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2026年2月14日(土曜日)の日記
既刊を確認し、コミティア155の搬入を出した。既刊の種類が多いのも問題である。
コミティア、楽しみだな。たくさん頒布の機会があると良いけど……個人的にホールの端、というのがネックである。イベント中には読書とスマホをしないようにしている。集中しすぎて一般参加者に気つかないからだ。なので、風景を模写していることがある。それはホールの端だと難しい……。
お品書きを作って上げた。
報国丸の年表を手書きで作成。ノートを作りつつ読むのが良い。もっと頻繁にやろう。
既刊を確認し、コミティア155の搬入を出した。既刊の種類が多いのも問題である。
コミティア、楽しみだな。たくさん頒布の機会があると良いけど……個人的にホールの端、というのがネックである。イベント中には読書とスマホをしないようにしている。集中しすぎて一般参加者に気つかないからだ。なので、風景を模写していることがある。それはホールの端だと難しい……。
お品書きを作って上げた。
報国丸の年表を手書きで作成。ノートを作りつつ読むのが良い。もっと頻繁にやろう。
2026年2月13日(金曜日)の日記
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』少し読む。
思い立って『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART1』続きから、久々に読む。やはり圧倒的に良い。良すぎて感情を強く揺さぶられて、辛くて続きがサクサク読めない。
フィクション作品の著者が(これは『天冥の標』の小川一水先生だけでなく)自分の属する属性・共同体に負の意味を付与することを時折考える。負、というか、運命的な悪役に近いという意味での負の存在というか。つまり、ある日本人・チカヤの果てとしてある救世群の今・ここのことなんだけど。
でも、小川先生が日本を自分の属する共同体だと考えているのかはわからないし、そもそも負の意味が付与されているのか、つまり救世群の存在は「負」なのかについても保留が必要だと気づいた。
日本の近代が描きたくて、「渺渺録」も着手していきたい。
平日の最後、とにかく疲れた。
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』少し読む。
思い立って『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク PART1』続きから、久々に読む。やはり圧倒的に良い。良すぎて感情を強く揺さぶられて、辛くて続きがサクサク読めない。
フィクション作品の著者が(これは『天冥の標』の小川一水先生だけでなく)自分の属する属性・共同体に負の意味を付与することを時折考える。負、というか、運命的な悪役に近いという意味での負の存在というか。つまり、ある日本人・チカヤの果てとしてある救世群の今・ここのことなんだけど。
でも、小川先生が日本を自分の属する共同体だと考えているのかはわからないし、そもそも負の意味が付与されているのか、つまり救世群の存在は「負」なのかについても保留が必要だと気づいた。
日本の近代が描きたくて、「渺渺録」も着手していきたい。
平日の最後、とにかく疲れた。
2026年2月12日(木曜日)の日記
日記を書いている場合ではない。小説を書こう。
暗がりに陰っているような小説が書きたい。
『天冥の標』1巻、紙で購入。救世群の世代というか世界を超えた宿痾と宿怨、好きだ。好きというとなんとも……だけど。
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』読み進める。良い。
研究書も良いけど、読んでいると単純に脳みそが疲れるので、このくらいのエッセイ集も積極的に読み崩していきたい。
日記を書いている場合ではない。小説を書こう。
暗がりに陰っているような小説が書きたい。
『天冥の標』1巻、紙で購入。救世群の世代というか世界を超えた宿痾と宿怨、好きだ。好きというとなんとも……だけど。
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』読み進める。良い。
研究書も良いけど、読んでいると単純に脳みそが疲れるので、このくらいのエッセイ集も積極的に読み崩していきたい。
2026年2月11日(水曜日)の日記
よく寝た。久々によく寝た感じがある。
私の過去の日記を読むと、文章の口調がなんだかキモいぜ。
ときどき「明日死んでるかもしれないから」と言ってしまうんだけど、冗談でのたまうならともかく、最近は本気で理由や根拠や納得や諦観に使い始めてしまって、いい加減のところで辞めないといけない危ない感情だ。
『ハリー・ポッター』について考えている。というか、レギュラス・ブラックについて考えている。描かれなかった膨大な余白というか、空白について想う。人生にはいくつもの可能性があったこと、(可能性というのは約束された成功という意味ではなく分岐点のこと、)それらが失われて今があること、を、考えている。例えばそこにマグルか血を裏切るものがいて、レギュラス・アークタルス・ブラック、死喰い人としてあなたは彼を殺める。大昔から血と誇りと共に受け継いできたその技術、その魔法で殺める。人間はさまざまな場所で、様々な物語を抱えている。呪文学の腕は、仲間のなかでは一番良かった。
