調べものノート いろいろ覚え書き

従来日本で行われてきた「ノモンハン事件」の研究は、ほとんどが軍事研究であって、双方の出動した軍隊の構成、兵器、兵力、敵に与えた損害、日本側がこうむった損耗、戦争技術の巧拙などが主題であった。しかし、一九九一年、東京で行われた、日本、ソ連、モンゴルの、参戦三か国の代表が参加した「ノモンハン・ハルハ河戦争国際学術シンポジウム」では、モンゴルのゴンボスレン大佐が、「あの戦争は避けることができたかもしれない」という趣旨の報告を行ったのを聞いて、私は深い感銘を受けた。戦争すなわち殺人技術の成果を競い合う研究報告にうんざりしていた私は、戦争を避ける研究なら自分にもできるし、これこそ私がやるべき仕事だと思ったのである。

/『ノモンハン戦争』
ジャガイモの植え付けをしなくちゃ:セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと
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>まだ世界が平和だった20年前。私は、ソ連時代に閉鎖都市とされていた地方の町に住む多くのロシア人たちと友人になった (モスクワはこの時に、すでに最悪の政治都市、狂乱の資本主義と媚態にあふれた魔都だった)。まだ、手垢にまみれた資本主義にそまらぬ人々。語り合ったたくさんのことがこの本の内容に重なる。そうだよな、ベリコフ、ソ連崩壊でなにが残念かといえば共産主義を笑う小話が話せなくなったのが悲しい? それだけのことなのか、ミ-シャ、ソ連が嫌いだったわけじゃないんだね。その町の、物がないからっぽの店。いまではみんなどうしているだろう?

#Amazonレビュー文学
時代も何も超越した存在として:ドリナの橋 (東欧の文学)
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>ドリナの橋の上で時代時代の人が人生を繰り広げ、時に人の命を奪っていく。滔々と流れるドリナの川と時代の変化にも揺るぎない不動の橋は、普遍の象徴としてあまりにも寡黙に無感情に人間の死を見つめ、残酷さすら感じる。人々はそれでも橋を愛しながら自分の生を生き、エネルギーに任せて生活を送り、また社会の変化によって家族の不幸を抱えたり、時代から取り残され老齢の不遇を生きる。様々な人間の生のありのままが、細かい心の動きとともに描かれる。名もなき人々に名前を付し人格と人生が与えられ、それぞれが橋と生きる主人公として登場する。男女の恋、結婚、その破綻、信仰、商売、没落、生活の退廃、庶民感覚、圧政とその中の人々、暴力と狂気、心の破綻、戦争と恐怖、新旧思想とその狭間に揺れる信条、伝統と科学、庶民の意志、不屈の精神、ありとあらゆる人の生が描かれている。あらゆるものが無数の人生を通して現れるが、それらはバラバラに散逸せず、ドリナの橋がひとつに収束させていく。巨大な時代のうねりは残酷に人を不幸に陥れもするが、普遍的な存在である橋がその側で寄り添い、人の死さえも揺るぎなく支えているようである。


#Amazonレビュー文学
『HHhH プラハ、1942年』

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#歴史、またそれとの距離
#歴史・時代もの/歴史創作
鄭守一 ja.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E5%AE%88...

この「獄中書簡」の出典を教えてくれ…
『天幕のジャードゥーガル』二次創作小説「血族の災厄」 冒頭部分

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 あなたはある男を前にして、モンゴル帝国の歴史に触れている。

 国家の制度と、ある一族について触れている。

 オゴタイ・カアンが病に臥した時、その弟のトルイが代わりに呪いを受けたのだと、あなたは聞く。
 そして多大な財産を持っていたトルイは逝き、オゴタイに権力が集中したのだと聞く。国家の力がオゴタイへ統合されて、ますます戦争と政治が行いやすくなったのだと聞く。
 そして実はそれが、一族の陰謀であったと知る。
 やはり戦争と政治のためであり、富のためであったと知る。すべてはモンゴル帝国の繁栄のための策略だったと知る。
 オゴタイの第一皇后は、自分の死を覚悟してでも毒を試したのだと知る。
 夫の、皇帝の、国の繁栄のためにすべての命運を掛けたのだと知る。
 あなたは国家のために、ある家族が別の家族を殺したのだと知る。
 血族が血族を殺したのだと知る。

