破船

津崎のお知らせ・作品・日常・雄叫び
良い…と思ったらぜひ押してやってください(連打大歓迎)

 一個人の趣味の同人創作サイトです。
 一次創作と擬人化(艦船擬人化/企業・組織擬人化)を描いています。各公式、実在の組織・団体とは一切関係がなく、一個人が趣味で描いたものを掲載しています。
サイト「night watch」(本拠地)🎨 | 👏👏👏

そういえば『マーダーボット・ダイアリー』の夢小説を書いたことがあった(!?)のと、その後記として書いた文章があるので掲載しておきます。

(Loading...)...

――なぜ夢小説になったのか?
津崎飛鳥(以下、津崎):第一に、私が二次創作で物語を書くのが得意ではないからではないか。具体的にいえば、筆者があえて描かなかった物語の余白を私の拙い描写で埋めることに冒涜と嫌悪を感じる時がある。また、それを感じない時もある。前者と後者には明確な違いがあり、おそらくそれは物語における「視座」の違いのはずだが、これを言語化することに未だ成功はしていない。そのため前者も後者も含まれた二次創作全般に苦手意識がある。
 ただ、その苦手な二次創作を描くための明快な解決方法はある。それは原作枠では確実に存在しないし、これからもあり得ない話を描く事だ。たとえば『マーダーボット・ダイアリー』で言うのならば「マルウェアに感染した警備ユニットがグラシンに一目ぼれする」とか、同シリーズの『ネットワーク・エフェクト』時に「ラッティとティアゴが不倫をしていて警備ユニットが満を持して『眼を潰す』」話とか、そんな話を描けばいいのだ。それは筆者があえてえがかなかった余白と余情を勝手に埋める行為でも、筆者のえがく素敵な話に勝手にらくがきを足しているとかでもなく、完全な二次時点での創作だ。それが二次創作というものだ。二次創作をする者はその両者を明確に区別し、自覚的に描くべきではないか、と感じている。また、この提言は筆者の物語にらくがきを描き出す行為が悪だと断じているのではないとは明言しておきたい。この点、夢小説は潔いほど「ありえない話」である。
 第二に、「ノスタルジア 標準語批判序説」はいわゆる夢小説というよりは『マーダーボット・ダイアリー』の世界観への所感の文章だ。いくつかのところに記載したが、あれはあの惑星の行政や福祉や「障害」の文章が主体となって構成されているのであって、「推し」キャラと自己が投影されたであるらしい架空キャラとの愉快な関係性の物語ではない。正直そんなものはどうでもいい。いわゆる純粋な「難民」といわれる立場に置かれている登場人物がマーダーボット以外に不在であったために、「障害」を明瞭化することが二次創作では困難だった。警備ユニットは人間の福利厚生など享受しない。医療福祉は人間のものであり、人間的な話でもある。病や貧困の話である。だから結果としてこのような形に落ち着いたまでだ。いわば夢小説とは氾濫した理論と形式のスケープゴートだ。この氾濫は命名により調停される。視座を失い、着地点が曖昧となった物語がたまたま夢小説と名づけられたにすぎない。
――着地点が曖昧となりつつも、物語で目指したものは何か?何度か指し示している「障害」と関係があるのだろうか?
津崎:この物語は、ある種の難題的人生が社会用語へ収斂されていくさま、一個人の文学的ともいえる体験が行政に障害として認定されるさまを想定してえがいた。太宰治の破滅的人生と鬱鬱とした文学的思考が現代の精神医学へ繋がれたときそれは五六文字程度のただの病名として収斂される。収斂までのそれまでの経過は一言で断言しきられる。診断書などによって。あるいは素人の無邪気なレッテル貼りによって。
 この物語は「経過」が主題だ。昔の-1から現在の0への移行の間を経過と呼ぶ。0地点から見たその経過を、過去とか、追想とか、栄光とか、思い出とか、昨日の世界などと呼ぶ。それぞれがそれぞれの想いで名前をつけて過去を呼ぶ。主人公は過去を苦々しいベル・エポックと解釈していただろうし、アンは長期間の被虐待経験と呼ぶだろう。企業に雇われていた、灼熱の採掘施設で労働していた、選別台を動かしていた、同僚が殴られていた、集鉱機に落ちて死んでいった、働くことは辛くて熱くて苦しかった、誰かが泣いていた……だがそこには小さな石ころみたいな幸せがあったのだ、労働と幸福が奇妙に結びついていたのだ……という企業リムの世界は、プリザベーション・ステーション警備局の上級局員のインダーによって「企業の奴隷労働者収容所」と定義される。ここで私はヴィクトール・フランクルを想起する。ナチに囚われたユダヤ人の絶対的な強制収容所体験を喚起させる。彼には収容所においての経験がある。そこでも彼は点呼場の前で仲間たちと見た夕暮れの空の美しさを忘れなかった。彼は労働苦役で壕を掘っていた最中でも、外に見た絵画的情景を憶えていた。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所でも収容者たちは「感動する」という人間的感情を捨てなかったのだ。「奴隷労働者」が「収容所」で見た世界の美しさを、どうしてインダーが否定できよう。精神病既往歴や虐待経験歴を診断書に書かれたとき、誰にかれが「ただの不幸な人間」「かわいそうな人間」だと断定する権利があるだろう。それは他人に対する越権行為である。その行為に対して、自身も理由は分からないが一つの執着を感じている。人間の体験はそのように矮小化されてはならないと感じる。それが個人の負の時代であろうとも。いや負であるからこそ、なのか。
 また、この物語を完結させようとしたきっかけは今回の参議院選挙であったために、初期計画であった「障害」のほか、いわゆる「難民」、移民の物語という色も濃く現れた。「ファースト」と呼ばれる人種が存在する、という思想が存在する、という一つの共同体が存在する、ということも念頭に置いて書いた。また、日本語=標準語と生存の関係については、李良枝の愛読者を自負する者として一定の考慮をしたつもりだ。
――内容の出来に自信はあるか?
津崎:夢小説マニアではないので夢小説みを達成しているのかわからないが、一つの小説としては正直、多少なら面白いと思う。
――正直疲れてる?(笑)
津崎:疲れてる(笑笑)普段やってないことをやっている自覚はある。この夢小説もそのひとつにすぎない。いずれにせよ、それを自覚し、自省し、ここから跛行し出発するしかないように、私は思うのだ。

(『文学通 2025年8月号』「『ノスタルジア 標準語批判序説』完結にあたって・著者インタビュー」より一部抜粋)

#『マーダーボット・ダイアリー』
組織擬人化創作小説「時代の横顔」
#小説

 あのう……ですね……。その、先生を、先生を今日、お呼びしたのは、というか、ごはんに誘ったのは、中学校時代の教師である先生を食事に誘ったのには、ほんとうに……別に深い意味はないんですからね。ほんと。いやそれなりの意味はあるんですけど、学生時代にあたしとセンセはそれなりに交流はあったし、その延長上に今日のこのごはん会があるだけですからね。……え?いや、会社じゃあちゃんと「わたし」って言ってますよう。大学卒業のときに、自分で自分を名前呼びするのだってやめましたからぁ。そうじゃなくって……日々の反省会をしたいんじゃなくってですねぇ……。え、ああ、あはは、先生にはよく廊下に立たされそうになりましたよね。授業中騒いで。携帯も何度も没収されたし。あの時代ってまだガラケーだったんだよねえ。いやあ、すべてが懐かしすぎる……平成って、一体なんだったんだろね……。
 まあ、でもセンセはアホだから……いやアホってそういう意味じゃなくって!!おおらかで優しめ人のことを、あたしはそうやって表現しているだけなんですよお!だから、先生はあほうだから、おおらかだから、すべてに緩くて、優しいから、だから突拍子もないことも話せるんですけど。そうだよ、本題だよ。今から本題言うよ。ほんとうに、ほんとうにびっくりしないでほしいんですけれど、……だから、……。あのう……先生は、………………日本海軍って……どう……思いますか?
 ……え?いや、入らないです、海上自衛隊には入らないです。日本海軍ですって。昔のですよ。うよく……え?右翼?っていうのでもないです、たぶん……。いや目覚めてもないです、目覚めるって、何に?真実ぅ?……え?かんこれ……?かん?たいこれくしょ……いや……いえ、いや、いやいやそうじゃなくってですねぇ。
 …………拾った、んですよね……。……え?何を?え、いや、日本海軍を……。日本海軍さんを、拾ったという話なんですけど……。
 え?いや、大丈夫、大丈夫です!わかってます!引かないでください!!おかしいですよね!!正確に言えば、日本海軍を名乗る男を拾っただけなんで!あとその男も、もう家に居ないんで!大丈夫です!ええ、ええ、うん、たぶんそう、先生も昔、歴史の授業なんかで言ってた、集団の象徴みたいなものだと思う。軍だから軍象、なんでしょうか。いますよね。たしかにいるってセンセも言ってましたよね。実際いるんです、彼らは。密かにいる。ただそれが、今が現代で、彼が日本海軍であることが問題だっただけで……。海上自衛隊だったら問題なかったんだ。……いや、問題なかったのかな……。海上自衛隊さんが、落ちている……?まあどっちみち、拾った男が日本海軍を名乗ってました。マ~ジでびっくりしたね。
 ……は?グンコク主義の復活?ぐんかのおと?いや、そぉんな大それたものでもない気がしますねえ。だいたい復活だというのなら、もう居ませんよ。グンコクすぐ滅んじゃった。海軍さんを拾ったけど、帰りました。どこに帰ったのかわかんない。消えただけなのかも、今度はほんとうに消えたってことなのかなあ?
 ……拾ったのは一ヵ月前と少し前のはなしです。二日前に消えました。お盆に消えちゃった。
 あたしは地元の……そー鎌倉。その浜辺でビーチコーミングしてたんだけど……え?今そんな名前になってる。砂浜で貝を集めることが。カッコいいっしょ。だから、それをしていた、ビーチをコーミングしてたんです。だんだん陽も陰ってきて、海も貝もぼんやり見えなくなりそうで、寂しい浜辺になり始めて、まあ今日はお開きっすわ~魚介類ども今日はこれで勘弁したるわ、なーんて帰ろうとしていたタイミングで、すこしとおく、それでも目に見えるくらいの距離に男の人が立ってるのを見つけたんです。
 一言、ヤバかった。超不審者だった。というのもボロボロの洋服を着ている男の人だったんで。……なんで彼、軍服じゃなかったんだろ。……え?第二、復員省?……ふーん、まあいいです、あたしにとってはただの海軍さんなので。
 まあ、ちょっとした緊張感を持ちつつ、遠回りをして帰ろうとしていた時に、その男があたしを見つけたんでしょう、ものすごい勢いでこちらに走ってきました。ええ、死を覚悟しましたね……。あ、ヤバ、みたいな。じゃ、あたし死にますわ、っていう……。そしてその男にものすごい勢いで肩を掴まれ、男は一言言いました。正確には聞いてきました。
「おい、ここはどこだ」
「ひッ……」
 この状況じゃ答えられないですよね。悲鳴を上げそうになりました。というか実際ちょっと上げてた。ハイ……。
 その男のひとはボロボロの服を着て、あたしに縋るように肩を抱いて、もう一度ここはどこなのか、を問いました。怖かったけど、その目には哀れなくらいの必死さがあった。誰かに捨てられてしまったかのような戸惑いがそこにありました。
 あたしはそこでやっと、相手があたしとおなじ人間のように思えました。おなじ人間なんかじゃなかったのにね。でもあたしは、今度はちゃんと返事ができました。
「か、かまくら……」
「鎌倉?」
 呆けたように何回か繰り返して、さっきの勢いはどこへやら、小さな声であたしにまた尋ねました。「にほんはどうなった」。
 は?日本?こーんな感じにこうなっているけど……という思いすらもなく、あたしは、今のあたしがどうなっているのかもわからないまま震えていました。それはその男の人もおなじでした。あとから聞いたんですけど、彼、その時は「復活」した直後で意識が朦朧としてて、日本がどうなったのか、思い出せなかったらしいです。負けたってこと、ちゃんと知ってたはずなのにね。
 その男の人はそのまま、にほんは、とかふねがもう、とかぶつぶつ言ってました。
 よくよくその男の人の顔を見てみると、あたしより数歳年下にすら見えました。身長はでかかったし、妙な威圧感があったし、勢いよく走ってきたんで気づかなかったんですけど。呟く彼は雨に濡れて汚れた大型犬みたいで、主人をなくしてしょげたままのわんちゃんみたいで、なんか無性に可哀そうになったんですよね。
「あのう……大丈夫ですかあ」
「いや……ああ……。大丈夫なのか……。わからん……。なぜ俺は鎌倉なんぞに」
「ビーチコーミングとかしてたんじゃないんですか?」
「び……?」
 そんな会話をしながら、そのまま海岸の石階段で、夕陽が海に落ちるさまをいっしょに見て日本の斜陽から敗戦に至るまでの話をしてました。というか、一方的にされました。彼はなんとなく自分を思い出し始めていて、自分が日本海軍の依り代であること、戦争に負けたこと、敗戦後にしばらくこの世にとどまっていたこと、その後はよくわからないことをただ喋ってました。なんだっけ……水が足りないって暗号、とか言ってた……あ、そうそう、それ、ミッドウェー海戦では暗号がばれたのではないか、とか、そんなようなことを占領軍のアメリカ人が言ってた、とか、その悔しさとか、軍艦がたくさんあったこととか、それがなくなってしまったこととか、香港?マカオ?あ、上海だったかな?どっか中国の戦争かなんかの話をしてました。
 彼がそういう、なんというか自分が惨めな話を真っ向からあたしにしたのは、その時が最初で最後だったように思います。たぶん、混乱してたんだと思います。
 そこで気づいたんですけど、昔の戦争のことであたしが知ってるのって、戦争後すぐで記憶が止まってる彼よりも少なかったんですよね。ミッドウェーってどこだよ、って。彼がいなくなってからGoogleマップみたけど。遠ッ!ってかんじで。どこの海だよって。そんな遠くまで行ってたんだって。びっくりしちゃった。
 海戦で勝ってとても嬉しかったけど好きだったふねと乗っていた人間がたくさん沈んじゃった~って言ってるときと、炭鉱は働くのが特に大変だったからチョウセンジンをいっぱい連れてきたんだよなあって言うときの彼のちいさな笑顔を覚えてます。さっと鮮やかで、ほんと、サッカーでゴールを決めた高校選手が謙虚に喜びを滲ませてるみたいな自然な感じの笑みで……。あれが時代の顔というものなのか、戦争の時代というものなのかなんですかね。わかんない。あたし、ただの会社員なんです。特にシュレッダー業務が好きです。とても楽だし。ボタン一つ押すだけでぜんぶ終わるし……。

