破船

津崎のお知らせ・作品・日常・雄叫び
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 一個人の趣味の同人創作サイトです。
 一次創作と擬人化(艦船擬人化/企業・組織擬人化)を描いています。各公式、実在の組織・団体とは一切関係がなく、一個人が趣味で描いたものを掲載しています。
サイト「night watch」(本拠地) | 絵🎨 | 👏👏👏

『零戦 その誕生と栄光の記録』読んだ 堀越氏、好きな航空機の好きな部分の話ばかりしたかった人だったのかな~と ここまで潔いとむしろ好感あるな
  • 『零戦 その誕生と栄光の記録』を読んで、なぜ映画「風立ちぬ」があんな感じなのか、というのは「(アニメキャラの)二郎が美しいものしか見ていない」のかがなんとなく理解できた感じがする 少なくとも『零戦』における氏は好きなところしか語ってない……し、あくまで諸々を美しい、美しかったと言う
  • 読みつつ、書籍の三分の一まで来たかな~と思ったら終盤でびっくりした だってまだ内容が真珠湾攻撃!零戦の勇ましさ!くらいだったんですけども……?
船舶擬人化創作漫画同人誌『春のまひる』(2026/2/22発行)の解説文「「春のまひる」解題」です

今の世では「地獄船」と呼称されることとなった貨客船・鴨緑丸をえがくにあたって思慮したことへの言及となります

#「春のまひる」(船舶擬人化)

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「春のまひる」解題

 我らが主人公、大阪商船・日満連絡船(日本-「満州国」間の連絡航路)の貨客船「鴨緑丸」は1937年に進水した。和辻春樹技師によるスマートな船体と瀟洒な内装が評判となった。この3か月後には盧溝橋事件が勃発し、日中戦争へと発展した。この戦争は1941年に発した太平洋戦争に敗戦する1945年まで終わる事はなかった。日本海運は太平洋戦争でほとんどの船を失ったとされるが、特記すべきはその太平洋での戦争の前に4年間の戦争を行っていたことである。中国大陸へ行くのは軍隊だけではなく民間人も同様だったから、神戸-大連間航路は引き続き維持された。それでもいくつかの船は徴用されすでに軍務へと就いていた。報国丸やあるぜんちな丸などの新鋭の大型貨客船が大連航路に投入されたのは、対外情勢の悪化による外洋航路の終焉と、来たるべき運命に備えての優秀船の安全保持のためだったとされる。

 1941年12月8日、日本海軍にとって運命の日であった真珠湾攻撃は、日本商船隊にとっても運命そのものとなった。船らは同じ海を往くものとして、軍艦同様に兵役に就くことになる。
 アフリカ航路から大連航路へ転属した報国丸は1941年に海軍に徴用され特設巡洋艦となった。一切の商業航路に就くことのなかった愛国丸もまた同様に竣工後に特設巡洋艦となった。ぶゑのすあいれす丸は陸軍輸送船・同病院船となった。またりおで志やねろ丸は特設潜水母艦となった。ぶら志る丸は空母への改造計画があったもののその機会を待たずに雷撃にて没したため実現しなかった。あるぜんちな丸は航空母艦へと改造され空母海鷹となった。黒龍丸は陸軍の輸送任務に使われた。ばいかる丸は徴用され再び陸軍病院船となった。
 鴨緑丸は1944年12月、陸軍の兵員輸送船の一船としてマニラにあった。将兵と搭載物を下ろし、付近の日本民間人と遭難した船員の合計1900人を乗せて日本へ折り返す予定だった。と同時にマニラ周辺の捕虜収容所にいた捕虜1600人を日本へ輸送する任務を負っていた。なお鴨緑丸の旅客定員は805人であったから、客室から船倉まで一杯に乗員らは収容された。
 マニラ出港後、鴨緑丸は敵艦載機20機に発見され、ロケット弾6発と500ポンド爆弾一発の直撃を受ける。また機銃掃射や至近弾に晒され、船体や吃水下に破口が生じ、浸水。鴨緑丸は沈没を避けるために海岸に擱座させられる。乗員は船を退避。輸送船鴨緑丸は、最後、陸上の乗員たちが見守るなか傾斜を増し、身を猛火に包まれながら覆没した。かつての日満航路の花形客船の勇壮なる戦没である。
 以下、捕虜について述べる。先述の航空攻撃では280人が犠牲となった。生き残った捕虜1300人は再び捕虜収容所に送られ、この後、別の船で再び日本へと向かうことになる。とりわけ日本の輸送船に起きた致死的な過密状態、圧死や衰弱死、捕虜への虐待、病死、あるいは敵航空機の攻撃等で、最初に居た1600人は、終戦時に日本の捕虜収容所から解放された際には350人となっていた。
 この事象はいわゆる連合国側から「地獄船」と呼ばれ、戦後に深刻な戦争犯罪として処罰された。鴨緑丸の名は地獄船の代表格として記録されている。

