「海にありて思うもの」という航空母艦海鷹の小説があったのですが、完成しないのと、「ねりあぐる葛」に漫画として編入したいのとで、今のところ未完ですがメモとしてここに上げておきます。
書く気が無いというよりは、ネタ自体は面白いけど構造から書き直さないと小説というものにはならないな~…という限界を感じました。陰気にあるぜんちな丸がぶつぶつ考えているだけなので。なら漫画に抽出した方が良いかも……と思いました。未定です。小説として完成させる可能性もあります。
あと軍用船旗の描写にミスがあります。直さねば…
大阪商船三部作・第三部「ねりあぐる葛」、大阪商船の貨客船であった元あるぜんちな丸である航空母艦海鷹と、その「姉妹艦」である大鷹型航空母艦(元日本郵船の貨客船たち、大鷹・雲鷹・冲鷹と元ドイツ貨客船、神鷹)の話だと良い。大阪商船三部作であるにも関わらず。何故ならそう、あの世界で彼女たちは、故郷と帰属の差異など均されてすべて軍に統合されていたわけで、
***
この三篇を、あるぜんちな丸ではなく貨客船新田丸に謹んで捧げる。汝こそ特設艦船の極北たりき。また一編「孤独の極北」をとり、李良枝「かずきめ」に憚りながら付す。
1「南洋の追想」特設運送船あるぜんちな丸
「ふねなんだから使ってナンボだ。貨客船も運送船も何も変わらん。そうだろう、あるぜんちな丸」
その船内は薄暗かった。華の貨客船とも勇壮なる戦艦とも違う、貧弱な輸送船の、貧弱な船内だった。物は未だ少ない。
「そうです」
と、答えた特設運送船あるぜんちな丸の口調は柔らかかった。たおやかな乙女、それに近かった。こそばゆさと湿り気のある、囁きに似た、緩やかな響きだった。
それが海軍さんにとっておかしかったらしい。陸戦隊のお偉い人間の一人が小さく笑った。
「いつまでも貨客船意識を持つんじゃないぞ」
「こいつは箱入り娘でしたから、相すみません」
貨客船時代からの乗組員の一人が、慎重に腰を低く保ちながら言った。
長年付き合ってきた経験から、その声に苦渋と反発が隠れていることがわかった。それを上手く隠すさまは貨客船の白粉の白々しさにも似ている。まるで一種の芸術のようである。あるぜんちな丸はこれからの航海の行く先を思った。長く続く一引きの航跡を想った。私は、白粉を剥がされても上手く笑っていられるかしら、と思った。もっとも、軍隊に笑顔など必要なかった。私に笑顔は必要なかった。
*
祖国と南洋の間の海に、その船はあった。
日本の国土で見あげる空よりも、ひろい青色の下に彼女はいた。一引きの航跡が、荒々しく碧い波を攪乱させる。波は大きく船腹を打つ。
特設運送船あるぜんちな丸は、船尾から呆けたようにその航跡を覗き込んでいた。
湿度を含んだ生温い風がきもちわるい、と思った。
ふねのえがく航跡は、艦種も船種も関係なくどれも同じ様相をしている。船尾にかき乱された海に立つ波は、どの艦船も同じだ。もっともそんな認識は、実際を詳しく知らない者が抱きがちな、自分勝手なこじつけか、ただの印象論なのかもしれない。
特設航空母艦、そして航空母艦になったとしても、私はおなじ航跡をえがくのだろうか。あるぜんちな丸はなんとなく、そんな感傷にとらわれた。それが自分らしくないと思った。特設運送船としての任務で海を右往左往していて、すこし疲れているのかもしれなかった。
ふう、と一つため息をつき、あるぜんちな丸は航跡に背を向け船尾にしゃがみこんだ。することがなかった。自分は船の依り代でしかなく、姿は人間の女の身とまるでおなじで輸送任務の乗り込みの一つすら手伝うことができない。任務の目的、向かう場所、具体的な情報などは聞かされるが、時折それすら忘れられて、仔細を聞かされないことがあった。
人間たちは戦争で忙しく、船は物資を運べればそれでよく、われら依り代はそこにいればいいだけなのだ。
そんなあるぜんちな丸の頭上に翻るのは、大日本帝国海軍の軍用船旗だ。これもなんとなく気に食わなかった。彼女は、船客には絶対に向けなかった品のない目つきでその旗を見上げた。白と赤色は日頃掲げていた日章旗でお馴染みの色であったが、けれどこの旗にはいくつかの赤線が赤丸から外へと引かれている。ここに船と艦艇との違いがある。
社旗と日章旗ではなく、日章旗と軍艦旗あるいは軍用船旗を掲げなければならなくなった世界を、その日章旗の位置の前後の逆転を示して「前と後ろが狂ったおかしな世界」と罵ったのは、彼女の妹だった。船は日章旗を後ろへ、艦は日章旗を前へ掲げる。
妹とは違い、あるぜんちな丸にしてみれば「だから何だ」の一言であった。
過去と未来に期待も失望もしないことが自分の美点であり優れた点だとあるぜんちな丸は認めていた。だからなおさらその感傷を人間みたいな情念だと感じた。あるいは人間みたいな、ではなく、この時代の海に浮かぶすべての貨客船たちのような恨み、というべきか。
「見よ東海の空あけて、旭日高く輝けば……」
あるぜんちな丸は人間たちに愛されている一曲を呟く。
人間たちはもう、あの世界を忘れてしまったのだろうか。
うつくしく舞う五色のテープ。翻る日章旗。解纜のときの浮ついた幸福感。身の寄り辺である祖国との離別。たとえその船の行く先が、草も生えない開拓地だろうが未開の地だろうが、そのうつくしさは誰にも犯せない。それを一番近くで見てきたこと。一番近くで感じてきたこと。
多くの貨客船たちは、そのことを忘れられずにいる。
たとえば、大阪商船の貨客船ぶら志"る丸もその一隻だった。
船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があったわが妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たるあるぜんちな丸の見解である。わが身を帝国海軍の航空母艦何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあれは明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、あるいは海に浮くことにすらつよい愛着を持たなかったことが特設輸送船あるぜんちな丸を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
「あるぜんちな丸!ここに居たか」
そう言いながら船尾に現れたのは特設運送船あるぜんちな丸の監督官である。
海軍の中佐たる彼はいつも堂々としていて、これが軍隊の人間なのだ、とあるぜんちな丸はいつも感じていた。もちろんわが船乗りたちが堂々としていないわけではないのだが。だって、戦争中の軍人たちはとりわけ威勢がいいものなのだ。
「やることがないのはわかるが無意味にうろつくな」
「申し訳ございません。船内に居ても邪魔になるだけかと思いました」
感情を一切表に出さず、あるぜんちな丸は応えた。
ふう、と監督官は一つ小さなため息をついた。あるぜんちな丸を見据え、なおはっきりとした口調で言う。軍隊においていまだ貨客船気分のわがままな小娘に、よくよく言い聞かせようとしたらしい。
「あるぜんちな丸。海軍はふねを悪いようには扱わない。特にお前は航空母艦になる船だ」
目と目が合う。
どちらも先に逸らした方が負けだと思っている、そのようにあるぜんちな丸は感じた。なおさら目線を逸らすわけにはいかなかった。
「今は耐え忍べ。沈まないことを考えろ。海軍はお前に価値があるうちは悪くしない」
「私の乗組員はどうなりますか」
「人間様だって一緒さ」
肩を竦めて大日本帝国海軍中佐たる監督官様は言った。
ふねとしての価値。
軍隊で必要な船腹であるということ。
だいたい私たち元貨客船が戦闘詳報で自らの栄光を語れるかどうかが問題なのだ。航海日誌の横文字の英語の綴りなど捨て去れねばならないのだ。
人間にほんとうにその気持ちがわかるのだろうか。
元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの性は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わん、という言葉は船長から三等客までに、そして船底の唐行きたちにさえも聞かせられる囁きだった。
航空母艦になるための船じゃないんだけどな、という思いと、生まれた時から航空母艦としての計画を備えた船だった、という事実が、あるぜんちな丸の身と心を縛った。あるいはこの時代に生まれたという事実がいけなかったのかもしれなかった。
あるいは、私が私自身として生まれたことが。
「航空母艦になれば、とりあえず私は船尾をうろつくことがなくなりますね」
「そうだな、どこでも引っ張りだこだ。海軍で航空母艦をやるというのはそういうことだ。忙しくなるぞ」
船底がどれだけ奥深く薄暗くても白粉姿の貨客船はいつもうつくしかった。そのうつくしさで多くの人間を惹き寄せ、惑わせてきた。そのつけが自身にも回ってきたのかもしれなかった。連れて行くのではなく連れて行かれる側に回ったということ。ただそれだけのこと。
航空母艦何鷹か、変な名前だったら嫌だなあ。
あるぜんちな丸はそう思った。もっとも名前なんぞ、軍の一兵として忙しくなればすぐに忘れるものなのかもしれなかった。軍隊というのはそういう場所だというのは、特設運送船でもすでにわかりつつあったのだ。
2「孤独の極北」特設運送船あるぜんちな丸と大鷹と冲鷹(と輸送船と隼鷹)
「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。「新田丸姉さま」?それはないだろう。大鷹は一貫して帝国海軍に従順な艦であった。
苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、駆逐艦ですか海防艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、あたしたち何ノットで走るんですか、あたし……。
それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
と言い切り、一方的に話を打ち切った。
でも、でも、それに、だって……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。人間の女の身の姿を持つ船に、同じく人間の女の身を持つ船として、何かしらの救いを得たかったのかもしれない。
そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
下らなかった。
あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
冲鷹は今にも舌打ちしそうな表情を浮かべ、その横顔を苦々しく大鷹が睨んでいた。
軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍隊軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように」
は、と気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。全員明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性はいっそう増すだろう。
だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
私たちの白い太陽。
それははたして、いったいどこに?
3「極東の客死」海鷹と神鷹
空は淡く薄暗い。
小雨がこの地にも降るかもしれない。
窓から見えるのは、海と港とわが現身たる艦体だ。
冴えない小型の大日本帝国海軍の航空母艦が二隻。海鷹と神鷹である。軍港の建物に隠れながらも身を晒すわが現身を、すこし顔を顰めて海鷹は見遣った。
相変わらず無骨で無様だ、と思わなかったと言えば嘘になる。
だが、商船改造空母が無様とは?華の艦艇様に失礼ではないか。元が贋由来でも改造してしまえば立派な航空母艦である。灰色の艦体こそをわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだ。
海鷹は閉めるために窓へと寄り、身を乗り出す。地面の遠い下を見下ろして、いっそ航空機のように空を飛べたら、と思う。実際はそんなことあり得ないのだから、ゆっくりと窓の金具を掴み、静かに窓を閉めた。この海鷹の身は航空機でなく人間の姿である。飛び降りたらただの投身にしかならない。艦の現し身が自殺行為を計ることなどあるのだろうか、と海鷹は疑問に思った。悩ましい。海鷹は航空機の性能でなく、人間の肉体と精神を持っていた。
実艦の身はどうか。
煙突の縁をうつくしくせい丸くせいと言いつのり、挙句の果てに造船所とわが船主とを不仲にまで発展させたあるぜんちな丸の父は、生粋の船狂いだ。今の海鷹の姿を見たらなんというだろう。無様だ、とその冷静な審美眼でそう下すだろうか。
そうはいっても、軍艦には軍艦の美学と美しさがあるものだし。それを誇り、生きていくしかないではないか。それを理解してわが父も、わが船主も貨客船あるぜんちな丸を造ったでのであろうに。あるぜんちな丸は、優秀船舶建造助成施設で生まれた船であった。出征は定めだった。戦争は運命そのものであった。それがあるぜんちな丸の、海鷹の生まれた意義だった。
海鷹たち商船改造空母は、その中途半端な船体のために主戦場を征く軍艦にも成れず、飛行甲板に航空機を括りつけての輸送というまことに面目のない任務へと振り分けられていった。華の連合艦隊とは程遠く、さりとて今更かつての南米航路にも帰れない海鷹はただの奇形で奇怪なふねであった。
海軍というひとごろし集団をこそ船主であり親だと思え、と大阪商船の人間たちに言われて送り出されたのが、あるぜんちな丸が貨客船として最後に受けた餞であり愛を込めた警句であった。元同朋であった大阪商船の徴用船、その黒塗りされたファンネルの下にはあの大の字の姿形が残っていた。軍艦海鷹はおぞましさを感じ、気が遠くなった。叫びたかった。わたしにも、わたしにもあれがあったのに!あのマークが!!あの船主の餞が!!
勿論、海軍艦艇である海鷹はそのようなみっともない真似はできない。海鷹にはファンネルマークではなく、燦爛たる十六条の旭日があるのだ。
その旗の威容は一隻の船だけのものではなく、艦船の、大日本帝国海軍の、国家の威信へと連なっていた。
私は国家なのだ。国家の顔なのだ。
それは貨客船時代からも変わらぬ、わが使命と宿命そのものであった。
つねに海鷹の船生は国策とともにあり、その生と国家とのわずかなずれと隙間に、楽しさや、きらめきや、美しいものや、人間たちとの情愛や僚船とのふれあいをやさしく敷き詰めてきた。戦争により船と国家とが完全に一体となったことでその緩衝地帯はなくなり、貨客船あるぜんちな丸は航空母艦海鷹となる。
海鷹は部屋にいた。何の変哲もない、物置になってもおかしくない小さな部屋だった。
海鷹の乗組員たちが海の進路を決めるまでの、陸での小休憩である。人間の様に陸で休憩すること自体に違和感がないと言えば嘘になる。
先ほど、この陸で大鷹に会った海鷹は、あの艦の行く末を考えていた。
相変わらず上官と僚船とのあいまで揺蕩っているような彼であったから、この先の航路を聞いても有耶無耶となり、結局は、
「貴艦の艦長に聞く」
「そうしろ」
と、このやりとりで一切が終わった。
冲鷹を失って以来覇気も威勢もない大鷹は挨拶もほどほどに、足早に去っていった。
大鷹型航空母艦は、大鷹、雲鷹、冲鷹、神鷹、海鷹で構成されている。とはいえ、貨客船時代からのほんとうの同級型というのは新田丸級貨客船たちだけであったし、海鷹には別の、そしてほんとうの妹がいた。おそらく神鷹にもほんとうのきょうだいがほんとうの故郷の海にいるはずだ。沈んでいるか解体されていなければ。彼女は祖国の、ふるさとの話をしたがらない、というのは”長兄”たる大鷹の言であった。
神鷹と旧新田丸級たちは、仲が良くなかった。
もちろん軍隊の艦艇に仲も不仲もない。が、両者の間に張り巡らせられた空気は姉妹的な甘さや温かさからはひどく遠かった。
シャルンホルスト級貨客船に対抗するために造られたのが、他の何物でもない日本郵船株式会社の新田丸級貨客船であったことが不仲の一因だったろう。美しき欧州航路の好敵手同士は、何の因果であろうかこの極東の帝国が開拓する戦火の中の海で同型航空母艦として相括られた。同じ海に浮く宿命であった、といえば苛烈な皮肉になってしまうだろう。
姉妹船が兄弟姉妹を名乗るのは人間達の因習と儀礼の延長上のもので、常に船は一隻の船それ以上でも以下でもなかったし、船と船との関係も同様だった。それでもやはり大鷹と雲鷹の一種の「馴れ馴れしさ」は、周りから品のない揶揄と軽蔑を呼んでいたのだった。
ほんとうは大鷹は冲鷹を愛していたのだ、というのが、商船改造空母や、航空機輸送・護衛任務についていた艦艇たちの公的見解であった。だからなおさら彼らの得体が知れなかった。傷の舐めあい、という言葉に収まらない粘着質な心情が両者間のそこにはあった。
だから、海鷹と神鷹が触れ合うことが多かったのは必然だったのかもしれない。余りもので構成された大鷹型航空母艦、その余りものたちの、語るに下らない馴れ合いである。
その馴れ合い相手の神鷹は、海鷹と同じく小部屋で休憩をしていた。邪魔だから大人しく静かにしていろと乗組員たちに押し込まれたともいう。
「タバコは要りますか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹」
まるで軍隊の粗野さ、あるいは帝国海軍の実直さからは程遠く、かつての貨客船時代の一等客すら彷彿とさせる典雅な響きをもって、元国策豪華船と元独逸優秀貨客船であった軍艦両者の会話は始まり、終わった。
艦長に聞かれでもしたらきつぅく窘められそうな言葉遣いになってしまったな、と海鷹は思った。
「……あなたの、あったはずの、喫煙室」
「はい」
「……あなたは喫煙室に入れました?」
「普段は入れてもらえなかった。男の身では、なかったために」
「そう」
こういう時、長兄の大鷹だったらなんて言うのかなと、海鷹は下らない感慨に耽った。あるいは言ってあげられるのかな、か。海鷹は存外、この金髪麗しき軍艦が嫌いではなかった。独りに堪えうる、またそれを楽しむ気風が彼女にはあった。それは海鷹も一緒だった。神鷹もまたそのことを理解していた。
「極東の海は、灰色なのですね」
「あなたの海はどんなでした?」
「赤と黒の海。人間の理念にまみれた旗が翻っていた。でも私には上等な餞だった」
国策に踊らされたのは海鷹だけではない。船舶は国土の延長なり、という言葉はこの時の、この戦争を往く全ての船へと降りかかっていた。
この海では、誰もが自分の故郷の話をしたがらない。特に空母神鷹は、二重の意味で――貨客船としての平時の海と、独逸船としての欧州の海とで――故郷を喪失していたから、その沈黙はことさら鈍く、深かった。
ここは貨客船の墓場というより、滅茶苦茶な事故現場だと海鷹は感じる。完了済みの死、その跡かたではなく、今も続く屈辱的な苦しみ。
父と妹は轢かれて死んでしまって、母は生き残ったけれど精神的に病んでしまって。娘は、疲労と悲しみと義務感を抱えながら家を守るために身をやつして働き続けて。不運な人間に起こる、そんな状況に似ている。厳粛に死を祀る場所より、もっとひどい。事故の見物に来た群衆がいなくなったら、もうここは何でもないただの凪いだ海なのだ。
娘、改造された船たち、それ以外の皆にとっては、ただの美しい海。
そこに、私の孤独は私だけのものだ、という言外の主張を感じ取らなかったと言えば、嘘になる。
「北欧神話の女神Frejaのことを考えていました」
「ふれいや」
ふれいやではなくFrejaという、日本語とは趣の異なる言語の特有の発音は、神鷹が持ちえた唯一の遺産だった。
「衣を持っていて、纏うと鷹になれるのです」
そこに独逸人特有の北欧幻想は微塵も滲んでいなかった。女神のごとき黄金の髪を持つ異邦人と異貌の女神の話をするまでの、己の長い因果と宿命のことを海鷹は考えた。
「さあ、私は返品不可の商品ですから」と海鷹は言った。
ちらと浮かんだ神鷹の苦笑に、なぜか冲鷹の苦々しい笑みが重なる。彼女が既に亡いことを改めて思い、海鷹はふと胸の苦しさを覚えた。贋ものの姉、ただの書類上の同型艦として――あるいはそう、同じ日本の貨客船として、あるぜんちな丸は新田丸を堅実な同輩として認めていた。そして彼女は軍艦冲鷹としてなお護衛任務を最後まで務め上げた。優秀船舶建造助成施設の貨客船として生まれ海に身を捧げて航空母艦として戦没したのだ。あれを己のふねとしての生きざま、ふねとしての死にざまの指数とすることに、海鷹は異論がなかった。あるぜんちな丸は新田丸が軍務中に捕虜を処分した時のことを考える。それを自分事として姿を重ね合わせる。そこに新田丸ではなくあるぜんちな丸がいたと考える。彼女と己とを共振させる。新田丸は何度も血に汚れた手を洗ったはずだ。私もそうするだろうから。
手荒く部屋の扉が開けられる。
「海鷹、神鷹。出るぞ、夜明けは待たない、南へ」
部屋へとやってきた海鷹の乗組員がそう二隻へ声をかけ、早々に去っていった。
……生きる為に外洋で春をひさぐおんなたちを唐行き天竺行きのおんなたちを船底に隠して運んでやるのだ、彼女たちは外地で簡単にくたばるし孤独だし石炭のように使い潰される、その前にわが船底で溺れ死ぬこともすくなくないのだ、おんなと船員の共犯者でありただの船である俺はそれを止めることができないのだ、けどもいつしか彼女たちを日本へと帰してやりたいのだ、迎えてあげたい、もしかしたら送り出したおんなたちは南洋でたくさんの富を築いていて、一等船客として貨客船の船友に乗りこの日本へ戻ってくるかもしれぬ、俺はおなじ海で、おなじ船としてそれを見届けるのだ……とある知り合いの船はいった。彼はどこの船だったかな。彼はまだ生きているだろうか?私やほかの大鷹型航空母艦が護衛したあまたの船の一隻として浮き続けているだろうか?