*
 日本海軍、軍隊、軍人を名乗るのに反して、彼はしごくまともそうでした。いや、まともそう、って言いかためちゃくちゃ失礼ですね。
 でもなんか、その日本軍って名乗りを聞けば「そこの下女……」みたいな語りかけや吐き捨てをしてきそうな感じがあるじゃないですか。え?帝国海軍はスマート?そうだったのかー……。…………それ、ホントに?はー……。ええー?うーん、……まあいいや、まあ、そのスマートな彼は洋服がぼろぼろなこと以外はまともでした。あたしたちはまともに会話をできていたと思います。ちゃんと。いままでしたこともない戦争の話が話題だったということを除けばだけど……。
 そして結局、あたしは彼が日本海軍の軍象だということを受けいれました。そうなったら今度は彼をどうするかというはなしになりますよね。変な不審者ではないこと、また今が現代であること、この二つを考えると彼は今とても不憫だ、ということになっちゃうじゃないですか。さりげなくその場を立ち去れればよかったし、そうするのが当たり前だったんでしょうけど、さりげなさを装うには戦争の話を語り合いすぎたし、なんならあたしは話の途中でつい「え、じゃあもう帰る場所ないじゃん!」なんて指摘しちゃってたしそれに素直に海軍さんはしょげてた。もう不自然だよね、一人で去るにはね。だからまあ、……家に連れて、帰ったよね。
 この状況はよくない、非常によろしくない、相手が海軍さんだとしても……え?海軍さんだからこそまずい?いやどっちにしろまずかった。とりあえず着替えと風呂だったから、さらにまずった。今は関西に居て、昔同居していた兄の服はまだ取ってあったから、それを入浴後に着せました。Tシャツは胸に英語でGood Times Start Nowって書いてあってちょっと笑っちゃったんだけど、昔の人だから英語は読めないだろ、と思って油断してたら「一体なにが始まるんだろうな……」って海軍さんが呟いちゃって、笑いと申し訳なさの感情の観覧車に……え?海軍は英語が得意?なんで?戦争で英語は使っちゃだめだったんじゃないの?ふうん……。あの時だけは、互いに二十代の若者の会話で、なんだかそれが面白くって、あとから思えばただただ空恐ろしかった。
 日本海軍の象徴は現代に生まれればあんななんだ、とか。今の海上自衛隊の象徴はあんななんだろうかとか。両者はどう違うのだろうかとか。時代ってなんだろうとか。時代の顔、が……。なんか、もし戦争がなかったら、っていう言葉、よく夏にNHKとかで流れてる番組のとは違う……あの番組に出ている人たちの言葉とは違う……あれが自分のことのように、ってやつなんだろうか、感じてしまった。そう、もしあの時代に戦争がなかったら、何か、彼にとっていい時代が、その時に始まっていたんだろうか。ってあたし、なんともいえない感じに、もやもやしちゃって。
 えっ?ああ……戦争が無くても植民地というものがあった……?グンジコッカのタイセイ?テイコクシュギ?ああ、そっか……?でも、正直言うとあたし、そういうのにぜんぶ疎かった。ガラケーの前の時代って未知の歴史なんだよね。ぜんぶが石器時代っていうか。日本史の先生のセンセは今、連立方程式を解けますか?あたし、昔は得意だったのにもう解けないよ。あたしにとって、数学と歴史はひとしいんだ。計算なんてハガキの不備が合計百四十九件あるときにしか使わないし、その計算だって電卓でやる。日本史の戦争も植民地?も、そういう意味じゃあたしにとって夏の夜の暇つぶしになるだけかもしれない。テレビ番組にはなれる。けど、少なくとも仕事じゃ使えない。使わない知識だった。少なくともあの浜辺に行くまでは、そうでした。
 センセはそうゆうのムカつく?悲しい?……そっかー。日本史の先生だもんね。てか先生は日本史ってか、歴史が好きなの?歴史の何が好きなの?海軍さんがよく言ってたみたいな、伊四百が開発できたこと?それとも、本に書いてあったみたいに、ダイハツだっけ?……に、それに助けてーって縋った兵士さんたちが、そんまま仲間に腕を切り落とされちゃったとか、そういうお話が好きなの?あー、あはは。……そうだよね、んなわけないよねー。わかってるわかってる。ごめん、殴んな殴んな!殴んなってー!あはは、はは……。……なんかね、海軍さんがいた時、彼が見てないところで本を一冊読んだんだけど、難しくて、ぜんぜんわかんなかったよね。彼がいた世界ってどんなだったんだろ、……今も分かんない。ダイハツって何?車?……センセはなにが好きなんだっけ。好きじゃない?大人としてのギム感?はあ……そうなんだ。
 で、とりあえずその日はそのまま寝ました。兄と二人暮らしだった時期があるので部屋だけは多くて無駄に広くて、それだけが救いでしたね。それでもやっぱ、無警戒過ぎたと自己嫌悪に陥って、で、そのまま無警戒に寝ました。
 男の人というか、軍人というか軍隊というか、男の人だったので、もっと警戒すべきだったのでしょうが、何もなかった。一貫してなにもなかったです。たぶん、何かしたらまずいという意識が彼にはちゃんとあったのでしょう。だって、彼がいるのは二〇二〇年代の日本で、戦前の日本じゃないんですから。何かをできる権限は、誰にも保証されてなかったんだからさ。

*
 海軍さんは次の日の朝も普通にあたしの家にいて、当たり前のように、そこに存在してました。あたしもあーあどうしよ……ってかんじだったけど、一番困惑してたのは海軍さん自身だったみたいでした。そりゃそうだ。今、二〇二〇年代なんだよ?海軍さんがほんとに生きてたら何歳だよ。海軍がなくなって今何年目?戦争の後、に、なくなった……んですよねえ。たぶん……。ん?戦争って何年に終わったっけ。ああ、一九四五年ですよね。いつも忘れるねえ。それじゃ、八〇年後になっちゃうよ。それもそうだし、そもそもなんで自分が今生きていて……生きていたのだろうか、あれは。あれは生きてたのかなぁ。まあ、生きてたってことにして、なんでまた生きてるんだろう、って話ですよ。あれ。……あれは……あれはやっぱりあたしの幻覚だったんだろうか……。ぜんぶ……。
 ……彼は顔を蒼く染め、というか吐き気を堪えてる感すらありながら「こんなことは初めてだ、経験が無かった」と言いました。そらそうだ、とあたしは思いました。こんなこと、彼ら依り代たちに何度もあったらそりゃ大変でしょ。本人も周りの人間も。面倒だよ。
 とりあえずあたしは会社に行くから、と言って、あたしは逃げるように我が家を去りました。夢か幻覚なら帰宅後にはちゃんと消えているでしょう。正直まあ、それに賭けましたよね。でも出勤してシュレッダーをしてても、入力業務をしてても、仕分けをしてても、頭から日本海軍さんのことが消えずに……いや、やばい女ですよね?わかってますって!日本海軍かその幻覚かわからないものにとりつかれている女なんて!!
 で、結果ですが帰宅後、その日本海軍さんはやはり家にいました。しかも電気をちゃんとつけて待ってました。昔の人なのに電気のつけ方、ちゃんとわかるんですね。へ?戦前にも電気はあった?いやそれはそうですけどスイッチの形とか……え?ほとんど一緒?そうだったんだあ……。しかもクーラーまでばっちりつけてて……え?軍艦にも船にもクーラーがあった?戦前ですよ?マジで?そっかあ……。もう驚いたら、負けですよね。海軍さんの存在以上にびっくりすることでもないですもんね。……実は戦前って、すごいんだなあ……。
 まあ、そのクーラーが二十四度に設定されていることに若干イラっとしながら、彼もごはんを食べるのか不安になったので、「ごはん食べる?」と聞いてみました。あと「あなたいつ帰れるの?」とも聞いてみました。海軍さんはキョドり気味で、後から聞いたら若い女にはじめてそんなタメ口を利かれたことが原因だったようですが、そんなの知りません。この家の家主はあたしです。彼は前者に配してはイエス、後者はわからん、との御回答をあたしに賜りました。
 さっき言ったように、「これだから女は……」とか言ってきそうな先入観すらあった軍隊である海軍さんは、一貫してこちらに謙虚というか、無関心というか、不干渉というか……でした。たぶん、追い出されるという心配もあったでしょう。この世が二〇二〇年代だということはすでに伝えてありました。今の海軍さんに権力が無いこともわかってたはずです。この家とこの世で権力があるのはむしろあたしのほうだということがわかってた。たぶん、いつもそういうことにいつも敏感に生きてたんじゃないかなあ。軍隊だもんね。でもこんな女に負けるとは、みたいなものもなかったです。ほんと、不干渉でした。うん、たぶん、怖かったんじゃないかと思います。ウケますよね。日本海軍は自身の権力のない世界に放られて、ただ、ぼうせんとしてたんじゃあないか。……そんなの、戦争に負けた時にとうに経験してたはずなのに。
 でも、呆然としていながらも、どこか穏やかにみえました。あれなんですかね、戦争中は人間とかバンバン殴ってたんですかね?テイコクシュギシャですもんね?でも、そういうそぶりがなかった。きっと権力がなくなったけど、義務とか使命感とか、やらなきゃいけないこともなくなったんでしょうね。あれが、自由ってやつだったのかなぁ……。いや、やっぱ呆けてただけなのかな?アイデンティティが、ぽっかり抜けちゃって。戦争ないし。することもなかった。……彼がここにいる意味がなかったんですから。
 海軍さんはあたしが作ったスパゲッティを無言で喫しておりました。あたしも無言で食べましたよ。なんか、空気が重かったです。お互いの緊張感が漂っていて……。スパゲッティのいちばんの調味料はピリッとした空気で……。とはいえ、海軍さんは昨日の晩から何も食べていなかったので、心なしか嬉しそうでした。尻尾あったら振ってたんじゃないかな。その日に限って冷蔵庫にまともなものがなくって。あたしが買って帰るまで。そこは申し訳なかったと思います。まあそんなのあたしの責任じゃないんだけど……。
 あたしは、毎日会社へ行き、シュレッダーをしてハガキの計算をなどをして帰宅して、まだ海軍さんが家にいると電気の明かりでわかると毎回げんなりしつつ、日々を過ごしました。一度、炭酸ジュースをあげたら、嬉しそうにラムネの話をされて……。ラムネジュースって海軍にもあるんですね。というか戦前にもあったんだあ、ってびっくりしました。……へ~!?ふねの中にもあった?知らなかった……。そんなことまであの人、言ってなかったけど……。「人間とよく飲んだ。こんなに甘くなかったし炭酸も強くなかったが……。この時代の飲み物はよくできているんだなあ」とかなんとか言って、普通~に飲んでましたね……。ほんとに普通でした。ごちそうさまでした、とてもおいしかったよ!ありがとね!のあたしへの社交辞令みすらあった。炭酸が強いならもっと驚くとかさ、あるだろ!飛び上がってびっくりするとかしてほしかったよ、見たかったなぁ……。過去からタイムトリップ?してきたんだからさ……お決まりのさ……サービスしてよ……とか思いました。あれ、そもそもタイムトリップだったのかな。むしろわくわくお彼岸イベント?

*
 ……あ、そうそう、自分のふねの話を、出会った浜辺でしていたことを覚えてます。いろんな名前を言ってました。大事な宝物の話をしてるみたいに、ぽろぽろと、自分の持ってる宝石かお気に入りのどんぐりかビーチコーミングで拾った綺麗な貝殻の話をするみたいに一つ一つ呼んでました。あたしが唯一最初から知ってた戦艦大和の名前は一度も出てこなかったこと、なんでか憶えてます。
 彼のいとし子のふねの名前、ぜんぜんわかりませんでした。ウィキペディアで検索して見てたんですけど、まー軍艦っていっぱいいるんですねー、みたいな。白黒写真だとどれも一緒に見えて……それに、ぜんぶまるで遺影みたいだった。白黒で、画質もどれも荒くて……。ぜんぶもう亡くなってて……。名前も漢字二文字が多くて。山と川と土地の名前が多いの、ウケますよね。それ日本人の苗字と一緒じゃんって。日本人の名前に対する感性ってどれも一緒なのかなあ……。よくわかんないけど農耕民族?ってやつだもんね。それがふねに対しても一緒なんだと思うと面白かったです。魚とか貝の名前とかじゃないんだって。船って海の生き物なのに。あ、でも海軍さんにとっては、……海軍の人間にとっては、ふねも陸の生き物だったのかなぁ。俺たち仲間!っつー。まあ、そのだいたい二文字で、音が四文字だったり二文字だったり三文字だったりするそのふねの名前を、彼は熱心に熱心に呼んでました。陸奥とか高雄とか、赤城とか……。空母とか戦艦とか……駆逐艦とか……。その強さとか。粋なところとか。好きポイントとか。ベラベラ喋ってました。
 ある時、海軍さんにウィキペディアを読ませたほうが良いのかな、って悩んだんですけど、結局あたしは見せませんでした。インターネット世代じゃないし、いろんなものに耐性なさそうだし……。むしろはまっちゃって、スマホ買って、とかねだられても嫌だし。YouTubeとかずっと見てたらどうしよって。日本海軍が……。
 それに、自分と自分の好きなふねの最後のことをGoogleとかウィキペディアとかで知るのってどうなんだろ、って思っちゃって。隼鷹とか、さいご、解体されて、そのこと、あの人知ってたんだろうか、って。思っちゃって……。だって、インターネットであんな無神経で無頓着な言葉で語られて、ネガティブな言葉と一緒に検索すればいくらでも検索結果がネガティブになってって……。ネガティブに語られて……。嗤われて、罵られてて、変な賞賛のされ方とかされてて……。日本軍のサイキョーの戦艦、とか。ダサいですよね。あんな雑な言葉で、彼は、自分のいとし子を語ってなかった。それなりの、自分自身の考えを根拠にして、そこからちゃんと出発して話してた。他人の強さを笠に着たり、自分の属する集団を根拠にしてなくて……。それが良いことなのか、それこそが悪いことだったのかわかんないけど。これ、海軍さんをほめ過ぎなのかなあ。でも、やっぱ、インターネットの言葉なんかでね、知ったってね、って……。まあ、あたしもインターネットで知ったんだけどさ。それをまた優しく言い直して、無難に伝え直してあげればよかったんだろか。でも、どうやって?そもそもなんで、とも思う。そんなのあたしの義務じゃないし。
 ……海軍さんだってね、武蔵ってすぐ沈んじゃったよねーあははー馬ー鹿じゃないのーとかどっかで笑われてる、って知っても、確かに馬鹿だったよなあ、俺はほんとうに馬鹿だった、って一緒に笑うかもしんないよね。無邪気に。晴れ晴れと。悔いなきみたいに。彼ってそういうとこあったと思う。……長門の最期だってもしかしたら彼は、前は知ってたかもしれないけど、今は覚えてないようでした。だって戦艦長門を呼ぶその声に、陰りはなかったから。そこにネガティブさなんかなかった。…………それともぜんぶ知ってて、だからこそあえて明るい声で長門の名誉の話だけを語ってたんだろか。それが彼のできる、娘への唯一の愛情表現だったのかなぁ。
 海軍さん自身は気にならないのか、長門の最期とか隼鷹の行方とか、日本はどうなったとか、負けたあとの長い長い八〇年間が気にならないのかなって、最初は思ってましたけど、やっぱ、うん。怖かったんでしょう。あたしに聞いてきませんでした。だって聞いたら、今度は返ってきた答えを聞くことになっちゃうもんね。日本海軍のサイキョーの戦艦の、無残な最後とかを。
 彼は軍艦のいい思い出だけを喋ってて、だいたい海にふねがいっぱいあったこととか、軍艦がいっぱいあったカンカンシキのこととかの話で、ロシアとの戦争とか、時々イギリスとかドイツに行った時の話、あとうるわしきオメシカンの話だった。それに真珠湾の作戦を喋るくらいで、いっつも戦争の話は、だいたいはそれで終わってた。
 え?ああ……そうですよね、それってマジのマジでアメリカとの戦争のはじめの話ですよね。あと中国とかないですよね。たぶん、自分が好きな勝ち戦の話しかしたくなかったんだなあって……いやそりゃそうだけど……それが男ってもんなんですかね?それが軍隊?
 だから駄目なんだろお前、ちゃんと反省点も述べろよ、って社会人経験数年の女のあたしが思っちゃったんですけど、それウケるんですけど、超ウケるんですけど、でも……なんだろ……。かれがかれのうつくしい思い出を語るときの、あのうつくしい横顔が、いっとううつくしくて、今もどうしても、そのうつくしさが忘れらんない。…………ああ、危ういですか。ですよねえ。これがグンジコッカのタイセイってやつですか。グンコク主義ですか、ですかねえ。だって、あの人、炭鉱のキョウセイレンコウの話をするときもおなじ顔、しますもんね。

