ちなみに島尾敏雄も「日本では淡い、異種の民族の血の混淆の中でつちかわれて行く自我のかたどりへの執心などがこの国で感受できるつもりになっていたのか」「この国の度かさなる国境の移動は、まるで自分の場所を見つけるための作業にそっくりだと考えたのだったか」と言っている
良い…と思ったらぜひ押してやってください(連打大歓迎)
『日本郵船戦時船史 上』の"三菱汽船株式会社の社船は大半が油槽船だったために遭難状況は一層壮絶だったと想像される"的な一文 なかなかすさまじい
「日本軍は壕や自然洞窟を拠点に死力を尽して抗戦したが、質量ともに圧倒的な破壊力をもつ米軍の科学兵器に抗しがたく後退を余儀なくされた。日本軍の敗退にともない多くの県民は戦場を追われて死の彷徨を続け、人間の失望・恐怖・悲嘆・苦痛・飢餓・憎悪など戦争のもたらした極限状況に遭遇したのである。三か月の戦闘に終止符が打たれると生き残った県民は虚脱状態の中で捕虜生活・集団生活を強いられた」「編集趣旨ならびに凡例」
「20年経って今、戦争の記憶を採集することは人間の「記憶」から考えて不可能では」という指摘への反論
>「人間が何ごとでも体験するに当って、どんなに偉大な人でも、その場の森羅万象のすべてを頭に刻み込む(記銘と保持)ことはできない」「能動的におしつけられた記憶でなく、受動的の記憶要素は、容易には忘却しないし、殊に体験の場合は、その特質が顕著であることで、記銘、把持が曲ったり暴ったりしている場合でも、それを何等かの手段で正しいものに直すことが可能であることも心理学者たちが教えている」
知ってたけど、割と頻繁に「日本軍」という地位を笠に着て沖縄県民を壕から追っ払ってるし、軍の県民を示していう「防諜ニ厳ニ注意スヘシ」という訓示に込められた「沖縄近代百年」感すごいな
「スパイ嫌疑事件で殺害された沖縄県人は、意外に多いようで、スパイ容疑集団惨殺事件なども噂があり、調査したら数百人の多数にのぼるであろう。本記録にも連隊長という高級軍人によって、まさに処刑されようという場面がある。「防諜厳二注意スヘシ」という軍司令官の訓示は、下級軍人に、沖縄県民を故なくスパイ嫌疑を押しつけさせた。このスパイ問題は、沖縄県民がわから見て、一つの重大事件で、わたくしの知っていた警官もスパイ嫌疑で兵隊に殺害されている」
アレクシエーヴィチと同時代?に沖縄でこの本が刊行されてたのやっぱり凄いな(序以外はオーラルヒストリーになっている)
わりと日本・沖縄側が戦場で怖れているのが「幼児の大泣き」なのシビアだ
「戦争にはおかしい話(皮肉なユーモアがある話)があるが「笑いっぱなし」にはするな」 興味深い指摘
沖縄南部の話「日本軍に追い出されたので壕の定義が繰り下がり、木の下も壕、石垣の陰も壕、畠の畔も壕、墓の陰も壕」←嫌すぎる
単語「ギーザバンタ」太平洋面の断崖なこと。
「結局、米国の新鋭兵器、科学兵器とでもいうか、また物量殺人方法とでもいうか、従来の人海戦術、大和魂ではいかんともできない殺人組織で軍人同様に追いつめられた一般県民の逃れて行きつく先きの一つの場所はギーザバンタであった」
天皇制、特権階級、財閥、軍事予算などの圧迫と一般庶民の貧困のはなしの言及 たぶんこの国家の階級と上から下への命令の強制の話が沖縄戦の「集団自決」へと連なる
「戦争にはおかしい話(皮肉なユーモアがある話)があるが「笑いっぱなし」にはするな」なんとなく『この世界の片隅に』のあわいを彷彿とさせるのはある
本編に入ったけど、子どもを連れているお母さんが「子供が居るから」という理由で知らん人からも嫌がられて同伴者を得られないの 辛いな
「20年経って今、戦争の記憶を採集することは人間の「記憶」から考えて不可能では」という指摘への反論
>「人間が何ごとでも体験するに当って、どんなに偉大な人でも、その場の森羅万象のすべてを頭に刻み込む(記銘と保持)ことはできない」「能動的におしつけられた記憶でなく、受動的の記憶要素は、容易には忘却しないし、殊に体験の場合は、その特質が顕著であることで、記銘、把持が曲ったり暴ったりしている場合でも、それを何等かの手段で正しいものに直すことが可能であることも心理学者たちが教えている」
知ってたけど、割と頻繁に「日本軍」という地位を笠に着て沖縄県民を壕から追っ払ってるし、軍の県民を示していう「防諜ニ厳ニ注意スヘシ」という訓示に込められた「沖縄近代百年」感すごいな
