「3/7→1/3→1/1」

メンサーの家族はただ弊機を嫌っています(ただし七人の子どもたちはそうではありません。そのうち三人とはフィードを通じて触法メディアを交換する仲です)。ある日、そのうちのさらに一人がどうしても『遭難信号』を観たいと弊機にせがんできました。弊機は彼女の年齢には早計なドラマだと感じました。このドラマには人間たちの死や血液や暴力や裏切りや悲劇ばかりが描かれています。性的で教育上よくないシーンも多いです。そしてなにより暗い。この物語が好きな人間たちは総じて若いか、不幸かのどちらかでした。それでも彼女は弊機にそのドラマを求めました(彼女の年齢では正規の手段で入手することはできませんでした)。なので弊機はそれに応じました。彼女がその物語を求めるのなら、それを止める権利はないと思ったからです。しかしフィードでこれだけは伝えました。登場人物のオデットには気をつけること。彼女に恋をしないこと、彼女を愛して悲しみに暮れないこと。この物語を好きになる人間たちはみな彼女に恋をするのです。なんとなくこの子もその一人になってしまうような気がしました。

#『マーダーボット・ダイアリー』
「海にありて思うもの」という航空母艦海鷹の小説があったのですが、完成しないのと、「ねりあぐる葛」に漫画として編入したいのとで、今のところ未完ですがメモとしてここに上げておきます。
 書く気が無いというよりは、ネタ自体は面白いけど構造から書き直さないと小説というものにはならないな~…という限界を感じました。陰気にあるぜんちな丸がぶつぶつ考えているだけなので。なら漫画に抽出した方が良いかも……と思いました。未定です。小説として完成させる可能性もあります。
 あと軍用船旗の描写にミスがあります。直さねば…

 大阪商船三部作・第三部「ねりあぐる葛」、大阪商船の貨客船であった元あるぜんちな丸である航空母艦海鷹と、その「姉妹艦」である大鷹型航空母艦(元日本郵船の貨客船たち、大鷹・雲鷹・冲鷹と元ドイツ貨客船、神鷹)の話だと良い。大阪商船三部作であるにも関わらず。何故ならそう、あの世界で彼女たちは、故郷と帰属の差異など均されてすべて軍に統合されていたわけで、





***



この三篇を、あるぜんちな丸ではなく貨客船新田丸に謹んで捧げる。汝こそ特設艦船の極北たりき。また一編「孤独の極北」をとり、李良枝「かずきめ」に憚りながら付す。




1「南洋の追想」特設運送船あるぜんちな丸

「ふねなんだから使ってナンボだ。貨客船も運送船も何も変わらん。そうだろう、あるぜんちな丸」
 その船内は薄暗かった。華の貨客船とも勇壮なる戦艦とも違う、貧弱な輸送船の、貧弱な船内だった。物は未だ少ない。
「そうです」
 と、答えた特設運送船あるぜんちな丸の口調は柔らかかった。たおやかな乙女、それに近かった。こそばゆさと湿り気のある、囁きに似た、緩やかな響きだった。
 それが海軍さんにとっておかしかったらしい。陸戦隊のお偉い人間の一人が小さく笑った。
「いつまでも貨客船意識を持つんじゃないぞ」
「こいつは箱入り娘でしたから、相すみません」
 貨客船時代からの乗組員の一人が、慎重に腰を低く保ちながら言った。
 長年付き合ってきた経験から、その声に苦渋と反発が隠れていることがわかった。それを上手く隠すさまは貨客船の白粉の白々しさにも似ている。まるで一種の芸術のようである。あるぜんちな丸はこれからの航海の行く先を思った。長く続く一引きの航跡を想った。私は、白粉を剥がされても上手く笑っていられるかしら、と思った。もっとも、軍隊に笑顔など必要なかった。私に笑顔は必要なかった。