だとしたらそれこそを誉れとするしかないであろう。
海上護衛をわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだった。もうそれしか残されていなかった。
鷹の名を冠した女神フレイヤ、美しさからは程遠い。
だが、輸送船を護衛するために美しい貨客船姿は必要あるまい?
あるいは海を往くことにだって。
「タバコ、ほんとうに要りませんか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹。有難う」
貨客船も航空母艦もないのだ。ふねとして海をゆくこと以外の何を求めよう。
軍艦海鷹は、軍帽を被り、うつくしかった過去とその未練の一切を捨て、ただ前を見据え、歩みはじめた。
書く気が無いというよりは、ネタ自体は面白いけど構造から書き直さないと小説というものにはならないな~…という限界を感じました。陰気にあるぜんちな丸がぶつぶつ考えているだけなので。なら漫画に抽出した方が良いかも……と思いました。未定です。小説として完成させる可能性もあります。
あと軍用船旗の描写にミスがあります。直さねば…
大阪商船三部作・第三部「ねりあぐる葛」、大阪商船の貨客船であった元あるぜんちな丸である航空母艦海鷹と、その「姉妹艦」である大鷹型航空母艦(元日本郵船の貨客船たち、大鷹・雲鷹・冲鷹と元ドイツ貨客船、神鷹)の話だと良い。大阪商船三部作であるにも関わらず。何故ならそう、あの世界で彼女たちは、故郷と帰属の差異など均されてすべて軍に統合されていたわけで、
***
この三篇を、あるぜんちな丸ではなく貨客船新田丸に謹んで捧げる。汝こそ特設艦船の極北たりき。また一編「孤独の極北」をとり、李良枝「かずきめ」に憚りながら付す。
1「南洋の追想」特設運送船あるぜんちな丸
「ふねなんだから使ってナンボだ。貨客船も運送船も何も変わらん。そうだろう、あるぜんちな丸」
その船内は薄暗かった。華の貨客船とも勇壮なる戦艦とも違う、貧弱な輸送船の、貧弱な船内だった。物は未だ少ない。
「そうです」
と、答えた特設運送船あるぜんちな丸の口調は柔らかかった。たおやかな乙女、それに近かった。こそばゆさと湿り気のある、囁きに似た、緩やかな響きだった。
それが海軍さんにとっておかしかったらしい。陸戦隊のお偉い人間の一人が小さく笑った。
「いつまでも貨客船意識を持つんじゃないぞ」
「こいつは箱入り娘でしたから、相すみません」
貨客船時代からの乗組員の一人が、慎重に腰を低く保ちながら言った。
長年付き合ってきた経験から、その声に苦渋と反発が隠れていることがわかった。それを上手く隠すさまは貨客船の白粉の白々しさにも似ている。まるで一種の芸術のようである。あるぜんちな丸はこれからの航海の行く先を思った。長く続く一引きの航跡を想った。私は、白粉を剥がされても上手く笑っていられるかしら、と思った。もっとも、軍隊に笑顔など必要なかった。私に笑顔は必要なかった。
*
祖国と南洋の間の海に、その船はあった。
日本の国土で見あげる空よりも、ひろい青色の下に彼女はいた。一引きの航跡が、荒々しく碧い波を攪乱させる。波は大きく船腹を打つ。
特設運送船あるぜんちな丸は、船尾から呆けたようにその航跡を覗き込んでいた。
湿度を含んだ生温い風がきもちわるい、と思った。
ふねのえがく航跡は、艦種も船種も関係なくどれも同じ様相をしている。船尾にかき乱された海に立つ波は、どの艦船も同じだ。もっともそんな認識は、実際を詳しく知らない者が抱きがちな、自分勝手なこじつけか、ただの印象論なのかもしれない。
特設航空母艦、そして航空母艦になったとしても、私はおなじ航跡をえがくのだろうか。あるぜんちな丸はなんとなく、そんな感傷にとらわれた。それが自分らしくないと思った。特設運送船としての任務で海を右往左往していて、すこし疲れているのかもしれなかった。
ふう、と一つため息をつき、あるぜんちな丸は航跡に背を向け船尾にしゃがみこんだ。することがなかった。自分は船の依り代でしかなく、姿は人間の女の身とまるでおなじで輸送任務の乗り込みの一つすら手伝うことができない。任務の目的、向かう場所、具体的な情報などは聞かされるが、時折それすら忘れられて、仔細を聞かされないことがあった。
人間たちは戦争で忙しく、船は物資を運べればそれでよく、われら依り代はそこにいればいいだけなのだ。
そんなあるぜんちな丸の頭上に翻るのは、大日本帝国海軍の軍用船旗だ。これもなんとなく気に食わなかった。彼女は、船客には絶対に向けなかった品のない目つきでその旗を見上げた。白と赤色は日頃掲げていた日章旗でお馴染みの色であったが、けれどこの旗にはいくつかの赤線が赤丸から外へと引かれている。ここに船と艦艇との違いがある。
社旗と日章旗ではなく、日章旗と軍艦旗あるいは軍用船旗を掲げなければならなくなった世界を、その日章旗の位置の前後の逆転を示して「前と後ろが狂ったおかしな世界」と罵ったのは、彼女の妹だった。船は日章旗を後ろへ、艦は日章旗を前へ掲げる。
妹とは違い、あるぜんちな丸にしてみれば「だから何だ」の一言であった。
過去と未来に期待も失望もしないことが自分の美点であり優れた点だとあるぜんちな丸は認めていた。だからなおさらその感傷を人間みたいな情念だと感じた。あるいは人間みたいな、ではなく、この時代の海に浮かぶすべての貨客船たちのような恨み、というべきか。
「見よ東海の空あけて、旭日高く輝けば……」
あるぜんちな丸は人間たちに愛されている一曲を呟く。
人間たちはもう、あの世界を忘れてしまったのだろうか。
うつくしく舞う五色のテープ。翻る日章旗。解纜のときの浮ついた幸福感。身の寄り辺である祖国との離別。たとえその船の行く先が、草も生えない開拓地だろうが未開の地だろうが、そのうつくしさは誰にも犯せない。それを一番近くで見てきたこと。一番近くで感じてきたこと。
多くの貨客船たちは、そのことを忘れられずにいる。
たとえば、大阪商船の貨客船ぶら志"る丸もその一隻だった。
船であることというよりも貨客船であることにつよく誇りと自負があったわが妹、ぶら志"る丸は、航空母艦としての誉れを受ける前にその身を海深くへと没していた。あれは亜米利加軍の雷撃がなくとも、たとえ一隻でも自ら死を選んだに違いない、というのが彼女の姉たるあるぜんちな丸の見解である。わが身を帝国海軍の航空母艦何鷹云々に成すなんて、あの子は決して許さなかっただろう。
実際、特設運送船ぶらじる丸になったあたりからあれは明らかに精神的不調を抱えていたし、その不調はその当時の軍隊での疲労や苦痛というよりもむしろ、それ以前に持ちえた過去が問題なのだった。
貨客船として人間達に愛されすぎたのだ、と海鷹は思った。妹はその愛情溢れる過去を過去であると捨て去ることができなかったのだ。そうしてわが身いっぱいに重い思い出を抱えた彼女は米潜の雷撃で沈んでいった。過去と共に。船の身と共に。誇りと共に。愛しき船長と共に。
人間全般にも特定の人間にも貨客船としての自分にも、あるいは海に浮くことにすらつよい愛着を持たなかったことが特設輸送船あるぜんちな丸を海へと沈めなかった要因なのかもしれない。
「あるぜんちな丸!ここに居たか」
そう言いながら船尾に現れたのは特設運送船あるぜんちな丸の監督官である。
海軍の中佐たる彼はいつも堂々としていて、これが軍隊の人間なのだ、とあるぜんちな丸はいつも感じていた。もちろんわが船乗りたちが堂々としていないわけではないのだが。だって、戦争中の軍人たちはとりわけ威勢がいいものなのだ。
「やることがないのはわかるが無意味にうろつくな」
「申し訳ございません。船内に居ても邪魔になるだけかと思いました」
感情を一切表に出さず、あるぜんちな丸は応えた。
ふう、と監督官は一つ小さなため息をついた。あるぜんちな丸を見据え、なおはっきりとした口調で言う。軍隊においていまだ貨客船気分のわがままな小娘に、よくよく言い聞かせようとしたらしい。
「あるぜんちな丸。海軍はふねを悪いようには扱わない。特にお前は航空母艦になる船だ」
目と目が合う。
どちらも先に逸らした方が負けだと思っている、そのようにあるぜんちな丸は感じた。なおさら目線を逸らすわけにはいかなかった。
「今は耐え忍べ。沈まないことを考えろ。海軍はお前に価値があるうちは悪くしない」
「私の乗組員はどうなりますか」
「人間様だって一緒さ」
肩を竦めて大日本帝国海軍中佐たる監督官様は言った。
ふねとしての価値。
軍隊で必要な船腹であるということ。
だいたい私たち元貨客船が戦闘詳報で自らの栄光を語れるかどうかが問題なのだ。航海日誌の横文字の英語の綴りなど捨て去れねばならないのだ。
人間にほんとうにその気持ちがわかるのだろうか。
元貨客船のなかには、艦梯を登る際に大きくだぼついた軍袴の横部をドレスを引くように掴んで笑われた者もいるというのだから、その身に宿すふねの性は深いものだ。人間たちは、そのことを都合よく忘れている気がする。ふねは皆ふねでしかない、という幻想が人間たちの思惑の間いっぱいに漂っている。特設艦艇という身に貨客船たちが容易に適応できると思っている。もちろんそうある船はいる。そうじゃない船もいる。人間たちの国家や国籍や民族名を統合したり分割したりしても、容易にその心情までは追いついてこないのとおなじだ。もっとも本土に閉じこもっている偉い人間たちがそれに気づくとも思えない。あるぜんちな丸は外国が好きだった。外国や外国人、外国にいる、外国に行く日本人が好きだった。本土の人間は小さくて適わん、という言葉は船長から三等客までに、そして船底の唐行きたちにさえも聞かせられる囁きだった。
航空母艦になるための船じゃないんだけどな、という思いと、生まれた時から航空母艦としての計画を備えた船だった、という事実が、あるぜんちな丸の身と心を縛った。あるいはこの時代に生まれたという事実がいけなかったのかもしれなかった。
あるいは、私が私自身として生まれたことが。
「航空母艦になれば、とりあえず私は船尾をうろつくことがなくなりますね」
「そうだな、どこでも引っ張りだこだ。海軍で航空母艦をやるというのはそういうことだ。忙しくなるぞ」
船底がどれだけ奥深く薄暗くても白粉姿の貨客船はいつもうつくしかった。そのうつくしさで多くの人間を惹き寄せ、惑わせてきた。そのつけが自身にも回ってきたのかもしれなかった。連れて行くのではなく連れて行かれる側に回ったということ。ただそれだけのこと。
航空母艦何鷹か、変な名前だったら嫌だなあ。
あるぜんちな丸はそう思った。もっとも名前なんぞ、軍の一兵として忙しくなればすぐに忘れるものなのかもしれなかった。軍隊というのはそういう場所だというのは、特設運送船でもすでにわかりつつあったのだ。
2「孤独の極北」特設運送船あるぜんちな丸と大鷹と冲鷹(と輸送船と隼鷹)
「私はもう軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ軍属」
軍艦冲鷹が、特設運送船あるぜんちな丸の隣の特設運送船某へ放ったこの言葉に、その場は北方海域より寒い空気が漂った。
少々装いが貧相なれども濃紺色の織物で統一された会議室、その窓の外からは、眩しく白い陽が差し込んでいる。あるぜんちな丸はぼんやりと、その白々しい美しさを見つめていた。
「……冲鷹、」と冲鷹をたしなめたのは大鷹型航空母艦のネームシップ、”長兄”たる大鷹であった。
「下らない揶揄は止せ」
「揶揄ではない」
「なら尚更止めろ」
冲鷹を呼ぶ大鷹が一瞬言葉を言い淀んだのは、長女だった元姉に本当は何と呼びかけるつもりだったからなのかな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。「新田丸姉さま」?それはないだろう。大鷹は一貫して帝国海軍に従順な艦であった。
苛立ちを隠そうともしない冲鷹の不興の理由は、隣の特設運送船が何気なく、しかし必死に縋るように護衛艦艇の有無を尋ねたからだ。またそれらの具体的な艦種や艦名や、任務の内容なども。あのう、あたしたちにはどのくらいの護衛がつくのでしょうか、強い艦ですか、駆逐艦ですか海防艦ですか、船団の形はどんなでしょうか、遅い船はいっしょに居ますか、航路は島沿いですか、あたしたち何ノットで走るんですか、あたし……。
それが自身を救う祈りの言葉になるかのようにぶつぶつと言いつのった彼女に、大鷹は明快にまた冷淡に、
「海防艦が付くと聞く。貴船の監督官の説明を待て」
と言い切り、一方的に話を打ち切った。
でも、でも、それに、だって……と、なおも彼女は話を続けようとし、救いを求めるように大鷹の隣の冲鷹を見遣った。人間の女の身の姿を持つ船に、同じく人間の女の身を持つ船として、何かしらの救いを得たかったのかもしれない。
そこで話は、冒頭へと戻るわけだ。
下らなかった。
あるぜんちな丸は一つの陳腐な演劇を見ているような白けた気持ちになっていた。下らないやり取りを続ける三者三様に気づかれないように机の下で、つまらない気持ちで爪先の汚れを擦り取って、演技の続きを待っている。
誰もが次の台詞を忘れたような苦しい沈黙のなかで、この劇一番の花形であった軍艦冲鷹は、いらいらとした様子で押し黙っていた。白手袋をつけた両手の親指を、神経質に動かしている。彼女は異常潔癖のきらいがある。神経質に手口の洗浄を好むのだ。
冲鷹は今にも舌打ちしそうな表情を浮かべ、その横顔を苦々しく大鷹が睨んでいた。
軍隊という場に潔癖を感じるのか、元々の性なのか。両方かも知れない。きっと軍隊軍属云々だって関係はないのだ。あるぜんちな丸は、冲鷹が貨客船時代の己を愛していたことを知っていた。というより、わかっていた。わかってしまうのだ。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。この特設運送船の口調が民間船の、というより平民のそれだったことが、冲鷹の神経を逆なでしたことの一因かもしれない。
私はもう、軍艦なんだから、気軽に話しかけるなよ、軍属。
このあっさり放られた言葉に含まれる、戦時下の軍隊のふねたちの見事な政治性!元貨客船新田丸は無邪気で哀れ、愚かな軍艦役者だが、彼女のこの言葉の鮮やかさは手放しで褒めてやりたくなった。すなわち、未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶりである。
ここではそうあることでしか我々は生きれない、という今一度の確認を、あるぜんちな丸は冲鷹から賜ったのだ。そしておそらく、大鷹も。隣の特設運送船も。
「……隼鷹に引けを取ってはならない、戦闘に繰り出すだけが戦ではないんだ、我らは為すべきことを成さねばならない」
隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼んだ冲鷹は、忸怩たる己の現状を直視できていないのだろう。あるいはあえて無視しているのか。
護衛空母あるいは航空機の輸送という職務は、その貨客船の美しい身を捨てさせ、わざわざ航空母艦として改造させてまで必要だったのだろうか。航空母艦としてはまるで宝の持ち腐れだ。だがしかし、小型の商船改造空母として成しえる任務は、せいぜいそれくらいが限界だった。改造された結果の二流空母だ。正直、あるぜんちな丸はそう思っていたし、日本海軍の人間たちもそう思っているかもしれない。おそらく大鷹は思っているだろう。冲鷹だってほんとうはわかってるはずだ。
「だから……!」
これも哀れなふねなのだ、とあるぜんちな丸は思った。あるぜんちな丸の妹同様、かつて受けた愛を忘れられないでいる。再びあの愛情を得られないからこそ積極的に捨て去ろうとしている。自ら進んで捨てることで主体性を確保しようとしている。足掻き、苦しみ、悶えている。今持ちえている(ので、あろう)軍艦の威容を誇ろうとする。わが妹とは違い、貨客船新田丸の姿を留めたまま沈没するという栄誉を得ることはなかった航空母艦、冲鷹。
もし彼女に日本郵船の客船浅間丸を話をしたら、大日本帝国海軍お得意の木棒で打擲されるだろうか。それともむざむざと泣きはじめるかもしれないな。どちらにせよただの特設運送船に出すぎた真似は禁物だ。
だから、という冲鷹の、続きの言葉は聞けずに終わった。
彼女は数秒沈黙し、この場に耐えきれないように荒々しく椅子から立ちあがり、会議室から走り去ってしまった。
時間切れかもな、とあるぜんちな丸はぼんやりと思った。あれはたぶん、手を洗いに行っただけだ。口かもしれないが。あるぜんちな丸は冲鷹の、あの種の奇行を数度目撃したことがある。そして興味本位で追いかけてみたことも一度だけある。何かに耐えられないように執拗に手口を洗っていた。あるぜんちな丸は、軍艦冲鷹が貨客船新田丸を愛していたことを知っていた。というより、わかってしまった。彼女のいらだちは今生の、軍艦としての生と理想との乖離から来ているのは見ているだけでわかった。だからなおさら追いかけてまで見に行ってしまう。確認してしまう。
私のゆくすえは、あんななのか?
