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1950年代の大阪商船って米国カリフォルニア・イースタン・エアウェイズと共同して、ブラジル移民輸送を目的に「日本国際航空株式会社」なる航空会社を設立しようとしていた…のか(『航空から見た戦後昭和史』に記載あり、まだ通読できていないので詳細不明だけど)
『ねじ曲げられた桜 下』に、桜の花は「長年の伝統に支えられた土着文化の象徴」と書かれていて、私の文脈にはこの意味合いでの「土着」(ネガティブのない「土着」)という表現があるんだけど、もしかして人によってはいわゆる「土人」という差別単語に近い様相を感じるのかしら… 難しいな
映画「落下音」パンフレットに、滞在した空き家の農家にそのまま50年以上は昔の住人のスナップ写真が残っていた(女たちが同じ農家の中庭からこちらを見つめている写真)のを発見したことに触れて、"同じ場所で時間の層が同時に存在すること、誰かがごく日常的なことをしている傍らで別の誰かが人生を変えるような切実な体験をしているというその同時性に惹かれた"と書かれていて良い
- これは私もよく考える 氷川丸だって80年前は、私が大さん橋方面を眺めているプロムナード・デッキの同じ場所に傷病者を載せていたわけで…
- 貨客船の次の瞬間に現代の次の瞬間に病院船の瞬間が写し出される氷川丸映画はある
武蔵を初めとする戦時下の艦艇建造
商船を特設空母に改装する一方、制式空母、月型対空駆逐艦の工事が行なわれ、第二船台上では昭和13(1938)年に起工した戦艦武蔵の突貫工事が進められた。無条約時代突入に当り昭和12(1937)年に計画された建艦計画は80655万円の予算をもって戦艦2隻を含む艦艇70隻の建造を行なうものであった。武蔵はその計画の根幹をなすもので、起工より4年半にわたって極秘裡に工事が進められ、昭和17(1942)年、戦雲ただならざるなかに、基準排水量65000噸18吋砲3連装砲塔3基を擁する巨艦の引渡は完了した。武蔵の進水は重量の点で“QUEEN MARY"に次ぐのだが、実質的には進水の世界記録であった。第1号艦大和は呉工廠の造船ドックで建造された。これら超弩級戦艦の巨砲口径は戦争の全期間を通じてアメリカ海軍にとってまったくの謎であり、その後に建造されたアメリカ戦艦が16時砲であったことから、16吋と想像されていたという。武蔵の竣工は大艦巨砲時代の最後の精華であり、また海軍艦艇建造史の終末を飾るものであった。その後、艦型はしだいに小さくなり、昭和18~20(1943~45)年には海防艦、さらに戦局の推移に伴い特殊潜航艇、小型魚雷艇などの特攻兵器製作に最後の活路を見いだそうと努めた。さらに空襲は激化し、当所の作業はほとんど中止同様の状態になっていった。
/『創業百年の長崎造船所』
商船を特設空母に改装する一方、制式空母、月型対空駆逐艦の工事が行なわれ、第二船台上では昭和13(1938)年に起工した戦艦武蔵の突貫工事が進められた。無条約時代突入に当り昭和12(1937)年に計画された建艦計画は80655万円の予算をもって戦艦2隻を含む艦艇70隻の建造を行なうものであった。武蔵はその計画の根幹をなすもので、起工より4年半にわたって極秘裡に工事が進められ、昭和17(1942)年、戦雲ただならざるなかに、基準排水量65000噸18吋砲3連装砲塔3基を擁する巨艦の引渡は完了した。武蔵の進水は重量の点で“QUEEN MARY"に次ぐのだが、実質的には進水の世界記録であった。第1号艦大和は呉工廠の造船ドックで建造された。これら超弩級戦艦の巨砲口径は戦争の全期間を通じてアメリカ海軍にとってまったくの謎であり、その後に建造されたアメリカ戦艦が16時砲であったことから、16吋と想像されていたという。武蔵の竣工は大艦巨砲時代の最後の精華であり、また海軍艦艇建造史の終末を飾るものであった。その後、艦型はしだいに小さくなり、昭和18~20(1943~45)年には海防艦、さらに戦局の推移に伴い特殊潜航艇、小型魚雷艇などの特攻兵器製作に最後の活路を見いだそうと努めた。さらに空襲は激化し、当所の作業はほとんど中止同様の状態になっていった。