*
 海軍さんは基本的に遠出をすることもなく、近所をうろうろするか、だいたいは家でぼんやりしてたみたいです。知らないけど。あたしが知ってる限りはそうだった。
 ぶっちゃけあたしのいない時に赤の他人に家を任せるの、不安感ありありだったけど。まあ、そういうのホントぜんぶ諦めてました。拾っちゃったのはあたしなんで……。
 あたしは海軍さんを家に迎えて、なんというか、今までの人生になかったものが自分のなかにできた気がしました。……いやそりゃ当たり前なんだけどね?あたしよりちょっと下に見える、あたしより何十歳も上の、今は生きてるのか死んでるのかもわかんない人間じゃない人間なんて。近くにいたら驚きでしょ。それが毎日家で待ってるんだよ?何なんだよ……。あたしが一体何したんだよって。
 あたしは家を出て、毎日横浜経由で東京まで仕事に行くんですけど、ある日早上がりしたその帰りに紀伊國屋に寄ったんです。ファッション誌が欲しかったし、あともしかしたら上手く軍象さんを返す方法がわかる本もあるかもしれなかったし……。帰すってどこへ?ってかんじだけど。天国?地獄?成仏か?
 一階で雑誌を買って、とりあえず二階に行ってみたけど、結局返し方とかそういう以前に依り代の本が無かった。まあそうかーと思ってぼんやり棚を見つめてたんですけど、ふと日本軍の本を見つけました。細長いサイズ……新書?それ、それが安かったんで。それを買ったんです。白と濃い緑色の。かっこいいかんじのやつ。頭良さそうな本でした。
 買ったの、特に理由はありませんでした。うーん、なんていうか……彼の話してることってどこまで信用していいか、わかんなかったんですよね。まあ戦争の話自体はそれでいいんですけど、もしかして、この今に今いることや、その理由が実は分かってたり、何か隠しごとをしてたり、……目的があったり……そういうのがあっても、おかしくはないんじゃないか……という疑いがあって。
 結局そんなことは一切なかったみたいで、彼はただただ困惑してただけだったみたいなんですけど。戦争の本や海軍さんの本を読めば何かわかるんじゃないか、ヒントがあるんじゃないか、と思って。…………その本を帰りの電車で読んでたんだけど、知らない単語と難しい漢字が多すぎちゃって、わかるの、ぜんぶ諦めちゃった。
 なんだっけ。動けなくなっちゃって自殺しちゃった兵隊さんとか、動けなくなったって仲間に殺されちゃった兵隊さんとか。安楽死……処置だっけ?生きたまま捕まるなとか、……人の肉とか……食べ、て、たり、うーん、……中国の人を刺してたりとか、やっぱ彼あんま喋ってない、喋らないんですよね。まあ喋られてもおう……ってなるんだけどさ。……いや、あれは陸軍の話なんだけどね。
 でもたぶん、彼も似たような立場ではあったはずで。だから、彼、あたしがちゃんと聞けば、もしかしたら話したかもしんない。さらっとね。当たり前っぽく。初めて会った砂浜の時みたいに。……むしろ、聞いてあげればよかったのかなぁ?あたしはちゃんと聞いてあげるべきだった?彼の……彼の、彼だけの話を……彼の……。……どう、なんだろう。どうだったんだろう。うん。うん……。はあ…………。
 ……いや、……やっぱ嫌な出会いだったよなあ、ホント……。マリアナがどうーとかエンガノがーとかなんとか身振り手振りで必死に言ってて……。軍事的失敗をあたしに細かく語ってて。顔も知らないあたしに意味不明な弁解じみたこと言ってて。俺も奮闘したんだよーとか。なのに上手くいかなかったそんときの悔しさとか。自分の後悔とか。失敗とか。戦艦比叡がって。比叡が沈んじゃったけどーとか。あいつのオメシカン姿は最高だったーって。美しかった、って。麗しかったって。素晴らしかった。とても素晴らしかった。素晴らしかったのに、って呟いて。頷いて、黙って。そして鮮やかに。魚の骨を箸で抜くみたいに、さっと。綺麗に。炭鉱が大変だったけど、って……。
 ……あの笑顔のうちに、なにかいろんなものを抱えてたのかなあ……。
 と、か、ぼんやりと考えて、鎌倉駅に降りてとぼとぼ帰宅しました。なんか、どんな顔して彼に会えばいいか分かんなかった。正直、わからないなりにショックなのはありました。寒かった。手が冷たかった。何十年も前にあったことなのにね。あたしが生まれる前からあったことなのに。なにか多くのものを抱えた得体のしれない存在と住む家に帰る、って……。それはどういうことなんだ、って。ぐるぐる考えてた。部屋が二十五度か二十六度だったら有難いって、もういっそクーラーなんかいらないかもって、今はいらないやって正直に思った。冷たい汗をじっとりかいてた。
 帰宅したらぼんやりとした笑顔で海軍さんが迎えてくれました。「とても暇だった。だからカレーを作ったんだ。今の道具と材料は特殊でよく理解できなかったが……口に合えばいいんだが」とか言ってて。カレー作ってくれてて。笑顔で。空調はやっぱ二十四度で。扇風機も出してて。勝手に。押入れから。それに海軍さんが作ったマジもんの海軍カレーじゃん。遺産かよって。超ウケたんですけど。ただのヒモみたいだなって正直思った。

*
 うろうろする近所といえば、海軍さんだからなのか、あたしが仕事をしている日中、例の海岸に行くことが時々あったみたいでした。海見てた。なんかいっつも鎌倉の海を見てたみたいで……。海軍って言ったら横須賀だし、船といったら横浜なので、なんでか申し訳なくなっちゃったんですよね。鎌倉の海ってサーファーとかばっかだもんね。
 で、お盆に連休が取れないあたしは、そのすこし前に休みが連日取れたので、暇だったので、海軍さんに横須賀に行かないか、と誘ってみました。たいした他意はなくて、まあ、この第二の人生?がこんな感じでそのままマンネリで終わったらカワイソだな、という気持ちからで、ほんと他意はないです。ふねがいっぱいいるから、横須賀に見に行かないか、とあたしは誘いました。
 海軍さんは横浜に行きたい、と言いました。
「横浜?横須賀じゃなくてですか。軍艦いっぱいいますよ、たぶん」
「だからだよ。他人の艦隊を見ると苦しくなるから。もう俺が持っていないものだ」
「ふーん」
 そうお、じゃあなら、いいけどお……。という話になって、あたしたちは横浜に行きました。……それも怖かった、んですよね。それを理解してあげられなかった。ま、そんなのあたしの責任じゃないんだけども。義務でもないし。なりません、なりませんよ、海軍と共犯になんかなりません。彼の孤独は彼だけのものです。あたしはそんなの担いません。
 横浜に行ったは良かったんですけど、結局、海はそんなに見ませんでした。というか、たいしたところには行かなかったです。神奈川県立歴史博物館とか行ったら、ぜったい面白かったんじゃないかな、って思ったんだけど。海軍さん、行きたがらなかったんで。怖かったのかな。それも。そりゃあ横浜の変わりようにはある程度驚いていたし、でもそれを言うなら鎌倉もいっしょですもんね。なんならホテルニューグランドがまだあそこにあることのほうがびっくりだったみたいでした。かわんねーじゃん!って。だからこう……ごはんを食べたくらいで。ごはんを。横浜で。横浜のジョナサンで。海軍さんと。なんだ。デートか。それ。危ういだろ。海軍さん、配膳してくれるネコのロボットに完全に失笑してましたよ。だから驚いてくれってば!未来の技術というものに!ただ、セルフレジとタッチパネルの注文には感心してました。人間の配置にはいつも悩まされるんだ、こんな感じに戦艦を動かしたい、機関室の奴らには楽をさせてやりたい、とか言ってて……。まあそんな感じでしたね……。なんで?もっと船と海を見て狂喜するとかそんなのないんか、と思っちゃいました。なんであたしが横浜に誘ったと思ってるんだ。ジョナサンに来るためじゃないんですけど。ネコじゃないよ。船だよ。船いっぱいいるし。ごらんよ海軍、これが船だよ、みたいな。君のなくしたふねなんだよ……とか思ってましたけど、まあ海軍のふねって灰色で、それこそやっぱり見るなら横須賀ですよね。横浜は、遊覧船とか、あの、軍に関係ない可愛めの船ばかりで……。
 え?戦争になるとチョウヨウされるかも?チョウヨウってなんですか?へえ……ああ……軍隊が持ってっちゃうんだ。徴傭っていうのか。えー沈んじゃうの?それって借りパクじゃん?あーやっぱそうなんだ……でも、ちっちゃい船ばっかですよ?観光客しか乗れませんよ。あんなの。兵器載らないでしょ。それでも?昔はされてた。はあ……やっぱり戦争って怖いんですねえ……。
 あ、だけど氷川丸の話には、妙に食いついてました。うっそ!?氷川丸ゥ!?みたいな……。アイツってまだ生きてんの!?ってびっくりして笑ってました。横浜にあるデッカイ船ですよね。今はどこにも行かないやつ。客船?カキャクセン?なんで興味あったのかは知らないけど。横浜ではでっかい船のほうだからかなぁ……。あれって乗れるんですよ行きますか、って聞いたんですけど、毛を毟られるだろうから嫌とかなんとか言って断られました。え?海軍が戦争で徴傭してた?病院船?そーお。顔見知りってこと?じゃあ仲が悪かったのかなあ……。海軍さんにパクられそうになって。誘拐?
 大さん橋には飛鳥Ⅱがとまってて、飛鳥Ⅱの名前を聞いて海軍さんはめちゃくちゃ笑ってました。丸シップの伝統潰えたり、みたいなことを言ってゲラゲラ笑ってた気がします。え?海軍が言うと不謹慎?いやあの人、いっつも不謹慎でしたよ。それはちゃんと知ってます。ただ家主のあたしにはあまり不謹慎ジョークを言わないように気をつけていただけで……。
 Ⅱであり、丸がつかないことがやっぱり面白かったみたいですね。船名めちゃくちゃや、みたいな。海上自衛隊の艦たちの名前が、日本海軍から引き継がれてること言ったら喜ぶのかなあ、とか一瞬考えましたけど、たぶんそれがぜんぶひらがなだってこと知ったらへこむんだろなって。ひらがなって何だか妙に可愛いじゃん、ってなるよね。まや、とか。女の子の名前か。だからやめました。
 海軍さんはしげしげと飛鳥Ⅱを見つめてました。よく話を聞いてみたら、飛鳥Ⅱを持ってる会社は、海軍さんが生きてた時代にもあったみたいなんですね。よく知らないけど長寿ですよねぇ。船の赤い二本の線は、その会社のファンネルマークって言うんだ、と教えてくれました。あれ、氷川丸にもありますよね。……ああ、やっぱおなじ会社なんだ。へえ。ニッポンユウセン。だからかあ……。
 今の貨客船は変な形だ、とか、ユーセンがあんな奇抜な船を造る時代なのか、とかあれにどうやって貨物を載せるんだろう、とか一人唸ってましたね。あと「いざという時、あれじゃ困るな……」とかなんとか深刻に悩んでるみたいでした。なんでだろ……いざという時って何、いつのこと?
 ……え?あ、徴傭?あー!ああ……。なるほどね。海軍さん、たぶんそれ考えてたんだ。あの船、他人の物なのに。はあ、他人の物だからこそ徴傭なのか。しれっと人様からパクるってわけね。ヤラシー。……絹とか手紙とか石炭とか、でりっく?が、とか何とかって熱心に言ってましたけど、今はたぶん載せないですよね。石炭なんて……。昔は載せてた?カモツセン?カキャクセンのカ?ああ、貨物の貨、に、客船なのか……。貨、客船か。だから今はただの客船なんですね。ふうん、教えてあげたかったなぁ……。あの人、ふねには異常に熱心なんだなって、目の前にして知りました。ほぼ船のオタクだったもんね。あれ人の物なのに……。
 あたしたちは遠目に見える第二飛鳥丸の話をしつつ、横浜の日はどんどん傾いていきました。横浜の海はたくさんの小船がちらちら行き来してて可愛い。海軍さんがあの船は良いあの船はだめって言ってたけど、あれかっこいいとか可愛いとか好き嫌いとかじゃなくて、徴傭できるかどうかの判定だったんだね。知らなかった。あたしも無邪気にあれはどうですか、あれとかいいんじゃないんっすかぁ、あなたおっきい船好きでしょ、とか聞いちゃってたな。ただの船の好みだと思って……。いや、ある意味アレも好みなんだろうけど。俺おっきい船好きだよ!ってその時海軍さんも言ってたし。
 きりのいいところでさーて帰るかーなどとぼやいて……いや日帰りです。泊まってどうするんですか。横浜と鎌倉なんですよ?すぐ帰れるのに二部屋も取るわけないじゃないですか。お金、ぜんぶあたし持ちですから……。
 で、……まあ、……飛鳥Ⅱが、ちょうど出航するみたいでした。わーわーいう声が遠くからでも聞こえてきました。見送りと見送られです。そして船が海をゆくんです。
「あ、船行っちゃいますね。どこ行くんだろ。いいなあ~。あたしも船で外国の海に行ってみたいな」
「……」
 黙ってた海軍さんをちらっと横見すると、彼は何かを堪えるように、そして食い入るように飛鳥Ⅱの姿を見つめてました。飛鳥Ⅱはゆっくりゆっくりと大さん橋を離れて、じわじわと出航していきました。楽しそうに見送られて、海に出て行った。それを呆けたように見つめる海軍さんが……なんといえばいいんだろう……そう、哀れで。哀れだ。哀れだって、思って、しまった。あたしは無性に悲しかった。彼の孤独は彼だけのものなのに。彼……きっと、さいごには港から送り出すふねも持ってなかったんでしょうねえ。……ああ燃料もなかったのか。機雷、で、港も使えない?ああ……海に出してやれないし、出れなかったんだ。そうか。そうですねえ。……そう、だったんだ。
 …………横浜に部屋を取る気はなかったんですけど、飛鳥Ⅱになら、とってもいいような気がしました。して、しまった。……しまいました。なんか、船に乗れば、船があれば、この世にもあの世にも居場所がない人の居場所がちゃんと確保できるんじゃないかって、思ってしまって。そこになら、船の上なら確保できるんじゃないか。ふねのうえではそれがゆるされている。その無力がゆるされている。ふねはそういう場所として、いつもいつもあったはずなんです。
 なんでまたこの世にいるのかわからず、呆然と船もない鎌倉の海を眺めて、昔も今も出航するすべを持たないで、その意味もなくて、生きてる理由が無くて、それを知る方法がなくて、それ以前に明らかに意味なんてなくて偶然で、もしかしたらあたしの幻覚上にしか居ないかもしれない、居れないのかもしれなくて……。
 ああ……なんというか、うん、彼と共犯にならない、ならないけど、けど、行き場をなくした過去として、彼を、日本海軍を、どこかへ航海させてやることはできる……。あたしにはそれができる、って。思って、……しまったんですよね。それが飛鳥Ⅱの乗船チケットでも何か別のことをすることでも。
 過去の人なんだから、なにかその過去を記録して書き留めてあげるのがほんとはよかったんですかね?彼が確かにそこにいたってことを。海にいたという事実を。たとえば文章が書けたら本を残すとか、小説を書くとか、調べてまとめるとか……。その歴史が、ふねをなくしたことなのか、あの運命の真珠湾なのか、彼が決して語らなかった笑顔の外のことなのか、つまり不名誉な、それ以外の戦争なのか。飢えて死んじゃったとか。南の国に船で運ばれている途中、戦う前にただ一方的に魚雷で沈められちゃったとか。虫歯が直せなくて痛かったーとか。よくわかんないけど。……書いてあげる。もう一回再現してあげる。無神経で無頓着じゃない言葉で。それもある意味、航海でもあるんじゃないかなぁ……って。思った。思っちゃった。海で、往き場をなくして、陸に上がってそんまま終わっちゃった彼をもう一度航海させること。過去というものを現在に航海させること。今という海に、解き放ってあげることですよね。生きものとして。ずっと止まったままなところから……。だって船って、昔のふねって、みんなの話や言葉や映画や思い出のなかで、何度も沈んでますよね。好きに沈められちゃってて……。なんだっけ、あれ。ディカプリオ。ああそれ、映画のタイタニックとか毎回沈むじゃん、って。綺麗に沈むじゃん。みんなふねが沈む話大好きじゃんねーって。なんでしょうねあれ。ほんと。……なんとなく、そう思った。だから、だから海軍さんの軍艦が沈んで、それはほんとつらくて、あと海戦に勝って嬉しくなったり、ロシアと戦争して、長門がいて、いっぱいふねを浮かべて、なんか……そういう話をくり返し話すことで、うん。何かができる。映画みたいに、何かがもう一度再現できる。タイタニックのごはんの場面とかめっちゃ綺麗ですよね。あたしはタイタニックに乗ってなかったけど、それが綺麗だったことを知っている。あとから作った映画があったから。……綺麗、……綺麗だった。沈む時もねえ……。綺麗。……うん。うん……。綺麗、だったことを知っている。何かを書き残せば、例えば魚雷のせいで沈んだ船から放り出されて海に置いてかれちゃった、その十時間を記録すれば、映画とかにすれば、みんなはその十時間を知ることができる。十時間ずっと悲しかったことや苦しかったことが……。……海の中で爆弾や爆薬が爆発しちゃって内臓が破れちゃって、苦しいっていいながら死んじゃった人たち……。
 ……うん、彼がほんとに日本海軍というものだったとしたら、これはとてもまずい感情だということはわかってました。だって日本海軍が好きな女とかやばいですよね!?マジ、字面が……。いや、実際いるのかもしれないけれど、レキジョ?とかオタクとか、なんとか、どこかになら……。いや、そもそもそういう意味じゃなくて、オタクとかじゃなくて、……軍艦マニアとかじゃなくて、あたしが彼の栄光と悲しみの顔がうつくしいというのなら、あたしは彼の炭鉱の話もいっしょに引き受けなきゃなんない、ですよね。話さなかった真珠湾以外の戦争の話も……。海軍がもう一度自由に航海することは、どういうことか、って……ことを。航海したら最後、きっと彼、そこでまた虫歯になるんだ。そこで戦争になっちゃって。アメリカとか南の国の人とか日本人とか、チョーセン……韓国?な、んですか……ね?……の人とか、そこにいた人たちもそこでぜんぶ死んじゃって。ああ……。……ですよね、……そうですよね。そうなんですよ、ああ、これがセンセのいう歴史、ですか、歴史の話、ですか。歴史を自分のこととして引き受けること。ああ、そうですね。……難しいですよねえ。そうか、すみません、授業をぜんぜん聞いてなくて。うるさい生徒でしたよね。騒いでて。あるいは携帯ばっかり弄って。そっぽ向いてて。歴史から。
 しょげきっている海軍さんを無言で引っ張って家に帰りました。その夜は無性に虚しくなって、正直その後の数日は憂鬱でした。彼と顔を合わせんのも。あたしはどうすればいいのかわかんないし、海軍さんもどうすればいいのかわかんないみたいだった。気を利かせて横浜に行ってみたりしたのに。あたしはむかついたし。申し訳なかったし。互いに無力だってわかった。世界ぜんぶに対してです。で、連休はそれで終わりました。かつてないほど虚しい連休だった。

