- 「ここで幸せになったら俺の勝ち」の勝ちという言葉を、つい帝国と重ね合わせてしまって、皇帝の独善的で強権的に捉えすぎているだけで……実はもっと素朴な、オゴタイの個人な達成感の現れた言葉だというだけなのかな 「国家の勝利」ではなくて、ただの、一人の人間として勝ったという喜びの感情
- 「勝ち」といいますけども、「お前たちがここで幸せになったら俺も幸せなんだ」と言っても主旨はそれほど変わらないないはずで、勝ちがいけない勝ちという言葉が
- でもオゴタイに求められているのは個人的な幸せではなくて、国家の長として達成したかどうかなので
- だから幸せ、ではなく勝ちなのだろう
- (内容的に言うのを逡巡する話題だけど)「帝国に同化しろ」という趣旨の発言なのかなと考えていたが、これは近代から、あるいは後世から見た帝国主義的な発想であって、本当に裏のない、純粋に弱者も幸せになるような国家を目指しているだけなのかも
- 素人なので仔細に詳しくないんだけど、日本語ではimperialismの訳が「帝国主義」で、この「帝国」という言葉の選びが良くない影響を及ぼしている気がする…
- すぐオタクは考察とか解釈とか言うからな 裏を読みすぎかも 本当にオゴは民の幸せを願っているだけかもしれない
- オランダ語のケイゼル(皇帝)+レイク(国)の訳語「帝国」(皇帝のいる国)が18世紀に日本で生まれた。 また19世紀に英和辞典でEmpireが「帝国」と訳された。これはラテン語のimperium(命令権)から来ている単語。
- が、転じて古代ローマで命令権保持者が派遣される、古代ローマの権威が及んだ属州・戦地もimperium呼んだ。Empireの語源がimperium。つまり後者は軍事指揮権や版図の力点の強い単語だった。 が、訳が一緒だったので膨張主義のimperialismも帝国主義となった。(と『朝鮮王公族』で読んだ)
- だから、皇帝や帝国という単語から「近代」を脱色して読み解かないと 皇帝の国、帝国主義imperialism、皇帝の国が対外膨張を目指している…がごちゃ混ぜになって何が何だか分からなくなるのかな…と素人なりに感じている あそこは13世紀のモなので(この分野は無知なので間違いはご容赦…)
- 「ここで幸せになったら俺の勝ち」に「同化」というニュアンスを感じたのは、非常に近代的な考えなのかも、という話
#『天幕のジャードゥーガル』
一次創作と擬人化(艦船擬人化/企業・組織擬人化)を描いています。各公式、実在の組織・団体とは一切関係がなく、一個人が趣味で描いたものを掲載しています。
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