森崎和江の著作の中で炭坑の女性が「(生理中に炭坑に入るなという禁忌があるが一体それがなんだというのか)人間は信心ではなく自分の意志の問題だ」というのに「それでも神さまさえ地の底にいる私を見つけられなかった」と泣くシーンがある 『現代思想』森崎回の対談でその一節に触れ、「意志」という言葉は村や炭鉱の民衆の生活用語ではない、いわば「近代的」な単語であるが、"神さまが見つけられない"と涙するのを見るに、この「意志」は近代合理主義の迷信批判とは無縁のところにある、民衆世界のギリギリの臨界から生まれた彼女の尊厳の表現なのでは、という指摘が示唆に富んでいる 彼女は近代合理主義の観点から炭鉱の迷信を批判して「意志の問題だ」と言っているわけではなくて、ここでいう「意志」の文脈はむしろ……という話なんだけど、最近はこの一つの言葉の使われ方のニュアンスや意味が気になる 歴史・時代もの,感想,思念思索 2026/02/14
『現代思想』森崎回の対談でその一節に触れ、「意志」という言葉は村や炭鉱の民衆の生活用語ではない、いわば「近代的」な単語であるが、"神さまが見つけられない"と涙するのを見るに、この「意志」は近代合理主義の迷信批判とは無縁のところにある、民衆世界のギリギリの臨界から生まれた彼女の尊厳の表現なのでは、という指摘が示唆に富んでいる
彼女は近代合理主義の観点から炭鉱の迷信を批判して「意志の問題だ」と言っているわけではなくて、ここでいう「意志」の文脈はむしろ……という話なんだけど、最近はこの一つの言葉の使われ方のニュアンスや意味が気になる