 祖国と南洋の間の海に、その船はあった。
 日本の国土で見あげる空よりも、ひろい青色の下に彼女はいた。一引きの航跡が、荒々しく碧い波を攪乱させる。波は大きく船腹を打つ。
 特設運送船あるぜんちな丸は、船尾から呆けたようにその航跡を覗き込んでいた。
 湿度を含んだ生温い風がきもちわるい、と思った。
 ふねのえがく航跡は、艦種も船種も関係なくどれも同じ様相をしている。船尾にかき乱された海に立つ波は、どの艦船も同じだ。もっともそんな認識は、実際を詳しく知らない者が抱きがちな、自分勝手なこじつけか、ただの印象論なのかもしれない。
 特設航空母艦、そして航空母艦になったとしても、私はおなじ航跡をえがくのだろうか。あるぜんちな丸はなんとなく、そんな感傷にとらわれた。それが自分らしくないと思った。特設運送船としての任務で海を右往左往していて、すこし疲れているのかもしれなかった。
 ふう、と一つため息をつき、あるぜんちな丸は航跡に背を向け船尾にしゃがみこんだ。することがなかった。自分は船の依り代でしかなく、姿は人間の女の身とまるでおなじで輸送任務の乗り込みの一つすら手伝うことができない。任務の目的、向かう場所、具体的な情報などは聞かされるが、時折それすら忘れられて、仔細を聞かされないことがあった。
 人間たちは戦争で忙しく、船は物資を運べればそれでよく、われら依り代はそこにいればいいだけなのだ。
 そんなあるぜんちな丸の頭上に翻るのは、大日本帝国海軍の軍用船旗だ。これもなんとなく気に食わなかった。彼女は、船客には絶対に向けなかった品のない目つきでその旗を見上げた。白と赤色は日頃掲げていた日章旗でお馴染みの色であったが、けれどこの旗にはいくつかの赤線が赤丸から外へと引かれている。ここに船と艦艇との違いがある。
 社旗と日章旗ではなく、日章旗と軍艦旗あるいは軍用船旗を掲げなければならなくなった世界を、その日章旗の位置の前後の逆転を示して「前と後ろが狂ったおかしな世界」と罵ったのは、彼女の妹だった。船は日章旗を後ろへ、艦は日章旗を前へ掲げる。
 妹とは違い、あるぜんちな丸にしてみれば「だから何だ」の一言であった。
 過去と未来に期待も失望もしないことが自分の美点であり優れた点だとあるぜんちな丸は認めていた。だからなおさらその感傷を人間みたいな情念だと感じた。あるいは人間みたいな、ではなく、この時代の海に浮かぶすべての貨客船たちのような恨み、というべきか。
「見よ東海の空あけて、旭日高く輝けば……」
 あるぜんちな丸は人間たちに愛されている一曲を呟く。
 人間たちはもう、あの世界を忘れてしまったのだろうか。
 うつくしく舞う五色のテープ。翻る日章旗。解纜のときの浮ついた幸福感。身の寄り辺である祖国との離別。たとえその船の行く先が、草も生えない開拓地だろうが未開の地だろうが、そのうつくしさは誰にも犯せない。それを一番近くで見てきたこと。一番近くで感じてきたこと。
 多くの貨客船たちは、そのことを忘れられずにいる。
 たとえば、大阪商船の貨客船ぶら志"る丸もその一隻だった。
 船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があったわが妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たるあるぜんちな丸の見解である。わが身を帝国海軍の航空母艦何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
 実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあれは明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
 貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
 人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、あるいは海に浮くことにすらつよい愛着を持たなかったことが特設輸送船あるぜんちな丸を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
「あるぜんちな丸!ここに居たか」
 そう言いながら船尾に現れたのは特設運送船あるぜんちな丸の監督官である。
 海軍の中佐たる彼はいつも堂々としていて、これが軍隊の人間なのだ、とあるぜんちな丸はいつも感じていた。もちろんわが船乗りたちが堂々としていないわけではないのだが。だって、戦争中の軍人たちはとりわけ威勢がいいものなのだ。
「やることがないのはわかるが無意味にうろつくな」
「申し訳ございません。船内に居ても邪魔になるだけかと思いました」
 感情を一切表に出さず、あるぜんちな丸は応えた。
 ふう、と監督官は一つ小さなため息をついた。あるぜんちな丸を見据え、なおはっきりとした口調で言う。軍隊においていまだ貨客船気分のわがままな小娘に、よくよく言い聞かせようとしたらしい。
「あるぜんちな丸。海軍はふねを悪いようには扱わない。特にお前は航空母艦になる船だ」
 目と目が合う。
 どちらも先に逸らした方が負けだと思っている、そのようにあるぜんちな丸は感じた。なおさら目線を逸らすわけにはいかなかった。
「今は耐え忍べ。沈まないことを考えろ。海軍はお前に価値があるうちは悪くしない」
「私の乗組員はどうなりますか」
「人間様だって一緒さ」
 肩を竦めて大日本帝国海軍中佐たる監督官様は言った。
 ふねとしての価値。
 軍隊で必要な船腹であるということ。
 だいたい私たち元貨客船が戦闘詳報で自らの栄光を語れるかどうかが問題なのだ。航海日誌の横文字の英語の綴りなど捨て去れねばならないのだ。
 人間にほんとうにその気持ちがわかるのだろうか。
 元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの(さが)は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わん、という言葉は船長から三等客までに、そして船底の唐行きたちにさえも聞かせられる囁きだった。
 航空母艦になるための船じゃないんだけどな、という思いと、生まれた時から航空母艦としての計画を備えた船だった、という事実が、あるぜんちな丸の身と心を縛った。あるいはこの時代に生まれたという事実がいけなかったのかもしれなかった。
 あるいは、私が私自身として生まれたことが。
「航空母艦になれば、とりあえず私は船尾をうろつくことがなくなりますね」
「そうだな、どこでも引っ張りだこだ。海軍で航空母艦をやるというのはそういうことだ。忙しくなるぞ」
 船底がどれだけ奥深く薄暗くても白粉姿の貨客船はいつもうつくしかった。そのうつくしさで多くの人間を惹き寄せ、惑わせてきた。そのつけが自身にも回ってきたのかもしれなかった。連れて行くのではなく連れて行かれる側に回ったということ。ただそれだけのこと。
 航空母艦何鷹か、変な名前だったら嫌だなあ。
 あるぜんちな丸はそう思った。もっとも名前なんぞ、軍の一兵として忙しくなればすぐに忘れるものなのかもしれなかった。軍隊というのはそういう場所だというのは、特設運送船でもすでにわかりつつあったのだ。


2「孤独の極北」特設運送船あるぜんちな丸と大鷹と冲鷹(と輸送船と隼鷹)

「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
 軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
 少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
 冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。「新田丸姉さま」?それはないだろう。大鷹は一貫して帝国海軍に従順な艦であった。
 苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、駆逐艦ですか海防艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、あたしたち何ノットで走るんですか、あたし……。
 それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
 と言い切り、一方的に話を打ち切った。
 でも、でも、それに、だって……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。人間の女の身の姿を持つ船に、同じく人間の女の身を持つ船として、何かしらの救いを得たかったのかもしれない。
 そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
 下らなかった。
 あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
 誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
 冲鷹は今にも舌打ちしそうな表情を浮かべ、その横顔を苦々しく大鷹が睨んでいた。
 軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍隊軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
 私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
 このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
 ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
 隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
 護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
 これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
 もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
 だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
 彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
 時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
 私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように」
 は、と気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
 情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。全員明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性はいっそう増すだろう。
 だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
 そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
 わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
 私たちの白い太陽。
 それははたして、いったいどこに?