「スパイ嫌疑事件で殺害された沖縄県人は、意外に多いようで、スパイ容疑集団惨殺事件なども噂があり、調査したら数百人の多数にのぼるであろう。本記録にも連隊長という高級軍人によって、まさに処刑されようという場面がある。「防諜厳二注意スヘシ」という軍司令官の訓示は、下級軍人に、沖縄県民を故なくスパイ嫌疑を押しつけさせた。このスパイ問題は、沖縄県民がわから見て、一つの重大事件で、わたくしの知っていた警官もスパイ嫌疑で兵隊に殺害されている」
アレクシエーヴィチと同時代?に沖縄でこの本が刊行されてたのやっぱり凄いな(序以外はオーラルヒストリーになっている)
わりと日本・沖縄側が戦場で怖れているのが「幼児の大泣き」なのシビアだ
「戦争にはおかしい話(皮肉なユーモアがある話)があるが「笑いっぱなし」にはするな」 興味深い指摘
沖縄南部の話「日本軍に追い出されたので壕の定義が繰り下がり、木の下も壕、石垣の陰も壕、畠の畔も壕、墓の陰も壕」←嫌すぎる
単語「ギーザバンタ」太平洋面の断崖なこと。
「結局、米国の新鋭兵器、科学兵器とでもいうか、また物量殺人方法とでもいうか、従来の人海戦術、大和魂ではいかんともできない殺人組織で軍人同様に追いつめられた一般県民の逃れて行きつく先きの一つの場所はギーザバンタであった」
天皇制、特権階級、財閥、軍事予算などの圧迫と一般庶民の貧困のはなしの言及 たぶんこの国家の階級と上から下への命令の強制の話が沖縄戦の「集団自決」へと連なる
「戦争にはおかしい話(皮肉なユーモアがある話)があるが「笑いっぱなし」にはするな」なんとなく『この世界の片隅に』のあわいを彷彿とさせるのはある
本編に入ったけど、子どもを連れているお母さんが「子供が居るから」という理由で知らん人からも嫌がられて同伴者を得られないの 辛いな
琉球政府 編『沖縄県史』第9巻 (各論編 8 沖縄戦記録 1),国書刊行会,1989.10. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/13272273 (参照 2026-02-26)
読みます
#沖縄
読みます
#沖縄
島尾敏雄はアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に行ってるんだけど、感想の一つに「こんな広い土地を自分のものにしたい、というへんな考えがにぶい伴奏のように私の頭を覆っていた」というものがあって 好きと言っていいか分からないが、好きな感想だ 所有≒共有なのかなぁと思い…
岡本恵徳は母親に「兄の戦死は無意味だった」と言って傷つけてしまったことがあると書いていて、そこからたとえば戦後50年の国会決議で遺族会が「反省」「謝罪」を盛り込むのを嫌がった話、なぜならそれは肉親の死の「無意味さ」を認めることにもなるから、という広がりをしていて 死の意味/無意味という意味でも解題していきたいな これは慰霊にもつながると思うけど
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ちなみに死の意味/無意味という点では「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」(『ゲンロン10』)を想起する これは被害者側の受け取る死の意味/無意味だったけど…
>2025年12月発行の『平和と愚かさ』に収録されているのか…>「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」
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ちなみに死の意味/無意味という点では「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」(『ゲンロン10』)を想起する これは被害者側の受け取る死の意味/無意味だったけど…
>2025年12月発行の『平和と愚かさ』に収録されているのか…>「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」
正直、森崎和江は同性愛をどう定義したのだろう?と思う時があり、現代に生きていたら何を語り語れないのかを考えていたんだけど、『現代詩手帖2018年9月』の上野千鶴子氏へのインタビューでその種のツッコミ&所感述べがなされていて良いな 「森崎の作品にはレズビアンやトランスジェンダーは出てこない」という指摘があって、私はこのことについて「そりゃそうだろ」と「出てきたらどうなってたんだろう」「出てこれなかった理由はなんだろう」があったため…
>榎本櫻湖氏が「森崎の作品にはレズビアンやトランスジェンダーは出てこない」と言い、上野氏が「当時に利用可能なカテゴリーがあったのかにもよる(性志向を名乗れる選択肢すらない時には自分が異性愛者かも定義できない)」「その点で森崎はヘテロセクシュアリティを自分で選択してそれを突き詰めた人」と回答しているやつ