「……以上、明朝を待って任務に当たる。詳細は監督官の指示を仰ぐように」
は、と気づいたら、大鷹の説明は終わったようだ。というか巻き上げて終わらせた。元姉であり今は妹の冲鷹を追いかけるために。
情けない、士気に関わる、とあるぜんちな丸は鼻白んだ。隣の特設運送船もなおさら不安だろうに。まあ、仕方ないのだろうか。誰しも自分を一番大切に精一杯やっている。全員明日沈んでいるかもしれないのだ。大鷹が言うように、監督官、人間に話を聞いた方がよっぽどいい。生還の計画の具体性はいっそう増すだろう。
だいたい、どうして私が彼女を責められよう、とあるぜんちな丸は思った。……この泣きそうな特設運送船の船名も、私は最後まで覚えられなかったのに。
そのことにふと気づき、あるぜんちな丸は、他の特設運送船や一般徴用船に続いて呆然と椅子から立った。
わたしたちのしろいたいよう、という意味のない言葉があるぜんちな丸の脳裏に浮かんだ。
私たちの白い太陽。
それははたして、いったいどこに?
3「極東の客死」海鷹と神鷹
空は淡く薄暗い。
小雨がこの地にも降るかもしれない。
窓から見えるのは、海と港とわが現身たる艦体だ。
冴えない小型の大日本帝国海軍の航空母艦が二隻。海鷹と神鷹である。軍港の建物に隠れながらも身を晒すわが現身を、すこし顔を顰めて海鷹は見遣った。
相変わらず無骨で無様だ、と思わなかったと言えば嘘になる。
だが、商船改造空母が無様とは?華の艦艇様に失礼ではないか。元が贋由来でも改造してしまえば立派な航空母艦である。灰色の艦体こそをわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだ。
海鷹は閉めるために窓へと寄り、身を乗り出す。地面の遠い下を見下ろして、いっそ航空機のように空を飛べたら、と思う。実際はそんなことあり得ないのだから、ゆっくりと窓の金具を掴み、静かに窓を閉めた。この海鷹の身は航空機でなく人間の姿である。飛び降りたらただの投身にしかならない。艦の現し身が自殺行為を計ることなどあるのだろうか、と海鷹は疑問に思った。悩ましい。海鷹は航空機の性能でなく、人間の肉体と精神を持っていた。
実艦の身はどうか。
煙突の縁をうつくしくせい丸くせいと言いつのり、挙句の果てに造船所とわが船主とを不仲にまで発展させたあるぜんちな丸の父は、生粋の船狂いだ。今の海鷹の姿を見たらなんというだろう。無様だ、とその冷静な審美眼でそう下すだろうか。
そうはいっても、軍艦には軍艦の美学と美しさがあるものだし。それを誇り、生きていくしかないではないか。それを理解してわが父も、わが船主も貨客船あるぜんちな丸を造ったでのであろうに。あるぜんちな丸は、優秀船舶建造助成施設で生まれた船であった。出征は定めだった。戦争は運命そのものであった。それがあるぜんちな丸の、海鷹の生まれた意義だった。
海鷹たち商船改造空母は、その中途半端な船体のために主戦場を征く軍艦にも成れず、飛行甲板に航空機を括りつけての輸送というまことに面目のない任務へと振り分けられていった。華の連合艦隊とは程遠く、さりとて今更かつての南米航路にも帰れない海鷹はただの奇形で奇怪なふねであった。
海軍というひとごろし集団をこそ船主であり親だと思え、と大阪商船の人間たちに言われて送り出されたのが、あるぜんちな丸が貨客船として最後に受けた餞であり愛を込めた警句であった。元同朋であった大阪商船の徴用船、その黒塗りされたファンネルの下にはあの大の字の姿形が残っていた。軍艦海鷹はおぞましさを感じ、気が遠くなった。叫びたかった。わたしにも、わたしにもあれがあったのに!あのマークが!!あの船主の餞が!!
勿論、海軍艦艇である海鷹はそのようなみっともない真似はできない。海鷹にはファンネルマークではなく、燦爛たる十六条の旭日があるのだ。
その旗の威容は一隻の船だけのものではなく、艦船の、大日本帝国海軍の、国家の威信へと連なっていた。
私は国家なのだ。国家の顔なのだ。
それは貨客船時代からも変わらぬ、わが使命と宿命そのものであった。
つねに海鷹の船生は国策とともにあり、その生と国家とのわずかなずれと隙間に、楽しさや、きらめきや、美しいものや、人間たちとの情愛や僚船とのふれあいをやさしく敷き詰めてきた。戦争により船と国家とが完全に一体となったことでその緩衝地帯はなくなり、貨客船あるぜんちな丸は航空母艦海鷹となる。
海鷹は部屋にいた。何の変哲もない、物置になってもおかしくない小さな部屋だった。
海鷹の乗組員たちが海の進路を決めるまでの、陸での小休憩である。人間の様に陸で休憩すること自体に違和感がないと言えば嘘になる。
先ほど、この陸で大鷹に会った海鷹は、あの艦の行く末を考えていた。
相変わらず上官と僚船とのあいまで揺蕩っているような彼であったから、この先の航路を聞いても有耶無耶となり、結局は、
「貴艦の艦長に聞く」
「そうしろ」
と、このやりとりで一切が終わった。
冲鷹を失って以来覇気も威勢もない大鷹は挨拶もほどほどに、足早に去っていった。
大鷹型航空母艦は、大鷹、雲鷹、冲鷹、神鷹、海鷹で構成されている。とはいえ、貨客船時代からのほんとうの同級型というのは新田丸級貨客船たちだけであったし、海鷹には別の、そしてほんとうの妹がいた。おそらく神鷹にもほんとうのきょうだいがほんとうの故郷の海にいるはずだ。沈んでいるか解体されていなければ。彼女は祖国の、ふるさとの話をしたがらない、というのは”長兄”たる大鷹の言であった。
神鷹と旧新田丸級たちは、仲が良くなかった。
もちろん軍隊の艦艇に仲も不仲もない。が、両者の間に張り巡らせられた空気は姉妹的な甘さや温かさからはひどく遠かった。
シャルンホルスト級貨客船に対抗するために造られたのが、他の何物でもない日本郵船株式会社の新田丸級貨客船であったことが不仲の一因だったろう。美しき欧州航路の好敵手同士は、何の因果であろうかこの極東の帝国が開拓する戦火の中の海で同型航空母艦として相括られた。同じ海に浮く宿命であった、といえば苛烈な皮肉になってしまうだろう。
姉妹船が兄弟姉妹を名乗るのは人間達の因習と儀礼の延長上のもので、常に船は一隻の船それ以上でも以下でもなかったし、船と船との関係も同様だった。それでもやはり大鷹と雲鷹の一種の「馴れ馴れしさ」は、周りから品のない揶揄と軽蔑を呼んでいたのだった。
ほんとうは大鷹は冲鷹を愛していたのだ、というのが、商船改造空母や、航空機輸送・護衛任務についていた艦艇たちの公的見解であった。だからなおさら彼らの得体が知れなかった。傷の舐めあい、という言葉に収まらない粘着質な心情が両者間のそこにはあった。
だから、海鷹と神鷹が触れ合うことが多かったのは必然だったのかもしれない。余りもので構成された大鷹型航空母艦、その余りものたちの、語るに下らない馴れ合いである。
その馴れ合い相手の神鷹は、海鷹と同じく小部屋で休憩をしていた。邪魔だから大人しく静かにしていろと乗組員たちに押し込まれたともいう。
「タバコは要りますか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹」
まるで軍隊の粗野さ、あるいは帝国海軍の実直さからは程遠く、かつての貨客船時代の一等客すら彷彿とさせる典雅な響きをもって、元国策豪華船と元独逸優秀貨客船であった軍艦両者の会話は始まり、終わった。
艦長に聞かれでもしたらきつぅく窘められそうな言葉遣いになってしまったな、と海鷹は思った。
「……あなたの、あったはずの、喫煙室」
「はい」
「……あなたは喫煙室に入れました?」
「普段は入れてもらえなかった。男の身では、なかったために」
「そう」
こういう時、長兄の大鷹だったらなんて言うのかなと、海鷹は下らない感慨に耽った。あるいは言ってあげられるのかな、か。海鷹は存外、この金髪麗しき軍艦が嫌いではなかった。独りに堪えうる、またそれを楽しむ気風が彼女にはあった。それは海鷹も一緒だった。神鷹もまたそのことを理解していた。
「極東の海は、灰色なのですね」
「あなたの海はどんなでした?」
「赤と黒の海。人間の理念にまみれた旗が翻っていた。でも私には上等な餞だった」
国策に踊らされたのは海鷹だけではない。船舶は国土の延長なり、という言葉はこの時の、この戦争を往く全ての船へと降りかかっていた。
この海では、誰もが自分の故郷の話をしたがらない。特に空母神鷹は、二重の意味で――貨客船としての平時の海と、独逸船としての欧州の海とで――故郷を喪失していたから、その沈黙はことさら鈍く、深かった。
ここは貨客船の墓場というより、滅茶苦茶な事故現場だと海鷹は感じる。完了済みの死、その跡かたではなく、今も続く屈辱的な苦しみ。
父と妹は轢かれて死んでしまって、母は生き残ったけれど精神的に病んでしまって。娘は、疲労と悲しみと義務感を抱えながら家を守るために身をやつして働き続けて。不運な人間に起こる、そんな状況に似ている。厳粛に死を祀る場所より、もっとひどい。事故の見物に来た群衆がいなくなったら、もうここは何でもないただの凪いだ海なのだ。
娘、改造された船たち、それ以外の皆にとっては、ただの美しい海。
そこに、私の孤独は私だけのものだ、という言外の主張を感じ取らなかったと言えば、嘘になる。
「北欧神話の女神Frejaのことを考えていました」
「ふれいや」
ふれいやではなくFrejaという、日本語とは趣の異なる言語の特有の発音は、神鷹が持ちえた唯一の遺産だった。
「衣を持っていて、纏うと鷹になれるのです」
そこに独逸人特有の北欧幻想は微塵も滲んでいなかった。女神のごとき黄金の髪を持つ異邦人と異貌の女神の話をするまでの、己の長い因果と宿命のことを海鷹は考えた。
「さあ、私は返品不可の商品ですから」と海鷹は言った。
ちらと浮かんだ神鷹の苦笑に、なぜか冲鷹の苦々しい笑みが重なる。彼女が既に亡いことを改めて思い、海鷹はふと胸の苦しさを覚えた。贋ものの姉、ただの書類上の同型艦として――あるいはそう、同じ日本の貨客船として、あるぜんちな丸は新田丸を堅実な同輩として認めていた。そして彼女は軍艦冲鷹としてなお護衛任務を最後まで務め上げた。優秀船舶建造助成施設の貨客船として生まれ海に身を捧げて航空母艦として戦没したのだ。あれを己のふねとしての生きざま、ふねとしての死にざまの指数とすることに、海鷹は異論がなかった。あるぜんちな丸は新田丸が軍務中に捕虜を処分した時のことを考える。それを自分事として姿を重ね合わせる。そこに新田丸ではなくあるぜんちな丸がいたと考える。彼女と己とを共振させる。新田丸は何度も血に汚れた手を洗ったはずだ。私もそうするだろうから。
手荒く部屋の扉が開けられる。
「海鷹、神鷹。出るぞ、夜明けは待たない、南へ」
部屋へとやってきた海鷹の乗組員がそう二隻へ声をかけ、早々に去っていった。
……生きる為に外洋で春をひさぐおんなたちを唐行き天竺行きのおんなたちを船底に隠して運んでやるのだ、彼女たちは外地で簡単にくたばるし孤独だし石炭のように使い潰される、その前にわが船底で溺れ死ぬこともすくなくないのだ、おんなと船員の共犯者でありただの船である俺はそれを止めることができないのだ、けどもいつしか彼女たちを日本へと帰してやりたいのだ、迎えてあげたい、もしかしたら送り出したおんなたちは南洋でたくさんの富を築いていて、一等船客として貨客船の船友に乗りこの日本へ戻ってくるかもしれぬ、俺はおなじ海で、おなじ船としてそれを見届けるのだ……とある知り合いの船はいった。彼はどこの船だったかな。彼はまだ生きているだろうか?私やほかの大鷹型航空母艦が護衛したあまたの船の一隻として浮き続けているだろうか?