3「極東の客死」海鷹と神鷹

 空は淡く薄暗い。
 小雨がこの地にも降るかもしれない。
 窓から見えるのは、海と港とわが現身たる艦体だ。
 冴えない小型の大日本帝国海軍の航空母艦が二隻。海鷹と神鷹である。軍港の建物に隠れながらも身を晒すわが現身を、すこし顔を顰めて海鷹は見遣った。
 相変わらず無骨で無様だ、と思わなかったと言えば嘘になる。
 だが、商船改造空母が無様とは?華の艦艇様に失礼ではないか。元が贋由来でも改造してしまえば立派な航空母艦である。灰色の艦体こそをわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだ。
 海鷹は閉めるために窓へと寄り、身を乗り出す。地面の遠い下を見下ろして、いっそ航空機のように空を飛べたら、と思う。実際はそんなことあり得ないのだから、ゆっくりと窓の金具を掴み、静かに窓を閉めた。この海鷹の身は航空機でなく人間の姿である。飛び降りたらただの投身にしかならない。艦の現し身が自殺行為を計ることなどあるのだろうか、と海鷹は疑問に思った。悩ましい。海鷹は航空機の性能でなく、人間の肉体と精神を持っていた。
 実艦の身はどうか。
 煙突の縁をうつくしくせい丸くせいと言いつのり、挙句の果てに造船所とわが船主とを不仲にまで発展させたあるぜんちな丸の父は、生粋の船狂いだ。今の海鷹の姿を見たらなんというだろう。無様だ、とその冷静な審美眼でそう下すだろうか。
 そうはいっても、軍艦には軍艦の美学と美しさがあるものだし。それを誇り、生きていくしかないではないか。それを理解してわが父も、わが船主も貨客船あるぜんちな丸を造ったでのであろうに。あるぜんちな丸は、優秀船舶建造助成施設で生まれた船であった。出征は定めだった。戦争は運命そのものであった。それがあるぜんちな丸の、海鷹の生まれた意義だった。
 海鷹たち商船改造空母は、その中途半端な船体のために主戦場を征く軍艦にも成れず、飛行甲板に航空機を括りつけての輸送というまことに面目のない任務へと振り分けられていった。華の連合艦隊とは程遠く、さりとて今更かつての南米航路にも帰れない海鷹はただの奇形で奇怪なふねであった。
 海軍というひとごろし集団をこそ船主であり親だと思え、と大阪商船の人間たちに言われて送り出されたのが、あるぜんちな丸が貨客船として最後に受けた餞であり愛を込めた警句であった。元同朋であった大阪商船の徴用船、その黒塗りされたファンネルの下にはあの大の字の姿形が残っていた。軍艦海鷹はおぞましさを感じ、気が遠くなった。叫びたかった。わたしにも、わたしにもあれがあったのに!あのマークが!!あの船主の餞が!!
 勿論、海軍艦艇である海鷹はそのようなみっともない真似はできない。海鷹にはファンネルマークではなく、燦爛たる十六条の旭日があるのだ。
 その旗の威容は一隻の船だけのものではなく、艦船の、大日本帝国海軍の、国家の威信へと連なっていた。
 私は国家なのだ。国家の顔なのだ。
 それは貨客船時代からも変わらぬ、わが使命と宿命そのものであった。
 つねに海鷹の船生は国策とともにあり、その生と国家とのわずかなずれと隙間に、楽しさや、きらめきや、美しいものや、人間たちとの情愛や僚船とのふれあいをやさしく敷き詰めてきた。戦争により船と国家とが完全に一体となったことでその緩衝地帯はなくなり、貨客船あるぜんちな丸は航空母艦海鷹となる。

 海鷹は部屋にいた。何の変哲もない、物置になってもおかしくない小さな部屋だった。
 海鷹の乗組員たちが海の進路を決めるまでの、陸での小休憩である。人間の様に陸で休憩すること自体に違和感がないと言えば嘘になる。
 先ほど、この陸で大鷹に会った海鷹は、あの艦の行く末を考えていた。
 相変わらず上官と僚船とのあいまで揺蕩っているような彼であったから、この先の航路を聞いても有耶無耶となり、結局は、
「貴艦の艦長に聞く」
「そうしろ」
 と、このやりとりで一切が終わった。
 冲鷹を失って以来覇気も威勢もない大鷹は挨拶もほどほどに、足早に去っていった。
 大鷹型航空母艦は、大鷹、雲鷹、冲鷹、神鷹、海鷹で構成されている。とはいえ、貨客船時代からのほんとうの同級型というのは新田丸級貨客船たちだけであったし、海鷹には別の、そしてほんとうの妹がいた。おそらく神鷹にもほんとうのきょうだいがほんとうの故郷の海にいるはずだ。沈んでいるか解体されていなければ。彼女は祖国の、ふるさとの話をしたがらない、というのは”長兄”たる大鷹の言であった。
 神鷹と旧新田丸級たちは、仲が良くなかった。
 もちろん軍隊の艦艇に仲も不仲もない。が、両者の間に張り巡らせられた空気は姉妹的な甘さや温かさからはひどく遠かった。
 シャルンホルスト級貨客船に対抗するために造られたのが、他の何物でもない日本郵船株式会社の新田丸級貨客船であったことが不仲の一因だったろう。美しき欧州航路の好敵手同士は、何の因果であろうかこの極東の帝国が開拓する戦火の中の海で同型航空母艦として相括られた。同じ海に浮く宿命であった、といえば苛烈な皮肉になってしまうだろう。
 姉妹船が兄弟姉妹を名乗るのは人間達の因習と儀礼の延長上のもので、常に船は一隻の船それ以上でも以下でもなかったし、船と船との関係も同様だった。それでもやはり大鷹と雲鷹の一種の「馴れ馴れしさ」は、周りから品のない揶揄と軽蔑を呼んでいたのだった。
 ほんとうは大鷹は冲鷹を愛していたのだ、というのが、商船改造空母や、航空機輸送・護衛任務についていた艦艇たちの公的見解であった。だからなおさら彼らの得体が知れなかった。傷の舐めあい、という言葉に収まらない粘着質な心情が両者間のそこにはあった。
 だから、海鷹と神鷹が触れ合うことが多かったのは必然だったのかもしれない。余りもので構成された大鷹型航空母艦、その余りものたちの、語るに下らない馴れ合いである。
 その馴れ合い相手の神鷹は、海鷹と同じく小部屋で休憩をしていた。邪魔だから大人しく静かにしていろと乗組員たちに押し込まれたともいう。
「タバコは要りますか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹」
 まるで軍隊の粗野さ、あるいは帝国海軍の実直さからは程遠く、かつての貨客船時代の一等客すら彷彿とさせる典雅な響きをもって、元国策豪華船と元独逸優秀貨客船であった軍艦両者の会話は始まり、終わった。
 艦長に聞かれでもしたらきつぅく窘められそうな言葉遣いになってしまったな、と海鷹は思った。
「……あなたの、あったはずの、喫煙室」
「はい」
「……あなたは喫煙室に入れました?」
「普段は入れてもらえなかった。男の身では、なかったために」
「そう」
 こういう時、長兄の大鷹だったらなんて言うのかなと、海鷹は下らない感慨に耽った。あるいは言ってあげられるのかな、か。海鷹は存外、この金髪麗しき軍艦が嫌いではなかった。独りに堪えうる、またそれを楽しむ気風が彼女にはあった。それは海鷹も一緒だった。神鷹もまたそのことを理解していた。
「極東の海は、灰色なのですね」
「あなたの海はどんなでした?」
「赤と黒の海。人間の理念にまみれた旗が翻っていた。でも私には上等な餞だった」
 国策に踊らされたのは海鷹だけではない。船舶は国土の延長なり、という言葉はこの時の、この戦争を往く全ての船へと降りかかっていた。
 この海では、誰もが自分の故郷の話をしたがらない。特に空母神鷹は、二重の意味で――貨客船としての平時の海と、独逸船としての欧州の海とで――故郷を喪失していたから、その沈黙はことさら鈍く、深かった。