>>いや、このことに言及があること自体が嬉しいという話 実際は本当なのかはさておき…
>>>森崎和江コレクションに"日本じゃ到底やってられないと感じていたけど自分は女だから男に抱かれていようと思いそのまま生きのびてきた"的なかんじの主旨の一文があるんだけど、これは彼女の妥協や限界というよりも、あくまで自分の選択でありそれをちょっとはにかんで卑下しつつ、しっかりと提示しているように思えるんだよね
>榎本櫻湖氏が「森崎の作品にはレズビアンやトランスジェンダーは出てこない」と言い、上野氏が「当時に利用可能なカテゴリーがあったのかにもよる(性志向を名乗れる選択肢すらない時には自分が異性愛者かも定義できない)」「その点で森崎はヘテロセクシュアリティを自分で選択してそれを突き詰めた人」と回答しているやつ
>>いや、このことに言及があること自体が嬉しいという話 実際は本当なのかはさておき…
>>>森崎和江コレクションに"日本じゃ到底やってられないと感じていたけど自分は女だから男に抱かれていようと思いそのまま生きのびてきた"的なかんじの主旨の一文があるんだけど、これは彼女の妥協や限界というよりも、あくまで自分の選択でありそれをちょっとはにかんで卑下しつつ、しっかりと提示しているように思えるんだよね
縄文時代にはどんぐりがそれはそれは美しく価値を持っていたであろう、そして弥生人がその文化を駆逐したこととか、けれど前方後円墳は朝鮮半島にも見られることとか、弥生土器はすっきりしててすごいとか、神道がいかに血の穢れを忌み嫌ってきたかとか、ケガレ思想が葬式のあとに塩をまく行為から地域差別まで如何にこの国を貫通させてきたかとか、女性は土俵から降りてくださいとか、そういうすべてをぶち込めるのはフィクションか、オーラルヒストリーか、時代をロングスパンで観察し続けている擬人化だけ という根拠のない自信がある
>これ「メタファー」(隠喩・暗喩)とも関係ある気がするんだよね
>これ「メタファー」(隠喩・暗喩)とも関係ある気がするんだよね
鳥山淳氏が自分が沖縄を研究している理由について、はじめは沖縄に接点がなかった、と前置きをして「国家に対する距離感とか、均質な社会に対する拒否感、二十歳前後の人間ならだれしも感じる生きづらさみたいな感覚が自分自身のなかにあって、それを沖縄に投影することで関心をもち始めたんだと思います」と言っているのは興味深い
この種の入り口はよくあると思う ここまで明快な言葉になっていないだけで…
この種の入り口はよくあると思う ここまで明快な言葉になっていないだけで…
そういえばそう、アドリエンヌ・リッチの詩「難破船に潜る」に
わたしがここに来たのは
この難破船のため その物語のためでも
その神話のためでもない
という一節があり 詩ながら(詩だからこそ?)啓発的だと感じる
***
最近は
①戦没船
②戦没船に付属している「物語」
③戦没船に付属している「物語」を物語る
この三つのどれに惹かれているのかわからなくなりつつあり、この3つは混同しない方が良い気もする
***
「難破船に潜る」歴史創作する歴史創作オタクっぽいな ある意味で
わたしがここに来たのは
この難破船のため その物語のためでも
その神話のためでもない
という一節があり 詩ながら(詩だからこそ?)啓発的だと感じる
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最近は
①戦没船
②戦没船に付属している「物語」
③戦没船に付属している「物語」を物語る
この三つのどれに惹かれているのかわからなくなりつつあり、この3つは混同しない方が良い気もする
***
「難破船に潜る」歴史創作する歴史創作オタクっぽいな ある意味で
『大砲とスタンプ』における「貴様がくれた弾薬だぞ」という台詞での「回収」
というのは徹頭徹尾コミカルな感じで繰り広げられていた後方小役人事務屋兵站部のひとの日常が、その台詞によって「自分が今まで何を担っていたのか」を突き付けられるという、極みの一点であるんだけど
>隙自(創作)語ですが、近代日本における商船が太平洋戦争の戦場において同種の台詞で突き付けられるもの、ってきっとあると思う
>>一九世紀末から二〇世紀前半の帝国主義華やかなりし頃、商船は国際輸送の花形であり、国力の象徴であった。戦時に軍艦が活躍することは言うまでもないが、平時の経済競争を担うのは、人やモノを運ぶ商船である。
/『移民船から世界をみる』
