船舶擬人化創作漫画同人誌『春のまひる』(2026/2/22発行)の解説文「「春のまひる」解題」です
今の世では「地獄船」と呼称されることとなった貨客船・鴨緑丸をえがくにあたって思慮したことへの言及となります
#「春のまひる」(船舶擬人化)

「春のまひる」解題
我らが主人公、大阪商船・日満連絡船(日本-「満州国」間の連絡航路)の貨客船「鴨緑丸」は1937年に進水した。和辻春樹技師によるスマートな船体と瀟洒な内装が評判となった。この3か月後には盧溝橋事件が勃発し、日中戦争へと発展した。この戦争は1941年に発した太平洋戦争に敗戦する1945年まで終わる事はなかった。日本海運は太平洋戦争でほとんどの船を失ったとされるが、特記すべきはその太平洋での戦争の前に4年間の戦争を行っていたことである。中国大陸へ行くのは軍隊だけではなく民間人も同様だったから、神戸-大連間航路は引き続き維持された。それでもいくつかの船は徴用されすでに軍務へと就いていた。報国丸やあるぜんちな丸などの新鋭の大型貨客船が大連航路に投入されたのは、対外情勢の悪化による外洋航路の終焉と、来たるべき運命に備えての優秀船の安全保持のためだったとされる。
1941年12月8日、日本海軍にとって運命の日であった真珠湾攻撃は、日本商船隊にとっても運命そのものとなった。船らは同じ海を往くものとして、軍艦同様に兵役に就くことになる。
アフリカ航路から大連航路へ転属した報国丸は1941年に海軍に徴用され特設巡洋艦となった。一切の商業航路に就くことのなかった愛国丸もまた同様に竣工後に特設巡洋艦となった。ぶゑのすあいれす丸は陸軍輸送船・同病院船となった。またりおで志やねろ丸は特設潜水母艦となった。ぶら志る丸は空母への改造計画があったもののその機会を待たずに雷撃にて没したため実現しなかった。あるぜんちな丸は航空母艦へと改造され空母海鷹となった。黒龍丸は陸軍の輸送任務に使われた。ばいかる丸は徴用され再び陸軍病院船となった。
鴨緑丸は1944年12月、陸軍の兵員輸送船の一船としてマニラにあった。将兵と搭載物を下ろし、付近の日本民間人と遭難した船員の合計1900人を乗せて日本へ折り返す予定だった。と同時にマニラ周辺の捕虜収容所にいた捕虜1600人を日本へ輸送する任務を負っていた。なお鴨緑丸の旅客定員は805人であったから、客室から船倉まで一杯に乗員らは収容された。
マニラ出港後、鴨緑丸は敵艦載機20機に発見され、ロケット弾6発と500ポンド爆弾一発の直撃を受ける。また機銃掃射や至近弾に晒され、船体や吃水下に破口が生じ、浸水。鴨緑丸は沈没を避けるために海岸に擱座させられる。乗員は船を退避。輸送船鴨緑丸は、最後、陸上の乗員たちが見守るなか傾斜を増し、身を猛火に包まれながら覆没した。かつての日満航路の花形客船の勇壮なる戦没である。
以下、捕虜について述べる。先述の航空攻撃では280人が犠牲となった。生き残った捕虜1300人は再び捕虜収容所に送られ、この後、別の船で再び日本へと向かうことになる。とりわけ日本の輸送船に起きた致死的な過密状態、圧死や衰弱死、捕虜への虐待、病死、あるいは敵航空機の攻撃等で、最初に居た1600人は、終戦時に日本の捕虜収容所から解放された際には350人となっていた。
この事象はいわゆる連合国側から「地獄船」と呼ばれ、戦後に深刻な戦争犯罪として処罰された。鴨緑丸の名は地獄船の代表格として記録されている。
この物語はふねぶねらの「見ざる聞かざる言わざる」で構成されている。あるいは甘美な現実逃避が描かれている。自分たちが一枚下の地獄の一枚上にいると知ってもなお黙っている。徴用を知りながら素敵なディナーを食べている。人殺しは艦艇にでも任せておけ、と貨客船らは言う。我らは戦争など知らぬ存ぜぬことだと言うのだ。美しい我らは美しい世界を維持しつづける。それがギリギリの世界であろうとも、である。来たる運命を予感しながらも抗うことなく受容し続けている。
ふねぶねは運命に抗わない。なぜなら人間に使役されることを生業とし、存在意義としているからだ。人間たちが平時の外洋航路ではなく戦時輸送を欲するというのならその足となるために存在している、ということを彼らは知っている。船らはただ海に存在するためでなく、海での人間の目的の用途のために存在していることを認めている。
つまりふねの生は人間たちの行動をこそ恃みにしているわけで、ふねの未来は私たちが決めるのだ。人類史以来ひとと共にあったふねというものについて私は今一度考えている。ふねぶねらにとってよき航海となるべき海を保つことを私は願い、他の人間たちにもひろく求めたい。ふねのよき航海は人間にとってもよき航海のはずである。
本同人誌は、鴨緑丸が地獄船として記録されている事実と、別の長き航跡もあったにも関わらず地獄船以外の何物でもないとしか思えない現実への怒りによって描かれた。それは戦没船すべてにも言えるだろう。ふねぶねらの「結末」は悲惨である、が、だからといってその悲惨さは、それまでの航跡の意味をかき消さないはずだ。
なお、本書に登場するすべての商船は軍に転用された。ばいかる丸以外の船はふたたび航路に戻ることなく、アメリカ軍による爆撃や雷撃等で敗戦までに戦没、あるいは戦闘で損傷し無用となり遺棄され戦後すぐに解体されたことを明記しておく。