 ここは貨客船の墓場というより、滅茶苦茶な事故現場だと海鷹は感じる。完了済みの死、その跡かたではなく、今も続く屈辱的な苦しみ。
 父と妹は轢かれて死んでしまって、母は生き残ったけれど精神的に病んでしまって。娘は、疲労と悲しみと義務感を抱えながら家を守るために身をやつして働き続けて。不運な人間に起こる、そんな状況に似ている。厳粛に死を祀る場所より、もっとひどい。事故の見物に来た群衆がいなくなったら、もうここは何でもないただの凪いだ海なのだ。
 娘、改造された船たち、それ以外の皆にとっては、ただの美しい海。



 そこに、私の孤独は私だけのものだ、という言外の主張を感じ取らなかったと言えば、嘘になる。


「北欧神話の女神Frejaのことを考えていました」
「ふれいや」
 ふれいやではなくFrejaという、日本語とは趣の異なる言語の特有の発音は、神鷹が持ちえた唯一の遺産だった。
「衣を持っていて、纏うと鷹になれるのです」
 そこに独逸人特有の北欧幻想は微塵も滲んでいなかった。女神のごとき黄金の髪を持つ異邦人と異貌の女神の話をするまでの、己の長い因果と宿命のことを海鷹は考えた。

「さあ、私は返品不可の商品ですから」と海鷹は言った。
 ちらと浮かんだ神鷹の苦笑に、なぜか冲鷹の苦々しい笑みが重なる。彼女が既に亡いことを改めて思い、海鷹はふと胸の苦しさを覚えた。贋ものの姉、ただの書類上の同型艦として――あるいはそう、同じ日本の貨客船として、あるぜんちな丸は新田丸を堅実な同輩として認めていた。そして彼女は軍艦冲鷹としてなお護衛任務を最後まで務め上げた。優秀船舶建造助成施設の貨客船として生まれ海に身を捧げて航空母艦として戦没したのだ。あれを己のふねとしての生きざま、ふねとしての死にざまの指数とすることに、海鷹は異論がなかった。あるぜんちな丸は新田丸が軍務中に捕虜を処分した時のことを考える。それを自分事として姿を重ね合わせる。そこに新田丸ではなくあるぜんちな丸がいたと考える。彼女と己とを共振させる。新田丸は何度も血に汚れた手を洗ったはずだ。私もそうするだろうから。
 手荒く部屋の扉が開けられる。
「海鷹、神鷹。出るぞ、夜明けは待たない、南へ」
 部屋へとやってきた海鷹の乗組員がそう二隻へ声をかけ、早々に去っていった。
 ……生きる為に外洋で春をひさぐおんなたちを唐行き天竺行きのおんなたちを船底に隠して運んでやるのだ、彼女たちは外地で簡単にくたばるし孤独だし石炭のように使い潰される、その前にわが船底で溺れ死ぬこともすくなくないのだ、おんなと船員の共犯者でありただの船である俺はそれを止めることができないのだ、けどもいつしか彼女たちを日本へと帰してやりたいのだ、迎えてあげたい、もしかしたら送り出したおんなたちは南洋でたくさんの富を築いていて、一等船客として貨客船の船友に乗りこの日本へ戻ってくるかもしれぬ、俺はおなじ海で、おなじ船としてそれを見届けるのだ……とある知り合いの船はいった。彼はどこの船だったかな。彼はまだ生きているだろうか?私やほかの大鷹型航空母艦が護衛したあまたの船の一隻として浮き続けているだろうか?
 だとしたらそれこそを誉れとするしかないであろう。
 海上護衛をわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだった。もうそれしか残されていなかった。

 鷹の名を冠した女神フレイヤ、美しさからは程遠い。
 だが、輸送船を護衛するために美しい貨客船姿は必要あるまい?
 あるいは海を往くことにだって。
「タバコ、ほんとうに要りませんか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹。有難う」
 貨客船も航空母艦もないのだ。ふねとして海をゆくこと以外の何を求めよう。
 軍艦海鷹は、軍帽を被り、うつくしかった過去とその未練の一切を捨て、ただ前を見据え、歩みはじめた。
「オペラを愛しオペラの音色に酔いしれながら出撃奔放し殺戮する悪趣味な特設巡洋艦、未だ貨客船の身を忘れられぬが船を狩る行動は戦闘艦そのもの」と自身を評され、愛国丸は心外だと憤慨した。オペラも戦争も、両方とも確かに芸術ではないか。技巧が全てを言うのだ。
#愛国丸
いっとう耀うもの