だとしたらそれこそを誉れとするしかないであろう。
海上護衛をわが美学として生きる――航空母艦海鷹の使命はこれだった。もうそれしか残されていなかった。
鷹の名を冠した女神フレイヤ、美しさからは程遠い。
だが、輸送船を護衛するために美しい貨客船姿は必要あるまい?
あるいは海を往くことにだって。
「タバコ、ほんとうに要りませんか?神鷹」
「いいえ。結構よ、海鷹。有難う」
貨客船も航空母艦もないのだ。ふねとして海をゆくこと以外の何を求めよう。
軍艦海鷹は、軍帽を被り、うつくしかった過去とその未練の一切を捨て、ただ前を見据え、歩みはじめた。
船の越境論
船に感情というものがあったとしたらという観点に立って特設艦船の心情や悲喜を探ってみたいと思う時がある。特設艦船とは軍隊により接収され改造・改装された船のことで、貨客船・貨物船から小型漁船まで多くの船を網羅する。それら船の共通点は戦わないこと、戦うための船ではないことであり、軍の徴用や買収は戦争への参加を押しつけられた切符であった。多くの船にとっては片道切符となった。早々に戦没する宿命だったからである。
戦わない船の戦争。
兵士も民間人も平等の命、一人の人間である。艦が沈んで光栄の上等、船が沈んだら悲しみをもって悼む、という感情はただの感傷であると退けたい。しかしなぜ民間船が、民間船だった艦が戦没することに私は執着するのだろう、と考えた時に思うのは、世界文学への屈折した愛着と、その文学が永遠の命題とする異郷での客死である。あるいはその異郷で経験するさまざまな障害だろうか。自国の常識はそこでは非常識。彼女の話す母国語はそこでは異国語である。移民の彼女はその国に――その海に、その軍隊には容易に同化できなかったかもしれない。そんな二十世紀の人間たちの痛みを同じくアジア・太平洋戦争下の船たちは背負っていたかもしれなかった。馴染んだ横書きの航海日誌ではなく与えられた戦闘詳報で自らの栄光を語るということ。
船は海を往くことが幸せ、とだけ考えれば、こんな甘い郷愁など抱かなかっただろう。道具は使われてこそ価値がある――それが多少違った使い方であろうとも。病院船はそれでもやはり、いやあるいは、だからこそ美しかったはずだ。
けれどそこに船の悲しみを見出してしまうのは、船ぶねの抱く文化の麗しさとそれを基調とする人びとの文化の麗しさにほかならない。それはもちろん貨客船の抱える一等社交室である。そこにあるグランドピアノである。あるいは漁船の上に翻る大漁旗の旗の金刺繍の輝きでも良い。海と共にあった船、と共にあった人びとの抱いてきた素朴な民衆文化は戦火で荼毘に付すにはあまりに惜しいものだった。
あえてその喪失に美学を見出すこともできただろう。オフィーリアはさいごに水死するから美しいのだ。立ち上がって再び陸に上がることなど到底許されない。あの横たわる退廃的な死のにおい、微睡みにも似た死への緩やかな移行の情景は、憧憬を伴って生者である私たちの想像力を豊かに刺激する。貨客船香取丸はインドネシア海域で雷撃を受け海へと傾斜したとき、サロンにあった大型ピアノが大きな不協和音を奏でながら滑っていった、という……。太平洋戦争開戦すぐの出来事であった。船は陸軍に徴用されていて、陸軍部隊が乗船していた。が、未だ船内には乗組員や平時の物資が乗っていた。そのピアノはかつての栄光を留めているもののひとつだった。船と一緒に海へと転がり落ちてゆく陸軍兵士、乗組員、ピアノ、かつての栄光。沈没したその日はクリスマス・イブであった。
二律背反たる船の生と船の死という命題は、戦場の船というものを仰ぎ見るときにいちばんの難題となって私たちの心を刺すのだろう。生の鮮やかさと死の沈黙。それは人間を見るときも同様である。人間とおなじようにふねを見るということ。人間のうつわとしてのふね。
人間の様相を写すものとしてふねを見定めていきたい。
船に感情というものがあったとしたらという観点に立って特設艦船の心情や悲喜を探ってみたいと思う時がある。特設艦船とは軍隊により接収され改造・改装された船のことで、貨客船・貨物船から小型漁船まで多くの船を網羅する。それら船の共通点は戦わないこと、戦うための船ではないことであり、軍の徴用や買収は戦争への参加を押しつけられた切符であった。多くの船にとっては片道切符となった。早々に戦没する宿命だったからである。
戦わない船の戦争。
兵士も民間人も平等の命、一人の人間である。艦が沈んで光栄の上等、船が沈んだら悲しみをもって悼む、という感情はただの感傷であると退けたい。しかしなぜ民間船が、民間船だった艦が戦没することに私は執着するのだろう、と考えた時に思うのは、世界文学への屈折した愛着と、その文学が永遠の命題とする異郷での客死である。あるいはその異郷で経験するさまざまな障害だろうか。自国の常識はそこでは非常識。彼女の話す母国語はそこでは異国語である。移民の彼女はその国に――その海に、その軍隊には容易に同化できなかったかもしれない。そんな二十世紀の人間たちの痛みを同じくアジア・太平洋戦争下の船たちは背負っていたかもしれなかった。馴染んだ横書きの航海日誌ではなく与えられた戦闘詳報で自らの栄光を語るということ。
船は海を往くことが幸せ、とだけ考えれば、こんな甘い郷愁など抱かなかっただろう。道具は使われてこそ価値がある――それが多少違った使い方であろうとも。病院船はそれでもやはり、いやあるいは、だからこそ美しかったはずだ。
けれどそこに船の悲しみを見出してしまうのは、船ぶねの抱く文化の麗しさとそれを基調とする人びとの文化の麗しさにほかならない。それはもちろん貨客船の抱える一等社交室である。そこにあるグランドピアノである。あるいは漁船の上に翻る大漁旗の旗の金刺繍の輝きでも良い。海と共にあった船、と共にあった人びとの抱いてきた素朴な民衆文化は戦火で荼毘に付すにはあまりに惜しいものだった。
あえてその喪失に美学を見出すこともできただろう。オフィーリアはさいごに水死するから美しいのだ。立ち上がって再び陸に上がることなど到底許されない。あの横たわる退廃的な死のにおい、微睡みにも似た死への緩やかな移行の情景は、憧憬を伴って生者である私たちの想像力を豊かに刺激する。貨客船香取丸はインドネシア海域で雷撃を受け海へと傾斜したとき、サロンにあった大型ピアノが大きな不協和音を奏でながら滑っていった、という……。太平洋戦争開戦すぐの出来事であった。船は陸軍に徴用されていて、陸軍部隊が乗船していた。が、未だ船内には乗組員や平時の物資が乗っていた。そのピアノはかつての栄光を留めているもののひとつだった。船と一緒に海へと転がり落ちてゆく陸軍兵士、乗組員、ピアノ、かつての栄光。沈没したその日はクリスマス・イブであった。
二律背反たる船の生と船の死という命題は、戦場の船というものを仰ぎ見るときにいちばんの難題となって私たちの心を刺すのだろう。生の鮮やかさと死の沈黙。それは人間を見るときも同様である。人間とおなじようにふねを見るということ。人間のうつわとしてのふね。
人間の様相を写すものとしてふねを見定めていきたい。
性愛の陥穽
アジア・太平洋戦争での船の大量喪失、という問題が語られる時によくよく厳しく問いただされるのは日本海軍の海上護衛思想の薄さや、その戦争の損失で鮮明に露呈した日本国家の計画性のなさです。あるいはあまたの華やかで剛健な大型船舶たちの沈没、あるいは軍人による船員の扱いの荒さは悲壮感を伴ってわたしたちの心を打ちます。戦場を主戦場としなかった人間たちの哀しい戦争の運命がそこにはある。多くの国籍の人々を貨客船に乗せた友情、見るも鮮やかなディナー、洗練された文化が一緒くたに灰色の塗装に化けること。絹ではなく軍需品を運ぶということ。殺意と機銃掃射。にんげんの深いかなしみとくるしみ。
けれど感情で見うしなってならないのは時代を俯瞰する冷静さなのかもしれません。戦後八十年からの、その俯瞰ができる立場を、擬人化という存在に投影して描いた物語が「大脱走」でした。
わたしがあの時代を俯瞰したときに捉えた感覚をよりいっそう複雑にしたのは、森崎和江が解題するような侵略、生活上の心情的な侵略行為という考えでした。彼女がからゆさきさんの主体性を語るときに言及するアジアの民衆との肌のあわせよう、アジアの民衆と彼女らで茶碗一杯の飯を奪い合うような関係。外国へ行き現地人を武器で殺し殺されることだけが戦争であり侵略なのではない、という自責に駆られる森崎和江は植民地朝鮮生まれの女性でした。朝鮮の空は高くて美しい、空気が湿らず澄んでいると彼女が想うとき、背負ってくれたオモニの髪が唇についたことを思い出すときに、森崎和江はその愛情こそが他者を侵略していたという事実をひたと見つめます。戦時中に日本に帰ってきて、故郷であった朝鮮(植民地を故郷、と呼ぶこと自体が侵略的心情なのですが)に戦後帰れなくなった森崎和江は痛感します。その郷愁や愛そのものが罪だったということを。
森崎和江は関釜連絡船で日本へやってきたのでした。
**
のちのこと、老いたおキミがある日、渡り鳥の大群が飛来したのをみて、
「ああっ、この鳥!うちが朝鮮に売られていくとき、玄界灘で逢うたんよ。うちの肩にとまったんよ」と叫び、その夜眠らなかった。
(森崎和江『からゆきさん 異国に売られた少女たち』)
のちに娼婦の経験での心的外傷により精神病院で亡くなるおキミは、養女に出されからゆきとして大陸へと渡りました。神戸から貨物船に乗り、門司から玄界灘をとおり朝鮮へ。たくさんの連雀が九州へと渡っていくのが見えたらしい。鳥たちはおキミとは真逆の方向へ飛んだ。
からゆきたちと船とは切っても切れない縁です。航空機も鉄道も挟まる余地などない。二十世紀に海をわたるのですから。船に隠されて密航したからゆきたちは上手くいかなければ船底で、箱の中で、樽の中で、石炭庫内で死ぬことになります。上手くいっても海外で娼婦となるだけなのですが。日本船はおおかたは三十人ほどを乗せ、その利益は大きく、また密航の検査をするには石炭夫や火夫の気性は荒く、そうしてこれらの犯罪は報道されても止まらず、なによりも女たち自身が貧困からの脱出を夢見ていました。人買いから見せられた夢というものが真実だったかは別としてですが。それに誘拐によっても多くの少女たちがあつめられました。日本郵船の伏木丸では隠れた石炭庫に隣り合う火炉に燃やされて、多くの女たちが死んだらしい。からゆきになるまえに。この時、一八九〇年。
森崎和江が言うようなからゆきさんたちが行った心的侵略というものがあったとしたら、それらを運んだ船や船会社をどう捉えるべきだろう。彼――というものが擬人化創作では存在するのだけど――はその事象どう思っていたのでしょう。船によって運ばれたからゆきさんらはシンガポールに入港した大日本帝国海軍の艦艇に乗っていた軍人たちを好いひととして迎えていました。その威信は世界的なもので日本からとおい地にいるからゆきさんたちは誇らしく、また頼もしく思っていたことでしょう。この三者三様の関係をどう捉えたらいいのかと考えておりました。
アジア・太平洋戦争での船の大量喪失、という問題が語られる時によくよく厳しく問いただされるのは日本海軍の海上護衛思想の薄さや、その戦争の損失で鮮明に露呈した日本国家の計画性のなさです。あるいはあまたの華やかで剛健な大型船舶たちの沈没、あるいは軍人による船員の扱いの荒さは悲壮感を伴ってわたしたちの心を打ちます。戦場を主戦場としなかった人間たちの哀しい戦争の運命がそこにはある。多くの国籍の人々を貨客船に乗せた友情、見るも鮮やかなディナー、洗練された文化が一緒くたに灰色の塗装に化けること。絹ではなく軍需品を運ぶということ。殺意と機銃掃射。にんげんの深いかなしみとくるしみ。
けれど感情で見うしなってならないのは時代を俯瞰する冷静さなのかもしれません。戦後八十年からの、その俯瞰ができる立場を、擬人化という存在に投影して描いた物語が「大脱走」でした。
わたしがあの時代を俯瞰したときに捉えた感覚をよりいっそう複雑にしたのは、森崎和江が解題するような侵略、生活上の心情的な侵略行為という考えでした。彼女がからゆさきさんの主体性を語るときに言及するアジアの民衆との肌のあわせよう、アジアの民衆と彼女らで茶碗一杯の飯を奪い合うような関係。外国へ行き現地人を武器で殺し殺されることだけが戦争であり侵略なのではない、という自責に駆られる森崎和江は植民地朝鮮生まれの女性でした。朝鮮の空は高くて美しい、空気が湿らず澄んでいると彼女が想うとき、背負ってくれたオモニの髪が唇についたことを思い出すときに、森崎和江はその愛情こそが他者を侵略していたという事実をひたと見つめます。戦時中に日本に帰ってきて、故郷であった朝鮮(植民地を故郷、と呼ぶこと自体が侵略的心情なのですが)に戦後帰れなくなった森崎和江は痛感します。その郷愁や愛そのものが罪だったということを。
森崎和江は関釜連絡船で日本へやってきたのでした。
**
のちのこと、老いたおキミがある日、渡り鳥の大群が飛来したのをみて、
「ああっ、この鳥!うちが朝鮮に売られていくとき、玄界灘で逢うたんよ。うちの肩にとまったんよ」と叫び、その夜眠らなかった。
(森崎和江『からゆきさん 異国に売られた少女たち』)
のちに娼婦の経験での心的外傷により精神病院で亡くなるおキミは、養女に出されからゆきとして大陸へと渡りました。神戸から貨物船に乗り、門司から玄界灘をとおり朝鮮へ。たくさんの連雀が九州へと渡っていくのが見えたらしい。鳥たちはおキミとは真逆の方向へ飛んだ。
からゆきたちと船とは切っても切れない縁です。航空機も鉄道も挟まる余地などない。二十世紀に海をわたるのですから。船に隠されて密航したからゆきたちは上手くいかなければ船底で、箱の中で、樽の中で、石炭庫内で死ぬことになります。上手くいっても海外で娼婦となるだけなのですが。日本船はおおかたは三十人ほどを乗せ、その利益は大きく、また密航の検査をするには石炭夫や火夫の気性は荒く、そうしてこれらの犯罪は報道されても止まらず、なによりも女たち自身が貧困からの脱出を夢見ていました。人買いから見せられた夢というものが真実だったかは別としてですが。それに誘拐によっても多くの少女たちがあつめられました。日本郵船の伏木丸では隠れた石炭庫に隣り合う火炉に燃やされて、多くの女たちが死んだらしい。からゆきになるまえに。この時、一八九〇年。
森崎和江が言うようなからゆきさんたちが行った心的侵略というものがあったとしたら、それらを運んだ船や船会社をどう捉えるべきだろう。彼――というものが擬人化創作では存在するのだけど――はその事象どう思っていたのでしょう。船によって運ばれたからゆきさんらはシンガポールに入港した大日本帝国海軍の艦艇に乗っていた軍人たちを好いひととして迎えていました。その威信は世界的なもので日本からとおい地にいるからゆきさんたちは誇らしく、また頼もしく思っていたことでしょう。この三者三様の関係をどう捉えたらいいのかと考えておりました。
日本郵船歴史博物館閉館(移転)雑感諸々
日本郵船歴史博物館を初めて訪問したのは二〇一八年前後だと思われる。艦船を追いかけ始めたのは二〇一二年末の頃だったから、そこから数えれば五年も後のことだった。出不精とはいえ、関東の艦船オタクにしてはこの博物館に対してノーマークだったといえる。
恥ずかしながら正直に告白すると、私にとっての「ふね」とは長らく「海軍の艦艇」のことであった。
それは戦史・ミリタリー趣味から始まった「艦船の追いかけ」だったためでもあるし、軍隊という歴史では良くも悪くも著名な存在に対して、海運会社やその仕事や担った文化的価値というものは「ふねの歴史」に関わる存在としては地味なものだったからだ。その「地味」という評価は何かしらの侮蔑や蔑視や軽視ではなく、単純な無知に由来する「初心者には受信できないマイナーな情報」という意味での「地味」だった。
歴史という大河にまったく詳しくなく、なぜその艦が必要とされたのか、軍艦とは何か、海軍の由来は、海軍の意味は、国家の矛と盾としての軍隊とは、当時の時代の日本の様相は、世界の海とは……。あるいは、海運会社が文化面で担った責務とは?貨客船で行いたかった生業とは?そのような世界の展望や横断した知見には程遠い視点で、個々の艦の知識というよりは情報ばかりを己のなかで肥大させていた(この空母の排水量は、艦載機は云々……)。
さらに私の言う「海軍のふね」といえば軍艦――戦艦や航空母艦、巡洋艦――であって、特設監視艇や病院船、あるいは海防艦などでは決してなかった。後者はいわんや無知な人間にはあまりに「地味」すぎた。私にとって艦は美しいものであり、美しければそれで十分で、その艦の基本情報と周りとの関係性が多少分かればそれでよかったのである。戦闘は戦争の華である。戦闘艦は美である。海上護衛などはいくらかの人間が言うように意味も、存在も、実際の任務自体も、ことごとく文字通り地味であり、同時に上記の意味でも「地味」で初心者には理解ができない複雑怪奇なふねの運用方法だったのだ。
そうしてふねの浅瀬で遊んでいるうちに五年が経過した。
何をして海上護衛や徴用船、特設艦船などに興味を持てたのか、日本郵船歴史博物館の初訪問の時期と同じく覚えていない。しかし当たり前だが五年も経過すれば浅瀬も浅瀬なりに広く深くなる。航空母艦隼鷹(貨客船橿原丸が戦時体制により改造され造られた艦)などから入ったような気もするし、あるいは艦艇種別一覧などを読み解いていけば特設艦船など容易に見つけることができよう。病院船などは存在自体は知っていた。特設病院船という日本海軍が元民間船舶に振った種別を私が認識していなかっただけなのだ。
またこの頃になると海軍や艦艇の濃紺深き実直な文化ではなく、千紫万紅を彩る客船文化に目を奪われるようになった。それは地味とは程遠いものであった。茫漠と漂う爛熟した幸福とちりばめられた奢侈な調度品、海の上だからこそなおさら祈らざるを得なかった素朴な平和と友好の念、海を越えた友情の握手――そんなやさしい世界がそこにはあった。
海軍軍人よりも多くの割合で人員が戦死した軍属たちの怨嗟の声は、その華やかであったはずの叙述詩的世界からの転落とその戦地との落差に鮮やかに彩られ、殊更に悲惨に感じられる。
五年を経た私は、海軍の戦闘での敗北のみを悲劇と捉えるほどに軍隊的あるいは単細胞的な美学を持てなくなっていた。