というのは徹頭徹尾コミカルな感じで繰り広げられていた後方小役人事務屋兵站部のひとの日常が、その台詞によって「自分が今まで何を担っていたのか」を突き付けられるという、極みの一点であるんだけど
>隙自(創作)語ですが、近代日本における商船が太平洋戦争の戦場において同種の台詞で突き付けられるもの、ってきっとあると思う
>>一九世紀末から二〇世紀前半の帝国主義華やかなりし頃、商船は国際輸送の花形であり、国力の象徴であった。戦時に軍艦が活躍することは言うまでもないが、平時の経済競争を担うのは、人やモノを運ぶ商船である。
/『移民船から世界をみる』
報国丸も時代が時代だったら名前が「だあばん丸」とかだったのかな…と思うが、そういう意味では「もしも戦争が無かったら…」というIFを無邪気に夢想することも難しい 国威海運国策優秀船表裏一体というか
>『商船が語る太平洋戦争』に第24戦隊(報国丸・愛国丸)は「平時であれば当然寄港した」アフリカ・ダーバン沖に進出とあり 一文を噛みしめている
>『商船が語る太平洋戦争』に第24戦隊(報国丸・愛国丸)は「平時であれば当然寄港した」アフリカ・ダーバン沖に進出とあり 一文を噛みしめている
特設監視艇は「つまり特設監視艇は洋上の目であり敵を発見することが最大の任務であり、敵と戦闘を期待することは論外であった。つまり言い換えれば特設監視艇は敵発見のための「捨て駒」的な存在であったともいえ、つまり戦闘力を持たない特設監視艇が敵を発見し、「敵発見」の無電を発信した時はその特設監視艇の最後と考えねばならなかったのである」(『特設艦船入門』)という記述を忘れてはならないと思うが、「徴用が確認されているこれら二千五十隻の小型漁船については、全数の四十六パーセントに相当する九百四十五隻が失われているが、そのほとんどは活動中に敵航空機の攻撃を受けて撃沈されたものと推定されている。ただ本来大海を長駆航海することが無理な小船であるだけに、無視できないほどの数の船が片道数千キロ以上もある航海の中で沈没したものも多いとされている」(『戦う日本漁船』)という記述にも、いやむしろこちらには「戦」没とおなじくらい着目すべきでは、と前々から思っている
>使われちゃうから新品は嫌という理由でボロい漁船ばかり徴用に出していた話をどこで読んだか思い出せない 『暁の宇品』…?
>使われちゃうから新品は嫌という理由でボロい漁船ばかり徴用に出していた話をどこで読んだか思い出せない 『暁の宇品』…?
過去にあった事象は当たり前だけど伝聞(教科書や体験話など)で伝えられているだけで「私が直接確認したもの」ではない、となると、それらが本当に存在したのか考えるというか、存在したことと-現在の私との距離感については時折考える
これは半分冗談だけど、「ウィキペディアに該当記事がある」、これは私にとって「その歴史の事象が本当に存在した」かどうかの一定の判断基準になっていると気づいてしまった
これは半分冗談だけど、「ウィキペディアに該当記事がある」、これは私にとって「その歴史の事象が本当に存在した」かどうかの一定の判断基準になっていると気づいてしまった
『商船が語る太平洋戦争』に載っている大爆発を起こした愛国丸の写真、爆発の煙が丸々船の形をしていて凄まじいな
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本1140冊読んでうち91冊に「朝鮮・韓国・北朝鮮」タグをつけているんだけど、その総括みたいなことはしたい
とはいえ変な"踏み越え"してしまわないかな…という惧れと、四方田犬彦が「韓国のことわかんないしまとめてもな…」的なことを言ってたら、誰か文筆家(中上健次だったかな?)に「馬鹿だなあ日本人に韓国のことなんか一生わかんないんだから今まとめておけよ」と言われたエピソードが『われらが〈無意識〉なる韓国』の1エッセイにあった記憶がある そんな気持ちもある
とはいえ変な"踏み越え"してしまわないかな…という惧れと、四方田犬彦が「韓国のことわかんないしまとめてもな…」的なことを言ってたら、誰か文筆家(中上健次だったかな?)に「馬鹿だなあ日本人に韓国のことなんか一生わかんないんだから今まとめておけよ」と言われたエピソードが『われらが〈無意識〉なる韓国』の1エッセイにあった記憶がある そんな気持ちもある
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今、検索して調べたりせずに、あなたは「戦時期」と「戦間期」の区別が
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