 己の現身たる潜水艦の中で手持ち無沙汰に読んだ本の中の世界は、だんだんと毒が回るように核の汚染で破滅していって、最後は南半球のオーストラリアの車の中で薬を飲んで安楽死するところで話は終わった。あーこの自堕落で緩慢になっていく感じ、どっかでぼくも体験したことがあるぞと興奮したけれど、どこで体験したのかは遂に思い出せなかった。どこだっけ。そんなに遠くじゃないと思うんだけど。最近の話だった気もするし。ぼくはうんうん唸ってあれこれ思案したけれど、自堕落で緩慢になって死に至る感覚なんて、努めて思い出しても楽しくはないと気づいて思い出すのはやめた。
 夜遅くのヴェルニー公園を歩くと、対岸に見えるのはおなじみの海上自衛隊の横須賀の潜水艦基地だ。打ちつける波の音は小さく、ぼくが踏みつけるデッキが軋む音だけが大きく響いた。B1バースには、ぼくとずいくんとおやしお型の一隻が留まっている。普段はあちらからこちらを見るのに慣れているので、なんだか不思議な景色だった。こっちは日本で娑婆で、あちらはアメリカ合衆国の基地アンド海上自衛隊の潜水艦の基地がある。近くて遠い。時折潜水艦乗員の家族たちが、このデッキから潜水艦たちを見つめているのをぼくは知っていた。うーん、やっぱり遠い。
 汐入桟橋には、横須賀軍港めぐりのアイドル・シーフレンド7ちゃんが留まっている。とっくに彼女のおうちは閉店がらがら本日は終了しましたのようだった。彼女の喫水は心なしか浅い。白抜きで数字の描かれた赤地のおなかがチラと見えている。あの子が夜に横須賀の街を歩いているのを見たことがないということに、ぼくは今更ながら気づいたのだった。箱入り娘なので夜の外出は禁じられているのか、それとも就寝時間が早いのか。夜更ける星空の下、あの子はもうすでにベッドのなかで夢を見ているのだろうか。小さな遊覧船が行けるはずのない、果てしない海の夢を。
 ぼんやり思いに耽っていたけど帰らないと本当に怒られてしまうぞ、そう思いヴェルニー公園のデッキをぎしぎしと踏み鳴らし急ぎ足で歩いていたら、前から突如現れたのは三人組の黒い忍者、強力な攻撃型潜水艦たちだった。まずい、不覚。
「ちょっとごめんね~。今、大丈夫かな?」
「あっ……はい」
「君は何をしてるの?帰宅途中?」
「はい、そうです。へへ」
「申し訳ないんだけどさ~、学生証とか持ってる?」
「あっ学生じゃないんです……」
「働いてるの?」
「そうです」
「身分証明書って持ってるかな?」
 慌ててこそこそと海上自衛官身分証明書(艦霊特別仕様)を出す。この身分証明書は海上自衛隊内で使うものというより、こうして外でトラブル――ここでは予期せぬおっちゃん警官三人の群狼作戦(ウルフパック)での補導――があったときに提示するためのものだ。書かれている年齢は、基本的にどの艦も十八歳以上になっている。ぼくも十八歳だ。ちょっと無理があるんじゃないかと自分でも思っている。十八歳て。この見た目で。
「自衛隊に勤めてるの!?へー!」
「です」
「ふーん、すごいね~。海上自衛隊なんだ。すぐそこじゃん」
「です~」
「………………十八歳なんだ?」
「ですです~」
「なんのお仕事してるの?」
「せんすいかんをやっている……?」
「潜水艦?潜水艦に乗ってるの?すごーい」
「へへっ」
「知ってる~潜水艦の乗組員ってお給料いいんでしょ?沈むの大変だもんね」
「へへへ」
「まあいいや。夜遅くにあまり歩かないようにね。邪魔はしないけど。とりあえず気をつけて帰ってね」
「この国のことよろしくね~。おじさんたちもがんばるからね。ピース!」
「ピース!」
 二本指でピースをしながら警官三人を見送る。束の間の対潜爆弾攻撃は、どうやら終わったようだった。
 それをすぐに意識から追いやって急いで基地内の私室に帰ると、そこで待っていたのは若干不機嫌そうな顔をしたずいくんだった。遅いよお心配しちゃったじゃんかあカツアゲにでもあってるのかもって思ってえ~ごめんねえカツアゲにあってないけどなんか似たような絡まれ方はしちゃって遅れちゃったんだよお~ええええ大丈夫だったあ~みたいな、いつも通りともいえる応酬をして、しばらく一緒にNintendo Switchで遊んだ後、いそいそとベッドにもぐりこんだ。電灯を消す。真っ暗だ。静寂。それでも夜の横須賀からはあまり星は見えない。暗闇の部屋の中でぼそぼそと会話をしながら、だんだんと眠りに引き込まれていく瞬間がぼくは好きだ。ずいくんのさわさわしたこそばゆい囁き声が好きだ。今日はすこし寒かったねえ明日は晴れると良いねえ、今度一緒に鎌倉にでも行こうよ、きっと楽しいよ。一瞬のまどろみのなかでぼくは気づく。あ、これだ、自堕落に緩慢していく感じって。なんか好きだなあ。今日はもうおやすみ。