だから海運というものに活路を求めたのは一種の必然だったかもしれない。美しかった生や美しくなるはずだった未来が戦争という災厄により無残にも失われ、軍艦へと装いを変えられて戦場という火の海の中へと向かう元貨客船や元貨物船など(またその乗組員たち)は、私にポストコロニアリズムや越境文学的な離別を容易に彷彿とさせた。それを悲劇と捉えて消費するそこに一種の危うさがなかったといえば嘘になるが、それでも私はそれを自分の命題として受容したのだった。
日本郵船歴史博物館の移転は寂しい。
再開館は二〇二六年予定らしく、その間に展示も図録もない。移転は新築の高層ビルのなかである。今のような天井が高く影の濃い文化財ではない。どうなるのかさっぱり予想がつかない。
それでも建物も博物館も無くならないだけ有り難いのかもしれない。とりあえず私は二〇二六年まで生きのびねば。
日本郵船歴史博物館と日本郵船に、長い感謝を捧げたい。
2023.3.28記
#日本郵船
日本郵船歴史博物館を初めて訪問したのは二〇一八年前後だと思われる。艦船を追いかけ始めたのは二〇一二年末の頃だったから、そこから数えれば五年も後のことだった。出不精とはいえ、関東の艦船オタクにしてはこの博物館に対してノーマークだったといえる。
恥ずかしながら正直に告白すると、私にとっての「ふね」とは長らく「海軍の艦艇」のことであった。
それは戦史・ミリタリー趣味から始まった「艦船の追いかけ」だったためでもあるし、軍隊という歴史では良くも悪くも著名な存在に対して、海運会社やその仕事や担った文化的価値というものは「ふねの歴史」に関わる存在としては地味なものだったからだ。その「地味」という評価は何かしらの侮蔑や蔑視や軽視ではなく、単純な無知に由来する「初心者には受信できないマイナーな情報」という意味での「地味」だった。
歴史という大河にまったく詳しくなく、なぜその艦が必要とされたのか、軍艦とは何か、海軍の由来は、海軍の意味は、国家の矛と盾としての軍隊とは、当時の時代の日本の様相は、世界の海とは……。あるいは、海運会社が文化面で担った責務とは?貨客船で行いたかった生業とは?そのような世界の展望や横断した知見には程遠い視点で、個々の艦の知識というよりは情報ばかりを己のなかで肥大させていた(この空母の排水量は、艦載機は云々……)。
さらに私の言う「海軍のふね」といえば軍艦――戦艦や航空母艦、巡洋艦――であって、特設監視艇や病院船、あるいは海防艦などでは決してなかった。後者はいわんや無知な人間にはあまりに「地味」すぎた。私にとって艦は美しいものであり、美しければそれで十分で、その艦の基本情報と周りとの関係性が多少分かればそれでよかったのである。戦闘は戦争の華である。戦闘艦は美である。海上護衛などはいくらかの人間が言うように意味も、存在も、実際の任務自体も、ことごとく文字通り地味であり、同時に上記の意味でも「地味」で初心者には理解ができない複雑怪奇なふねの運用方法だったのだ。
そうしてふねの浅瀬で遊んでいるうちに五年が経過した。
何をして海上護衛や徴用船、特設艦船などに興味を持てたのか、日本郵船歴史博物館の初訪問の時期と同じく覚えていない。しかし当たり前だが五年も経過すれば浅瀬も浅瀬なりに広く深くなる。航空母艦隼鷹(貨客船橿原丸が戦時体制により改造され造られた艦)などから入ったような気もするし、あるいは艦艇種別一覧などを読み解いていけば特設艦船など容易に見つけることができよう。病院船などは存在自体は知っていた。特設病院船という日本海軍が元民間船舶に振った種別を私が認識していなかっただけなのだ。
またこの頃になると海軍や艦艇の濃紺深き実直な文化ではなく、千紫万紅を彩る客船文化に目を奪われるようになった。それは地味とは程遠いものであった。茫漠と漂う爛熟した幸福とちりばめられた奢侈な調度品、海の上だからこそなおさら祈らざるを得なかった素朴な平和と友好の念、海を越えた友情の握手――そんなやさしい世界がそこにはあった。
海軍軍人よりも多くの割合で人員が戦死した軍属たちの怨嗟の声は、その華やかであったはずの叙述詩的世界からの転落とその戦地との落差に鮮やかに彩られ、殊更に悲惨に感じられる。
五年を経た私は、海軍の戦闘での敗北のみを悲劇と捉えるほどに軍隊的あるいは単細胞的な美学を持てなくなっていた。
だから海運というものに活路を求めたのは一種の必然だったかもしれない。美しかった生や美しくなるはずだった未来が戦争という災厄により無残にも失われ、軍艦へと装いを変えられて戦場という火の海の中へと向かう元貨客船や元貨物船など(またその乗組員たち)は、私にポストコロニアリズムや越境文学的な離別を容易に彷彿とさせた。それを悲劇と捉えて消費するそこに一種の危うさがなかったといえば嘘になるが、それでも私はそれを自分の命題として受容したのだった。
日本郵船歴史博物館の移転は寂しい。
再開館は二〇二六年予定らしく、その間に展示も図録もない。移転は新築の高層ビルのなかである。今のような天井が高く影の濃い文化財ではない。どうなるのかさっぱり予想がつかない。
それでも建物も博物館も無くならないだけ有り難いのかもしれない。とりあえず私は二〇二六年まで生きのびねば。
日本郵船歴史博物館と日本郵船に、長い感謝を捧げたい。
2023.3.28記
#日本郵船
世界のさみしさ
貨物や旅客を運ぶためにたくさんの美しい船が造られた世紀をご存知でしょうか。
20世紀前半まではまだ旅客手段としての航空が発達しておらず、海を越えた国と国を行き交うには船を使うのが一般的でした。船会社の所有する船に乗り、外国へと渡っていくのです。
たとえばアメリカに行くとすれば、あなたは荷物とパスポートを持ち、横浜で貨客船に乗り海を渡ります。出航の時には皆の別れの挨拶、歓声、笑い声、声、声が混じりあい、汽笛と歓声が響き、五色の紙テープが投げられて、別れを惜しむように後を引くのです。段々と陸は、祖国は遠ざかっていきます。海の色は段々と深くなっていくでしょう。あなたは船上からそれを眺めているはずです。そして船はシアトルやサンフランシスコへと向かうのです。あなたは東北の農家出身の四男で貧しく、亜米利加あるいは南米で食いしのごうとしている日本人移民で、もう二度と日本という祖国に帰って来ないかもしれないし、大日本帝国の外交官として亜米利加合衆国に渡り、かの国を牽制し、逆にかの国の国力を見せつけられて、内心舌を巻きながら帰ってくるのかもしれません。
船は国と国とを行き交うのですから、国に属す船は国家の船、国家の顔でした。船のサービスすなわち国の礼節、船の清潔さすなわち国の秩序たりえるのです。日本国の、大日本帝国の船は親切で丁寧で洗練されていなくてはいけません。またその船客、一等船客もそうです。それらには著名人も多かったと言います。例えばチャップリンは日本郵船の船を好みましたし、船には皇族が乗ることもありました。
しかし語るべきもう一つの主役は多くの三等船客の民衆たちでしょう。亜米利加や南米への移民として彼らは船に乗りました。美しい船に乗り美しく旅立ち、果実もまともに実らないような開拓地に行くこともありました。差別と何も育たない畑しかないような異国でやっていくしか生きる方法がなかったのです。だってあなたは不作続きの農民の四男で、姉たちは娘売りに売られていて、働き口も耕す畑も日本には無いのです。この国は貧乏で、人だけが多かったのですから。また、三等船客にすらなれないような、船底に隠れて海を渡る人びとも居ました。からゆきさんと呼ばれる女性たちです。女たちはひそかにふねに乗り乗せられ、朝鮮やシンガポールなどに運ばれて行きます。一つは誘拐や嘘で騙されて、一つは食べるにはそうするしかなかったので。あなたの住んでいる土地は人が多く、畑はやせ細っていてやはり貧しかったのです。のちにからゆきさんという集団名で呼ばれることになるあなたは、人目を避けてその船に乗るのです。船底で溺れようが機関室近くで焼け死のうが女たちは船底から異国へと渡りました。渡された、という方が適切かもしれません。あなたは甘言で騙されて娼婦になるのですから。華やかな世界と共にあった、これもひとつの地獄の情景でありました。
あなたを乗せるその船はなにより美しくなければなりません。国家の顔なのですから。離別への装置なのですから。旅立ちの美しい瞬間の舞台なのですから。あなたを祝福する五色のテープが、船が美しくないわけがない。たとえ向かう先が地獄だろうがその美しさは誰にも犯せない。
またそうでなくとも無邪気に人間たちは船を美しく造りたがりました。ふねは人間の道具であり、愛し子だったのだから、というのが私の見解です。設計家のあなたはわが娘を美しく造りたかったはずです。そして生まれたその内装の美しいこと、はじめは西洋に追いつかんとし、基本を西欧式として造られました。細部は髙島屋や川島織物に頼むことがあっても、全体のデザインはやはりフランスやイギリスに注文することが多かったのです。たとえば横浜に現存している日本郵船の貨客船氷川丸は横浜船渠で1930年に竣工、そのアールデコ調の内装はフランスの工芸家マルク・シモンによる設計です。
氷川丸の竣工から数年ほどのち、戦火が近づき国威の高揚に至っては、モダニズムを孕んだ日本様式を発露せんとして貨客船の内装が造られました。日本人の船は日本式でないといけない!あなたは大日本帝国の臣民で、視察や洋行に行くために日本郵船の誇る浅間丸に乗ります、祖国からサンフランシスコに行く時に、その船の内装が英国式格調の高い古典的なデザインではまったく駄目なのです。あなたはその美しさに見惚れながら、失望して怒りを表明するでしょう。国土の延長たる船で!なんたる国辱!すでに日本は一等国であり、西洋なんぞに随従しているわけではないのですから!
それでも戦火がちらつき見える世界で、日本人と日本人、日本人と外国人、外国人と外国人は船上で友好を結びました。演奏会やダンスパーティーや赤道祭や船上運動会などのイベントもありました。そこは一つの文化の舞台で、秩序と優しさのある平和な世界でありました。
あなたは祖国と諸外国との関係に漠然と不安を抱えながら、それでもただ一度だけの今を想いワルツを踊ったでしょう。あなたが何人で相手が何人だろうがここでは関係ないのでしょう。いまここだけなら世界平和の境地なのに、とさまざまな矛盾を無視しながらあなたはそう錯覚したはずです。
茫漠と漂う爛熟した幸福と、ちりばめられた奢侈な調度品、海の上だからこそなおさら祈らざるを得なかった素朴な平和と友好の念、海を越えた友情の握手――そんなやさしい世界がそこにはありました。あなたは船長で、著名人と並んで写真を撮ったはずです。あなたはスキヤキ・パーティーという日本船の奇祭と箸に戸惑ったでしょう。あるいはあなたはこれから終の棲家となる南米での礼儀や常識の教育と講義を受けたはずです。あなたの夫はあなたの写真を見てあなたを自分の花嫁に迎え、あなたはまだ実際にはまだ見ぬ夫に不安を募らせているでしょう。あなたは船酔いに悩み、あなたは来たるべき新天地に心を寄せ、あなたは置いてきた老父母を想い、それでもあなたは新しい地で生きていくことを決意しました。船は海の上の社交界であり、新しい門出の地であり、祝福でした。
あなたが愛した千紫万紅を彩る客船文化は花弁零れんばかりに開花していたのです。
そしてあの第二次世界大戦が始まります。
たとえばあなたが戦場へ行くとすれば、ふつうは赤紙で徴兵され、徴兵検査を受けて、合格して、万歳三唱で見送られて――となるかもしれません。そしてあなたは千人針と神社のお守りをひそかに胸にしまい込み、兵員輸送船へと乗るでしょう。そうです、たとえば、この兵士を戦地へと送る輸送船です。
とりわけ南洋に広がった太平洋戦争では、兵隊や物資を運ぶたくさんの船が必要とされました。またその船を運航する人員が必要とされました。徴用船とその船員です。その両者は艦艇と軍人とは違い、軍そのものではありませんでした。運ぶだけの軍属であり、戦闘を行うわけではなかったのです。だからこそ戦場と軍隊のなかでは身分の保証がされ得ず、戦地ではなおさら悲惨な状態へと転落していきました。あなたは赤紙で徴兵されたのではなく、軍属として輸送船ともども徴用されたかもしれません。あなたはフィリピン海沖での輸送任務中に米潜水艦の魚雷で船ごと沈み、仲間をその後の機銃掃射で失い、あるいは溺死で、餓死で、兵士からの虐待で失うか、あなた自らがそれで死ぬのです。あなたが戦場で軍隊のなかで軍人として秩序たらしめられているのと、戦場で軍隊のなかで軍に雇われた軍属であるのとは地位と権威が変わってくるのです。そしてそれは大きく運命を分かちます。もちろんあなたが兵隊であってもあなたには別の地獄があり、悲惨な状況であるのにまったく変わりはないのですが……。
海軍軍人よりも多くの割合で人員が戦死した、という軍属たちの怨嗟の声は、その華やかであったはずの叙述詩的世界からの転落とその戦地との落差に鮮やかに彩られ、殊更に悲惨に感じられます。
だからこそ私は戦時下の海運というものをえがこうと思いました。
美しかった生や美しくなるはずだった未来が戦争という災厄により無残にも失われ、灰色の徴用船や特設軍艦へと装いを変えられて戦場という火の海の中へと向かう元貨客船や元貨物船など(またその乗組員たち)は、私に越境文学的な離別を容易に彷彿とさせました。
それを悲劇と捉えて消費するそこに一種の危うさがなかったといえば嘘になります。が、それでも私はそれを自分の命題として受容したのです。この世界を、世界の情景を描かねばならない、という想いを抱きました。
この物語は、無名の多くの人間たちが交差することで成り立つ群像劇でした。
それは企業擬人化という手法で、海運会社の「何も無くなった状態」を描くときに、唯一描けるのが人間模様だったからです。
成熟した文化やそれを担ったわが船たち、それらが戦禍で失われた状況にあったとき、それでも手元に残ったのは人間たちでした。彼らは、あなたは、生を謳歌し、怒り、嘆き、喜ぶのです。全てを失った企業にあった、人間という淡い希望と重さが描かれています。
そしてだからこそ、描かれなかったもの、残らなかった人間たちや船の影が本作を通してちらついているのです。あまりに美しかったものの喪失と、それとの離別の世界。
少しでもあなたにこの世界の”さみしさ”が伝わればいいと思うのです。
貨物や旅客を運ぶためにたくさんの美しい船が造られた世紀をご存知でしょうか。
20世紀前半まではまだ旅客手段としての航空が発達しておらず、海を越えた国と国を行き交うには船を使うのが一般的でした。船会社の所有する船に乗り、外国へと渡っていくのです。
たとえばアメリカに行くとすれば、あなたは荷物とパスポートを持ち、横浜で貨客船に乗り海を渡ります。出航の時には皆の別れの挨拶、歓声、笑い声、声、声が混じりあい、汽笛と歓声が響き、五色の紙テープが投げられて、別れを惜しむように後を引くのです。段々と陸は、祖国は遠ざかっていきます。海の色は段々と深くなっていくでしょう。あなたは船上からそれを眺めているはずです。そして船はシアトルやサンフランシスコへと向かうのです。あなたは東北の農家出身の四男で貧しく、亜米利加あるいは南米で食いしのごうとしている日本人移民で、もう二度と日本という祖国に帰って来ないかもしれないし、大日本帝国の外交官として亜米利加合衆国に渡り、かの国を牽制し、逆にかの国の国力を見せつけられて、内心舌を巻きながら帰ってくるのかもしれません。
船は国と国とを行き交うのですから、国に属す船は国家の船、国家の顔でした。船のサービスすなわち国の礼節、船の清潔さすなわち国の秩序たりえるのです。日本国の、大日本帝国の船は親切で丁寧で洗練されていなくてはいけません。またその船客、一等船客もそうです。それらには著名人も多かったと言います。例えばチャップリンは日本郵船の船を好みましたし、船には皇族が乗ることもありました。
しかし語るべきもう一つの主役は多くの三等船客の民衆たちでしょう。亜米利加や南米への移民として彼らは船に乗りました。美しい船に乗り美しく旅立ち、果実もまともに実らないような開拓地に行くこともありました。差別と何も育たない畑しかないような異国でやっていくしか生きる方法がなかったのです。だってあなたは不作続きの農民の四男で、姉たちは娘売りに売られていて、働き口も耕す畑も日本には無いのです。この国は貧乏で、人だけが多かったのですから。また、三等船客にすらなれないような、船底に隠れて海を渡る人びとも居ました。からゆきさんと呼ばれる女性たちです。女たちはひそかにふねに乗り乗せられ、朝鮮やシンガポールなどに運ばれて行きます。一つは誘拐や嘘で騙されて、一つは食べるにはそうするしかなかったので。あなたの住んでいる土地は人が多く、畑はやせ細っていてやはり貧しかったのです。のちにからゆきさんという集団名で呼ばれることになるあなたは、人目を避けてその船に乗るのです。船底で溺れようが機関室近くで焼け死のうが女たちは船底から異国へと渡りました。渡された、という方が適切かもしれません。あなたは甘言で騙されて娼婦になるのですから。華やかな世界と共にあった、これもひとつの地獄の情景でありました。
あなたを乗せるその船はなにより美しくなければなりません。国家の顔なのですから。離別への装置なのですから。旅立ちの美しい瞬間の舞台なのですから。あなたを祝福する五色のテープが、船が美しくないわけがない。たとえ向かう先が地獄だろうがその美しさは誰にも犯せない。
またそうでなくとも無邪気に人間たちは船を美しく造りたがりました。ふねは人間の道具であり、愛し子だったのだから、というのが私の見解です。設計家のあなたはわが娘を美しく造りたかったはずです。そして生まれたその内装の美しいこと、はじめは西洋に追いつかんとし、基本を西欧式として造られました。細部は髙島屋や川島織物に頼むことがあっても、全体のデザインはやはりフランスやイギリスに注文することが多かったのです。たとえば横浜に現存している日本郵船の貨客船氷川丸は横浜船渠で1930年に竣工、そのアールデコ調の内装はフランスの工芸家マルク・シモンによる設計です。
氷川丸の竣工から数年ほどのち、戦火が近づき国威の高揚に至っては、モダニズムを孕んだ日本様式を発露せんとして貨客船の内装が造られました。日本人の船は日本式でないといけない!あなたは大日本帝国の臣民で、視察や洋行に行くために日本郵船の誇る浅間丸に乗ります、祖国からサンフランシスコに行く時に、その船の内装が英国式格調の高い古典的なデザインではまったく駄目なのです。あなたはその美しさに見惚れながら、失望して怒りを表明するでしょう。国土の延長たる船で!なんたる国辱!すでに日本は一等国であり、西洋なんぞに随従しているわけではないのですから!