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』を少し読む。イ・ランの「家族という地獄を再生産しない」と「感情のごみ箱(として話し相手になる私)」という言葉遣い、私と同じ人生の文脈に立っている感じがすごい……というとおこがましいだろうか。言い過ぎだろうか。
虚無な祝日こと建国記念日を過ごしてしまった。
#『ハリー・ポッター』
よく寝た。久々によく寝た感じがある。
私の過去の日記を読むと、文章の口調がなんだかキモいぜ。
ときどき「明日死んでるかもしれないから」と言ってしまうんだけど、冗談でのたまうならともかく、最近は本気で理由や根拠や納得や諦観に使い始めてしまって、いい加減のところで辞めないといけない危ない感情だ。
『ハリー・ポッター』について考えている。というか、レギュラス・ブラックについて考えている。描かれなかった膨大な余白というか、空白について想う。人生にはいくつもの可能性があったこと、(可能性というのは約束された成功という意味ではなく分岐点のこと、)それらが失われて今があること、を、考えている。例えばそこにマグルか血を裏切るものがいて、レギュラス・アークタルス・ブラック、死喰い人としてあなたは彼を殺める。大昔から血と誇りと共に受け継いできたその技術、その魔法で殺める。人間はさまざまな場所で、様々な物語を抱えている。呪文学の腕は、仲間のなかでは一番良かった。
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』を少し読む。イ・ランの「家族という地獄を再生産しない」と「感情のごみ箱(として話し相手になる私)」という言葉遣い、私と同じ人生の文脈に立っている感じがすごい……というとおこがましいだろうか。言い過ぎだろうか。
虚無な祝日こと建国記念日を過ごしてしまった。
#『ハリー・ポッター』
2026年2月10日(火曜日)の日記
『ハリー・ポッター』再熱。
シリウス・ブラックはイケメン補正のせいで人気キャラで愛されているけど、最近は彼の人生の報われなさ過ぎに目がいって苦しい。昔初めて読んだ時よりも、歳を取ったので本当にそう思う。
親と喧嘩しまくって学校卒業後すぐ親友をミステイクで失いアズカバン行きで、しばらくしたら実家に籠もらされて、それで挙句に従姉に殺されて死ぬんだよね……?本当にどういうことだ。人生のフリースペースある?
もう取り戻せない人生の可能性、のイメージ。と、いえば『ノルウェイの森』もそうだ。なんとなくリフレインしてしまった。『ノルウェイの森』の冒頭に重なる。『ノルウェイの森』の「どこかに深い井戸がある」と『不死鳥の騎士団』の死のアーチが連なる感覚。
『ノルウェイの森』はトオルも直子も、全体的に人生というボタンを掛け違えていて、世間からズレていて、世俗から隔離されていて、私がちょうど『ノルウェイの森』を読んでいた時期がまさにそんな感じだったので共感してたのかもしれない。学生時代にボロボロになったので買い直した。
日記を書いていこう。毎日ではなく、気軽に。
ハリポタの別アカをXに作りたい。一度作って消したけど……。別アカって、「更新しない罪悪感」が謎に出る。そんなものに罪なんてないはずなのに。
『ハリー・ポッター』再熱。
シリウス・ブラックはイケメン補正のせいで人気キャラで愛されているけど、最近は彼の人生の報われなさ過ぎに目がいって苦しい。昔初めて読んだ時よりも、歳を取ったので本当にそう思う。
親と喧嘩しまくって学校卒業後すぐ親友をミステイクで失いアズカバン行きで、しばらくしたら実家に籠もらされて、それで挙句に従姉に殺されて死ぬんだよね……?本当にどういうことだ。人生のフリースペースある?
もう取り戻せない人生の可能性、のイメージ。と、いえば『ノルウェイの森』もそうだ。なんとなくリフレインしてしまった。『ノルウェイの森』の冒頭に重なる。『ノルウェイの森』の「どこかに深い井戸がある」と『不死鳥の騎士団』の死のアーチが連なる感覚。
『ノルウェイの森』はトオルも直子も、全体的に人生というボタンを掛け違えていて、世間からズレていて、世俗から隔離されていて、私がちょうど『ノルウェイの森』を読んでいた時期がまさにそんな感じだったので共感してたのかもしれない。学生時代にボロボロになったので買い直した。
日記を書いていこう。毎日ではなく、気軽に。
ハリポタの別アカをXに作りたい。一度作って消したけど……。別アカって、「更新しない罪悪感」が謎に出る。そんなものに罪なんてないはずなのに。
暖かい陽気。でも夜は寒い。
『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』引き続き少し読む。普段歴史関係の研究書や戦史のようなものを読んでいると、エッセイは文章に言葉がぎゅうぎゅう詰まっていないと感じる。内容が薄い、という意味ではない。なんというかサクサク読めるので、逆に不安になる。だがしかしイ・ラン先生のエッセイ、やはり良い。
『春のまひる』あと2冊同人誌を描いて、3部作に見える何かにできたらいいのではないだろうか?鴨緑丸、護国丸、あるぜんちな丸(海鷹)という流れの構想。
船擬のタイトル「御国の誉れ」は「純潔の意義」に変更になります(「純潔の意義今さらに検討す白百合はただ白く咲けるを」/中城ふみ子)。中城ふみ子の短歌はただ圧倒される。中井英夫が(それこそ中城に対しても)言っているように、短歌というものは世に量産されすぎている。しかし中城ふみ子の短歌は圧倒的に違う。どれも粒ぞろいである。こんな短歌が読めたらいいだろうな。