(潜水艦ずいりゅうとこくりゅう)
2017年頃
海のダイアローグ「宇品」

 だいたいね、海というものに希望や未来みたいなのを見るのが嫌いなんです。とてもむしゃくしゃするんです。なんかの観念のはなしをされているような気もちになるんです。言葉のうえのあやのよう、頭のなかで屁理屈をこねくってまわしているようにしか思えないんです。
 幸せって言葉にする必要がないでしょ、だって感覚的なものだものね、ふわふわした綿あめのように膨れていて、中身がないようなものだものね。ものごとってのは、詳細に語れば語るほど重みと具体性がましてくるんです。わたしは重みと具体性のあるものを幸せとは呼ばないようにしてます。海は綺麗なもの、という言葉に込められた単純さと馬鹿っぽさと軽々しさ。ねえあなた、ほんとうに海というものをみたことある?そう、ならわたしと海のはなしをしましょうよ。
 おおきな船だなあ、って思ったのを憶えてます。貨客船って中がこまごまとしてて綺麗だっていうひともいるでしょ、あんなの嘘っぱちで、船がいちばん美しく見えるのは、仰ぎ見たときです。仰ぎ見るといってもすこしとおくから。はなれたところで見ると、ちょっとだけふねが斜めになっていて、ちょうどこう、淑女が首をかしげているみたいで……。ははあ、これに男たちはまいってしまうんだなぁ、と思ったのを憶えてます。とてもとてもきれいな船で……。名前が思い出せなくて、まいっちゃって。どうしても憶えていたかったのだけど、やっぱりむりでした。
 記憶も弔いの一つだけれど、美化と風化がかかっていくって意味では、そのことを憶えてることって、やっぱりできっこない。
 じゃあ忘れたほうがいいのかしら、って思います。あのね、故人の顔が残ってる写真より美しく思いだせるのって、その人に対する冒涜なんじゃないかしら、ってわたしは思っちゃうんです。その人そのものを掴めてるわけじゃ、ないですものね。じゃあじゃあ、じゃあ忘れないようにがんばってみようかしらね、とも思います。でもそんなの、ぜったいむりなんですよね。記憶には限りってものがあるからしかたない。それでこうやってみんな綿あめになるんです。中身がなくなってっちゃうんです。どんどん細部がしゃべれなくなっちゃって、単純で馬鹿っぽい幸せになっていきます。幸せだったもの、そんなものに。あのね、わたし、もうそのふねが綺麗だったことしか思い出せないんです。綺麗で素敵で、人間たちの幸せのかたちをしたふねとしか記憶してないんです。あなたは、死者を冒涜することをおそれてない?じゃあ、わたしはもうすこし海の話をしましょうか。
 わたしは、兵隊たちが船に乗るのをみるのがすきでした。わいわいしてて……静かなときよりおもしろかった。それだけのはなしなんですけれど……。往くさきはどこだか知っているけれど、あなたのいう「海は綺麗」といっしょで、わたしには怖い戦争でした。怖い戦争に往くのです。かれらは。船に乗って。わいわいと、無邪気に。
 ふねはねえ……。美しい淑女だっだ船はいま迷彩の色に化粧されてました。白じゃ海のうえで目立ちますものね。それにしまりがわるい。あんたね、戦争に必要なのは女じゃなくて男なんですよ、と言われたのをわたしは覚えてます。だって思わず言っちゃったんです、こんなに綺麗な淑女たちがもったいないわねえ、って……。戦争に必要なのは、おしろいではなく迷彩で……女でなくて男で……。一隻のうるわしき女性なんかなくて、そんなものどうでもいいから、名前なんていちいち覚えてなくっていいから、いっぱいの船をあつめてあつめて、戦場に引っ張ってかなきゃなんない。たくさんの船を。たくさんの男たちを乗せて……。
 ここにきた船は、まず牡蠣をおとさないとならないんです。船底にいっぱいついてて、速さが出なくなっちゃうんですよね。いっぱいの牡蠣殻をおとしてやりながら、ああ……この子たちはこんなによごれをつけて、こんなにいままでの海でがんばってやってきたんだなあ、って……思っちゃって。感じいっちゃって。船をきれいに仕上げながら……きれいな船に仕上げて、どこにいくのかっていうとやっぱり戦場なんです。男が必要とされている場所。おしろいではなく。たぶんそこで死んじゃうんです。みんな海で死んじゃうんだろうなあ、と思いながらひたすら、ずうっと落としてあげて……。
 船って、沈んじゃうということばと死んじゃうということばを、きちんと使いわけるんですよね。びっくりしました。「ぼくも沈んじゃうのかなあ……」って言ってたのを憶えてます。名前は忘れちゃったけど、ある子が。わたしには、それが「死んじゃう」としか思えなかった。でもね、沈んじゃうとこんどは漁礁の船生のはじまりですから。死んじゃうはただの綿あめだから……「だからさみしくないよ」っていってました。生きていた物質的証拠がね……。あるんだよ、ってね。それはすてきなことなんだよーって……。……なまえはねえ、なんだったかなあ……。記憶がね、みんな迷彩の灰色になっちゃって……。白黒に。おしろいの、やさしい白じゃありませんね。ほんとに、美しい船だったんですけど……美しかったはずの船です、そんなのです。
 返してくれませんか、とお願いされたこともあります。「わたしの娘を返してくださいよ、これでおまんま食べてるんですよ、生活してるんですよ」って……。「なによりも、ただ愛おしいんですよ、がんばってつくったんですよ、だから名前なんかつけてるんですよ、ただの道具にですよ」「輸送任務で沈められたかそうじゃないかもわからない夜は眠れないんですよ」「あなた、船の名前なんか気にしたことないでしょ」ありますとも、ただね、わたしはそれを覚えてられなかっただけなんです。ぜんぶ抱えきれなかっただけなんですよ。……わかってよ、って思いました。傲慢だけど、思っちゃったんです。
 むしゃくしゃして言っちゃいました、「あのね、あなたは知らないだろうけど、わたしは覚えてます、三十年前を。信濃丸を。戦争に勝って誇らしかったでしょ、やりとげたと思ったんでしょ、これからもこうやってお国にご奉公しようと思ったんでしょ、だから、いまここにあなたの娘がいるんです」。牡蠣殻をいっぱいいっぱいおとしてるんです。戦争にいくために速さを上げてるんです、って……。……わたしには、船が死んじゃったとしか思えない……。……魚のすみかに、スキューバダイビングの遊び場になっているなんてね、もう船じゃない。だいたいね、戦没船なんて戦争の時に沈んじゃったんだね、って……そうやって、それだけで……。
 帰してやりたい、って思うときもありますよ、でもね、もう無理でしょ、もうあの船たちは船じゃないし、帰す場所もないし……。わたしにそんなこともできないし。太平洋ってどこですか?地図でしか知らない海なんです。シナだってじゅうぶん遠いんです。……魂だけでもね、あそこから離れてるといいなって思うんです。海の底から……離れてて。幸せがいっぱいで、美しかった記憶だけを抱えてどこか……空想の綺麗な海を旅して……ああ、ほらね、幸せなものになってしまった。綿あめに。これは冒涜なんです。パクパク食べて味わってるんです。死者のこと。悲しい顔して食べるとおいしいんです。
 ばんざいばんざーいって、いっぱいの小舟が軍隊の船をかこんで見送っててねえ、それを見て誇らしくなっちゃって、……たくさんの信濃丸を送ってやるんだって……思っちゃって。わたしは思っちゃって。思ってしまった。なにを言ってるんだかわからなくなっちゃった、そう、覚えてるわよって人をおどしましたけど、わたしは信濃丸のことが、誇らしかったことを覚えてます。人と一緒なんです。一緒に誇らしく思って……。だから、まるで裏切られちゃったと思ったのね。共犯者に。だってそうでしょ、わたしだけが送ったんじゃないもんね、私たちが一緒に送って……。いまさらなによ、なにを賢しらにしらばっくれてるのよってね、ええ……思っちゃって……。
 帰ってきた兵隊をみて、うん……地図でしか、……地図でしか知らなかったのよ、わたしねえ……だからね、だから知らなかったのよって、なにもわからなかったのよって、内航船の子って、どうやって大海原を横断したのか、聞いてみたかったのだけど。その時の気持ちを。海って広いなあって、思いのほか気持ちいいものね、素敵だもんねーって……。一回だけでもいいから、そう思っててくれたらいいって、思うんですけど。どうなのかわかんない。聞けなかったんです。わたしね、重さと具体性のあるものを幸せとは呼ばないけども、具体的なことを知ることも幸せだと思わないんですよ。怖い戦争は怖い戦争のままでよかったんです。あなたも海は綺麗だねってずうっと言っててください、知らなくていいこともあるもんね、そうね。海は、綺麗だものね。
 海のはなしをしたと思ったんですけど。船のはなしにね、なっちゃいました。いずれしても、どちらもおなじようなもんです。いまはわたしが持ってないもののはなしです。
「Une Barque sur L'Ocean」

