『慰霊と顕彰の間』で「議論が非常に抽象化・観念化している」「生身の人間が見えない議論というのがすごく多い」とあって、これはもう、自分が当事者でない以上仕方ない面があって、この抽象化・観念化への抗い、当事者ではない自分が当事者になるための、生身の人間を「再発見」するための手法としてのフィクション(ここでいうのなら大戦期の戦争のフィクションになる)がある と最近は理解し始めた 歴史・時代もの | 感想 | 思念・思索 2026/01/24
◆分類【 思念・思索 | 長文 | 引用 | 感想 】
◆創作話【 「渺渺録」 】