「集団自決」の闇は思想的に開かれるべきなのに、「倫理」の文脈に還元されてしまうことへの疑問といったらいいでしょうか。「愛ゆえに」の手前で、加害と被害がねじり合っている閾を、国家と軍隊と島共同体の縫合線に露出した沖縄近代のアポリアとして読み解き、それを超えていくのが、とりわけ沖縄の戦後世代の思想の核心ではないのかということをつねづね考えてきたように思います。
/「一「集団死」の特異性 「愛ゆえに」を超える」『沖縄/暴力論』
『現代思想』森崎和江回で「詩の言葉で政治を語る世代」の話があるけど、まさにこういう言葉遣い 私も時々やるけど
/「一「集団死」の特異性 「愛ゆえに」を超える」『沖縄/暴力論』
『現代思想』森崎和江回で「詩の言葉で政治を語る世代」の話があるけど、まさにこういう言葉遣い 私も時々やるけど
◆分類【 思念・思索 | 長文 | 引用 | 感想 】
◆創作話【 「渺渺録」 】