 アナウンスは空でもいえます。すべてそらんじられるんです。ときどき寝言でも、ひとりでごにょごにょいっているらしいです。長旗がはためいている汐入桟橋をはなれる、スタッフさんたちが手を振りながらお客さまとわたしを見おくる、桟橋とそのうえの人影が小さくなってゆく――「みなさま、お待たせしました、本船はこれより桟橋を出港していきます」「本日は、YOKOSUKA軍港めぐりにご乗船いただき、まことにありがとうございます」。浅い海を蹴っていくんです、海はだんだんと深く、濃く、つめたく、美しくなってゆくのがわかる。その感覚がとてもきもちいい。
 ……あっ、ぼうっとしてる場合じゃないわ!案内人さんのアナウンスがすぐに右にみえる潜水艦の存在を知らせるのです、「普段は一隻もいない日もあるんですよ」。潜水艦さんたちはすぐにどこか、知らないところにいなくなってしまうから。「みなさま、めずらしい潜水艦を見れて、とてもとてもラッキーでしたね」。わたしたち遊覧船とはちがって、自分の名前を知られないことを誇らねばならないふねもいるのです。美しい小旗にも白い船体にも縁のないふね、風船や紙テープは生まれた瞬間のあとには縁のないふね、千四百円を払っても乗ることのできないふねたち……。
 この港には、いろんな国のいろんな艦船がいます。軍艦、護衛艦、空母、えい船さん……除籍された、かつて艦だったものたち……ときどき抗議をしにくるふねたち。ひどく騒がしく、荒々しい港だと思います。最初は、彼らの大きなすがたに戸惑うことも多くありました。そんな彼らすべての名前と存在理由とを把握して、土壇場の、本番一発勝負でアナウンスをするのです。
 気づいたらさっきいた艦がいないし、知らないあいだにどこかの艦艇があたりまえの顔をして入港してくる。前方から入港してきたのは……いま前方で停泊しているのは……。「85番『マッキャンベル』、そしてそのおとなりが52番の『バリー』」……「イージス艦の一隻の建造費用は約千五百億円、世界に百隻ほどしかいないイージス艦が、ここに十隻もいるんです」……「合計一兆五千億円の風景です」……「百万ドルの夜景なんて目じゃありませんね」(わらう)……「前方右に見えてきました、あれが原子力空母『ロナルド・レーガン』です」「あそこはここからしか見れませんよ、この軍港めぐりの船の上からしか見れません、この船の上からよおく、見ておいてくださいね」。この船のうえから……(小さく呟き、沈黙)。
 ……大変な苦労だと思います。わたしもなんどか、あのアナウンスをやらせていただいたことがあるんです。せがんだんですよ、自分から(わらう)。わたしにだってできるわ!やってみたいの!やらせてよ!そういってやらせていただきました。困らせてしまったと、いまでは思っています。
 できるんです、わたしにも。アナウンスが。毎日なんども聞いていたからなのか、わたしがそういうふうに生まれているからなのか、それはわたしにもわかりません。でもできるの。アナウンスをするときだけはよく話すね、ってみんなにいわれます(わらう)。アナウンスのときはとてもなめらかに話せるね、きっとそういう星のもとにうまれたんだね……。
 わたしのおねえさまは――「シーフレンドⅤ」です、いまは「ルーカス」――昔はもっと大変だったわ、といっていました。券売所だって小さかったし、わたしだって小さかったから乗せられるお客さまの数もかぎられるし、なによりそう、この海の居心地がとてもわるかったの、って。
 軍港めぐりがはじまった当初は、艦艇さんたちは遊覧船にたいしてあまりいい顔をしなかったらしいのです。軍港の中を小船がなんども行ったり来たりしてたら邪魔だし、目ざわりだし、自分たちが見せものあつかいされるのは、あまりきもちいいものではなかったのかもしれません。ここはおれたちの海なんだぞ!ここは横須賀なんだから……軍港なんだから(沈黙)。米軍の船がうしろから追いかけてくることもあったらしいの。小さな船が、大きな艦艇たちのあいまをぬって監視されながら泳ぐのは、とてもこわかったとおもいます。「お客さまが手を振っても振りかえしてくれないさみしさ、まるでそこにいないかのように無視されるかなしさ、あるいはアメリカさんに追いかけまわされることの怖さ」……そういうことを、あとひとはあの小さな身で経験していたんです。
 その分、わたしはとても恵まれています。艦艇さんたちはお客さまとわたしに手を振ってくれる。陸で会うとおしゃべりもするの。今日は波が高かったよね、大丈夫だった?とか。「十一時の便、きりしまの入港が間近で見れて当たりだったよね」とか(わらう)。アメリカの艦艇さんもわたしをおもしろい小船だとおもっているのか、やさしい英語で話しかけてくれます。なにもかも、先代の苦労のおかげです。
 まえに一度、横浜のロサ・アルバ嬢に聞かれたことがあるんです、横須賀の海って怖くないの?って……「艦艇さんって、一般公開のために一隻でいるときはとても紳士的なふねにみえるけど、集団で並んでいるとすこし怖いよね」ってあの子はいうの(わらう)。
 だからわたしはいいました、「怖くないわ、彼らはわたしに手を振りかえしてくれるんですもの」って。「あっ!乗組員の皆さんが大きく手を振ってくださっていますね、ありがとうございます」そしてわたしも、大きく大きく手を振りかえすのです、本当に、本当に本当に、本当にありがとう!ありがとう、わたしに親愛を示してくれて……任務中でも無視しないでくれて……軍港に泳ぐ遊覧船をうけいれてくれて(沈黙)
 ……わたしと彼らのあいだには、先代から積みかさねた長いつきあいがある……信頼があると、そう思っています。艦たちと船に。そしてそれらに乗っている人びととの間に……。本当のところ、あちらはこちらをどう思ってるかはわからないけれど(わらう)……好きなんです。この港が、この軍港が。横須賀軍港の海を泳ぐ遊覧船であることに、とてもつよい愛着があるんです。