それでも戦火がちらつき見える世界で、日本人と日本人、日本人と外国人、外国人と外国人は船上で友好を結びました。演奏会やダンスパーティーや赤道祭や船上運動会などのイベントもありました。そこは一つの文化の舞台で、秩序と優しさのある平和な世界でありました。
あなたは祖国と諸外国との関係に漠然と不安を抱えながら、それでもただ一度だけの今を想いワルツを踊ったでしょう。あなたが何人で相手が何人だろうがここでは関係ないのでしょう。いまここだけなら世界平和の境地なのに、とさまざまな矛盾を無視しながらあなたはそう錯覚したはずです。
茫漠と漂う爛熟した幸福と、ちりばめられた奢侈な調度品、海の上だからこそなおさら祈らざるを得なかった素朴な平和と友好の念、海を越えた友情の握手――そんなやさしい世界がそこにはありました。あなたは船長で、著名人と並んで写真を撮ったはずです。あなたはスキヤキ・パーティーという日本船の奇祭と箸に戸惑ったでしょう。あるいはあなたはこれから終の棲家となる南米での礼儀や常識の教育と講義を受けたはずです。あなたの夫はあなたの写真を見てあなたを自分の花嫁に迎え、あなたはまだ実際にはまだ見ぬ夫に不安を募らせているでしょう。あなたは船酔いに悩み、あなたは来たるべき新天地に心を寄せ、あなたは置いてきた老父母を想い、それでもあなたは新しい地で生きていくことを決意しました。船は海の上の社交界であり、新しい門出の地であり、祝福でした。
あなたが愛した千紫万紅を彩る客船文化は花弁零れんばかりに開花していたのです。
そしてあの第二次世界大戦が始まります。
たとえばあなたが戦場へ行くとすれば、ふつうは赤紙で徴兵され、徴兵検査を受けて、合格して、万歳三唱で見送られて――となるかもしれません。そしてあなたは千人針と神社のお守りをひそかに胸にしまい込み、兵員輸送船へと乗るでしょう。そうです、たとえば、この兵士を戦地へと送る輸送船です。
とりわけ南洋に広がった太平洋戦争では、兵隊や物資を運ぶたくさんの船が必要とされました。またその船を運航する人員が必要とされました。徴用船とその船員です。その両者は艦艇と軍人とは違い、軍そのものではありませんでした。運ぶだけの軍属であり、戦闘を行うわけではなかったのです。だからこそ戦場と軍隊のなかでは身分の保証がされ得ず、戦地ではなおさら悲惨な状態へと転落していきました。あなたは赤紙で徴兵されたのではなく、軍属として輸送船ともども徴用されたかもしれません。あなたはフィリピン海沖での輸送任務中に米潜水艦の魚雷で船ごと沈み、仲間をその後の機銃掃射で失い、あるいは溺死で、餓死で、兵士からの虐待で失うか、あなた自らがそれで死ぬのです。あなたが戦場で軍隊のなかで軍人として秩序たらしめられているのと、戦場で軍隊のなかで軍に雇われた軍属であるのとは地位と権威が変わってくるのです。そしてそれは大きく運命を分かちます。もちろんあなたが兵隊であってもあなたには別の地獄があり、悲惨な状況であるのにまったく変わりはないのですが……。
海軍軍人よりも多くの割合で人員が戦死した、という軍属たちの怨嗟の声は、その華やかであったはずの叙述詩的世界からの転落とその戦地との落差に鮮やかに彩られ、殊更に悲惨に感じられます。
だからこそ私は戦時下の海運というものをえがこうと思いました。
美しかった生や美しくなるはずだった未来が戦争という災厄により無残にも失われ、灰色の徴用船や特設軍艦へと装いを変えられて戦場という火の海の中へと向かう元貨客船や元貨物船など(またその乗組員たち)は、私に越境文学的な離別を容易に彷彿とさせました。
それを悲劇と捉えて消費するそこに一種の危うさがなかったといえば嘘になります。が、それでも私はそれを自分の命題として受容したのです。この世界を、世界の情景を描かねばならない、という想いを抱きました。
この物語は、無名の多くの人間たちが交差することで成り立つ群像劇でした。
それは企業擬人化という手法で、海運会社の「何も無くなった状態」を描くときに、唯一描けるのが人間模様だったからです。
成熟した文化やそれを担ったわが船たち、それらが戦禍で失われた状況にあったとき、それでも手元に残ったのは人間たちでした。彼らは、あなたは、生を謳歌し、怒り、嘆き、喜ぶのです。全てを失った企業にあった、人間という淡い希望と重さが描かれています。
そしてだからこそ、描かれなかったもの、残らなかった人間たちや船の影が本作を通してちらついているのです。あまりに美しかったものの喪失と、それとの離別の世界。
少しでもあなたにこの世界の”さみしさ”が伝わればいいと思うのです。
2022年2月22日 擬人化王国25でのペーパー
こんにちは。津崎です。津崎のペーパーです。
津崎のペーパーと言っても書くことがないです。新刊を完成させたのがだいぶ前だったので、書くべき所感とかも既にあまりなく……。
「病院船の顛狂室」プレ本が今回の新刊なのですが、本編を描ける日がいつくるんだろうか。最近は企業擬人化が気になっていて、でも自創作(艦船擬人化)に企業擬人化が挿入されると世界観のバランスが崩れるので難しい。「病院船の顛狂室」に御社を出すの?と聞かれると、あまり出したくないとは思います。ふねの親、はただ人間だけだと良いなと思っているので……(じゃあなんで企業擬人化に興味を持った?)
「病院船の顛狂室」に御社が出てきたら、主人公は船じゃなくて御社になっちゃうと思うんです。組織企業と艦船が主従にならない創作にしたいなとは思っています。
「病院船の顛狂室」はコンスタンチン・コロヴィンの絵画並みの明るさと煌めきと彩度のあった貨客船たちの世界が、戦時下の大政翼賛を経て(世界を彩る色彩という意味でも艦艇改造の表象の意味でも)「灰色」になっていく様を提示するための物語です。
記憶も現実も鮮やかだった時代からだんだんと記憶のみが鮮やかで美しいままで、色褪せた現実との落差の反復をシーンの切り替えの内で繰り返していく。墨で書かれた戦果、戦歴、爆雷の数。思い出すのは五色のテープが鮮やかだったこと。戦闘詳報。荒く書かれた出撃の文字。濃灰のダズル迷彩。第三種軍装の濃緑。食堂室に照る紅鳶色のライト。死者の乾びた黒い血。
なのでカラー漫画、なので長編漫画の予定なのですが、まあ完成させるためには1話1話描くしかないね。がんばりたいです。
本として残っていると本編を描くときの指数になるので、『貨客船の航跡波』みたいな本をもう数冊はつくるかもしれません。
第二次世界戦争による日本商船隊たちの被害を、戦禍の源を災いの由来を「災害のような顔の見えない〈敵〉=抗いようもなく降りかかってきた苦難に立ち向かう」様に描くか描かないかと言われるといや描いていいわけないだろうと思います、が、じゃあ如何にして「災い(概念)」ではなく「太平洋戦争での日本商船隊の苦闘」にするかと言われると難しさを感じます。
観念としての苦難・災いに立ち向かう様は「国を守るため戦った」という言葉の空虚感にも似ていて、なんで守りたかった?なんで守るはめになった?なんで戦った?そもそもなんで戦うはめになった?という話に繋がります。この時に使われる「国」という単語は必ず「国」であって「日本国」でないことが多い気がしています。これは『アンダーグラウンド』の「くに」という言葉の用法(幸福な時代や幸福なユートピアとしての「くに」)に近いのです。
「災い(概念)」前提でなら許されるけど「太平洋戦争の日本商船隊の苦闘」だと「いやなんでそもそも日本国や日本海軍はこんなハチャメチャな状態を許しちゃったのか……」という、(あまりこういう形容はしたくないが)呆れが出てくるのは仕方ないのかもしれません。でもそこも描写すべきなんだろうと思います。呆れるような現実を命令されて軍犬にも劣ると罵られながらも頑張って実行してそのまま沈んで行ったわけです。描写すべきものを描写する時に、「災い(概念)」では描写できないものがあるのです。自然災害は人間の非ではないです。天譴たる災害など存在しません。災害は人間が引き起こすものではないですが、戦争は人間が引き起こすものです。問題はそこなのです。
自分が持つのは正義ではなくただの一つの主義であるということ。
自分たちが向ける主義のむこうにあるのは大きな受難や受けざるを得ない災厄ではなく、もう一つの別の主義だということ。
抗いようもなく突如襲ってきた〈敵〉、どうしようもない災いではなかった国家対国家の戦争、連合国軍という明確な人格を有する人間相手の戦争である太平洋戦争は、長い長い海運の歴史と海運が支えた軍国日本の末路でもありました。貨客船の美しさは武器であり、外貨を稼ぐ技であり、外国人に日本を知らせるための日本帝国の小さな博覧会の会場、船舶は国土の延長であり大日本帝国の延長でもありました。日本海運に対する敗戦後の連合国軍の苛烈な対応を見れば、広くその認識があったに違いない。日本陸海軍の良き妻であった、かもしれません。
しかし忘れてはならないのは、海運はそういった婉曲な文化的加害者でもあったが同時に明確な被害者でもあったという点です。それは船員の損耗率が、海軍や陸軍の比率をはるかに上回るものであることからも理解できます。軍馬や軍鳩や軍犬より劣ると言われ、輸送しては船が沈没し、船が沈没したら文字通り丸裸でした。乗る船も武装もなく、戦場にいるのに軍に身分を保証されていなかった。『野火』には日本兵が日本兵を襲う描写がありますが、そのまま片方が武装のない海員だった場合を想像すればその地獄は理解に難くありません。
加害者の下に被害者がいる、その被害者の下に被害者がいるという構造、加害者にしてもなぜ自分が加害しているのかわからない構造、大きな歯車に組み込まれていること、そうして理不尽が回り続けること、船員が犬を蹴ること、船員が軍馬や軍鳩や軍犬より劣ると兵士に罵られること、一兵が上等兵に制裁を受けること、上等兵が将校に罵倒されビンタされること、将校が天皇陛下の御前にと言いつつもなぜ自分がそう言うのかわからないこと、その状況。
新刊に収録した「それぞれの地獄」というのはその状況を指しています。
等しくあるのは死という末路だけだ。
擬人化ホントに関係ないね。終わり終わり。ありがとうございました。
こんにちは。津崎です。津崎のペーパーです。
津崎のペーパーと言っても書くことがないです。新刊を完成させたのがだいぶ前だったので、書くべき所感とかも既にあまりなく……。
「病院船の顛狂室」プレ本が今回の新刊なのですが、本編を描ける日がいつくるんだろうか。最近は企業擬人化が気になっていて、でも自創作(艦船擬人化)に企業擬人化が挿入されると世界観のバランスが崩れるので難しい。「病院船の顛狂室」に御社を出すの?と聞かれると、あまり出したくないとは思います。ふねの親、はただ人間だけだと良いなと思っているので……(じゃあなんで企業擬人化に興味を持った?)
