誤解を招く言い方になるかもしれないが、よく朝鮮や韓国の出来事やその人びとの文章を引用したりするのは、私が「たまたま」この国が好き(正確に言えば、気になる)からであり、私がかつて宗主国だった国の今の国民で、この国の不満を代弁する「絶対的な他者」としてあの国、あの国の人びとの言葉を引いて提示しているわけではない、もし地球の裏側にあの国があっても私はおそらく気にし続けるだろう(が、「隣にあること」を歴史から奪胎することは不可能で、隣にあったからこそこうした遍歴を遂げて今があるという感もある)また上記を意識しているものの、それが絶対的に実行できているか疑問もある。本当にたまたまなのか?という問いがある
四方田犬彦が話し込んだ日本の女性研究者のことを「旧宗主国の女性が女性としての自己同一性を確認するために、かつての植民地の女性を媒介にしなければならない構造」と看破していて、うん……となる(そしてその『われらが〈無意識〉なる韓国』がどうしてもどこにも見つからない)
四方田犬彦が話し込んだ日本の女性研究者のことを「旧宗主国の女性が女性としての自己同一性を確認するために、かつての植民地の女性を媒介にしなければならない構造」と看破していて、うん……となる(そしてその『われらが〈無意識〉なる韓国』がどうしてもどこにも見つからない)
一次創作と擬人化(艦船擬人化/企業・組織擬人化)を描いています。各公式、実在の組織・団体とは一切関係がなく、一個人が趣味で描いたものを掲載しています。
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