古さと場数は海ではおなじ

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 やはり今思っているのはですね、この論文では一番最後に書いたことですが、最近の靖國は非常に危険な領域に入ってきているように思います。危険というのは、軍国主義の危険とかそういうことよりも、議論が非常にこう抽象化・観念化していっているのですね。要するに私もそうだったわけで、地に足がつかない議論が非常に多い。つまり理想というものはある程度追っていかないといけないでしょうが、ただ、やはりいろんな側面を見てますとですね、何と言うんですかね、生身の人間が見えない議論というのがすごく多い、という感じがします。
 それで、昨年私が論文でも取り上げたAさんBさんといった方々と面談したわけですが、実は今年になってAさんから電話があって、「先生、お元気ですか、お会いしたいですね」と仰しゃるんですね。向こうからですね、不意に。私としては嬉しいことですね。フィールドワーカーとしては嬉しく感じるものですが、何か話したいというより、顔がみたいというのです。「じゃあお会いしましょう」ということで、ちょうど永代神楽祭で靖國神社に来られるというので待ち合わせましてですね。まあ経済的にもそんなに裕福な方じゃないんですけれども、「今日は私に出させてください」と仰しゃるので天ぷらそばを御馳走になったりですね。そんなことがあって、その時はもう調査の面談ということではなくて、いろいろ身の上話などお聞きしたのですが、そういう会話の中から見えてくるものっていうのは、何というか、政治レヴェルの議論とは非常に違う世界なんですね。
 それからまた、私がかつて学生時代に仙台で下宿をしていた時の大家さんが、いわゆる戦争未亡人で、息子さんを御自身で育てるために、御主人の没後に下宿業をやっていた方でした。この方なんかはですね、別に思想的に反靖國ってわけじゃないんですが、要するに「お上が祀る神なんて自分には関係ないし、生活するのが精一杯よ」という人たちで、靖國神社にも行かないわけです。だから、逆に自分から永代神楽祭に申し込む方たちというのは、どういう人種なんだろうという関心から、何人かに面談してみたんですね。すると、これもまあ、決して右翼でもガチガチのナショナリストでもない。本当にごく普通の方々がいろんな動機や事情でこう関わっている。まさに、それぞれの個人性なんですね。
 そういったものを見ていったときに、一人一人を見るとですね、やはり亡くなった人を弔うことの中で自分自身が救われるというような方もいるし、これが靖國神社である人もいれば、そうじゃない別の人もいるということで、そこの個性は非常に多様だと思います。そういうものを、こう何というか、抜かしてしまう議論は危険だということですね。それは反靖國の立場の論者にもいえる話なんですね。で、だからやはり最後は、個人の一人一人に目を向けていったときに見えてくるものが大切になる。靖國の英霊と聞いたときに、それを「あの子」「あの人」「あいつ」というように受け取れる人たちですね。
 ところが「あの子」と呼ぶようなお母さんというのは、もういなくなっちゃった。そして「あの人」というと奥さん、「あいつ」といえば戦友ですが、そういう人たちも少なくなって、そうなると、すべてが抽象的な政治的レヴェルの議論になっていく。そういうある意味では危険なというか、新しい段階に入っている。そこでかつてのように、個と集団との緊張関係を取り戻すにはどうしたらいいかということは、よくわからないのですけれども、やっぱりそういう人たちの想いや信仰に立ち返って、それを大事にしていくことが重要ではないか。靖國神社の中でやってきた営みというのは、そういう緊張関係の根っこにある独特の救済構造に支えられている。それを明らかにしたい。たぶんそれは単なる好奇心だけではなくて、自分自身の生き方の問題としてでもある。まあ、こんなことにですね、考えを巡らせてきたということです。

/『慰霊と顕彰の間』「危険な領域に入る靖國論争」