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 原合名会社が富岡を経営していた明治後期から昭和のごく初期にかけては、日本の生糸輸出の絶頂期ともいえ、大正時代には世界の生産高の6割を占めるほどになりました。
 日本にとっては、生糸輸出で獲得した外貨によって軍需品や重工業製品を輸入するというパターンができ、「生糸が軍艦をつくる」とまでいわれるほどでした。製糸業が富国強兵に大きく貢献したことは間違いありません。

/『富岡製糸場と絹産業遺産群』
#「渺渺録」(企業擬人化)