「病院船の顛狂室」に御社が出てきたら、主人公は船じゃなくて御社になっちゃうと思うんです。組織企業と艦船が主従にならない創作にしたいなとは思っています。
「病院船の顛狂室」はコンスタンチン・コロヴィンの絵画並みの明るさと煌めきと彩度のあった貨客船たちの世界が、戦時下の大政翼賛を経て(世界を彩る色彩という意味でも艦艇改造の表象の意味でも)「灰色」になっていく様を提示するための物語です。
記憶も現実も鮮やかだった時代からだんだんと記憶のみが鮮やかで美しいままで、色褪せた現実との落差の反復をシーンの切り替えの内で繰り返していく。墨で書かれた戦果、戦歴、爆雷の数。思い出すのは五色のテープが鮮やかだったこと。戦闘詳報。荒く書かれた出撃の文字。濃灰のダズル迷彩。第三種軍装の濃緑。食堂室に照る紅鳶色のライト。死者の乾びた黒い血。
なのでカラー漫画、なので長編漫画の予定なのですが、まあ完成させるためには1話1話描くしかないね。がんばりたいです。
本として残っていると本編を描くときの指数になるので、『貨客船の航跡波』みたいな本をもう数冊はつくるかもしれません。
第二次世界戦争による日本商船隊たちの被害を、戦禍の源を災いの由来を「災害のような顔の見えない〈敵〉=抗いようもなく降りかかってきた苦難に立ち向かう」様に描くか描かないかと言われるといや描いていいわけないだろうと思います、が、じゃあ如何にして「災い(概念)」ではなく「太平洋戦争での日本商船隊の苦闘」にするかと言われると難しさを感じます。
観念としての苦難・災いに立ち向かう様は「国を守るため戦った」という言葉の空虚感にも似ていて、なんで守りたかった?なんで守るはめになった?なんで戦った?そもそもなんで戦うはめになった?という話に繋がります。この時に使われる「国」という単語は必ず「国」であって「日本国」でないことが多い気がしています。これは『アンダーグラウンド』の「くに」という言葉の用法(幸福な時代や幸福なユートピアとしての「くに」)に近いのです。
「災い(概念)」前提でなら許されるけど「太平洋戦争の日本商船隊の苦闘」だと「いやなんでそもそも日本国や日本海軍はこんなハチャメチャな状態を許しちゃったのか……」という、(あまりこういう形容はしたくないが)呆れが出てくるのは仕方ないのかもしれません。でもそこも描写すべきなんだろうと思います。呆れるような現実を命令されて軍犬にも劣ると罵られながらも頑張って実行してそのまま沈んで行ったわけです。描写すべきものを描写する時に、「災い(概念)」では描写できないものがあるのです。自然災害は人間の非ではないです。天譴たる災害など存在しません。災害は人間が引き起こすものではないですが、戦争は人間が引き起こすものです。問題はそこなのです。
自分が持つのは正義ではなくただの一つの主義であるということ。
自分たちが向ける主義のむこうにあるのは大きな受難や受けざるを得ない災厄ではなく、もう一つの別の主義だということ。
抗いようもなく突如襲ってきた〈敵〉、どうしようもない災いではなかった国家対国家の戦争、連合国軍という明確な人格を有する人間相手の戦争である太平洋戦争は、長い長い海運の歴史と海運が支えた軍国日本の末路でもありました。貨客船の美しさは武器であり、外貨を稼ぐ技であり、外国人に日本を知らせるための日本帝国の小さな博覧会の会場、船舶は国土の延長であり大日本帝国の延長でもありました。日本海運に対する敗戦後の連合国軍の苛烈な対応を見れば、広くその認識があったに違いない。日本陸海軍の良き妻であった、かもしれません。
しかし忘れてはならないのは、海運はそういった婉曲な文化的加害者でもあったが同時に明確な被害者でもあったという点です。それは船員の損耗率が、海軍や陸軍の比率をはるかに上回るものであることからも理解できます。軍馬や軍鳩や軍犬より劣ると言われ、輸送しては船が沈没し、船が沈没したら文字通り丸裸でした。乗る船も武装もなく、戦場にいるのに軍に身分を保証されていなかった。『野火』には日本兵が日本兵を襲う描写がありますが、そのまま片方が武装のない海員だった場合を想像すればその地獄は理解に難くありません。
加害者の下に被害者がいる、その被害者の下に被害者がいるという構造、加害者にしてもなぜ自分が加害しているのかわからない構造、大きな歯車に組み込まれていること、そうして理不尽が回り続けること、船員が犬を蹴ること、船員が軍馬や軍鳩や軍犬より劣ると兵士に罵られること、一兵が上等兵に制裁を受けること、上等兵が将校に罵倒されビンタされること、将校が天皇陛下の御前にと言いつつもなぜ自分がそう言うのかわからないこと、その状況。
新刊に収録した「それぞれの地獄」というのはその状況を指しています。
等しくあるのは死という末路だけだ。
擬人化ホントに関係ないね。終わり終わり。ありがとうございました。
創作情勢の回顧と展望 2022年5月号(コミティア140)
こんにちは。津崎です。
ペーパーに書くことがなくて急いで文章を書いています。いつもは新刊の解題を書いていることが多いので、そんなことを書こうかなぁと思いつつ言語化が難しくもにょもにょ……と思いながら休みをぼんやりとしています。ふねが見てぇな……。ふねの話もみんなとしたい。そして同人誌語りもしたい。
では、ペーパーの本題としての『永遠のいのち』の話をしたいと思います。
COVID-19対策のための規制もだいぶ緩和されたので、初めて感染が拡大した時の非常事態感をすでに思い出せなくなりつつあることに少し驚いています。
「シン・ゴジラ」で濁流に流されていくボートの群れを見て映画館で気持ち悪くなったことがあったのに、あの映像に何も感じなくなってすでに久しいです。すでにシンゴジを「ポスト3.11(東日本大震災)映画」として観ることができなくなっていることに気づきました。たまたまyoutubeで関連動画として出てきた津波に流されている人たちの動画を見てしまった時に感じた「同じ共同体に属している人が死んでいる」というその場限りで単純で危うい悲しみと使命感のようなものを思い出せるのですが、それもすでに実感としてはついてこないです(まあその共同体への高揚感に限っていえば早く忘れた方が良いのですが……)。
新型コロナ文学の多くやこの『永遠のいのち』も、「そんなことがあったなぁ」という、新型コロナ騒動が記録上だけの存在になったことをあらためて確かめるだけのものになるのかもしれません。あるいは脱新型コロナ化した領土から読む、ただの恋愛や日常や人生の物語として読まれる日が来るのかもしれないと思っています。シンゴジはめっちゃ面白いし価値がある優れた映画なんだけど、それはSF要素やメカミリや非実在の実在性を突き詰めている描写がその面白さを担っている気がします。なので脱3.11化した領土から観るシンゴジはやはり映画として面白い。でも、あの流されるボートや瓦礫、防護服、原発、被災民などのディテールへの「理解」が私に(もしかしたらあなたに)できること、それはやはりあの映画を観ることにおいて重要である気がします。それが「理解」できることは私の強みです。強み、というか、経験した不幸の中から見出せる価値の一つ、そう、たぶんそんなのです。
あなたが東日本大震災下の社会を経験したかどうかは知りません。でも新型コロナ下の社会は経験しています。私とあなたは新型コロナの社会を経験しています。
新型コロナ下のディティールが「理解」として通じる時間を共に過ごしています。新型コロナの経験は不幸ですが、この共通の「理解」は価値のあるものだと考えたいのです。
その時に、あなたにふねの話がしたかったのです。
いまの社会の現状の「理解」ができるあなたに、もしかしたら興味や知識の問題でふねの現状は「理解」できないあなたに、新型コロナ下のふねの話がしたかった。
特に商船の現状の話がしたかった。新型コロナで浮き彫りになったことの一つが観光業への打撃でしたから。今回『永遠のいのち』に登場した一定の船たちは観光業に従事しているといっていい船たちでした。観光船もクルーズ客船もお客が減りましたし、運休もしました。少しは仲間が引退しました。世界的にいえば多くの船が感染症の影響で引退して解体現場や船の墓場へと曳かれていきました。新型コロナ対策の制限が緩和されているといえども今後もそれは続くでしょう。多くの船は末路を迎えるでしょう。不本意で。少し早めで。唐突で。実感のない。そんな終わりを。
私はそんな船のいまの話をしたい。
そしていまの船の命題としての永遠の命の話をしたいと思ったのです。
現在の商船に焦点を当てるときに、永遠の命の話をしようと思いました。
正確にいえば「永遠の命」という常に反語で語られてきたものの話をしようと思ったのです。反語として、有限の命の話として。
終わりに曳かれていくかもしれないという不安を抱えている船と、終わりに曳かれていく不安のない船だったものを対比させることによりそれは鮮やかに浮き彫りになるのではないかと考えました。
コロナ禍の飛鳥Ⅱに対して解体されることがない氷川丸が語る「永遠の命」は死ぬことに似ています、そして沈んだことや解体されたこととほぼ同じでした。ふねは海を往ってこそのもの、それはふねの大前提だからです。だから氷川丸は最期への怯えを見せた飛鳥Ⅱに向かって永遠の命が欲しくないかと尋ねます。本当に永遠の命が欲しいのか?本当に?そんなわけないだろう?これは先達なりの応援の言葉です。反語としての提示でした。
ここから飛鳥Ⅱはこの先を見出すのだと思います。また氷川丸以外の多くの現役船たちもそれぞれがそれぞれのきっかけで再び未来を見出していくのでしょう。有限の命の有限の使い方を。シーバス、シーフレンド7。ロサ・アルバ、ゆめはま。マリーン・ルージュ。にっぽん丸。飛鳥Ⅱ。ほかあまたのふねたちも。永遠の鈍りではなく一瞬の燃えるような生を彼らは歩んでいきます。おそらくは。収支と物理的耐久の許す限り。収支といえば、商いのための船という命題も描いたつもりです。存在意義の一つですから。
物語は予兆だけを残して終わりました。来たるべき「未来」を物語にするには2020年-2021年の連載時では早すぎました。ふねたちが、特に物流や観光を商売とする商船たちが経験した不幸の中から何かを見出すことはまだないのでは、仮に見出していたとしてもそれを物語として落とし込むことは時期尚早なのでは、と考えざるを得ませんでした。新型コロナの惨禍はいまも続いているからです。
だから、私はそのまま「そこにある」をとっておくように努めて描きました。あるがままとしてその状況を描いておく。答えは五年後、十年後にわかるかもしれない。未来にこの同人誌を蔵書から見つけて「彼らにそんなこともあったなぁ」と笑ってあげたいのです。十年後の未来で、新型コロナの終息した未来で。彼らが答えをだすことを、未来があることを、五年後十年後があることを確信したいのです。その予兆と私の期待を、この物語から感じ取って頂けたらこれ以上の幸せはありません。そしてなによりも、この物語を、人間たちの感染症のために忌避された船、不安にくれた船、未来を信じられなかった船、存在意義を果たせなかった船、またそれによる経営悪化や赤字という極めて商船的な理由のため、番狂わせで唐突な"終わり"を迎えた船たちに無力ながら捧げたいと思います。この度はお手に取っていただきほんとうにありがとうございました。
こんにちは。津崎です。
ペーパーに書くことがなくて急いで文章を書いています。いつもは新刊の解題を書いていることが多いので、そんなことを書こうかなぁと思いつつ言語化が難しくもにょもにょ……と思いながら休みをぼんやりとしています。ふねが見てぇな……。ふねの話もみんなとしたい。そして同人誌語りもしたい。
では、ペーパーの本題としての『永遠のいのち』の話をしたいと思います。
COVID-19対策のための規制もだいぶ緩和されたので、初めて感染が拡大した時の非常事態感をすでに思い出せなくなりつつあることに少し驚いています。
「シン・ゴジラ」で濁流に流されていくボートの群れを見て映画館で気持ち悪くなったことがあったのに、あの映像に何も感じなくなってすでに久しいです。すでにシンゴジを「ポスト3.11(東日本大震災)映画」として観ることができなくなっていることに気づきました。たまたまyoutubeで関連動画として出てきた津波に流されている人たちの動画を見てしまった時に感じた「同じ共同体に属している人が死んでいる」というその場限りで単純で危うい悲しみと使命感のようなものを思い出せるのですが、それもすでに実感としてはついてこないです(まあその共同体への高揚感に限っていえば早く忘れた方が良いのですが……)。
新型コロナ文学の多くやこの『永遠のいのち』も、「そんなことがあったなぁ」という、新型コロナ騒動が記録上だけの存在になったことをあらためて確かめるだけのものになるのかもしれません。あるいは脱新型コロナ化した領土から読む、ただの恋愛や日常や人生の物語として読まれる日が来るのかもしれないと思っています。シンゴジはめっちゃ面白いし価値がある優れた映画なんだけど、それはSF要素やメカミリや非実在の実在性を突き詰めている描写がその面白さを担っている気がします。なので脱3.11化した領土から観るシンゴジはやはり映画として面白い。でも、あの流されるボートや瓦礫、防護服、原発、被災民などのディテールへの「理解」が私に(もしかしたらあなたに)できること、それはやはりあの映画を観ることにおいて重要である気がします。それが「理解」できることは私の強みです。強み、というか、経験した不幸の中から見出せる価値の一つ、そう、たぶんそんなのです。
あなたが東日本大震災下の社会を経験したかどうかは知りません。でも新型コロナ下の社会は経験しています。私とあなたは新型コロナの社会を経験しています。
新型コロナ下のディティールが「理解」として通じる時間を共に過ごしています。新型コロナの経験は不幸ですが、この共通の「理解」は価値のあるものだと考えたいのです。
その時に、あなたにふねの話がしたかったのです。
いまの社会の現状の「理解」ができるあなたに、もしかしたら興味や知識の問題でふねの現状は「理解」できないあなたに、新型コロナ下のふねの話がしたかった。
特に商船の現状の話がしたかった。新型コロナで浮き彫りになったことの一つが観光業への打撃でしたから。今回『永遠のいのち』に登場した一定の船たちは観光業に従事しているといっていい船たちでした。観光船もクルーズ客船もお客が減りましたし、運休もしました。少しは仲間が引退しました。世界的にいえば多くの船が感染症の影響で引退して解体現場や船の墓場へと曳かれていきました。新型コロナ対策の制限が緩和されているといえども今後もそれは続くでしょう。多くの船は末路を迎えるでしょう。不本意で。少し早めで。唐突で。実感のない。そんな終わりを。
私はそんな船のいまの話をしたい。
そしていまの船の命題としての永遠の命の話をしたいと思ったのです。
現在の商船に焦点を当てるときに、永遠の命の話をしようと思いました。
正確にいえば「永遠の命」という常に反語で語られてきたものの話をしようと思ったのです。反語として、有限の命の話として。
終わりに曳かれていくかもしれないという不安を抱えている船と、終わりに曳かれていく不安のない船だったものを対比させることによりそれは鮮やかに浮き彫りになるのではないかと考えました。
コロナ禍の飛鳥Ⅱに対して解体されることがない氷川丸が語る「永遠の命」は死ぬことに似ています、そして沈んだことや解体されたこととほぼ同じでした。ふねは海を往ってこそのもの、それはふねの大前提だからです。だから氷川丸は最期への怯えを見せた飛鳥Ⅱに向かって永遠の命が欲しくないかと尋ねます。本当に永遠の命が欲しいのか?本当に?そんなわけないだろう?これは先達なりの応援の言葉です。反語としての提示でした。
ここから飛鳥Ⅱはこの先を見出すのだと思います。また氷川丸以外の多くの現役船たちもそれぞれがそれぞれのきっかけで再び未来を見出していくのでしょう。有限の命の有限の使い方を。シーバス、シーフレンド7。ロサ・アルバ、ゆめはま。マリーン・ルージュ。にっぽん丸。飛鳥Ⅱ。ほかあまたのふねたちも。永遠の鈍りではなく一瞬の燃えるような生を彼らは歩んでいきます。おそらくは。収支と物理的耐久の許す限り。収支といえば、商いのための船という命題も描いたつもりです。存在意義の一つですから。
物語は予兆だけを残して終わりました。来たるべき「未来」を物語にするには2020年-2021年の連載時では早すぎました。ふねたちが、特に物流や観光を商売とする商船たちが経験した不幸の中から何かを見出すことはまだないのでは、仮に見出していたとしてもそれを物語として落とし込むことは時期尚早なのでは、と考えざるを得ませんでした。新型コロナの惨禍はいまも続いているからです。
だから、私はそのまま「そこにある」をとっておくように努めて描きました。あるがままとしてその状況を描いておく。答えは五年後、十年後にわかるかもしれない。未来にこの同人誌を蔵書から見つけて「彼らにそんなこともあったなぁ」と笑ってあげたいのです。十年後の未来で、新型コロナの終息した未来で。彼らが答えをだすことを、未来があることを、五年後十年後があることを確信したいのです。その予兆と私の期待を、この物語から感じ取って頂けたらこれ以上の幸せはありません。そしてなによりも、この物語を、人間たちの感染症のために忌避された船、不安にくれた船、未来を信じられなかった船、存在意義を果たせなかった船、またそれによる経営悪化や赤字という極めて商船的な理由のため、番狂わせで唐突な"終わり"を迎えた船たちに無力ながら捧げたいと思います。この度はお手に取っていただきほんとうにありがとうございました。