*
 その夜、夢、見て。……うん。虫歯になる夢……。処置される世界の夢。あたしが戦争に行ってた夢。なんで女なのにここにいるんだろとかそういうの無くて。疑問とかない。夢なので。夢特権だよね。ぜんぶ夢です。
 兵隊さんがいっぱいいて、あたしもその一人で、兵隊で、あたしは飯盒を磨く係だった。みんなの飯盒を磨いてあげるの。綺麗に。ピカピカに。うん、ないよね、実際の海軍に飯盒を磨く係なんて。つか飯盒って陸軍だった気がするけど。読んだ本では。……うん、だよね?綺麗に磨けるとめっちゃ嬉しくて。だって白いご飯が。ちゃんと炊けるので。食べれるじゃん。でもそこにお米がなくて、貝殻を飯盒に入れてた。桜貝とか法螺貝とか、宝貝、カズラガイとか……。
 みんなで必死に貝殻集めてたなあ。なんか、たしか貝とお米が交換してもらえる制度がそこにあった気がするんですよ。誰もそんなこと言ってなかったけど、夢って、夢世界の掟やルールがわかるじゃん。説明されなくても。体感的に。感覚的に……。
 しゃがんで集めてたら、誰かに飯盒を蹴られました。それって飯盒ピカピカ係のあたしへの宣戦布告ですよね?貝も全部ひっくり返っちゃった。あのね、ひっくり返った貝はお米に換金できないんですよ。汚れちゃうし。集め直しなんです。欠けたら価値がなくなるんですよ。綺麗な法螺貝は単価が高いから人気で。法螺貝いっぱい取れたのにーって。どうしてくれんのよ、って。蹴った靴を見て、足の主を見上げたら海軍さんでした。
 すごいむかつくニヤけ顔で海軍さんが、上から偉そうに話しかけてくるわけですよ。そこの下衆な人間……みたいな。でもあたしも違和感なく聞いてて。ハイ、ハイ、申し訳ございませんみたいな。飯盒蹴られてすみませんみたいな。邪魔でしたよね、って。現実だったらまず殴って追い出してたよね。家主はあたしなんだからさ。てめーあたしの貝に何した?ってなるよね。これあたしのご飯代なんだけど。あんたのご飯でもあるんだぞ、みたいな。……夢だからそうはなんなかったけど。
「貝を集めろ。貝殻を集めると貴様も徳が積める。竜宮城へ行けるんだ」
 とか言われて。いや、今集めてたから。お前が蹴ったんじゃん……あたしを急かすなよな、と思うこともなく、徳を積もうともう一度貝を拾い始めたくなりました。竜宮城にもいけるらしいし。竜宮城て何?あとなんでかあたしは夢の中で、彼を尊敬してました。蹴られたけど、海軍さんと話せて嬉しかったような……気がする。
「海軍さんは白米主義者ですからね、すばらしいです」
 って褒めたのを思えてます。今はもう何がなんだかわからない。白米主義って何……?あたしは彼の完璧な白米主義を褒めたんですけど、そのまま海軍さんに二、三度殴られました。「俺に馴れ馴れしくするな一兵!」って。……あんな感じに、戦争中は人間殴ってたのかなあ……いや知らんけど。あれ夢だし。ただのあたしの夢。あたしは彼の白米主義を褒めただけなのに、殴られたんですよ。許せないですよね。でも、やっぱりそれを理不尽だとは思いませんでしたね。夢だからかな。
 てか、今思えばあたしって、夢の中でも貝殻を集めてたよね……。ビーチコーミング。徳が積めるってなんだ。賽の河原か。徳とか利益とか意味とか考えるのはビーチコーミング友の会の会員失格ですよ。ほんと……。まあ実際あたしたちは利益というか、お米が欲しくて貝殻を集めてたんですけどね。……徳が積みたいんじゃないよ、あたしたちはご飯が食べたいだけだ、お腹が空いてて食べるために必死なだけだって思った。龍宮城なんて行きたくないよって。それを覚えてます。
 浜辺の砂は白く細かくて、あ、これ骨でできてる……ってわかりました。白骨……の道?なんだっけ、……あー白骨街道か。本にでできたので夢にも出てきたんだと思う。海は赤くて、血でできてて、太陽は黒かった。いやホラーじゃんて。いま説明すると思うけど、夢の中ではぜんぜん怖くなかったなあ。まあ夢なのでぜんぶぼんやりしてるしね。
 あたしは海軍さんに怒られたり怒鳴られたり殴られたり蹴られたりしながら、頑張って貝を集めてて。「気合いが足りない」とか「甘えてる」とか海軍さんは怒ってた。見たこともない顔してた。こ、怖ー!って感じの。……出会った当初に軍艦の話を振られてあたしは興味なくて、海軍さんは拗ねちゃって。ぶつぶつ文句を言われたことがあったけど、その時にあたしがチクチクうに太郎とか呼んだ時すらそんな顔しなかったじゃんて。
 あたしはせこせこ貝を拾って、貝って脆いんだな、刺せば死ぬもんな、弾で撃てば一撃だもんな、集めるのなんて戦艦があれば余裕だよなーって思ってた。あたしたちにはふねがいっぱいあるしって。海軍さんもいるし。ぜんぶ集めてやるって。今から思えば意味不明だけど。そうやってあたしは貝を集めて、貝を集めたことで、ご飯食べれてた。ご飯は貝を集めてゲットできる。最初は貝がどれも綺麗で、素敵で、可愛くて大切だったのに、最後のほうは貝なんてどうでもよくなっちゃってたね。大きくても小さくてもどれも一緒。みんなおなじ、意味のない貝だ、って。貝どもは集められることしか価値がない、むかつくぜ、みたいなむかつきすらあった。いろんな貝の見過ぎ?貝のこと考えすぎだったのかなあ。集めすぎて。あたしのご飯に変えられれればなんでもいいやって。むしろ小さくて脆くて助かった。集めやすいし、軽いし扱いやすいし。貝がいっぱい集まって、貝の数に余裕ができたら、いらない貝は潰して捨ててた。邪魔だったし。必要ないので。小さくて汚い貝はいらない。それが戦場だもんね、仕方ないよね、じゃなきゃあたしが貝になっちゃうもんねって。捕まって、集められて。誰かのご飯に変えられちゃうって。まじ意味不明な夢だった。なんだそれ。なんだったんだあの夢……。
 貝を潰してる海軍さんが笑ってる。嬉しそうに笑ってる。あたしも貝を潰して嬉しそうに笑ってる……。みんなで笑ってる。なんでかわかんないけど。嬉しかったし楽しかった。みんな仲間だった。よかったよね。白いご飯が食べれたからかなあ。……もしかしたら貝のおかげで炭鉱が栄えてたのかもーって思ったの覚えてます。……夢で。あと比叡のオメシカンが綺麗だった。でも戦艦比叡じゃなくて、軍艦巻きが比叡って名前だった。夢だから笑わずにすみました。あれがいわゆる海軍さんの白米主義だったんかな。ウケるんですけど。なんか足元は水に、海と波に満ちてて、……だんだん水が上がってくるんだけど。ぜんぜん気にならなくて。みんなで笑ってたので。海水はとても赤くて。寄せて引いて。……靴が赤く濡れて。
 波が迫ってきて、貝が拾えなくてちょっと焦ってきてた。あー桜貝がある!と思って拾おうとしたら人の爪だった。それでも楽しくて笑ってた。海軍さんが「ここには海があるから大丈夫だよなあー」って言ってて、それも夢の中じゃなんか面白かったよね。なぜか。あたしは「じゃあ四方八方に貝がありますねえ」って答えた。…………あたしたちはそこではちゃんと、共犯だった気がする。
 竜宮城は目の前だった。行きたくないなって思ったけど。……でもみんな先にいっちゃったからなーって思ってた。みんな待ってるって。……だからあたしも行かなきゃ、って。
 そこで起きちゃった。……片腕空中に上げててびっくりしたよね。顔もちょっと笑ってたし。
 あたしって実は夢日記をつけてるんだけど……いやせんせえ、虚しそうに笑わないでよ!つけてますよ、夢日記を。……寂しい女なんで、ほんと。寂しい趣味ですよ。ひとりですよ。一人の趣味好きなんですよ。友達と予定あわせなくていいし。ビーチコーミングと一緒で集めてるんですよ。夢を。寂しい趣味を許してくださいよ。……その夢日記に、あたしは、ただ一言、……地獄にいたって、書いといた。なんか、そんな気がした。……起きて、あのニヤけ顔が頭から離れなくてむかついたから海軍さんに軽くグーパンしちゃった。海軍さんはへあ?みたいな間抜けな顔してたからスッキリしました。それで夢の中の顔はだいぶ消えた。ということにした。…………彼は朝の日課で、いつも通り勝手に紅茶飲んでて。……結局彼が一番喜んでた現代の利器ってティーバッグだった気がする。コップをかき混ぜながら「どうしたんだ、やつれているぞ」なんてのんきに聞かれて。彼を殴って「アホ」とあたしは答えました。「アホアホアーホ。お前はアホ」
「阿呆とは何だ、貴様。失礼だぞ」海軍さんが気色立って言いました。
「ティーバッグ、来週まで買えませんから節約してくださいね」とあたしは釘を刺しました。
「あと三つしかないが」
「節約しなさい」
 海軍さんは心なしかしょげてました。まあ、あちらからすればどうしたんだ?って聞いただけなのに、殴られてアホ呼ばわりですからね。申し訳なかったな……。悪いのはぜんぶ夢なんだけど。あたしじゃありません。
 現実って貝を集めてもご飯にならないんですよねぇ。ティーバッグとかにも。でもそれっていいことだと思った。でもほんとうはどうだろ。あー、なんだったんだろうなあの夢。ほんと……。やな夢だった。

