ときどき「明日死んでるかもしれないから」と言ってしまうんだけど 冗談でのたまうならともかく、最近は本気で理由や根拠や納得に使い始めてしまって、いい加減のところで辞めないといけない感情だ これは… #生活 思念・思索 2026/02/11
「おい地獄さ行ぐんだで!」のいう「地獄」って、私あるいは私たちが使う「地獄」とは別の文脈の地獄なんだよね 炭鉱の奥底とか蟹工船の船倉とかにあったそれぞれの労働者の「地獄」、というか 思念・思索 2026/02/07
私が一次創作で戦争漫画を描いたら絶対陳腐というかチープになるよ~~~という感じなんだけど、なぜかというとやはり「戦争もの」、戦争ものを描いていると捉えた瞬間に「感動」とかそういうのに回収するように引っ張られる/引っ張るからなんだろうな 真面目に言ってるけど、私は艦船擬人化創作から艦船擬人化キャラを引いた物語を描いたらいい戦争漫画が描けると思う 一次創作 | 歴史・時代もの | 思念・思索 2026/02/06
諸事情あって…というか「良い感じのタイトルを考えたけどその題材でしか使えないから」という理由で、占領下の私婦、いわゆるパンパンの話が描きたいんだけど難しそう 読む側では問題ないんだけど、描く時にどうしても「女性史」という大きな枠にとらわれてしまう…というか「自分の描いた話が『女性史』として回収される」ことをしげしげ考えてしまう ところでタイトル「戦火が二国を別つまで」は私が国擬をしてたら描いたはずだけど、国擬はしないので浅間丸の話(日米航路の終焉の話)かなぁ… 「自分の描いた話が『女性史』として回収される」ことを考える、同じく「戦争もの」という枠に回収されることについてはそれほど深くは考えないな… 一次創作 | 歴史・時代もの | 思念・思索 2026/02/06
縄文時代にはどんぐりがそれはそれは美しく価値を持っていたであろう、そして弥生人がその文化を駆逐したこととか、けれど前方後円墳は朝鮮半島にも見られることとか、弥生土器はすっきりしててすごいとか、神道がいかに血の穢れを忌み嫌ってきたかとか、ケガレ思想が葬式のあとに塩をまく行為から地域差別まで如何にこの国を貫通させてきたかとか、女性は土俵から降りてくださいとか、そういうすべてをぶち込めるのはフィクションか、オーラルヒストリーか、時代をロングスパンで観察し続けている擬人化だけ という根拠のない自信がある 思念・思索 2026/02/05
私も(も?)卒業式では「大地讃頌」の合唱だった人間なんですが、あの曲が卒業式に歌われる理由はおそらく「なんとなく厳かで賛美歌っぽいから」でしかなく、しかしそれにしては歌詞が「宗教歌、しかし特定の宗教はない」みたいで、足引っ張っている感じがなんか嫌だった でも日本国って何を寄り辺にああいう行事をしなきゃならないんですかね… 思念・思索 2026/02/01
『慰霊と顕彰の間』で「議論が非常に抽象化・観念化している」「生身の人間が見えない議論というのがすごく多い」とあって、これはもう、自分が当事者でない以上仕方ない面があって、この抽象化・観念化への抗い、当事者ではない自分が当事者になるための、生身の人間を「再発見」するための手法としてのフィクション(ここでいうのなら大戦期の戦争のフィクションになる)がある と最近は理解し始めた 歴史・時代もの | 感想 | 思念・思索 2026/01/24
やはり今思っているのはですね、この論文では一番最後に書いたことですが、最近の靖國は非常に危険な領域に入ってきているように思います。危険というのは、軍国主義の危険とかそういうことよりも、議論が非常にこう抽象化・観念化していっているのですね。要するに私もそうだったわけで、地に足がつかない議論が非常に多い。つまり理想というものはある程度追っていかないといけないでしょうが、ただ、やはりいろんな側面を見てますとですね、何と言うんですかね、生身の人間が見えない議論というのがすごく多い、という感じがします。 それで、昨年私が論文でも取り上げたAさんBさんといった方々と面談したわけですが、実は今年になってAさんから電話があって、「先生、お元気ですか、お会いしたいですね」と仰しゃるんですね。向こうからですね、不意に。私としては嬉しいことですね。フィールドワーカーとしては嬉しく感じるものですが、何か話したいというより、顔がみたいというのです。「じゃあお会いしましょう」ということで、ちょうど永代神楽祭で靖國神社に来られるというので待ち合わせましてですね。まあ経済的にもそんなに裕福な方じゃないんですけれども、「今日は私に出させてください」と仰しゃるので天ぷらそばを御馳走になったりですね。そんなことがあって、その時はもう調査の面談ということではなくて、いろいろ身の上話などお聞きしたのですが、そういう会話の中から見えてくるものっていうのは、何というか、政治レヴェルの議論とは非常に違う世界なんですね。 それからまた、私がかつて学生時代に仙台で下宿をしていた時の大家さんが、いわゆる戦争未亡人で、息子さんを御自身で育てるために、御主人の没後に下宿業をやっていた方でした。この方なんかはですね、別に思想的に反靖國ってわけじゃないんですが、要するに「お上が祀る神なんて自分には関係ないし、生活するのが精一杯よ」という人たちで、靖國神社にも行かないわけです。だから、逆に自分から永代神楽祭に申し込む方たちというのは、どういう人種なんだろうという関心から、何人かに面談してみたんですね。