横須賀消磁所のあいだから見える広い海、あの景色をいつも夢に見ます。わたしは大海原に揺蕩う小船。きっと、わたしはベッドのなかでごにょごにょいってるんだとおもいます。みなさま、大海原が見えてきました、一面の美しい青色です、今日はお天気もよく海上がよく見わたせます、前方のはるか遠くにいるあの艦の名前は――

#シーフレンド7

数年前に書いた小説なので、数年前の設定になっています。
十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたい

 十時便と十一時便、いつも迷ってしまいますね~。県外から越境して横須賀に来ると、大体着くのが九時過ぎになってしまいます。横須賀駅から券売所まで駆け足で行っても、横目で見る汐入桟橋にはすでに十時便の乗客がずらっと並んでいるんです。なのでまあ私が並ぶ頃には列も後方ですよね。これは痛いです。艦を撮るにもいい席が取れないので……。右前方の席に突進する権利を失ったも同然です。
私がコースカベイサイドストアーズの二階入口付近で「う~ん……十時便と取ろうか、十一時便を取ろうか……」などとぼやいていたところ、赤いリボンをつけた可愛い女の子が通りがかって、「軍港めぐりに乗るんですか?」と尋ねてきました。クラスでいちばん可愛い女の子にオタバレしたような後ろめたさを感じたものの、「そうなんですよ~。どの時間帯がいちばんいいのか悩んでしまって……」とつい答えちゃって。で、その女の子は「十時便はもう結構な人が並んでますものね」なんて答えてくれて……。おおっわかってるな!と嬉しくなりました。「十時便を流して十一時便に並ぶのがいちばん良い写真が撮れるのかな」「でも十一時便だと逆光の強さが変わってくる」などと一方的にまくし立ててしまいました。でも私がふと「だけど十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたいんですよね……」と呟いたところ、その女の子はとても嬉しそうにうなずいていまして……。「写真を撮るのも楽しいですけど、船に乗ることも気持ちいいですよね」と彼女は笑っていて、そうだよなぁ、わたしはいつの間にか写真を撮ることばかりに気を取られていた気がする……ととたんに申し訳なさがつもってしまい……。誰に対して申し訳ないんだかわからなかったですけど(笑う)。
 そんなわけで十時便を選び、後方中央の席に座りながら艦艇たちを眺めておりました。こうして見ていると船上の人間たちも面白く眺められるというか、大砲のようなカメラを構えている人、デジカメで慎ましく写真を撮る人、アナウンスに頷く観光客も十分に軍港めぐりの情景でした。レンズ越しに海と艦を見ていると見落としがちなんですけど……。風と船に揺られる感覚がとても気持ちよかったです。
 いつも通り抽選は当たりませんでしたが、なにか良いものに当たった気がしました。思えばあの赤いリボンの女の子が、この船、シーフレンド7ちゃんだったんですかね?

(スターバックスコーヒー コースカベイサイドストアーズ店にて 原晴美)
#シーフレンド7
一人の舞踏会

血と、泥と、波間に被る生臭い潮水と、腐肉の饐えたにおい。美しいワルツを踊った脚で千切れかけた人の手足を跨ぎ、血の海に滑りながらナチュラルターン、一瞬止まってアン、ドゥ、トロワ。リバースターン、小休止、小休止。半歩進んで足が留まる、小休止。小休止。小休止。休みたい。休んでいたい。一生休んでいたい、ほんとうは一生休んでいたいもうこんなところにいたくない、なにも感じずにいたいなにも感じていたくないすべて終わらせたい。でもなにも感じなくなるそれまで走らねばならない、すべて終わるまで進まなければならない僕はこの舞台を降りることはできない、僕はこの病院船を降りることなどできないここで止まったらしゃがみ込んだら諦めたら一生立てなくなる進めなくなる、また再びなるであろうなるに決まっているであろう麗しい貨客船に僕は戻れなくなる。そう己を奮い立たせて一歩おおきく脚を滑らせ、白い太陽の陽が射しこむプロムナード・デッキを狂ったように駆け回る。

#氷川丸