人々こそが、養蚕製糸にかりたてられていった人々の大部分であったということである。そうした人々の必死の労働の成果が「軍事大国」化に動員されていったというところに、日本の《近代》のもつ、いわば最も荒涼とした意味があらわれているのだ。
/『繭と生糸の近代史』
#近代 #「渺渺録」(企業・組織擬人化)
もちろん、為政者や資本家など総じて支配する側にある人々は「蚕糸は国の礎」と説き続けることで苛酷な収奪を(おそらく自らに対しても)合理化していたし、そうした国家主義的イデオロギーが様々な形で農民や労働者の内面を支配していたことを軽視することはあやまりであろう。にもかわらず、極めて明瞭であるのは、至極あたりまえのことではあるが、繭をつくり糸を繰るのは自分たちの生活のためだったのであり、生存可能のギリギリの水準において必死に生活をまもろうとした人々こそが、養蚕製糸にかりたてられていった人々の大部分であったということである。そうした人々の必死の労働の成果が「軍事大国」化に動員されていったというところに、日本の《近代》のもつ、いわば最も荒涼とした意味があらわれているのだ。
/『繭と生糸の近代史』
#近代 #「渺渺録」(企業・組織擬人化)
「戦後二十五年,延々と私達の主体は心ある日本人の鏡の役でしかありませんでした」。ここで指摘されているのも,いい日本人をつくるための鏡として在日朝鮮人がずっと設定されてきており,朝鮮人に対して親切にすればいい日本人,差別した人は悪い日本人,という構図なわけです。こういった構図のなかでは朝鮮人自身が主体となることはありませんし,朝鮮自体が抱え込んでいる問題がともに解決すべき問題として共有されることもありません。つまりマジョリティたちを照らしだすための鏡としてマイノリティが利用されていることについて厳しく指摘されているわけです。この指摘は最近になってなされたものではありません。講演のなされた1971年に既に指摘されているものです。
/藤井たけし「帝国の養女の里帰り」
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
/藤井たけし「帝国の養女の里帰り」
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
絵は油断すると歪む、あとリアル画風は目指さない方がいいかも 永遠の憧れのままでいる
500円の金メッキの指輪を使ってる企業擬人化……「こういうのはわかる奴にはわかる」と偽装にもかかわらず高い指輪を使っている企業擬人化……人間から「偽装しろ」と渡されてなぜか変な空気になる企業擬人化……「『まっとうな人間』の証」と言われそれを着けていることに複雑な心境になる企業擬人化…… #過去メモ
「おそらく平均あるいはそれ以上の収入のある両親のもと育てられ、悪くない成績で大学を卒業、28歳ほどで結婚して今は父なのかもしれない、自社での評価も悪くないと聞く、身なりも良い、だから今日は弊社との商談の立ち会いに来たのだろう」と結婚指輪を見られながらそう人間に思われている企業擬人化 #過去メモ
ブログみたいな長文記事を書かなくなってひさしく、自分の思考を長文で書くことをわすれはじめている。
漫画屋なので問題ないかもしれないが
漫画屋なので問題ないかもしれないが
このてがろぐとは別に知見メモてがろぐがあるのだけど統合したい……なるべく分けないようにしたい
絵 難しい まあいいけどね…










◆分類【 思念・思索 | 長文 | 引用 | 感想 】
◆創作話【 「渺渺録」 】