/『創業百年の長崎造船所』
やはり戦争漫画というか戦記や戦場が主舞台の漫画が、いわゆる「スポコン」「青春もの」じみた状態を呈している状況は非常にグロテスクだ
『石炭の文学史』(だったかな)に「日本語が分からないがゆえに炭鉱が爆発寸前であるという(日本語の!)警告を理解できずに巻き込まれて死ぬ朝鮮人坑夫」の話があるけど 帝国の生存の言葉、日本語、標準語、あと万葉集……というきもちがある
「戦記物を描くつもりがない」(描けるつもりもない)というのは、戦場の実相をわざわざ漫画で模索してもなぁとか、「人間模様をえがく時に戦場だけに物語の重点を置くことに対するある種の非人間的な姿勢」みたいなぼんやりとした忌避感だけど、滝沢聖峰に問答無用で""理解""させられてしまい……
黒船が来航している次のコマでB-29が東京上空を飛んでいる、漫画でなら描けるんだ……描くんだわたしは……
『CRUISE Traveller にっぽんの客船アーカイブス』(2021春号)に戦後の船のパンフレットと、『羽田空港アーカイブ』に載っている昔の航空会社のパンフレットはたぶん同年代のものだろうけど、とても良く似ている
船の越境論
船に感情というものがあったとしたらという観点に立って特設艦船の心情や悲喜を探ってみたいと思う時がある。特設艦船とは軍隊により接収され改造・改装された船のことで、貨客船・貨物船から小型漁船まで多くの船を網羅する。それら船の共通点は戦わないこと、戦うための船ではないことであり、軍の徴用や買収は戦争への参加を押しつけられた切符であった。多くの船にとっては片道切符となった。早々に戦没する宿命だったからである。
戦わない船の戦争。
兵士も民間人も平等の命、一人の人間である。艦が沈んで光栄の上等、船が沈んだら悲しみをもって悼む、という感情はただの感傷であると退けたい。しかしなぜ民間船が、民間船だった艦が戦没することに私は執着するのだろう、と考えた時に思うのは、世界文学への屈折した愛着と、その文学が永遠の命題とする異郷での客死である。あるいはその異郷で経験するさまざまな障害だろうか。自国の常識はそこでは非常識。彼女の話す母国語はそこでは異国語である。移民の彼女はその国に――その海に、その軍隊には容易に同化できなかったかもしれない。そんな二十世紀の人間たちの痛みを同じくアジア・太平洋戦争下の船たちは背負っていたかもしれなかった。馴染んだ横書きの航海日誌ではなく与えられた戦闘詳報で自らの栄光を語るということ。
船は海を往くことが幸せ、とだけ考えれば、こんな甘い郷愁など抱かなかっただろう。道具は使われてこそ価値がある――それが多少違った使い方であろうとも。病院船はそれでもやはり、いやあるいは、だからこそ美しかったはずだ。
けれどそこに船の悲しみを見出してしまうのは、船ぶねの抱く文化の麗しさとそれを基調とする人びとの文化の麗しさにほかならない。それはもちろん貨客船の抱える一等社交室である。そこにあるグランドピアノである。あるいは漁船の上に翻る大漁旗の旗の金刺繍の輝きでも良い。海と共にあった船、と共にあった人びとの抱いてきた素朴な民衆文化は戦火で荼毘に付すにはあまりに惜しいものだった。
あえてその喪失に美学を見出すこともできただろう。オフィーリアはさいごに水死するから美しいのだ。立ち上がって再び陸に上がることなど到底許されない。あの横たわる退廃的な死のにおい、微睡みにも似た死への緩やかな移行の情景は、憧憬を伴って生者である私たちの想像力を豊かに刺激する。貨客船香取丸はインドネシア海域で雷撃を受け海へと傾斜したとき、サロンにあった大型ピアノが大きな不協和音を奏でながら滑っていった、という……。太平洋戦争開戦すぐの出来事であった。船は陸軍に徴用されていて、陸軍部隊が乗船していた。が、未だ船内には乗組員や平時の物資が乗っていた。そのピアノはかつての栄光を留めているもののひとつだった。船と一緒に海へと転がり落ちてゆく陸軍兵士、乗組員、ピアノ、かつての栄光。沈没したその日はクリスマス・イブであった。