*
 次に来たのは盆の季節でした。
 海軍さんは二〇二〇年代の夏が苦手のようで、相変わらずエアコンの設定温度を二十四度に死守してました。
「あのですね、あと一度上げましょうよ」とあたしは言ったんです。電気代安くなりますからね。何度かそのこと説明したんですけど、そのたびに「ああ、そうか、血の一滴、ってやつか……」とか「この時代の機械には疎いが、この一度で何かが違う」とか言いながら、毎回毎回華麗にスルーしてました。あたしも毎回それをスルーして一度上げて、下げて、上げて、下げて。この動作のせいで余計に電気代がかかってるってわかったので、根気強く説得してから上げることにしてました。十回中九回は拒否されました。
「この世界は暑くないか」と海軍さんは言いました。いつも通りの事実上の交渉拒否にあたります。十分の九です。交渉決裂です。もうこれ軍港を奇襲するしかないっすわ。これ真珠湾ですよね。自分ごととしての歴史。だってこれあたしが払う電気代なんだけど?まあ、そりゃ暑いんですけど。……今の夏はやっぱり暑い。
「やっぱ今の夏って昔より暑いですか」
「暑い。考えられん。どこも機関室みたいだ」
「はあ……。あのう、……負けた時も、暑かったですか」
「ああ。暑かったよ。たぶん」
「たぶん」
 あたしは元気もなく繰り返しました。海軍さんはぼんやりと言いました。
「暑かったのは憶えているが、どこにいたのか思い出せん。つまりそれがいつだったかもわからない。…………あれは、八月十五日だったのかなあ……」
 その声には空虚なあわい絶望があって、虚無感すごくて、あたしはやっぱり、ぜったいに彼とはわかりあえないんだ、と思いました。あたし、学校の勉強も、歴史の授業なんてのも興味がぜんぜんなかったんですよね。だから彼とおなじ言葉で話せないんだ、って……。場所と属性の違うひとと、ひとしての交わりが、できなかった。彼と。おなじ国にいるのに、おなじ歴史を一緒に持っていないから。太平洋戦争、中国との戦争、軍艦がいっぱいあったこと、真珠湾とか、テッタイ作戦が上手くいったことの喜びとか、仲間がいっぱい溺れちゃったこととか、比叡とか、博覧会とか、キョクジツキが鮮やかだったこととか。陛下にお声をかけてもらったとか。だから喧嘩すらできなかったんです。戦争反対とか兵器を造るなとかひとの国侵略するなとか、炭鉱のこととかレンコウとか、何も言ってあげらんなかった。戦争もその反対の理由もぜんぜん詳しくなかったから。そういう言葉にあたしは根拠を持たなかったから。……あたしの言葉じゃなかったから。きっと彼も笑って聞かなかったでしょう。……れきし、って、一体、なんなんでしょうねえ……。
 彼のいう八月十五日って、ふつうに終戦の日なんでしょうけれど。その海軍さんの言い方や普段の話ぶりを聞くに、真珠湾の十二月……そう、八日?ほどはっきりしてなくて、そうなんですよ、彼、十二月に大切な子どもたちを真珠湾に見送った話ばっかりするのに、戦争に負けた日ばかりはなぜかぼんやりしてて。……なんでしょうね。あれ。俺っちは負けてなんてないっち、という意志の表明だったのかな?……それにしては、心の底から悩んでいるみたいでした。……あー。へえー。そっか。べつにぴったり戦争が終わったわけじゃないもんね。樺太?へええ……。……それに皆が日本に帰ってくるのか。そりゃそうか。…………なんだか、本当に不思議になりました。
 あたしたちは八月の十五日に戦争が終わった、ということを知っていて、あるいはそう言っているんですけれど。彼はそう思ってないか、あるいはそもそもそれを知らなくて。ただ暑かったよねーたぶん、って言ってて。あたしたちの今もいつか、こうやって雑にまとめられちゃうんですかねえ?
 彼は過去に居て、過去の存在として現代人から認識されていて、あるいはされていなくて……。
 なんか……なん、か、……。あれなんです、もしあたしが、あたしがです、あたしが。海軍さんじゃなくて、あたしが海軍さんの時代に行ってたらどうなってたんでしょうかね。って。思ったことが、何度か……。あっ、た。
 だってこの状況、というか二日前に終わったあの状況、ぜんぶおかしいですよね!?なんだ、日本海軍を拾ったって。そんなもんそこらへんに落ちてるか、普通……って。拾った、ってなんだよ……。栗じゃないんだから。だからもっとおかしいことが起きてもおかしくないねって。思ったことが、あった。あたしがあの時代に落ちてるってか、あたしが海軍さんに拾われるのか。でも、やべーなって。それ、やばそうですよね。
 そもそもあたしが海軍さんより優位に立ってたのは、ここが現代の日本で、海軍さんになんの権力もなかったからなんですよ。そこが戦争中の日本で、海軍さんに権力があったらどうすんだろ、どうなってたんだろ、って……思った。思ってた。
 あれなんですかね、クーラーの権利とかあたしにないし。まあクーラー代もあっち持ちなんだろうけど。「これだから女は」とか言われちゃうんだろうか。あたしはたまたまティーバッグを買って持ってて。ぜんぶ奪われちゃうんだろうか。って……。
 もしかして……あたしも……軍艦にされちゃう……?の、かなあ……なんであたしが航空母艦に?……とか考えて。で、よくよく考えたら彼の軍艦はべつに人間が姿を変えられて造られてるわけじゃないしね!?って。まあ、そういう、危うい感じの関係の上にあたしたちは立っていたわけですよ。たまたまあたしが家主だっただけで。
 あたしはチクチクうに太郎さんが八八艦隊をフルコンプしたかった~とかミッドウェーのヒヤリハットとかを一人で語ってる中で、ま~それを綺麗に無視し続けました。こいつはただの感情の尖ったうに野郎だ、って……。うにが何か喋ってるなって。思って。思い込むことに決めてて。
 今から思えば、やっぱりあたしはそういうのの悔しさを共感しちゃいけなかったし、共感しないように頑張ったことに自分を褒めてやりたいっすね。だって、一緒に感動したら、負けですよね、そんなの。そんなの、それこそあたしが戦争中にタイムトリップしてるのと一緒じゃないですか。
 海軍さんのあのうつくしさは一瞬だったんですよ。だからまあしかたないんですよそれは。でも、一緒に肩組んで感情移入までしたら終わりでしょ。戦艦土佐のくす玉が割れなかったって、それがすこしだけ悲しかったって、海軍さんが呟いて、そして黙って。ふねはあんなふうに生まれて、そして沈んではならない、って言いきって。でも、だから……だから、だから一体なんなんですかね?あたしたちはそんな悲しみに共鳴しないで、ちゃんと割れるくす玉を作らなきゃなんないんすよ。それが歴史の学びってやつでしょ。たぶん。知らないけど。……あたしたちはこれからも、くす玉を割り続けなきゃならない?……海軍さんとは違って生きている、から?海軍さんって、もう、死んでた、死んでいるんですよね……。あれ……。過去の存在で……二〇二〇年代のものではない。ああ……そう、そうなんですよ……そう…………。
 ……ねえ、日本海軍さん。あたしにはできる。あたしにはあなたの正義を否定してあげることができる。でも、あなたが頑張って守りたかったものがなんなのか、を一緒に考えてあげることもできる。あなたのなにが正しくて、なにが過ちだったのか、ということをたぶん理解してあげられる。理解しようとしてあげられる。あなたが八十年前に誰からもされなかったし、してもられなかった……距離感、というもの、を、あたし、は、保つことができる。できる。できる。できる。できる……。二十歳ちょいのふざけた女から。ただの人間から。普通の距離で。ツッコミでも、ハグでも、何でも。歴史的な批判でも。なんかみんなかっこいい艦だよねとも。ほんとうはそれができたんですよ。……できた、できたはずなんだ。でも、その時にはできなかった。彼の語ることに反論も肯定もできないまま、もやもやっとしたまま、戦争するみたいにクーラーの主導権を奪いあうことしかできなかった。彼にティーバッグしか施してあげられなかった。あたしは彼のことをなにも知らなかったから。
 一つ屋根のした共にあったあたしたちは、日本海軍のことも軍艦のことも戦争のことも語るすべなく、ただ一緒に生活するしかなかった。生活を。でも、生活をするという人間の……一つの当たり前の生き方が……あれが彼の滅んだあと、……の、なにかひとつの救いになって、い、ればいいと思いました。日本海軍が日本海軍でなかった今、日本海軍さんにとって。あたしは話ができなかったけれど、……この国に空襲とかさ、ないじゃん?今のあたしと彼に、爆弾は落ちてこなかった。……彼は八十年後の戦争がなくなったこの国の今を、どう思ったのかなぁ。

*
 ……ある彼岸の週末の夕方、あたしたちは、一緒に浜辺に行きました。
 彼岸の日に海に行っちゃいけないってよく言うけど、あたしはもうそういうのどうでもよかったし、海軍さんを考えればむしろ積極的に近づいてみたらどうだろ、とすら思ってたんです。そもそも彼岸の向こうの存在ですよね。だから彼にも言ったんです。あの海にいたんだから、あの海から帰れるんじゃないかって。
 で、実際その通りになりました。
 初めて会った時と同じように海岸の石階段に座って、夕陽を眺めながら、暑いーとか焼けるーとか、そんなことをぼんやりと話してました。もうあたしたちには夏の暑さのことしか共通になりうる話題はないんだな、って思ったのを憶えてます。キョーセーレンコウのこと、なんの知識もなかったな……。レンゴウカンタイのことも。今から勉強するか、歴史を。ウィキペディアで。軍艦以外のページも見なきゃ、とか思いつつ。
……すくなくとも、今、はもう間に合わない。間に合ってない。おなじ言葉じゃ話せない。孤独とか栄光とか、彼がいちばん大事に抱えてる、よくわかんないものを。だから、いちばん語り合うべきであろう主題を夾叉するように、日焼け止めという現代の利器の話や、艦隊勤務では真っ黒になることなどを話してた。その時のことでした。
 いきなり海軍さんが、後ろにいた青年に肩を叩かれたんです。優しく。いつくしむように。いままで青年の気配に気づかなかったんで、あたしたちはただ、びっくりしました。
 愛宕、と海軍さんは驚き叫びました。愛宕って、え、じゅうじゅんあたご?あたしはウィキペディアで愛宕の記事を読んでました。たしか「火垂るの墓」でもでてくる級ですよね。なんか太った感じの、デッカい、強そうな艦です。そしてその艦も戦争で沈んでる……。で、そう、このその青年を確かに愛宕、と呼びました。海軍さんがもう少しがっしりしたようで、そしてもう少し幼いかんじの……そんな子でした。
彼が着ていたのは緑色の、緑と茶色の間くらいの、陸軍みたいな軍服でした。ウィキペディアの海軍の軍人さんの、遺影みたいな写真に写ってるような真っ白な軍服じゃなかったけど、初めて会った海軍さんみたいな、ボロボロな姿じゃなかった。パキッと綺麗な軍服で、これから戦場にいくというよりは華やかな社交界にでも行くかのような。沈む瞬間にも、海底、という、ひとつの海の港へと向かう時にもきっと、うつくしい艦の姿のままだったんでしょう。
「迎えに来ましたよ、父上」
「ええ?嘘だろう?」
 と海軍さんは奇妙な笑いを孕んだ声で、信じられないように訊き返しました。単純、嬉しそうだった。そりゃそうだ。あたしも唐突すぎてなにもかも信じられなかった。
 迎えに来た。つまり彼は彼を連れて帰ってくれるだろう、というはずの宣言でした。いやいや、オメシカンが先導したれーよ。大戦艦のだれかとかさ、とあたしは思ったものの、きゃっきゃしてる二人の仲はとても良さそうで、まあ、うん、本人たちが良いのならそれでいいんでしょう、そう思いました。
「嘘ではありませんよ。俺はふねなんだからあなたを連れて行ってあげられます」
「そりゃそうだ。助かった」
 いやどんな理論だよ、あたしは思いました。まあそんなもんなのか?彼岸って?ふねってすごいんだなぁ……って思った。肩をすくめて、愛宕は言いました。
「あなたはこう、すぐに迷うからいけない」
 あちらでは彼岸前に海に寄ってはいけない。迷ってしまう。あなたはふねではないのだから、と愛宕青年は呟き、じゃあ行きますよ、と言った。そしてあたしにむかって父が相迷惑をかけました、と謝りました。愛宕は海軍さんの手を引き、立たせました。
「はあ……帰れるんですか」
「みたいだ。世話になった。ほんとうにおかしな世界だった。暑いし」
 と晴れ晴れしく海軍さんも言いました。もうこの世界のまとめに入ってた。めっちゃ雑~な感じに。あたしたち現代人が、現代日本人が築き上げた平和な世界は、そりゃあの時代の軍人にはおかしな世界に見えたでしょう。ささっと雑に片付けたくもなるでしょう。あたしの平和は、彼らを救わない。彼らの世界はそういう制度だった、そうあった、グンジコッカだった、そしてそのまま永遠に不変だ。それが過去ゆえに。彼らは過去にいる。永劫にいる。それが、なんだか無性に悔しかったです。平和のシソウもよくわかんないのに。
 ユニクロの一九九〇円のTシャツを着た海軍さんと緑色の軍服を着た愛宕は、へっぽこな二人組のようで、おなじ空気にほどけていました。あれが過去そのものというものだったんでしょう。あたしのけっしていない場所です。
 あの、あたし、……と海軍さんに声を掛けようとした瞬間、そこには、もうなにもなくて、ビーチコーミングをし損ねたような女が階段に佇んでいるだけでした。
 ほんと、その時のあたしは間抜けに見えたでしょう。口をぽかんと開けて夕日を眺めてるだけの寂しい女に見えたはずです。寂しい顔をしてたと思います。もっと喜ぶべきでした。ホント。喜ぶべきだった。変な同居人がいなくなったんだ。クーラーを二十五度にできるのに。なんなら二十六度にだって。なのに……。