今の世では「地獄船」と呼称されることとなった貨客船・鴨緑丸をえがくにあたって思慮したことへの言及となります
#「春のまひる」(船舶擬人化)

「春のまひる」解題
我らが主人公、大阪商船・日満連絡船(日本-「満州国」間の連絡航路)の貨客船「鴨緑丸」は1937年に進水した。和辻春樹技師によるスマートな船体と瀟洒な内装が評判となった。この3か月後には盧溝橋事件が勃発し、日中戦争へと発展した。この戦争は1941年に発した太平洋戦争に敗戦する1945年まで終わる事はなかった。日本海運は太平洋戦争でほとんどの船を失ったとされるが、特記すべきはその太平洋での戦争の前に4年間の戦争を行っていたことである。中国大陸へ行くのは軍隊だけではなく民間人も同様だったから、神戸-大連間航路は引き続き維持された。それでもいくつかの船は徴用されすでに軍務へと就いていた。報国丸やあるぜんちな丸などの新鋭の大型貨客船が大連航路に投入されたのは、対外情勢の悪化による外洋航路の終焉と、来たるべき運命に備えての優秀船の安全保持のためだったとされる。
1941年12月8日、日本海軍にとって運命の日であった真珠湾攻撃は、日本商船隊にとっても運命そのものとなった。船らは同じ海を往くものとして、軍艦同様に兵役に就くことになる。
アフリカ航路から大連航路へ転属した報国丸は1941年に海軍に徴用され特設巡洋艦となった。一切の商業航路に就くことのなかった愛国丸もまた同様に竣工後に特設巡洋艦となった。ぶゑのすあいれす丸は陸軍輸送船・同病院船となった。またりおで志やねろ丸は特設潜水母艦となった。ぶら志る丸は空母への改造計画があったもののその機会を待たずに雷撃にて没したため実現しなかった。あるぜんちな丸は航空母艦へと改造され空母海鷹となった。黒龍丸は陸軍の輸送任務に使われた。ばいかる丸は徴用され再び陸軍病院船となった。
鴨緑丸は1944年12月、陸軍の兵員輸送船の一船としてマニラにあった。将兵と搭載物を下ろし、付近の日本民間人と遭難した船員の合計1900人を乗せて日本へ折り返す予定だった。と同時にマニラ周辺の捕虜収容所にいた捕虜1600人を日本へ輸送する任務を負っていた。なお鴨緑丸の旅客定員は805人であったから、客室から船倉まで一杯に乗員らは収容された。
マニラ出港後、鴨緑丸は敵艦載機20機に発見され、ロケット弾6発と500ポンド爆弾一発の直撃を受ける。また機銃掃射や至近弾に晒され、船体や吃水下に破口が生じ、浸水。鴨緑丸は沈没を避けるために海岸に擱座させられる。乗員は船を退避。輸送船鴨緑丸は、最後、陸上の乗員たちが見守るなか傾斜を増し、身を猛火に包まれながら覆没した。かつての日満航路の花形客船の勇壮なる戦没である。
以下、捕虜について述べる。先述の航空攻撃では280人が犠牲となった。生き残った捕虜1300人は再び捕虜収容所に送られ、この後、別の船で再び日本へと向かうことになる。とりわけ日本の輸送船に起きた致死的な過密状態、圧死や衰弱死、捕虜への虐待、病死、あるいは敵航空機の攻撃等で、最初に居た1600人は、終戦時に日本の捕虜収容所から解放された際には350人となっていた。
この事象はいわゆる連合国側から「地獄船」と呼ばれ、戦後に深刻な戦争犯罪として処罰された。鴨緑丸の名は地獄船の代表格として記録されている。
この物語はふねぶねらの「見ざる聞かざる言わざる」で構成されている。あるいは甘美な現実逃避が描かれている。自分たちが一枚下の地獄の一枚上にいると知ってもなお黙っている。徴用を知りながら素敵なディナーを食べている。人殺しは艦艇にでも任せておけ、と貨客船らは言う。我らは戦争など知らぬ存ぜぬことだと言うのだ。美しい我らは美しい世界を維持しつづける。それがギリギリの世界であろうとも、である。来たる運命を予感しながらも抗うことなく受容し続けている。
ふねぶねは運命に抗わない。なぜなら人間に使役されることを生業とし、存在意義としているからだ。人間たちが平時の外洋航路ではなく戦時輸送を欲するというのならその足となるために存在している、ということを彼らは知っている。船らはただ海に存在するためでなく、海での人間の目的の用途のために存在していることを認めている。
つまりふねの生は人間たちの行動をこそ恃みにしているわけで、ふねの未来は私たちが決めるのだ。人類史以来ひとと共にあったふねというものについて私は今一度考えている。ふねぶねらにとってよき航海となるべき海を保つことを私は願い、他の人間たちにもひろく求めたい。ふねのよき航海は人間にとってもよき航海のはずである。
本同人誌は、鴨緑丸が地獄船として記録されている事実と、別の長き航跡もあったにも関わらず地獄船以外の何物でもないとしか思えない現実への怒りによって描かれた。それは戦没船すべてにも言えるだろう。ふねぶねらの「結末」は悲惨である、が、だからといってその悲惨さは、それまでの航跡の意味をかき消さないはずだ。
なお、本書に登場するすべての商船は軍に転用された。ばいかる丸以外の船はふたたび航路に戻ることなく、アメリカ軍による爆撃や雷撃等で敗戦までに戦没、あるいは戦闘で損傷し無用となり遺棄され戦後すぐに解体されたことを明記しておく。
◆分類【 思念・思索 | 長文 | 引用 | 感想 】
◆創作話【 「渺渺録」 】