二律背反たる船の生と船の死という命題は、戦場の船というものを仰ぎ見るときにいちばんの難題となって私たちの心を刺すのだろう。生の鮮やかさと死の沈黙。それは人間を見るときも同様である。人間とおなじようにふねを見るということ。人間のうつわとしてのふね。
人間の様相を写すものとしてふねを見定めていきたい。
船に感情というものがあったとしたらという観点に立って特設艦船の心情や悲喜を探ってみたいと思う時がある。特設艦船とは軍隊により接収され改造・改装された船のことで、貨客船・貨物船から小型漁船まで多くの船を網羅する。それら船の共通点は戦わないこと、戦うための船ではないことであり、軍の徴用や買収は戦争への参加を押しつけられた切符であった。多くの船にとっては片道切符となった。早々に戦没する宿命だったからである。
戦わない船の戦争。
兵士も民間人も平等の命、一人の人間である。艦が沈んで光栄の上等、船が沈んだら悲しみをもって悼む、という感情はただの感傷であると退けたい。しかしなぜ民間船が、民間船だった艦が戦没することに私は執着するのだろう、と考えた時に思うのは、世界文学への屈折した愛着と、その文学が永遠の命題とする異郷での客死である。あるいはその異郷で経験するさまざまな障害だろうか。自国の常識はそこでは非常識。彼女の話す母国語はそこでは異国語である。移民の彼女はその国に――その海に、その軍隊には容易に同化できなかったかもしれない。そんな二十世紀の人間たちの痛みを同じくアジア・太平洋戦争下の船たちは背負っていたかもしれなかった。馴染んだ横書きの航海日誌ではなく与えられた戦闘詳報で自らの栄光を語るということ。
船は海を往くことが幸せ、とだけ考えれば、こんな甘い郷愁など抱かなかっただろう。道具は使われてこそ価値がある――それが多少違った使い方であろうとも。病院船はそれでもやはり、いやあるいは、だからこそ美しかったはずだ。
けれどそこに船の悲しみを見出してしまうのは、船ぶねの抱く文化の麗しさとそれを基調とする人びとの文化の麗しさにほかならない。それはもちろん貨客船の抱える一等社交室である。そこにあるグランドピアノである。あるいは漁船の上に翻る大漁旗の旗の金刺繍の輝きでも良い。海と共にあった船、と共にあった人びとの抱いてきた素朴な民衆文化は戦火で荼毘に付すにはあまりに惜しいものだった。
あえてその喪失に美学を見出すこともできただろう。オフィーリアはさいごに水死するから美しいのだ。立ち上がって再び陸に上がることなど到底許されない。あの横たわる退廃的な死のにおい、微睡みにも似た死への緩やかな移行の情景は、憧憬を伴って生者である私たちの想像力を豊かに刺激する。貨客船香取丸はインドネシア海域で雷撃を受け海へと傾斜したとき、サロンにあった大型ピアノが大きな不協和音を奏でながら滑っていった、という……。太平洋戦争開戦すぐの出来事であった。船は陸軍に徴用されていて、陸軍部隊が乗船していた。が、未だ船内には乗組員や平時の物資が乗っていた。そのピアノはかつての栄光を留めているもののひとつだった。船と一緒に海へと転がり落ちてゆく陸軍兵士、乗組員、ピアノ、かつての栄光。沈没したその日はクリスマス・イブであった。
二律背反たる船の生と船の死という命題は、戦場の船というものを仰ぎ見るときにいちばんの難題となって私たちの心を刺すのだろう。生の鮮やかさと死の沈黙。それは人間を見るときも同様である。人間とおなじようにふねを見るということ。人間のうつわとしてのふね。
人間の様相を写すものとしてふねを見定めていきたい。
『渺渺録』 の「人間たちはまた元気で、平和で、陽気で、コンテナ船に魚雷は飛んでこなくて、社員と船たちが平穏で……」という台詞の甘さを噛みしめている……と言うと言いすぎなのだけど、結局は2024年くらいに構想したもの、そこから1945年と1960年代を回顧した漫画ではある
まあこういう発言もあまりしたくないけどね 結局は創作なので…