*
 あたしは海軍さんのことを一度も海軍さんと呼び掛けたことはありませんでした。半分は彼の話を信じてないフリをしつづけてたからです。あなたとか、お前とか、ふねオタクとかカッパとかナマコ野郎とか、チクチクうに太郎、あとはただ海っちって呼んでた。
 だって海軍さんに海軍さんが海軍さんだと認めて海軍さんと呼びかけたら、あたしは一体何なんですか?ただの一民間人の女になっちゃうじゃないですか。エアコンの温度は二十四度で一生固定されたままになっちゃうんです。何なら二十三度にされちゃうかも。扇風機もいつも強風になっちゃって。ダブルで稼働してて。自分だけ風に当たってて。そうやってぜんぶの権限があっちに行っちゃうでしょ。あたしは彼を日本海軍だって認めちゃいけなかった。あたしはけっして海軍さんの威信を享けてはいけなかったんです。だってここは二〇二〇年代の日本で、軍隊はもう存在しないんですから。現代人のプライドってやつだったのかもしれませんねえ……。……いや、それもどうだろ、これはあたしの言葉なのか?ほんとうにあたしが考えていることなのかな?自分の集団を根拠にしてるだけなのかな。平和ってほんとにあたしの言葉だったのかな……。
 うう……。海軍さん……海……。日本、海軍さん……。海っち……ああー海っち!……ああ……あの時、あたしは、海っちを大日本帝国海軍さんって、一度でも呼んであげるべきだったんですかね……?あたしはその威信とやらを、ちゃんと肯定してあげるべきだった……?彼のうるわしき艦隊を……?…………え?引く?マジの右翼っぽい?真実に目覚めてるみたい?うるせー!だったらなんだんだよー!!そもそもンなわけないだろアホ!バカ!エロ教師!生徒の食事の誘いに軽々しく乗るな!
 ……………………あたしにとっては、ただの海っちだった。戦争の、グンコク主義の、侵略の道具でも、過去の存在でもなくて、ラムネの話で盛り上がる変な同居人で……。そんなのめちゃくちゃなのはわかってます。彼は大日本帝国海軍だった。彼は悪い人だった。悪人だった。彼はうるわしい艦隊とグンカンキのあざやかな赤の話しかあたしにしなかったんだもん……。真珠湾の話ばっかで、それが卑怯だったなんていっさい言わなくて、長門と陸奥と赤城と愛宕で利根で足柄で、徴傭なんて語んなかったし、いっつも自分がカッコいい話ばっかで、それが語り継がれていることが少しでもわかればバカみたいにご満悦で……めったに行きもしない本屋でNF文庫の緑の背表紙を見るのが大好きで……。でもけっして本を手には取らないで……。
 ……は?なんで?怖かったからだろ!自分が未来にどう評価されて褒められて貶されて裁判されてるか知るのが怖かったんですよ!!だからNF文庫に取り上げられてるような感じの、タイトルにある感じまんまの話ばかりしかしなくってさあ……。
 …………え?戦争犯罪の話……?ほとんどしなかったですよ、ぜんぜんめったに、そんなの、それこそレンコウとかくらいですよ……。それも犯罪だと思ってたか謎ですよ。彼、笑ってたんですよ?楽しそうに?なおいっそう、鮮やかに?あたしはそれに、なぜか見惚れてしまっていて?このうつくしさはなんなんだ、なんてあたしには疑問を挟む余地もなかった、圧倒的で暴力的なくらいにうつくしくって、うつくしくって。……うつくしくて。あたしはそれを、知っている。あたしは、そのことを、ちゃんと知っている……。わかっている。そういうはなしばかりで彼が満ちていることを知っている。彼は未来の、今の人間にそういう愛され方ばかりを、されているということも、あたしは知っている……。この愛情には危うさがあるんだ、それはわかってます……。知ってますよ、ちゃんと、そんなこと……。
 え?……酔っぱらってる?酔ってないですよ、酔ってない。酔ってるわけじゃないじゃないですか。帝国海軍の大義になんかあたしは酔ってないです、そうじゃなくて、じゃなくて、じゃなくってあたしもあの文庫本の多くの読者みたいに、表面のうつくしさを撫でていとおしむことしかできないんですよ。だって、彼、やっぱりうつくしかったんです。彼の語る大艦隊のこと、壮麗なお召艦、艦の上から見た広い海と青空のこと、なによりそれを嬉しそうに語る横顔、実際に軍服姿だった愛宕の軍服だってほんとに、……あれが思い出の話じゃなくてなんなんですか、うつくしくなくってなんなんですか、うるわしき追想ですよ。綺麗な思い出ですよ。でもあたしは知っている……。あたしが知らないことばかりだって、彼が語らなかった多くのことがあったことを知っている。やましい沈黙を知っている。……そうやって、あたしなりに時代を問うていくしかないんですかね……。あの顔を……笑顔を。うつくしさと語らなかったことを、忘れないでいたい。歴史を……彼とおなじ言葉を話すんだ……ウィキペディアで……新書で……ああ……。あー……。
小説「人間の愛し子 抄」
 
 
 この混乱期に長崎に向かうことができたのは幸運だったに違いない。
 三菱重工業はそう己に言い聞かせていた。
 祖国の敗戦を受けてたった三日後、彼は故郷であったその地に赴くことができた。本社の面倒を打ち捨て、一心不乱にただ長崎へと向かった。あとで社員や重役に露呈すれば怒られるにちがいなかった。それに失望されるだろう。この非常時に己の会社を捨ててくるうつしみがいるだろうか。
 会社である義務を捨て矜持を捨て、まるで一人の人間のように、欲求のままその地へ赴いた。わが胎動の揺り籠。官営の長崎造船所を前身に戴き、三菱の長崎造船所として彼はその地で生まれた。彼は上海が間近なその地を恰好の稼ぎ場として愛し、八幡製鉄所の温かい膝元として愛し、端島炭坑と高島炭鉱の供給場所として愛していた。それ以上に、東京とはまた一味違う風情を愛していた。グラバー邸や南京町のような異国情緒を、長崎くんちの華やかさを、坂の多い街を、人びとを愛していた。まるで人間のように。人間のようにそれらを愛していることを実感する時に、自分が人間のようだと感じることを愛していた。彼は、長崎が好きだった。
 汽車の中で彼はその「幸運」を己に言い聞かせていたが、もしまわりの人びとがそれを聞いたのなら正気を疑ったに違いない。
 誰も故郷が爆心地となっているところを見たいとは思わないだろう、しかも自分のせいでそうなったのに、と。

 長崎への原爆投下はたった数日前のことであった。
 その状況の惨状は彼の耳にも入っていた。たくさんの人間が焼けただれ果てるとはどういうことなのか?東京の空襲とはどう違うのか?一面が更地になっているとはどんな情景なのか?すべてがすべて、空絵のように想像がつかなかった。だから直接見に行くしかなかった。
 どうにか運行していた列車を乗りついだ。軍隊から解放された兵士や労働者や、朝鮮人。早くも復員につけた幸福な内地人。もう空襲が来ないことで堂々と町へ帰ることができる疎開した人びと。
 泥と埃にまみれ、皆が皆疲れ果てた顔をしていた。敗戦に打ちひしがれているというよりも、ただ単純に、疲れているだけに見えた。そこにはお国や鬼畜米英や大東亜共栄圏などの栄えある大義がなかった。やつれた小さな人間たちがいるだけだった。
 窓際の席に押し込まれるように座っていた重工は、ぼんやりと外の風景を眺めていた。なにもなかった。彼が気づかないうちに、この国はなにもなくなっていた。
「土佐は、どう思うかな」
 ぽつりとつぶやいた自分の言葉に、重工は驚いた。ふいに大声で笑いそうになり、どうにか堪えた。
 なんだ、やはり自分はあの子の処遇を気にしていたのだ、と今更に彼は気づかされたのだった。
 ワシントン海軍軍縮条約下のもと、せっかく生んだにもかかわらず軍縮のためにそのまま沈めるしかなかった日本海軍発注の戦艦・土佐。三菱重工業にとっては第三三三番船たるふねの死を、とっくに乗り越えた――あるいはそもそもあまり気にしてもいなかった――と彼は思っていた。手渡しさえすればそれは発注相手の所有する製品なのだ。自分の物ではない。好きに自沈させればよい。それなのにいま思いだすのは未完のふねの容貌と、そのうつしみたるあの子の鮮明な眼差しだった。彼の脳裏の戦艦土佐は今、その視線で親の末路を問うていた。

 あの海が見えれば、長崎も近い。彼は気持ちに急かされて、長崎造船所を訪れた。
 長崎造船所だった場所を訪れた。
 彼は「幸運」の結末をその地で見た。
 瓦礫に埃、何が焼け焦げたのかわからない痕、死臭、死体、服の切れ端、そういったものすべてが、「かつてのもの」としてそこにあった。
 浦上駅を降りた先に、浦上天主堂がある。彼は異教徒ではなかったが、その建築と意匠に密かに感銘を受けていた。人間の造る構造物が好きなのだ。それにキリスト者の人間たちが熱心に祈るその姿を、長崎特有の美徳として彼は認めていた。浦上天主堂はがらくたのように崩れ落ち、原型を留めていなかった。
 そこには三菱長崎造船所幸町工場があった。三菱長崎製鋼所第一工場、三菱長崎製鋼所第二工場、三菱長崎製鋼所第三工場があった。三菱兵器茂里町工場が、三菱工業青年学校が三菱電機鋳造工場、三菱兵器半地下工場があった。多くの人間たちが居たはずだった。多くの人間たちが兵器を造り、それが飛び立ち駆り出され、戦地へと向かい、敵国人を殺戮していたはずだった。原爆の目的が自分の兵器工場であろうことを彼は理解していた。自分だったらそうするだろうからだ。
 
 一機のB-29が飛んでいた。
 その下には膨大な瓦礫があった。
 瓦礫の上に立っていたのは、自分の「子ども」たる戦艦土佐だった。彼は親切に教えてやった。
「あれはB-29と言ってね。いろいろなものを日本へ運んできた。まあ、黒船のようなものだよ。でも砲をぶっ放している黒船だ。ボクたちはいつもアメリカの乗り物に手が届かずに、ぼんやり見つめているだけだねえ……」
 土佐はにこりと笑って言った。悪戯に成功した子どものような笑みだった。
「もう少しで届いたかもしれませんよ」
「そうかもね。お前のようなふねをいっぱい生んで対抗したから」
「頼りなくて、ごめんなさい」
「そんなことはない。お前たちは上手くやったよ。ボクがそう造ったからね。悪いのは運用者だ」
「にんげん?」
「人間と、人間と同じような存在のボクだ。土佐」
 すぐ近くに赤ん坊の死体が残されていた。この子にもこの世に生まれた理由あったに違いなかった。三菱重工業の兵器工場を狙った原爆に巻き込まれずに、生きる価値があったに違いなかった。まっすぐな親の愛情が、この生を生み育んていたに違いなかった。
 だが重工はそれを無視して言った。今はただ自分の子どもである土佐に土佐だけに顔を向けた。土佐を見つめて、土佐の顔を懐かしく思い、それが狂おしいほど愛おしく思えた。彼は土佐の顔を覚えていた。記憶と寸分も違わぬあどけない顔だった。記憶が違わなかったことが嬉しく、また誇らしかった。彼は自分の製品の容貌と顔をひとつたりとも忘れたことがなかった。それが彼の誇りだった。
 重工は背筋を伸ばし、それから頭を深く下げて土佐に言った。
「お前には、ほんとうにすまなかったね」
「そうしたくなくても、そうしなければならなかったのでしょう?」
「ただ金儲けしか考えてなかったのかもしれないよ」
 その言葉を聞いて土佐は淡く笑った。すべてを知っている、わかっているというような笑みだった。受容、寛容、侮蔑、拒否、愛情、憎悪、離別、そのようなものをすべて含んだ横顔だった。土佐は殺すために自分を生んだ親を理解していた。その表情を見た瞬間、重工は灼熱の業火の中にいた。溶接の炎の中にいた。砲火の炎の中にいた。空襲の炎の中にいた。B-29が放った炎の中にいた。この炎が蜃気楼なのか夏の灼熱の幻影なのかも重工にはわからなかった。それでもその熱さを甘受するしかなかった。辛くはなかった。なぜなら空襲の戦火も、長崎の原爆も、艦砲射撃の砲火も、八幡製鉄所の鉄も、その熱さは重工とつねに共にあったからだ。この熱さをわが親とし、伴侶と決め、産屋と思い、揺り籠であると知っていた。だからこの熱さでボクはまだやっていける、まだ生きていけると重工は思った。すなわち此処こそが重工にさだめられた生業であり常態の地獄であるに違いなかった。
 B-29が飛んでいく。
 蜘蛛の糸のような白い飛行機雲をえがき飛んでいく。
 自分の生んだ航空機と同じ音を立てて飛んでいく。
「綺麗ですね」
 と土佐が言う。空を仰ぎ見る彼の眦が無垢に染められ、きらきらと光っていた。
 戦艦土佐が笑う。
 重工も晴れ晴れと笑った。
「うん」
 八月十八日、三菱重工業は被爆した自分の誕生地で、戦禍と同じように自分が生んだふねであり沈ませたふねである戦艦土佐に、わが製品に、わがふねに、わが存在意義に、わが愛し子に、赦されたことを理解した。

#小説
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
「海にありて思うもの」という航空母艦海鷹の小説があったのですが、完成しないのと、「ねりあぐる葛」に漫画として編入したいのとで、今のところ未完ですがメモとしてここに上げておきます。 #「ねりあぐる葛」(船舶擬人化)
 書く気が無いというよりは、ネタ自体は面白いけど構造から書き直さないと小説というものにはならないな~…という限界を感じました。陰気にあるぜんちな丸がぶつぶつ考えているだけなので。なら漫画に抽出した方が良いかも……と思いました。未定です。小説として完成させる可能性もあります。
#小説

 大阪商船三部作・第三部「ねりあぐる葛」、大阪商船の貨客船であった元あるぜんちな丸である航空母艦海鷹と、その「姉妹艦」である大鷹型航空母艦(元日本郵船の貨客船たち、大鷹・雲鷹・冲鷹と元ドイツ貨客船、神鷹)の話だと良い。大阪商船三部作であるにも関わらず。何故ならそう、あの世界で彼女たちは、故郷と帰属の差異など均されてすべて軍に統合されていたわけで、









***



この三篇を、あるぜんちな丸ではなく貨客船新田丸に謹んで捧げる。汝こそ特設艦船の極北たりき。また一編「孤独の極北」をとり、李良枝「かずきめ」に憚りながら付す。




1「南洋の追想」特設運送船あるぜんちな丸

「ふねなんだから使ってナンボだ。貨客船も運送船も何も変わらん。そうだろう、あるぜんちな丸」
 その船内は薄暗かった。華の貨客船とも勇壮なる戦艦とも違う、貧弱な輸送船の、貧弱な船内だった。物は未だ少ない。
「そうです」
 と、答えた特設運送船あるぜんちな丸の口調は柔らかかった。たおやかな乙女、それに近かった。こそばゆさと湿り気のある、囁きに似た、緩やかな響きだった。
 それが海軍さんにとっておかしかったらしい。陸戦隊のお偉い人間の一人が小さく笑った。
「いつまでも貨客船意識を持つんじゃないぞ」
「こいつは箱入り娘でしたから、相すみません」
 貨客船時代からの乗組員の一人が、慎重に腰を低く保ちながら言った。
 長年付き合ってきた経験から、その声に苦渋と反発が隠れていることがわかった。それを上手く隠すさまは貨客船の白粉の白々しさにも似ている。まるで一種の芸術のようである。あるぜんちな丸はこれからの航海の行く先を思った。長く続く一引きの航跡を想った。私は、白粉を剥がされても上手く笑っていられるかしら、と思った。もっとも、軍隊に笑顔など必要なかった。私に笑顔は必要なかった。