 この物語はふねぶねらの「見ざる聞かざる言わざる」で構成されている。あるいは甘美な現実逃避が描かれている。自分たちが一枚下の地獄の一枚上にいると知ってもなお黙っている。徴用を知りながら素敵なディナーを食べている。人殺しは艦艇にでも任せておけ、と貨客船らは言う。我らは戦争など知らぬ存ぜぬことだと言うのだ。美しい我らは美しい世界を維持しつづける。それがギリギリの世界であろうとも、である。来たる運命を予感しながらも抗うことなく受容し続けている。
 ふねぶねは運命に抗わない。なぜなら人間に使役されることを生業とし、存在意義としているからだ。人間たちが平時の外洋航路ではなく戦時輸送を欲するというのならその足となるために存在している、ということを彼らは知っている。船らはただ海に存在するためでなく、海での人間の目的の用途のために存在していることを認めている。
 つまりふねの生は人間たちの行動をこそ恃みにしているわけで、ふねの未来は私たちが決めるのだ。人類史以来ひとと共にあったふねというものについて私は今一度考えている。ふねぶねらにとってよき航海となるべき海を保つことを私は願い、他の人間たちにもひろく求めたい。ふねのよき航海は人間にとってもよき航海のはずである。

 本同人誌は、鴨緑丸が地獄船として記録されている事実と、別の長き航跡もあったにも(・・・・・・・・・・・・)関わらず地獄船以外の(・・・・・・・・・・)何物でもないとしか思えない(・・・・・・・・・・・・・)現実への怒りによって描かれた。それは戦没船すべてにも言えるだろう。ふねぶねらの「結末」は悲惨である、が、だからといってその悲惨さは、それまでの航跡の意味をかき消さないはずだ。
 なお、本書に登場するすべての商船は軍に転用された。ばいかる丸以外の船はふたたび航路に戻ることなく、アメリカ軍による爆撃や雷撃等で敗戦までに戦没、あるいは戦闘で損傷し無用となり遺棄され戦後すぐに解体されたことを明記しておく。
南洋からの石油を運んだり、戦場に兵士や兵器や物資を運んだりするために、艦だけでなく多くの船が導入されたこと、そして多くが沈んだこと
戦争体験の共通理解というほど著名な話にはなり得なかったので、まずそこから話していきたい
昔のスーツは2つボタンを両方とも留めていたのですが、これを忠実に描くと「スーツ知らん人」みたいになるのが悩みどころ
いつしか電車に乗ってたらカップルの男女が
男「なんだっけ、総理大臣とかじゃなくて…何々様っていう…」
女「う~ん…天皇?」
男「そうそれそれw」
という会話をしていてめちゃワラだったんだけど、「日本人は戦争を反省していない」とかどうだとかそういう地平線とはまったく別の世界の余地というべきか では「日本人は戦争を反省していない」として、その「反省」をするにはどうしたらいいかを考えた時に、「小学校で歴史をもっとちゃんと教える」とかそういう話"以外の"、もっと別の何か、根本的に別の解決が求められる気がした 電車で…
ドイツに降伏したフランスから上海で借りパクしてきたコンテ・デイ・リスル号こと「帝立丸」
晴れてフランスが戦勝国になったのでピカピカの豪華客船にして返さなきゃならなくなって、日本の設計家たちがわちゃわちゃして図案を出したのにフランス人が了承しなくて、というのは図案に一貫性が無さ過ぎるのが嫌ッ…とのことだったので、日本側が大会議して結局うまく完成させて引き渡せたらしい
…という話をモチーフに(「史実」に忠実なやつではなく)、「徴用船の収支決算」を描きたい 帝国船舶株式会社とかのやつです
#「徴用船の収支決算」(一次創作)
コミケのジャンルコードの「歴史」ジャンルの「幕末(佐幕派)」「幕末(倒幕派)」「幕末(新選組)」「幕末(佐幕・倒幕・新選組除く)」「日本史(幕末除く)」 いつ見てもいい
森崎和江の著作の中で炭坑の女性が「(生理中に炭坑に入るなという禁忌があるが一体それがなんだというのか)人間は信心ではなく自分の意志の問題だ」というのに「それでも神さまさえ地の底にいる私を見つけられなかった」と泣くシーンがある
『現代思想』森崎回の対談でその一節に触れ、「意志」という言葉は村や炭鉱の民衆の生活用語ではない、いわば「近代的」な単語であるが、"神さまが見つけられない"と涙するのを見るに、この「意志」は近代合理主義の迷信批判とは無縁のところにある、民衆世界のギリギリの臨界から生まれた彼女の尊厳の表現なのでは、という指摘が示唆に富んでいる

