古さと場数は海ではおなじ

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『ハリー・ポッター』の『アズカバンの囚人』の、冒頭の夜の騎士バスでスタンが喋ってる「大笑いしているシリウス・ブラック」の話、なぜシリウスが大笑いしているのかは物語を読めばおわかりの通りなのですが………私はこういう話の構成が好きだ。

つまり年代・時系列でいえば、
①ポッター夫妻が死ぬ
②シリウスがすべて(ポッター夫妻が死んだ理由、ピーターの裏切り)を知って大笑いする
③ハリーがその出来事(大量殺人が起きて大笑いしたこと)を知る

なのですが、物語(『アズカバンの囚人』)では、
(①ポッター夫妻が死んでいる)
②ハリーがブラックが殺人をして大笑いをしたという出来事を知る
③作中ですべて(大笑いした理由、ポッター夫妻が死んだ理由、ピーターの裏切り)を知る

という順番になっています。つまり2と3が入れ替わっているんですね。
こういうのにめっぽう弱くて、あとから、つまり再読時に改めてシリウスの哄笑に孕んだ絶望などを感じます。時間枠に余白ができますね。


ここからはすべてうろ覚えの話になりますが、映画「永遠の0」の景浦(やくざのお爺さん)の本意(宮部久蔵への想い)もこのように「時系列」と「作中の事実判明の順番」が交差していて大変燃えた記憶があります。

#『ハリー・ポッター』