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
まあこういう発言もあまりしたくないけどね 結局は創作なので…
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
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父権的な言説と植民地主義的な言説を融合させた日本の植民者たちは、朝鮮は野蛮な闇の奥にすぎないと宣言することにより、自らの朝鮮征服を正当化した。まるで、男が女の身体は彼によって満たされなければいけない空無であり、男の種が撒き散らされねばならない空虚な空間である、と想定するように。チャのテクストにおいて大地は撒布された種を受け取り、それらと交わることにより新たな命を生み出す。したがって、空無は「充満」し(161)、「蓄積」のない成長、「獲得することのない豊富、充満」が可能になるのである(157)。「血のしみはこぼれ落ちた血を吸収」することができる(65)。
/「中間地点で宙吊りにされて」『異郷の身体 テレサ・ハッキョン・チャをめぐって』
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
/「中間地点で宙吊りにされて」『異郷の身体 テレサ・ハッキョン・チャをめぐって』
- 『つぶやきの政治思想』にもこの感覚があったけど(私の理解では)日韓だけでなく、最近は歴史だったり加害-被害についてだったり、その理解の時の「姿勢としての抱擁」みたいなものは思案することがある
- 抱擁、ではないんだけど、ネタバレだけど「渺渺録」では夢の中で郵船さんが浅間丸と「沈む」話が今後出る(例のボートのシーン) それも一つの抱擁である、
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
つぎに三菱が日本最大の重工業中心財閥であったことも、その大きな特徴である。明治十八年に日本郵船会社が成立して海運事業の直営から手を引かざるを得なかった三菱は、二十年に長崎造船所の払下げを受け(5を参照)、この造船所を中心に製鉄、電機、内燃機などの関連企業を独立させ、三菱重工業企業集団を形成してゆくのである。その原点という意味で、三菱財閥にとって長崎造船所の払下げの持つ意義は、きわめて大きいといわねばならない。そして長崎造船所の経営がまだ軌道にのらない時期に、三斐の最も大きな利潤源としてその屋台骨を支えたのは、高島炭鉱(4を参照)を始めとする炭鉱・鉱山の石炭・銅の輸出であったのである。
/『三菱財閥史 明治編』
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
/『三菱財閥史 明治編』
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
『ゴールデンカムイ』一定の視点からなんやなんや言われているのは知っているし理解…もしているつもりだけど、炭鉱を描いた炭鉱に触れた炭鉱という世紀を少しでもまなざした漫画はゴカムしか読んだことが無い……まあ「私が読んだことが無い」だけだけど
ペリー提督の東回り航路の行き先は地獄、日本郵船の北米航路の行き先は地獄、大阪商船の南米・阿弗利加航路の行き先は地獄、国有鉄道の行き先は地獄、日満連絡船の行き先は地獄、南満洲鉄道の行き先は地獄、兵員輸送船の行き先は地獄、泰緬鉄道の行き先は地獄、地獄船の行き先は地獄、…
みたいなことを言い続けて近代日本を模索しながら「渺渺録」を練っている(血走った目)
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)
みたいなことを言い続けて近代日本を模索しながら「渺渺録」を練っている(血走った目)
#「渺渺録」(企業・組織擬人化)



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