或る日のこと、私の扉を誰かが叩く音がした。一人の兵士がかなりおずおずとした様子でそこに立っていた。次の瞬間私はびっくりした。リルケ――軍装したライナー・リルケだったのだ!彼は痛々しいほど不器用げに見えた。詰襟のために窮屈な思いをし、どの将校にも長靴をかちっ(・・・)とぶつけて敬礼せねばならないという考えのためにどぎまぎしていた。そして、完璧ということへの魔的な強迫にとらわれている彼だから、このような軍規の些細な形式をも模範的に正確に遂行しようと思っていたため、絶えず困惑の状態のなかにいた。「私は」と彼はあの低い声で私に言った、「この軍服というものを幼年学校以来きらっていました。もう永久に逃れたと思っていたのですが。今、ほとんど四十歳でもう一度着なくてはならないのです。」幸い彼を守る救いの手があって、彼はまもなく好意的な身体検査のおかげで免除となった。別れを告げるため、もう一度彼は――そのときはすでに私服にかえっていたが――私の部屋に入って来た。私はほとんど、風のように吹き込んで来た、と言いたいくらいである(そのように筆舌に表し難いほど音もなく、彼はいつでも歩くのだった)。彼は私になお礼を述べに来たのだ。私がロマン・ロランを通じて、彼のパリで没収された蔵書を救おうと試みたからである。初めて彼は、もう若くないように見えた。恐怖の思いが彼の精魂を使い果たしてしまったかのようであった。「外国に行きたい」と彼は言った、「外国に行けるのなら!戦争はいつも牢獄ですね」。そして彼は立ち去った。今や私はふたたび全く孤独となった。 /『昨日の世界 上』 引用 2026/04/07
/『昨日の世界 上』