すると、これもまあ、決して右翼でもガチガチのナショナリストでもない。本当にごく普通の方々がいろんな動機や事情でこう関わっている。まさに、それぞれの個人性なんですね。 そういったものを見ていったときに、一人一人を見るとですね、やはり亡くなった人を弔うことの中で自分自身が救われるというような方もいるし、これが靖國神社である人もいれば、そうじゃない別の人もいるということで、そこの個性は非常に多様だと思います。そういうものを、こう何というか、抜かしてしまう議論は危険だということですね。それは反靖國の立場の論者にもいえる話なんですね。で、だからやはり最後は、個人の一人一人に目を向けていったときに見えてくるものが大切になる。靖國の英霊と聞いたときに、それを「あの子」「あの人」「あいつ」というように受け取れる人たちですね。 ところが「あの子」と呼ぶようなお母さんというのは、もういなくなっちゃった。そして「あの人」というと奥さん、「あいつ」といえば戦友ですが、そういう人たちも少なくなって、そうなると、すべてが抽象的な政治的レヴェルの議論になっていく。そういうある意味では危険なというか、新しい段階に入っている。そこでかつてのように、個と集団との緊張関係を取り戻すにはどうしたらいいかということは、よくわからないのですけれども、やっぱりそういう人たちの想いや信仰に立ち返って、それを大事にしていくことが重要ではないか。靖國神社の中でやってきた営みというのは、そういう緊張関係の根っこにある独特の救済構造に支えられている。それを明らかにしたい。たぶんそれは単なる好奇心だけではなくて、自分自身の生き方の問題としてでもある。まあ、こんなことにですね、考えを巡らせてきたということです。 /『慰霊と顕彰の間』「危険な領域に入る靖國論争」 引用 | 思念・思索 2026/01/24
ギョギョ〜ッ!この灰色の細長い子は、九三式魚雷ちゃん!とーっても強そうですね〜〜!!炸薬量と雷速に優れた素敵な子で、大戦当時に運用できたのは、日本海軍だけだったそうです〜!すごいです〜〜〜!!キャーッ見てくださいこの先端部分!ここには480gもの炸薬が入っているんです!この炸薬で敵を殺 #過去メモ 思念・思索 2026/01/23
文学に何ができるかを考える人間だけど、物理で解決できるものは物理で解決すべきなんだよなあ 戦艦土佐のくす玉が割れないことを美麗な言葉で形容して、あの戦艦の自沈を悼む……のもいいが、実際に必要とされているのは次の艦では失敗しないくす玉を設計をすること、みたいな #過去メモ 歴史・時代もの | 思念・思索 2026/01/23
小説書きは文学の重みを信じている、言葉は祈りそのものであると信じている、この祈りは人間の争いを止める力がある。この想いは、小説書きがTwitterという140文字の消費社会にアカウントを作り交流し、「書こうかなと思っている小説ネタ」に予想外にいいねがつき承認欲求が満たされた時に、死んだ。 #過去メモ 思念・思索 2026/01/23
X(旧Twitter)をしているとすぐに忘れるけど、兵器に興味がない人の中には「兵器好きは右翼」だと思っている人が世間にいるのは事実なので、インターネット外で容易に好き♡をするのは危うい(再確認) むしろXにはあるが世間には無い認識として「兵器が好きなフォロイーは右翼ではない」「兵器は好きだけどその製造会社や所有組織が嫌いなフォロイーが少なくない数いる」「その『嫌い』は純度100%の嫌悪ではなく愛憎の場合がある」「兵器の性能の優劣と人気は別の話」がある #過去メモ 歴史・時代もの | 思念・思索 2026/01/22
『ハリー・ポッター』の『アズカバンの囚人』の、冒頭の夜の騎士バスでスタンが喋ってる「大笑いしているシリウス・ブラック」の話、なぜシリウスが大笑いしているのかは物語を読めばおわかりの通りなのですが………私はこういう話の構成が好きだ。 つまり年代・時系列でいえば、 ①ポッター夫妻が死ぬ ②シリウスがすべて(ポッター夫妻が死んだ理由、ピーターの裏切り)を知って大笑いする ③ハリーがその出来事(大量殺人が起きて大笑いしたこと)を知る なのですが、物語(『アズカバンの囚人』)では、 (①ポッター夫妻が死んでいる) ②ハリーがブラックが殺人をして大笑いをしたという出来事を知る ③作中ですべて(大笑いした理由、ポッター夫妻が死んだ理由、ピーターの裏切り)を知る という順番になっています。つまり2と3が入れ替わっているんですね。 こういうのにめっぽう弱くて、あとから、つまり再読時に改めてシリウスの哄笑に孕んだ絶望などを感じます。時間枠に余白ができますね。 ここからはすべてうろ覚えの話になりますが、映画「永遠の0」の景浦(やくざのお爺さん)の本意(宮部久蔵への想い)もこのように「時系列」と「作中の事実判明の順番」が交差していて大変燃えた記憶があります。 #『ハリー・ポッター』 感想 | 思念・思索 2026/01/22
「女の子に母親だけしかおらず、その母が心労たたって病死してしまった時の悲しみ」と、「B-29が飛んできてその空襲で母親が焼死してしまった悲しみ」って、個人の視点からしてみればたぶん同じ悲しみではある、んだけど、これを漫画で、とりわけ後者を描く時に前者と同じ悲しみとして描くとそれなりに問題ではある 歴史・時代もの | 思念・思索 2026/01/22
◆分類【 思念・思索 | 長文 | 引用 | 感想 】
◆創作話【 「渺渺録」 】