 祖国と南洋の間の海に、その船はあった。
 日本の国土で見あげる空よりも、ひろい青色の下に彼女はいた。一引きの航跡が、荒々しく碧い波を攪乱させる。波は大きく船腹を打つ。
 特設運送船あるぜんちな丸は、船尾から呆けたようにその航跡を覗き込んでいた。
 湿度を含んだ生温い風がきもちわるい、と思った。
 ふねのえがく航跡は、艦種も船種も関係なくどれも同じ様相をしている。船尾にかき乱された海に立つ波は、どの艦船も同じだ。もっともそんな認識は、実際を詳しく知らない者が抱きがちな、自分勝手なこじつけか、ただの印象論なのかもしれない。
 特設航空母艦、そして航空母艦になったとしても、私はおなじ航跡をえがくのだろうか。あるぜんちな丸はなんとなく、そんな感傷にとらわれた。それが自分らしくないと思った。特設運送船としての任務で海を右往左往していて、すこし疲れているのかもしれなかった。
 ふう、と一つため息をつき、あるぜんちな丸は航跡に背を向け船尾にしゃがみこんだ。することがなかった。自分は船の依り代でしかなく、姿は人間の女の身とまるでおなじで輸送任務の乗り込みの一つすら手伝うことができない。任務の目的、向かう場所、具体的な情報などは聞かされるが、時折それすら忘れられて、仔細を聞かされないことがあった。
 人間たちは戦争で忙しく、船は物資を運べればそれでよく、われら依り代はそこにいればいいだけなのだ。
 そんなあるぜんちな丸の頭上に翻るのは、大日本帝国海軍の軍用船旗だ。これもなんとなく気に食わなかった。彼女は、船客には絶対に向けなかった品のない目つきでその旗を見上げた。白と赤色は日頃掲げていた日章旗でお馴染みの色であったが、けれどこの旗にはいくつかの赤線が赤丸から外へと引かれている。ここに船と艦艇との違いがある。
 社旗と日章旗ではなく、日章旗と軍艦旗あるいは軍用船旗を掲げなければならなくなった世界を、その日章旗の位置の前後の逆転を示して「前と後ろが狂ったおかしな世界」と罵ったのは、彼女の妹だった。船は日章旗を後ろへ、艦は日章旗を前へ掲げる。
 妹とは違い、あるぜんちな丸にしてみれば「だから何だ」の一言であった。
 過去と未来に期待も失望もしないことが自分の美点であり優れた点だとあるぜんちな丸は認めていた。だからなおさらその感傷を人間みたいな情念だと感じた。あるいは人間みたいな、ではなく、この時代の海に浮かぶすべての貨客船たちのような恨み、というべきか。
「見よ東海の空あけて、旭日高く輝けば……」
 あるぜんちな丸は人間たちに愛されている一曲を呟く。
 人間たちはもう、あの世界を忘れてしまったのだろうか。
 うつくしく舞う五色のテープ。翻る日章旗。解纜のときの浮ついた幸福感。身の寄り辺である祖国との離別。たとえその船の行く先が、草も生えない開拓地だろうが未開の地だろうが、そのうつくしさは誰にも犯せない。それを一番近くで見てきたこと。一番近くで感じてきたこと。
 多くの貨客船たちは、そのことを忘れられずにいる。
 たとえば、大阪商船の貨客船ぶら志"る丸もその一隻だった。
 船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があったわが妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たるあるぜんちな丸の見解である。わが身を帝国海軍の航空母艦何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
 実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあれは明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
 貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
 人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、あるいは海に浮くことにすらつよい愛着を持たなかったことが特設輸送船あるぜんちな丸を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
「あるぜんちな丸!ここに居たか」
 そう言いながら船尾に現れたのは特設運送船あるぜんちな丸の監督官である。
 海軍の中佐たる彼はいつも堂々としていて、これが軍隊の人間なのだ、とあるぜんちな丸はいつも感じていた。もちろんわが船乗りたちが堂々としていないわけではないのだが。だって、戦争中の軍人たちはとりわけ威勢がいいものなのだ。
「やることがないのはわかるが無意味にうろつくな」
「申し訳ございません。船内に居ても邪魔になるだけかと思いました」
 感情を一切表に出さず、あるぜんちな丸は応えた。
 ふう、と監督官は一つ小さなため息をついた。あるぜんちな丸を見据え、なおはっきりとした口調で言う。軍隊においていまだ貨客船気分のわがままな小娘に、よくよく言い聞かせようとしたらしい。
「あるぜんちな丸。海軍はふねを悪いようには扱わない。特にお前は航空母艦になる船だ」
 目と目が合う。
 どちらも先に逸らした方が負けだと思っている、そのようにあるぜんちな丸は感じた。なおさら目線を逸らすわけにはいかなかった。
「今は耐え忍べ。沈まないことを考えろ。海軍はお前に価値があるうちは悪くしない」
「私の乗組員はどうなりますか」
「人間様だって一緒さ」
 肩を竦めて大日本帝国海軍中佐たる監督官様は言った。
 ふねとしての価値。
 軍隊で必要な船腹であるということ。
 だいたい私たち元貨客船が戦闘詳報で自らの栄光を語れるかどうかが問題なのだ。航海日誌の横文字の英語の綴りなど捨て去れねばならないのだ。
 人間にほんとうにその気持ちがわかるのだろうか。
 元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの(さが)は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わん、という言葉は船長から三等客までに、そして船底の唐行きたちにさえも聞かせられる囁きだった。
 航空母艦になるための船じゃないんだけどな、という思いと、生まれた時から航空母艦としての計画を備えた船だった、という事実が、あるぜんちな丸の身と心を縛った。あるいはこの時代に生まれたという事実がいけなかったのかもしれなかった。
 あるいは、私が私自身として生まれたことが。
「航空母艦になれば、とりあえず私は船尾をうろつくことがなくなりますね」
「そうだな、どこでも引っ張りだこだ。海軍で航空母艦をやるというのはそういうことだ。忙しくなるぞ」
 船底がどれだけ奥深く薄暗くても白粉姿の貨客船はいつもうつくしかった。そのうつくしさで多くの人間を惹き寄せ、惑わせてきた。そのつけが自身にも回ってきたのかもしれなかった。連れて行くのではなく連れて行かれる側に回ったということ。ただそれだけのこと。
 航空母艦何鷹か、変な名前だったら嫌だなあ。
 あるぜんちな丸はそう思った。もっとも名前なんぞ、軍の一兵として忙しくなればすぐに忘れるものなのかもしれなかった。軍隊というのはそういう場所だというのは、特設運送船でもすでにわかりつつあったのだ。


2「孤独の極北」特設運送船あるぜんちな丸と大鷹と冲鷹(と輸送船と隼鷹)

「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
 軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
 少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
 冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。「新田丸姉さま」?それはないだろう。大鷹は一貫して帝国海軍に従順な艦であった。
 苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、駆逐艦ですか海防艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、あたしたち何ノットで走るんですか、あたし……。
 それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
 と言い切り、一方的に話を打ち切った。
 でも、でも、それに、だって……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。人間の女の身の姿を持つ船に、同じく人間の女の身を持つ船として、何かしらの救いを得たかったのかもしれない。
 そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
 下らなかった。
 あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
 誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
 冲鷹は今にも舌打ちしそうな表情を浮かべ、その横顔を苦々しく大鷹が睨んでいた。
 軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍隊軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
 私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
 このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
 ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
 隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
 護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
 これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
 もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
 だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
 彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
 時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
 私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように」
 は、と気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
 情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。全員明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性はいっそう増すだろう。
 だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
 そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
 わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
 私たちの白い太陽。
 それははたして、いったいどこに?



3「極東の客死」海鷹と神鷹

 空は淡く薄暗い。
 小雨がこの地にも降るかもしれない。
 窓から見えるのは、海と港とわが現身たる艦体だ。
 冴えない小型の大日本帝国海軍の航空母艦が二隻。海鷹と神鷹である。軍港の建物に隠れながらも身を晒すわが現身を、すこし顔を顰めて海鷹は見遣った。
 相変わらず無骨で無様だ、と思わなかったと言えば嘘になる。
 だが、商船改造空母が無様とは?華の艦艇様に失礼ではないか。元が贋由来でも改造してしまえば立派な航空母艦である。灰色の艦体こそをわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだ。
 海鷹は閉めるために窓へと寄り、身を乗り出す。地面の遠い下を見下ろして、いっそ航空機のように空を飛べたら、と思う。実際はそんなことあり得ないのだから、ゆっくりと窓の金具を掴み、静かに窓を閉めた。この海鷹の身は航空機でなく人間の姿である。飛び降りたらただの投身にしかならない。艦の現し身が自殺行為を計ることなどあるのだろうか、と海鷹は疑問に思った。悩ましい。海鷹は航空機の性能でなく、人間の肉体と精神を持っていた。
 実艦の身はどうか。
 煙突の縁をうつくしくせい丸くせいと言いつのり、挙句の果てに造船所とわが船主とを不仲にまで発展させたあるぜんちな丸の父は、生粋の船狂いだ。今の海鷹の姿を見たらなんというだろう。無様だ、とその冷静な審美眼でそう下すだろうか。
 そうはいっても、軍艦には軍艦の美学と美しさがあるものだし。それを誇り、生きていくしかないではないか。それを理解してわが父も、わが船主も貨客船あるぜんちな丸を造ったでのであろうに。あるぜんちな丸は、優秀船舶建造助成施設で生まれた船であった。出征は定めだった。戦争は運命そのものであった。それがあるぜんちな丸の、海鷹の生まれた意義だった。
 海鷹たち商船改造空母は、その中途半端な船体のために主戦場を征く軍艦にも成れず、飛行甲板に航空機を括りつけての輸送というまことに面目のない任務へと振り分けられていった。華の連合艦隊とは程遠く、さりとて今更かつての南米航路にも帰れない海鷹はただの奇形で奇怪なふねであった。
 海軍というひとごろし集団をこそ船主であり親だと思え、と大阪商船の人間たちに言われて送り出されたのが、あるぜんちな丸が貨客船として最後に受けた餞であり愛を込めた警句であった。元同朋であった大阪商船の徴用船、その黒塗りされたファンネルの下にはあの大の字の姿形が残っていた。軍艦海鷹はおぞましさを感じ、気が遠くなった。叫びたかった。わたしにも、わたしにもあれがあったのに!あのマークが!!あの船主の餞が!!
 勿論、海軍艦艇である海鷹はそのようなみっともない真似はできない。海鷹にはファンネルマークではなく、燦爛たる十六条の旭日があるのだ。
 その旗の威容は一隻の船だけのものではなく、艦船の、大日本帝国海軍の、国家の威信へと連なっていた。
 私は国家なのだ。国家の顔なのだ。
 それは貨客船時代からも変わらぬ、わが使命と宿命そのものであった。
 つねに海鷹の船生は国策とともにあり、その生と国家とのわずかなずれと隙間に、楽しさや、きらめきや、美しいものや、人間たちとの情愛や僚船とのふれあいをやさしく敷き詰めてきた。戦争により船と国家とが完全に一体となったことでその緩衝地帯はなくなり、貨客船あるぜんちな丸は航空母艦海鷹となる。

 海鷹は部屋にいた。何の変哲もない、物置になってもおかしくない小さな部屋だった。
 海鷹の乗組員たちが海の進路を決めるまでの、陸での小休憩である。人間の様に陸で休憩すること自体に違和感がないと言えば嘘になる。
 先ほど、この陸で大鷹に会った海鷹は、あの艦の行く末を考えていた。
 相変わらず上官と僚船とのあいまで揺蕩っているような彼であったから、この先の航路を聞いても有耶無耶となり、結局は、
「貴艦の艦長に聞く」
「そうしろ」
 と、このやりとりで一切が終わった。
 冲鷹を失って以来覇気も威勢もない大鷹は挨拶もほどほどに、足早に去っていった。
 大鷹型航空母艦は、大鷹、雲鷹、冲鷹、神鷹、海鷹で構成されている。とはいえ、貨客船時代からのほんとうの同級型というのは新田丸級貨客船たちだけであったし、海鷹には別の、そしてほんとうの妹がいた。おそらく神鷹にもほんとうのきょうだいがほんとうの故郷の海にいるはずだ。沈んでいるか解体されていなければ。彼女は祖国の、ふるさとの話をしたがらない、というのは”長兄”たる大鷹の言であった。
 神鷹と旧新田丸級たちは、仲が良くなかった。
 もちろん軍隊の艦艇に仲も不仲もない。が、両者の間に張り巡らせられた空気は姉妹的な甘さや温かさからはひどく遠かった。
 シャルンホルスト級貨客船に対抗するために造られたのが、他の何物でもない日本郵船株式会社の新田丸級貨客船であったことが不仲の一因だったろう。美しき欧州航路の好敵手同士は、何の因果であろうかこの極東の帝国が開拓する戦火の中の海で同型航空母艦として相括られた。同じ海に浮く宿命であった、といえば苛烈な皮肉になってしまうだろう。
 姉妹船が兄弟姉妹を名乗るのは人間達の因習と儀礼の延長上のもので、常に船は一隻の船それ以上でも以下でもなかったし、船と船との関係も同様だった。それでもやはり大鷹と雲鷹の一種の「馴れ馴れしさ」は、周りから品のない揶揄と軽蔑を呼んでいたのだった。
 ほんとうは大鷹は冲鷹を愛していたのだ、というのが、商船改造空母や、航空機輸送・護衛任務についていた艦艇たちの公的見解であった。だからなおさら彼らの得体が知れなかった。傷の舐めあい、という言葉に収まらない粘着質な心情が両者間のそこにはあった。
 だから、海鷹と神鷹が触れ合うことが多かったのは必然だったのかもしれない。余りもので構成された大鷹型航空母艦、その余りものたちの、語るに下らない馴れ合いである。
 その馴れ合い相手の神鷹は、海鷹と同じく小部屋で休憩をしていた。邪魔だから大人しく静かにしていろと乗組員たちに押し込まれたともいう。
「タバコは要りますか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹」
 まるで軍隊の粗野さ、あるいは帝国海軍の実直さからは程遠く、かつての貨客船時代の一等客すら彷彿とさせる典雅な響きをもって、元国策豪華船と元独逸優秀貨客船であった軍艦両者の会話は始まり、終わった。
 艦長に聞かれでもしたらきつぅく窘められそうな言葉遣いになってしまったな、と海鷹は思った。
「……あなたの、あったはずの、喫煙室」
「はい」
「……あなたは喫煙室に入れました?」
「普段は入れてもらえなかった。男の身では、なかったために」
「そう」
 こういう時、長兄の大鷹だったらなんて言うのかなと、海鷹は下らない感慨に耽った。あるいは言ってあげられるのかな、か。海鷹は存外、この金髪麗しき軍艦が嫌いではなかった。独りに堪えうる、またそれを楽しむ気風が彼女にはあった。それは海鷹も一緒だった。神鷹もまたそのことを理解していた。
「極東の海は、灰色なのですね」
「あなたの海はどんなでした?」
「赤と黒の海。人間の理念にまみれた旗が翻っていた。でも私には上等な餞だった」
 国策に踊らされたのは海鷹だけではない。船舶は国土の延長なり、という言葉はこの時の、この戦争を往く全ての船へと降りかかっていた。
 この海では、誰もが自分の故郷の話をしたがらない。特に空母神鷹は、二重の意味で――貨客船としての平時の海と、独逸船としての欧州の海とで――故郷を喪失していたから、その沈黙はことさら鈍く、深かった。



 ここは貨客船の墓場というより、滅茶苦茶な事故現場だと海鷹は感じる。完了済みの死、その跡かたではなく、今も続く屈辱的な苦しみ。
 父と妹は轢かれて死んでしまって、母は生き残ったけれど精神的に病んでしまって。娘は、疲労と悲しみと義務感を抱えながら家を守るために身をやつして働き続けて。不運な人間に起こる、そんな状況に似ている。厳粛に死を祀る場所より、もっとひどい。事故の見物に来た群衆がいなくなったら、もうここは何でもないただの凪いだ海なのだ。
 娘、改造された船たち、それ以外の皆にとっては、ただの美しい海。