 あなたはここで、沖縄戦の「集団自決」を思い出す。

 沖縄の住民たちと十三世紀のモンゴルの民族を共振させる。過去が、歴史というものが目前に現実として匂い立ち、あなたの心の中で無数の声が騒ぎ出す。記録の上にしかいなかった人物たちが、実体として浮かび上がってくる。彼らは血の通った一人一人の人間として、そこに立っている。彼らは歴史に立っている。

 そしてあなたも歴史に立っている。

 あなたは沖縄の深く小さなガマの中に立っている。あなたの周りには多くの同村民がいる。昨日は友軍(日本軍)から安全地帯であった大きなガマから追い出されて、辛うじて戦火を逃れて、今日はこのガマに居る。
 あなたは一族の長男であり、家長だった。あなたは一族全体の責任を背負っている。母、妻、息子と娘たち、妹、弟、甥に姪。あるいはこうとも言えるかもしれない。あなたは帝国の臣民で、一族だけでなく、国家に対して責任を負っている。あなたは沖縄という故郷を愛していて、あなたの沖縄は常に大日本帝国の周縁だったから、だからなおさら沖縄と祖国日本に対して責任を負っている。
 沖縄人の誇りを示すこと。綺麗な標準語を話せるようになること。本土のように徴兵制に応じられるようになること。臣民らしく気高く生きること――あるいは死ぬこと。それを内地に、日本に示すことで故郷に愛と責任を示すこと。
 あなたは家族と、沖縄と、祖国日本への責任に重く押しつぶされているが、あなたはそのことには気づかない。
 永遠に続くと思われる亜米利加軍の砲撃が空気を揺るがしている。物量ではあの国にいつも叶わないと従兄の米移民経験者が言っていたことを思い出す。あなたは大日本帝国海軍の連合艦隊がどこにいるのかいつも知らない。あなたの妻は二つ下の歳であり、周りはお世辞でしかそうは言わないが、あなたはあなたの妻をとても可愛らしい、と思っている。妻は瀕死の赤ん坊を抱き半分失神している。あなたは猛烈に喉が渇いていることに気づく。

「一人の男性が妻子を殺したことから、ガマの中で「集団自決」が「以心伝心」として広がり、金城氏自身も同様の行為へと至ったことが記されている。よく知られているように、その理由は、家族や親戚が生き残って米兵に捕まると陵辱され殺害されるから(住民はそのように教え込まれ信じていた)、「愛するがために」肉親から手を掛けたということが大きな要因であった」――「そしてそのような認識に至った背景にあるものは、日本軍による上意下達の強制的構造のなかで共同体と個々の住民とが一体化していたという事実である。実際、「集団自決」に対するこれまでの思想的な理解は、日本軍が通達した「軍官民一体化の共生共死」の思想の強制による、いわば共同体と個が合一化した状況下で起こった惨劇であるととらえられている」(『友軍とガマ 沖縄戦の記憶』社会評論社、2008年、55-56頁)

 あの国家のあの時代では、個人の小さな願いではなく、大きな国家に身を犠牲にさせることこそが重要だった。
 あなたは遠くある、けれど我が祖国たる大日本帝国とその友軍は、亜米利加などに敗けないと強く思う。
 あなたの国家は、敵国との戦争に決して敗れない。あなたの故郷はなくならないし、砲撃が終わればまた島には緑が芽吹くはずだった。

 けれどあなたは、家族と共にガマに逃げ込んでいる。過去からも未来からも切り離されて、平穏な日常などは失われて、すでに無力にもガマに居る。ここに居る。父親で、家長で、男なのに、無力に隠れている。
 一族を率いて、あなたは日用品だけを持ってそこにいる。鎌や棍棒だけの簡素な武装しか持たずにいる。
 敵は戦車と火炎放射器を持っている。たくさんの野蛮な異民族が自分の郷土と家を燃やし、荒らし、奪っているというのに、あなたは抗うことができない。
 大切な財産は焼かれ、街は焼かれ、大切な写真が燃えて、大切な書が失われる。

 祖国が戦争に敗けて、愛する家族を殺され暴行され凌辱されるくらいなら――敵に故郷を、家族を滅ぼされるなら――自分で家族を楽に殺してあげたほうが良いはずだ、とあなたは思う。

