渺渺記

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『森崎和江コレクション 2』に「そして同じ頃、狐とも思弁的政治性とも無縁に、ヤマに機械導入をもくろんだり、自己陶酔型の志士らを遠隔操作したりしながら国家の経済的裏付けが軌道に乗せられた。それは明治以前の日本が、その経済的基盤を農耕においてきた歴史を、基本的にゆさぶるような変革であった。」(「浮游魂と祖霊」)という一文があるんだけど、それはともかく、『夜這いの民俗学』に描かれたような原風景に重工業産業を置くことができず、この乖離はどこへ着地点を置くべきか悩んでいる
ソウルから来日した旧友は、北九州市におりたって、駅名――八幡――を見あげた時、ちいさな叫びをあげました。その声で反射的に私は思いだしました。それは二十数年まえの感覚であって、八幡・鉄の都・軍需……とつながるなまなましい現実です。植民地にもその名は威圧的につたわっていました。「ここがあのヤハタですね」と彼はいい「韓国では今の若い人もヤハタの名はたいてい知っています」と続けました。

/「北九州労働者風景」森崎和江『ははのくにとの幻想婚』
三井三池炭鉱史話(前編) | 三井広報委員会
www.mitsuipr.com/history/columns/020/
>明治から昭和の中頃まで、日本の近代化推進と富国、あるいは戦後復興を果たすための重要なエネルギー源として、石炭は大きな役割を果たしてきた。なかでも、三井鉱山の経営による三井三池炭鉱は、国内数多の炭鉱の中でも最大規模、最大の出炭量を誇っていた。平成9年(1997)に閉山するまでの三池炭鉱、および三井三池炭鉱の近代史に触れてみよう。
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