 そこに、私の孤独は私だけのものだ、という言外の主張を感じ取らなかったと言えば、嘘になる。


「北欧神話の女神Frejaのことを考えていました」
「ふれいや」
 ふれいやではなくFrejaという、日本語とは趣の異なる言語の特有の発音は、神鷹が持ちえた唯一の遺産だった。
「衣を持っていて、纏うと鷹になれるのです」
 そこに独逸人特有の北欧幻想は微塵も滲んでいなかった。女神のごとき黄金の髪を持つ異邦人と異貌の女神の話をするまでの、己の長い因果と宿命のことを海鷹は考えた。

「さあ、私は返品不可の商品ですから」と海鷹は言った。
 ちらと浮かんだ神鷹の苦笑に、なぜか冲鷹の苦々しい笑みが重なる。彼女が既に亡いことを改めて思い、海鷹はふと胸の苦しさを覚えた。贋ものの姉、ただの書類上の同型艦として――あるいはそう、同じ日本の貨客船として、あるぜんちな丸は新田丸を堅実な同輩として認めていた。そして彼女は軍艦冲鷹としてなお護衛任務を最後まで務め上げた。優秀船舶建造助成施設の貨客船として生まれ海に身を捧げて航空母艦として戦没したのだ。あれを己のふねとしての生きざま、ふねとしての死にざまの指数とすることに、海鷹は異論がなかった。あるぜんちな丸は新田丸が軍務中に捕虜を処分した時のことを考える。それを自分事として姿を重ね合わせる。そこに新田丸ではなくあるぜんちな丸がいたと考える。彼女と己とを共振させる。新田丸は何度も血に汚れた手を洗ったはずだ。私もそうするだろうから。
 手荒く部屋の扉が開けられる。
「海鷹、神鷹。出るぞ、夜明けは待たない、南へ」
 部屋へとやってきた海鷹の乗組員がそう二隻へ声をかけ、早々に去っていった。
 ……生きる為に外洋で春をひさぐおんなたちを唐行き天竺行きのおんなたちを船底に隠して運んでやるのだ、彼女たちは外地で簡単にくたばるし孤独だし石炭のように使い潰される、その前にわが船底で溺れ死ぬこともすくなくないのだ、おんなと船員の共犯者でありただの船である俺はそれを止めることができないのだ、けどもいつしか彼女たちを日本へと帰してやりたいのだ、迎えてあげたい、もしかしたら送り出したおんなたちは南洋でたくさんの富を築いていて、一等船客として貨客船の船友に乗りこの日本へ戻ってくるかもしれぬ、俺はおなじ海で、おなじ船としてそれを見届けるのだ……とある知り合いの船はいった。彼はどこの船だったかな。彼はまだ生きているだろうか?私やほかの大鷹型航空母艦が護衛したあまたの船の一隻として浮き続けているだろうか?
 だとしたらそれこそを誉れとするしかないであろう。
 海上護衛をわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだった。もうそれしか残されていなかった。

 鷹の名を冠した女神フレイヤ、美しさからは程遠い。
 だが、輸送船を護衛するために美しい貨客船姿は必要あるまい?
 あるいは海を往くことにだって。
「タバコ、ほんとうに要りませんか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹。有難う」
 貨客船も航空母艦もないのだ。ふねとして海をゆくこと以外の何を求めよう。
 軍艦海鷹は、軍帽を被り、うつくしかった過去とその未練の一切を捨て、ただ前を見据え、歩みはじめた。
船舶擬人化創作漫画同人誌『春のまひる』(2026/2/22発行)の解説文「「春のまひる」解題」です

今の世では「地獄船」と呼称されることとなった貨客船・鴨緑丸をえがくにあたって思慮したことへの言及となります

#「春のまひる」(船舶擬人化)

20260412122403-admin.jpg

「春のまひる」解題

 我らが主人公、大阪商船・日満連絡船(日本-「満州国」間の連絡航路)の貨客船「鴨緑丸」は1937年に進水した。和辻春樹技師によるスマートな船体と瀟洒な内装が評判となった。この3か月後には盧溝橋事件が勃発し、日中戦争へと発展した。この戦争は1941年に発した太平洋戦争に敗戦する1945年まで終わる事はなかった。日本海運は太平洋戦争でほとんどの船を失ったとされるが、特記すべきはその太平洋での戦争の前に4年間の戦争を行っていたことである。中国大陸へ行くのは軍隊だけではなく民間人も同様だったから、神戸-大連間航路は引き続き維持された。それでもいくつかの船は徴用されすでに軍務へと就いていた。報国丸やあるぜんちな丸などの新鋭の大型貨客船が大連航路に投入されたのは、対外情勢の悪化による外洋航路の終焉と、来たるべき運命に備えての優秀船の安全保持のためだったとされる。

 1941年12月8日、日本海軍にとって運命の日であった真珠湾攻撃は、日本商船隊にとっても運命そのものとなった。船らは同じ海を往くものとして、軍艦同様に兵役に就くことになる。
 アフリカ航路から大連航路へ転属した報国丸は1941年に海軍に徴用され特設巡洋艦となった。一切の商業航路に就くことのなかった愛国丸もまた同様に竣工後に特設巡洋艦となった。ぶゑのすあいれす丸は陸軍輸送船・同病院船となった。またりおで志やねろ丸は特設潜水母艦となった。ぶら志る丸は空母への改造計画があったもののその機会を待たずに雷撃にて没したため実現しなかった。あるぜんちな丸は航空母艦へと改造され空母海鷹となった。黒龍丸は陸軍の輸送任務に使われた。ばいかる丸は徴用され再び陸軍病院船となった。
 鴨緑丸は1944年12月、陸軍の兵員輸送船の一船としてマニラにあった。将兵と搭載物を下ろし、付近の日本民間人と遭難した船員の合計1900人を乗せて日本へ折り返す予定だった。と同時にマニラ周辺の捕虜収容所にいた捕虜1600人を日本へ輸送する任務を負っていた。なお鴨緑丸の旅客定員は805人であったから、客室から船倉まで一杯に乗員らは収容された。
 マニラ出港後、鴨緑丸は敵艦載機20機に発見され、ロケット弾6発と500ポンド爆弾一発の直撃を受ける。また機銃掃射や至近弾に晒され、船体や吃水下に破口が生じ、浸水。鴨緑丸は沈没を避けるために海岸に擱座させられる。乗員は船を退避。輸送船鴨緑丸は、最後、陸上の乗員たちが見守るなか傾斜を増し、身を猛火に包まれながら覆没した。かつての日満航路の花形客船の勇壮なる戦没である。
 以下、捕虜について述べる。先述の航空攻撃では280人が犠牲となった。生き残った捕虜1300人は再び捕虜収容所に送られ、この後、別の船で再び日本へと向かうことになる。とりわけ日本の輸送船に起きた致死的な過密状態、圧死や衰弱死、捕虜への虐待、病死、あるいは敵航空機の攻撃等で、最初に居た1600人は、終戦時に日本の捕虜収容所から解放された際には350人となっていた。
 この事象はいわゆる連合国側から「地獄船」と呼ばれ、戦後に深刻な戦争犯罪として処罰された。鴨緑丸の名は地獄船の代表格として記録されている。

 この物語はふねぶねらの「見ざる聞かざる言わざる」で構成されている。あるいは甘美な現実逃避が描かれている。自分たちが一枚下の地獄の一枚上にいると知ってもなお黙っている。徴用を知りながら素敵なディナーを食べている。人殺しは艦艇にでも任せておけ、と貨客船らは言う。我らは戦争など知らぬ存ぜぬことだと言うのだ。美しい我らは美しい世界を維持しつづける。それがギリギリの世界であろうとも、である。来たる運命を予感しながらも抗うことなく受容し続けている。
 ふねぶねは運命に抗わない。なぜなら人間に使役されることを生業とし、存在意義としているからだ。人間たちが平時の外洋航路ではなく戦時輸送を欲するというのならその足となるために存在している、ということを彼らは知っている。船らはただ海に存在するためでなく、海での人間の目的の用途のために存在していることを認めている。
 つまりふねの生は人間たちの行動をこそ恃みにしているわけで、ふねの未来は私たちが決めるのだ。人類史以来ひとと共にあったふねというものについて私は今一度考えている。ふねぶねらにとってよき航海となるべき海を保つことを私は願い、他の人間たちにもひろく求めたい。ふねのよき航海は人間にとってもよき航海のはずである。

 本同人誌は、鴨緑丸が地獄船として記録されている事実と、別の長き航跡もあったにも(・・・・・・・・・・・・)関わらず地獄船以外の(・・・・・・・・・・)何物でもないとしか思えない(・・・・・・・・・・・・・)現実への怒りによって描かれた。それは戦没船すべてにも言えるだろう。ふねぶねらの「結末」は悲惨である、が、だからといってその悲惨さは、それまでの航跡の意味をかき消さないはずだ。
 なお、本書に登場するすべての商船は軍に転用された。ばいかる丸以外の船はふたたび航路に戻ることなく、アメリカ軍による爆撃や雷撃等で敗戦までに戦没、あるいは戦闘で損傷し無用となり遺棄され戦後すぐに解体されたことを明記しておく。
 えー、ただいまご紹介にあずかりました。三菱重工業です。今日はこのカイシャの面々を代表してご挨拶をどうぞ、とのことで、こうしておしゃべりさせていただいております。ウン、なんか、やっぱりイヤですね、こういうの。いまさら何をしゃべればいいのかしら、という気持ちにすらなってしまいます。なんだか偉くなったみたいですよね。人間みたいに……。とっても気まずい思いをして、ニヤニヤこうして皆さんのまえに立っているというわけですよ。
 なんか今日はとても暑いですね、なんでしょうね、ホント、日本ってどうなっちゃうのかしらーってよく思います。暑いし、湿ってるし、暑くて湿ってる時間が長いしで、もう疲れますよね。重工さん、お顔がだいぶ疲れてますよ、って社員の人に言われることがあるんですけど、いや疲れてるというか暑いんだよ、って。だって百年前って、こんなに暑くなかったですよね。百年前はこんなに暑くなかったしねえ、と人間たちに返してもただ笑われて終わるんですけども……。
 百年といえば、ここに来る前に、東京駅のまえを歩きましたらば、思いのほか時間がかかってしまいました。なんでだろう、といぶかしんだのだけど、人間がいっぱいいるんですね。東京駅だから当たりまえなのだけれど、東京駅に慣れていない人たちがいっぱいいて、ウロウロウロウロしていて、邪魔だなぁと思いながら、ちまちま歩いておりました。そんなの、いつものことなのだけど。東京駅なんて、あんなもの、慣れっこないですよね。いつの間にか改装してて、まいっちゃって、そんなことを続けているうちにいつのまにか丸の内で百年経っちゃうわけで。ボクが百年居たとしたって慣れないんだから人間だって慣れっこないでしょう。五分だけ駅弁を迷って買ってるうちに新幹線行っちゃったり。この前あったケーキ屋ないの。なんでだろ、おいしかったのにね、と思っているうちにもう五年も経っている。
 ところで東京駅って、ボクより若いんですね。そんな東京駅の時計を見ておりますとですね、ふと感じるんですが、一八八四年、一九〇四年とボクは生きて、一九一四年に東京駅クンが生まれて、一九二三年、一九三七年、一九四一年、一九四五年、一九六四年……ちくたくと駅の時計が時間を刻んでいる。そして思うんですけど、東京でいちばん偉いのはじつは丸の内や永田町の人たちではなくて、東京駅の時計なんじゃないのだろか。東京駅の時刻表が、東京駅から出るお召列車や貨物列車、新幹線、電車から空港や港にいく人たちを統制してきたんじゃなかろうか。時間に合わせて列車は進み、それを時間通りに待って、陛下を迎えたり、迎えるために地元の浮浪者や癲狂の病者……今はそう言わないか、そうだ、ゴメンナサイ、……まあそういう人たちを官吏が立ち退けたり、あるいは生糸でも製造品を作ればそれを運搬したりとか、港へ行き、船から船へ行き外国の港に着き、定刻通り、定刻通り、みたいな、そうしてこの国の制度や生産の中央にあったんじゃないか……という、きもちになるのですよ。なんでしょうね、じつは東京駅に来たときの主役になった気分というか、ここにいるぞ!みたいな高揚感ってそこにあるんじゃないか、という、ちょっとした自論なんですけども。東京って物に溢れてるとかそういうところで、資本がある、といえばそらそうなんですけど、ボクがいちばん気になるのは、東京駅から発する交通と、その先その先のことです。
 人間たちは昔より、どこでもどこからでも、どこにでも繋がってますよね。昔はね、宇宙のことなんて考えもしませんでした。ちっちゃな船を一隻一隻と湾に浮かべて、浮かべて、嬉しくなっていました。一つずつ番船で数えてましたよ。自分の造った構造物だもんね。名前をね、つけるのって不思議ですよね。ボクも何度か名前が変わりました。人間から与えられた。奪われることもあった。ボク自体が人間から造られておりました。思えばあの長崎から遠くにきてしまった。その先その先へ。でもどこにでも早く行けますかね、東京はね。たぶん宇宙もね。

[後略。未完]
#小説
16.jpg
2017.3.17の(どことなくボタンを掛け違えていて病んでいる感のある時代の)日記です
コミティア155ありがとうございました!!
たいへん広く頒布できました!嬉しいです。
色々な方に手に取って頂きました。先日に言った通り「説明のおしゃべりをしてみよう」を実行したんですけど、これが意外と盛り上がった――というか私ひとりが盛り上がっているだけかもしれませんが――ので、良いことがたいへん多かったです。

(Loading...)...


良いこと、というのはそのままお買い求めいただいたことが多かった、購入者の方側のバックグラウンドや普段の趣味が聞けて面白かった、本の質疑応答ができて双方の知見になった、私が一人でしゃべっていて楽しくなった……などです。
「船舶擬人化」と書いているので、私はそれで「十分説明した」と思っていた、なぜなら擬人化は超覇権ジャンルなので………………というわけがなく、「ふねの擬人化」とお伝えすると「ホ………ほう!?」的なリアクションを受けることもしばしばでした。多くの人間は擬人化や艦船擬人化とは無縁の場所で生活している。それはそうだ。お手に取って頂いた方にふね擬の説明ができたのはよかったです。
あとは興味深かったのですが、「この船は……実在している?」という質問もまあまあの方に頂きました。鴨緑丸……実在してます!!実在……の船を擬人化してるサークルです!!
艦船擬人化というジャンル自体を了解いただくことが必要だ、と噛みしめました。まずはそこから始める感じだよな~ということが、対話してみて初めてわかったので、大きな収穫になりました。せっかくのオフラインイベントなのにまったく喋らない、勿体なかったな……あ、今後いらっしゃる方で私のアナウンスがうるさかったらちゃんと言ってくださいね……。
いろいろなご感想をいただき、頒布できてとても楽しかったです。新刊『春のまひる』最高な同人誌なので、もしよろしければコミティア公式サイトで投稿できる「プッシュ&レビュー」か、waveboxにご感想を投げて頂ければ、嬉しいです。ありがとうございました。

#ブログ
#同人活動