破船

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◆ジャンル【 艦船擬人化企業・組織擬人化歴史・時代もの
◆分類【 思念・思索長文引用感想
◆創作話【 「渺渺録」

『HHhH』に引用されてあるフローベールの言葉に「人々がふつうそんな言葉遣いのなかでは考えもしないことを提示すること」とあるけど、この塩梅にいつも悩む あの当時の人たちって、どんな言葉で今の学術用語(それこそ「集団自決」とか)を"自分ごととして"語っていたんだろう

『戦中派不戦日記』とか読むと、お母さんが子ども「早く帰らないとプーちゃんが来ますからね」(プーはおそらくサイレンのことらしい)と言っていて、B-29に「B公」「ポー助」などいろいろな綽名を付けている日本人が出てきて、そういう文脈、言葉づかいに手繰り寄せたいとは思っている 後世の学術的用語の線上ではなくて

『戦中派不戦日記』に空襲で家が全壊した女の人が「ねえ…また、きっといいこともあるよ。…」というシーンがあって、1945年の空襲で家が全壊した女の人の言う言葉が「またきっといいこともあるよ」なのか…と思った
18世紀フランスでも19世紀李氏朝鮮でも20世紀日本でもどこでもいいけど、私が50年以上前の世界を漫画で描いた時に、そこにいたとする人間に「またきっといいこともあるよ」と言わせることができるんだろうか

「ねえ、またきっといいこともあるよ」まるで失恋した女を女友達が居酒屋で慰めているような言い回しで、ありがちで、なんというか、こう…やっていきたい