 たとえあなたが逡巡していたとしても、周りはそうに違いない、そのほうがいいのだ、と小さく囁いている。
 声がさわさわと湧いて来る。
 たくさんの友軍の兵士が入れ替わりに訪れては、あなたたちは捕虜にならずに死ぬべきだと諭していく。それが責務なのだ、定めなのだという。時には天使のお告げのようにひどく優しく、時には死刑宣告のように厳しく。それがこの国家の人間としての誇りなのだという。あなたはこちらを見る友軍たちの無機質なまなざしを見るたびに、無力であることが恥ずかしくなる。家長で、男であるのだから、あなたは覚悟をすべきなのではないかと思う。一族を殺す覚悟。恥をかかず屈辱を受けずに死を受容する覚悟を。

 たくさんの見知った住民たちがあなたの後ろで同意する。いつもあなたに優しく微笑み挨拶してくれた顔と同じ顔で、私たちは死ぬべきだと同意する。きっと女も子どもも、捕虜たちは、男たちだってもちろん助命されず、撃ち殺されて、強姦されて拷問されて無様に死を晒すだろうからと。
 家族たちは、血族たちは必死の表情で、共に死ぬことを話し出す。共に死ぬことで永遠に共に生き続けることを願い出す。ここで死なないことは皆から取り残されることなのだ、と泣き出してしまう。だからあなたはいっそう覚悟する。家族を殺す覚悟をする。

 あなたは家族を愛している。あなたは家族を囲う国家を、自分の祖国として当たり前に認めている。
 あなたの国家は、あなたの家族が惨めに凌辱されることを望んでいない。

 だからあなたは自分の子どもたちに殺虫剤を飲ませて殺すことを国家に要求されている。あなたは幼い娘を防空壕の土壁に叩きつけて殺すことを国家に要求されている。老いた両親を棍棒で叩き殺すことを国家に要求されている。あなたは自分の赤ん坊を手で窒息死させることを国家に要求されている。死にたくないと逃げ回る甥を鎌で切りつけて殺すことを国家に要求されている。カミソリで弟の首を切って殺すことを国家に要求されている。妹の子どもに軍隊から借りた銃を発砲することを国家に要求されている。自分の姪をロープで縊死させることを国家に要求されている。万歳の叫びと共に手榴弾で妻に自決させることを国家に要求されている。

 そしてそのすべてのあとに、自分で自分の首をカミソリで切り、そのまま死ぬことを国家に要求されている。

 あなたは国家に要求されている。
 国家のために、より大きな善のために、皆のために、自らの命と、血族の死を要求されている。

 あなたが一九四五年の沖縄のガマの中で、皇后ボラクチンのように、自分の国家のためにより大きな善のために愛のために、自分の血族を殺さなかったとどうして誓えるだろう。

#「血族の災厄」(『天幕のジャードゥーガル』二次創作)
仲里 金城さんが言った「愛ゆえに」は、キリスト教への入信とかかわっているように思えます。自分のおふくろや姉妹を手にかけた痛切な「集団自決」の体験をぎりぎりまで問い詰めたところに到来した究極の言葉であったにしても、最後に疑義が残ってしまうことは否定しようもありません。「集団自決」の闇は思想的に開かれるべきなのに、「倫理」の文脈に還元されてしまうことへの疑問といったらいいでしょうか。「愛ゆえに」の手前で、加害と被害がねじり合っている閾を、国家と軍隊と島共同体の縫合線に露出した沖縄近代のアポリアとして読み解き、それを超えていくのが、とりわけ沖縄の戦後世代の思想の核心ではないのかということをつねづね考えてきたように思います。

/「一「集団死」の特異性」「「愛ゆえに」を超える」『沖縄/暴力論』
#近代
#「血族の災厄」(『天幕のジャードゥーガル』二次創作)
大久保一郎画家・和辻春樹技師・大野仁助船長あたりの大阪商船の話が描きたい

#大阪商船
#歴史・時代もの/歴史創作
#海運・船舶・船員 #徴用船・特設艦船・戦没船
戸高一成 編『フォトグラフ日本海軍』第1巻,国書刊行会,1985.8. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/12398576 (参照 2026-11-03)


#デジコレ
#日本海軍
戦後(S.20~22、3年頃)における船舶運営会の活動状況について書かれたものはないか。特に復員輸送について知りたい。――レファレンス協同データベース