彼女は近代合理主義の観点から炭鉱の迷信を批判して「意志の問題だ」と言っているわけではなくて、ここでいう「意志」の文脈はむしろ……という話なんだけど、最近はこの一つの言葉の使われ方のニュアンスや意味が気になる
私が一次創作で戦争漫画を描いたら絶対陳腐というかチープになるよ~~~という感じなんだけど、なぜかというとやはり「戦争もの」、戦争ものを描いていると捉えた瞬間に「感動」とかそういうのに回収するように引っ張られる/引っ張るからなんだろうな
真面目に言ってるけど、私は艦船擬人化創作から艦船擬人化キャラを引いた物語を描いたらいい戦争漫画が描けると思う
諸事情あって…というか「良い感じのタイトルを考えたけどその題材でしか使えないから」という理由で、占領下の私婦、いわゆるパンパンの話が描きたいんだけど難しそう
読む側では問題ないんだけど、描く時にどうしても「女性史」という大きな枠にとらわれてしまう…というか「自分の描いた話が『女性史』として回収される」ことをしげしげ考えてしまう
ところでタイトル「戦火が二国を別つまで」は私が国擬をしてたら描いたはずだけど、国擬はしないので浅間丸の話(日米航路の終焉の話)かなぁ…
「自分の描いた話が『女性史』として回収される」ことを考える、同じく「戦争もの」という枠に回収されることについてはそれほど深くは考えないな…
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#書籍
#欲しい
『慰霊と顕彰の間』で「議論が非常に抽象化・観念化している」「生身の人間が見えない議論というのがすごく多い」とあって、これはもう、自分が当事者でない以上仕方ない面があって、この抽象化・観念化への抗い、当事者ではない自分が当事者になるための、生身の人間を「再発見」するための手法としてのフィクション(ここでいうのなら大戦期の戦争のフィクションになる)がある と最近は理解し始めた
文学に何ができるかを考える人間だけど、物理で解決できるものは物理で解決すべきなんだよなあ
戦艦土佐のくす玉が割れないことを美麗な言葉で形容して、あの戦艦の自沈を悼む……のもいいが、実際に必要とされているのは次の艦では失敗しないくす玉を設計をすること、みたいな
#過去メモ
X(旧Twitter)をしているとすぐに忘れるけど、兵器に興味がない人の中には「兵器好きは右翼」だと思っている人が世間にいるのは事実なので、インターネット外で容易に好き♡をするのは危うい(再確認)

むしろXにはあるが世間には無い認識として「兵器が好きなフォロイーは右翼ではない」「兵器は好きだけどその製造会社や所有組織が嫌いなフォロイーが少なくない数いる」「その『嫌い』は純度100%の嫌悪ではなく愛憎の場合がある」「兵器の性能の優劣と人気は別の話」がある

#過去メモ
「女の子に母親だけしかおらず、その母が心労たたって病死してしまった時の悲しみ」と、「B-29が飛んできてその空襲で母親が焼死してしまった悲しみ」って、個人の視点からしてみればたぶん同じ悲しみではある、んだけど、これを漫画で、とりわけ後者を描く時に前者と同じ悲しみとして描くとそれなりに問題ではある