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> 「船舶運営会会史」(前編 上、中、下)には、戦後の記載なし。(後編は出版されていない。)

#海運・船舶・船員 #占領期前後
わたしは、小さいときから人間のこたごたした事(矛盾)がいやで理科系を目指した。講義で、政治学の永井陽之助先生に対して、「月に人間が行く時代に、何で人文系の先生方は非合理的な事を…」と食って掛かると、「月に人間が行けるのは、月と地球との間に人間がいないからだ」と、鋭く切り返された。「矛盾の統一とはアートである、政治は一種のわざである。」、その意味が飲み込めずに科学者になった。

/中村春夫「芸術家と科学者の「四季」-井上ひさし氏の講演に寄せて-」
日本の郵便局の窓口にモンゴル宛の郵便を差し出して、すぐに料金のわかることは稀である。郵政省が印刷して、各郵便局に貼り出している色刷の地帯別区分図には、モンゴルの国名表示がないだけでなく、「中国本土」という文字で示されている部分に、国境線一つ引かれず、モンゴルが含まれている。そこが「中国本土」とは別の部分であるとわかるのは、私のようにこのあたりの地図をしばしば見ている者には、ソ連との、特徴ある国境線の曲がりぐあいによってである。書き添えておけば、この料金地図は、昭和四六年印刷の新しいものでも変わっていない。この地図は日本人の外国認識の一つのあらわれであるが、モンゴルのような国を、中国、あるいはソ連のいずれかに付帯させて考えるという一種の民族無視、大国主義的態度を示している。忘れてならないことは、国境線なしに、中国とひとまとめに示されているこの国と、日本は、「ノモンハン事件」という、事件ならぬ一大決戦を敢行して、この国の運命を左右したことがあるという事実である。
私のモンゴル旅行に関心が抱かれるとしても、主眼は常に中国、あるいはソ連に向けられているから、モンゴルはせいぜいそのための媒介であり、中・ソのできごとを説明するための補助資料と見なされている。

/『はるけきモンゴル モンゴルと中央アジア篇 田中克彦セレクシヨンIV』
変革主体の形成を問うと言いながら、その時代を生きた人々に「ないものねだり」をする愚かさについては、言う迄もあるまい。けれども、 「資金調達」や「市場」等々について緻密な研究が積み重さねられていっても、それが養蚕家製糸工女・製糸家その他まさに「生きた人間諸個人」を後景に退けた、いわば「おくれた日本資本主義」の再確認に帰結するのであれば、それは少なくとも私にとっては何の意味もないのである。 歴史を対象とする研究が「歴史としての現代」 に対する責務から解放されてはならないと考える限り、つまりは我々の未来を展望することにいささかなりとかかわりを保とうとする限り、むしろ「おくれた日本資本主義」のなかで、人々がどの様に生き何を形成して来たのか、何を考え、あるいは考えることができなかったのか、そしてそこから人々が単なる「人々」ではない主体として自らを形成する道はどの様に展望されたのか、を問うことにこそ《意味》があるのではあるまいか。
 とはいえ、学問研究たらんとする以上、心情主義的に性急に 《意味》を追求するあまり、無意識のうちにも対象化を放棄した「情感の海」にひたる様なことは、厳しく拒絶されなければならない。「人々がどう生きたか」を考えるにしても、課題はあくまでも「まさに構造論と結合した民衆史の形成でなければならない」(石井寛治 「産業革命論」同氏ほか編『近代日本経済史を学ぶ(上)』、一九七七年、八六頁)であろう。私が《意味》 を求めようとした問題を力法として展開しようとしたのが本書の序章第一節であり、以下の諸章はそれなりにその方法をふまえているつもりであるが、それが問題=方法として一貫しているか、ましてや成功しているか否かについては、読者の判断にまつほかない。ここでは、先学諸氏の精緻な研究に比べての実証面での粗雑さをある程度意識しながらも、敢えてこうした形で本書を世に問おうとしたわけを述べておきたかった。もっともこの様な言いぐさは、「ひらき直り」ではあっても「申しひらき」になり得ないことは、私としても充分承知しているつもりである。理論的・実証的に、あらゆる角度からの厳しい批判の寄せられることを覚悟し、かつ期待している。

/「はしがき」『日本資本主義と蚕糸業』

#近代
#歴史、またそれとの距離
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