「オペラを愛しオペラの音色に酔いしれながら出撃奔放し殺戮する悪趣味な特設巡洋艦、未だ貨客船の身を忘れられぬが船を狩る行動は戦闘艦そのもの」と自身を評され、愛国丸は心外だと憤慨した。オペラも戦争も、両方とも確かに芸術ではないか。技巧が全てを言うのだ。
#愛国丸
#愛国丸
いっとう耀うもの
己の現身たる潜水艦の中で手持ち無沙汰に読んだ本の中の世界は、だんだんと毒が回るように核の汚染で破滅していって、最後は南半球のオーストラリアの車の中で薬を飲んで安楽死するところで話は終わった。あーこの自堕落で緩慢になっていく感じ、どっかでぼくも体験したことがあるぞと興奮したけれど、どこで体験したのかは遂に思い出せなかった。どこだっけ。そんなに遠くじゃないと思うんだけど。最近の話だった気もするし。ぼくはうんうん唸ってあれこれ思案したけれど、自堕落で緩慢になって死に至る感覚なんて、努めて思い出しても楽しくはないと気づいて思い出すのはやめた。
夜遅くのヴェルニー公園を歩くと、対岸に見えるのはおなじみの海上自衛隊の横須賀の潜水艦基地だ。打ちつける波の音は小さく、ぼくが踏みつけるデッキが軋む音だけが大きく響いた。B1バースには、ぼくとずいくんとおやしお型の一隻が留まっている。普段はあちらからこちらを見るのに慣れているので、なんだか不思議な景色だった。こっちは日本で娑婆で、あちらはアメリカ合衆国の基地アンド海上自衛隊の潜水艦の基地がある。近くて遠い。時折潜水艦乗員の家族たちが、このデッキから潜水艦たちを見つめているのをぼくは知っていた。うーん、やっぱり遠い。
汐入桟橋には、横須賀軍港めぐりのアイドル・シーフレンド7ちゃんが留まっている。とっくに彼女のおうちは閉店がらがら本日は終了しましたのようだった。彼女の喫水は心なしか浅い。白抜きで数字の描かれた赤地のおなかがチラと見えている。あの子が夜に横須賀の街を歩いているのを見たことがないということに、ぼくは今更ながら気づいたのだった。箱入り娘なので夜の外出は禁じられているのか、それとも就寝時間が早いのか。夜更ける星空の下、あの子はもうすでにベッドのなかで夢を見ているのだろうか。小さな遊覧船が行けるはずのない、果てしない海の夢を。
ぼんやり思いに耽っていたけど帰らないと本当に怒られてしまうぞ、そう思いヴェルニー公園のデッキをぎしぎしと踏み鳴らし急ぎ足で歩いていたら、前から突如現れたのは三人組の黒い忍者、強力な攻撃型潜水艦たちだった。まずい、不覚。
「ちょっとごめんね~。今、大丈夫かな?」
「あっ……はい」
「君は何をしてるの?帰宅途中?」
「はい、そうです。へへ」
「申し訳ないんだけどさ~、学生証とか持ってる?」
「あっ学生じゃないんです……」
「働いてるの?」
「そうです」
「身分証明書って持ってるかな?」
慌ててこそこそと海上自衛官身分証明書(艦霊特別仕様)を出す。この身分証明書は海上自衛隊内で使うものというより、こうして外でトラブル――ここでは予期せぬおっちゃん警官三人の群狼作戦での補導――があったときに提示するためのものだ。書かれている年齢は、基本的にどの艦も十八歳以上になっている。ぼくも十八歳だ。ちょっと無理があるんじゃないかと自分でも思っている。十八歳て。この見た目で。
「自衛隊に勤めてるの!?へー!」
「です」
「ふーん、すごいね~。海上自衛隊なんだ。すぐそこじゃん」
「です~」
「………………十八歳なんだ?」
「ですです~」
「なんのお仕事してるの?」
「せんすいかんをやっている……?」
「潜水艦?潜水艦に乗ってるの?すごーい」
「へへっ」
「知ってる~潜水艦の乗組員ってお給料いいんでしょ?沈むの大変だもんね」
「へへへ」
「まあいいや。夜遅くにあまり歩かないようにね。邪魔はしないけど。とりあえず気をつけて帰ってね」
「この国のことよろしくね~。おじさんたちもがんばるからね。ピース!」
「ピース!」
二本指でピースをしながら警官三人を見送る。束の間の対潜爆弾攻撃は、どうやら終わったようだった。
それをすぐに意識から追いやって急いで基地内の私室に帰ると、そこで待っていたのは若干不機嫌そうな顔をしたずいくんだった。遅いよお心配しちゃったじゃんかあカツアゲにでもあってるのかもって思ってえ~ごめんねえカツアゲにあってないけどなんか似たような絡まれ方はしちゃって遅れちゃったんだよお~ええええ大丈夫だったあ~みたいな、いつも通りともいえる応酬をして、しばらく一緒にNintendo Switchで遊んだ後、いそいそとベッドにもぐりこんだ。電灯を消す。真っ暗だ。静寂。それでも夜の横須賀からはあまり星は見えない。暗闇の部屋の中でぼそぼそと会話をしながら、だんだんと眠りに引き込まれていく瞬間がぼくは好きだ。ずいくんのさわさわしたこそばゆい囁き声が好きだ。今日はすこし寒かったねえ明日は晴れると良いねえ、今度一緒に鎌倉にでも行こうよ、きっと楽しいよ。一瞬のまどろみのなかでぼくは気づく。あ、これだ、自堕落に緩慢していく感じって。なんか好きだなあ。今日はもうおやすみ。
(潜水艦ずいりゅうとこくりゅう)
2017年頃
己の現身たる潜水艦の中で手持ち無沙汰に読んだ本の中の世界は、だんだんと毒が回るように核の汚染で破滅していって、最後は南半球のオーストラリアの車の中で薬を飲んで安楽死するところで話は終わった。あーこの自堕落で緩慢になっていく感じ、どっかでぼくも体験したことがあるぞと興奮したけれど、どこで体験したのかは遂に思い出せなかった。どこだっけ。そんなに遠くじゃないと思うんだけど。最近の話だった気もするし。ぼくはうんうん唸ってあれこれ思案したけれど、自堕落で緩慢になって死に至る感覚なんて、努めて思い出しても楽しくはないと気づいて思い出すのはやめた。
夜遅くのヴェルニー公園を歩くと、対岸に見えるのはおなじみの海上自衛隊の横須賀の潜水艦基地だ。打ちつける波の音は小さく、ぼくが踏みつけるデッキが軋む音だけが大きく響いた。B1バースには、ぼくとずいくんとおやしお型の一隻が留まっている。普段はあちらからこちらを見るのに慣れているので、なんだか不思議な景色だった。こっちは日本で娑婆で、あちらはアメリカ合衆国の基地アンド海上自衛隊の潜水艦の基地がある。近くて遠い。時折潜水艦乗員の家族たちが、このデッキから潜水艦たちを見つめているのをぼくは知っていた。うーん、やっぱり遠い。
汐入桟橋には、横須賀軍港めぐりのアイドル・シーフレンド7ちゃんが留まっている。とっくに彼女のおうちは閉店がらがら本日は終了しましたのようだった。彼女の喫水は心なしか浅い。白抜きで数字の描かれた赤地のおなかがチラと見えている。あの子が夜に横須賀の街を歩いているのを見たことがないということに、ぼくは今更ながら気づいたのだった。箱入り娘なので夜の外出は禁じられているのか、それとも就寝時間が早いのか。夜更ける星空の下、あの子はもうすでにベッドのなかで夢を見ているのだろうか。小さな遊覧船が行けるはずのない、果てしない海の夢を。
ぼんやり思いに耽っていたけど帰らないと本当に怒られてしまうぞ、そう思いヴェルニー公園のデッキをぎしぎしと踏み鳴らし急ぎ足で歩いていたら、前から突如現れたのは三人組の黒い忍者、強力な攻撃型潜水艦たちだった。まずい、不覚。
「ちょっとごめんね~。今、大丈夫かな?」
「あっ……はい」
「君は何をしてるの?帰宅途中?」
「はい、そうです。へへ」
「申し訳ないんだけどさ~、学生証とか持ってる?」
「あっ学生じゃないんです……」
「働いてるの?」
「そうです」
「身分証明書って持ってるかな?」
慌ててこそこそと海上自衛官身分証明書(艦霊特別仕様)を出す。この身分証明書は海上自衛隊内で使うものというより、こうして外でトラブル――ここでは予期せぬおっちゃん警官三人の群狼作戦での補導――があったときに提示するためのものだ。書かれている年齢は、基本的にどの艦も十八歳以上になっている。ぼくも十八歳だ。ちょっと無理があるんじゃないかと自分でも思っている。十八歳て。この見た目で。
「自衛隊に勤めてるの!?へー!」
「です」
「ふーん、すごいね~。海上自衛隊なんだ。すぐそこじゃん」
「です~」
「………………十八歳なんだ?」
「ですです~」
「なんのお仕事してるの?」
「せんすいかんをやっている……?」
「潜水艦?潜水艦に乗ってるの?すごーい」
「へへっ」
「知ってる~潜水艦の乗組員ってお給料いいんでしょ?沈むの大変だもんね」
「へへへ」
「まあいいや。夜遅くにあまり歩かないようにね。邪魔はしないけど。とりあえず気をつけて帰ってね」
「この国のことよろしくね~。おじさんたちもがんばるからね。ピース!」
「ピース!」
二本指でピースをしながら警官三人を見送る。束の間の対潜爆弾攻撃は、どうやら終わったようだった。
それをすぐに意識から追いやって急いで基地内の私室に帰ると、そこで待っていたのは若干不機嫌そうな顔をしたずいくんだった。遅いよお心配しちゃったじゃんかあカツアゲにでもあってるのかもって思ってえ~ごめんねえカツアゲにあってないけどなんか似たような絡まれ方はしちゃって遅れちゃったんだよお~ええええ大丈夫だったあ~みたいな、いつも通りともいえる応酬をして、しばらく一緒にNintendo Switchで遊んだ後、いそいそとベッドにもぐりこんだ。電灯を消す。真っ暗だ。静寂。それでも夜の横須賀からはあまり星は見えない。暗闇の部屋の中でぼそぼそと会話をしながら、だんだんと眠りに引き込まれていく瞬間がぼくは好きだ。ずいくんのさわさわしたこそばゆい囁き声が好きだ。今日はすこし寒かったねえ明日は晴れると良いねえ、今度一緒に鎌倉にでも行こうよ、きっと楽しいよ。一瞬のまどろみのなかでぼくは気づく。あ、これだ、自堕落に緩慢していく感じって。なんか好きだなあ。今日はもうおやすみ。
(潜水艦ずいりゅうとこくりゅう)
2017年頃
「Une Barque sur L'Ocean」
アナウンスは空でもいえます。すべてそらんじられるんです。ときどき寝言でも、ひとりでごにょごにょいっているらしいです。長旗がはためいている汐入桟橋をはなれる、スタッフさんたちが手を振りながらお客さまとわたしを見おくる、桟橋とそのうえの人影が小さくなってゆく――「みなさま、お待たせしました、本船はこれより桟橋を出港していきます」「本日は、YOKOSUKA軍港めぐりにご乗船いただき、まことにありがとうございます」。浅い海を蹴っていくんです、海はだんだんと深く、濃く、つめたく、美しくなってゆくのがわかる。その感覚がとてもきもちいい。
……あっ、ぼうっとしてる場合じゃないわ!案内人さんのアナウンスがすぐに右にみえる潜水艦の存在を知らせるのです、「普段は一隻もいない日もあるんですよ」。潜水艦さんたちはすぐにどこか、知らないところにいなくなってしまうから。「みなさま、めずらしい潜水艦を見れて、とてもとてもラッキーでしたね」。わたしたち遊覧船とはちがって、自分の名前を知られないことを誇らねばならないふねもいるのです。美しい小旗にも白い船体にも縁のないふね、風船や紙テープは生まれた瞬間のあとには縁のないふね、千四百円を払っても乗ることのできないふねたち……。
この港には、いろんな国のいろんな艦船がいます。軍艦、護衛艦、空母、えい船さん……除籍された、かつて艦だったものたち……ときどき抗議をしにくるふねたち。ひどく騒がしく、荒々しい港だと思います。最初は、彼らの大きなすがたに戸惑うことも多くありました。そんな彼らすべての名前と存在理由とを把握して、土壇場の、本番一発勝負でアナウンスをするのです。
気づいたらさっきいた艦がいないし、知らないあいだにどこかの艦艇があたりまえの顔をして入港してくる。前方から入港してきたのは……いま前方で停泊しているのは……。「85番『マッキャンベル』、そしてそのおとなりが52番の『バリー』」……「イージス艦の一隻の建造費用は約千五百億円、世界に百隻ほどしかいないイージス艦が、ここに十隻もいるんです」……「合計一兆五千億円の風景です」……「百万ドルの夜景なんて目じゃありませんね」(わらう)……「前方右に見えてきました、あれが原子力空母『ロナルド・レーガン』です」「あそこはここからしか見れませんよ、この軍港めぐりの船の上からしか見れません、この船の上からよおく、見ておいてくださいね」。この船のうえから……(小さく呟き、沈黙)。
……大変な苦労だと思います。わたしもなんどか、あのアナウンスをやらせていただいたことがあるんです。せがんだんですよ、自分から(わらう)。わたしにだってできるわ!やってみたいの!やらせてよ!そういってやらせていただきました。困らせてしまったと、いまでは思っています。
できるんです、わたしにも。アナウンスが。毎日なんども聞いていたからなのか、わたしがそういうふうに生まれているからなのか、それはわたしにもわかりません。でもできるの。アナウンスをするときだけはよく話すね、ってみんなにいわれます(わらう)。アナウンスのときはとてもなめらかに話せるね、きっとそういう星のもとにうまれたんだね……。
わたしのおねえさまは――「シーフレンドⅤ」です、いまは「ルーカス」――昔はもっと大変だったわ、といっていました。券売所だって小さかったし、わたしだって小さかったから乗せられるお客さまの数もかぎられるし、なによりそう、この海の居心地がとてもわるかったの、って。
軍港めぐりがはじまった当初は、艦艇さんたちは遊覧船にたいしてあまりいい顔をしなかったらしいのです。軍港の中を小船がなんども行ったり来たりしてたら邪魔だし、目ざわりだし、自分たちが見せものあつかいされるのは、あまりきもちいいものではなかったのかもしれません。ここはおれたちの海なんだぞ!ここは横須賀なんだから……軍港なんだから(沈黙)。米軍の船がうしろから追いかけてくることもあったらしいの。小さな船が、大きな艦艇たちのあいまをぬって監視されながら泳ぐのは、とてもこわかったとおもいます。「お客さまが手を振っても振りかえしてくれないさみしさ、まるでそこにいないかのように無視されるかなしさ、あるいはアメリカさんに追いかけまわされることの怖さ」……そういうことを、あとひとはあの小さな身で経験していたんです。
その分、わたしはとても恵まれています。艦艇さんたちはお客さまとわたしに手を振ってくれる。陸で会うとおしゃべりもするの。今日は波が高かったよね、大丈夫だった?とか。「十一時の便、きりしまの入港が間近で見れて当たりだったよね」とか(わらう)。アメリカの艦艇さんもわたしをおもしろい小船だとおもっているのか、やさしい英語で話しかけてくれます。なにもかも、先代の苦労のおかげです。
まえに一度、横浜のロサ・アルバ嬢に聞かれたことがあるんです、横須賀の海って怖くないの?って……「艦艇さんって、一般公開のために一隻でいるときはとても紳士的なふねにみえるけど、集団で並んでいるとすこし怖いよね」ってあの子はいうの(わらう)。
だからわたしはいいました、「怖くないわ、彼らはわたしに手を振りかえしてくれるんですもの」って。「あっ!乗組員の皆さんが大きく手を振ってくださっていますね、ありがとうございます」そしてわたしも、大きく大きく手を振りかえすのです、本当に、本当に本当に、本当にありがとう!ありがとう、わたしに親愛を示してくれて……任務中でも無視しないでくれて……軍港に泳ぐ遊覧船をうけいれてくれて(沈黙)
……わたしと彼らのあいだには、先代から積みかさねた長いつきあいがある……信頼があると、そう思っています。艦たちと船に。そしてそれらに乗っている人びととの間に……。本当のところ、あちらはこちらをどう思ってるかはわからないけれど(わらう)……好きなんです。この港が、この軍港が。横須賀軍港の海を泳ぐ遊覧船であることに、とてもつよい愛着があるんです。
横須賀消磁所のあいだから見える広い海、あの景色をいつも夢に見ます。わたしは大海原に揺蕩う小船。きっと、わたしはベッドのなかでごにょごにょいってるんだとおもいます。みなさま、大海原が見えてきました、一面の美しい青色です、今日はお天気もよく海上がよく見わたせます、前方のはるか遠くにいるあの艦の名前は――
#シーフレンド7
数年前に書いた小説なので、数年前の設定になっています。
アナウンスは空でもいえます。すべてそらんじられるんです。ときどき寝言でも、ひとりでごにょごにょいっているらしいです。長旗がはためいている汐入桟橋をはなれる、スタッフさんたちが手を振りながらお客さまとわたしを見おくる、桟橋とそのうえの人影が小さくなってゆく――「みなさま、お待たせしました、本船はこれより桟橋を出港していきます」「本日は、YOKOSUKA軍港めぐりにご乗船いただき、まことにありがとうございます」。浅い海を蹴っていくんです、海はだんだんと深く、濃く、つめたく、美しくなってゆくのがわかる。その感覚がとてもきもちいい。
……あっ、ぼうっとしてる場合じゃないわ!案内人さんのアナウンスがすぐに右にみえる潜水艦の存在を知らせるのです、「普段は一隻もいない日もあるんですよ」。潜水艦さんたちはすぐにどこか、知らないところにいなくなってしまうから。「みなさま、めずらしい潜水艦を見れて、とてもとてもラッキーでしたね」。わたしたち遊覧船とはちがって、自分の名前を知られないことを誇らねばならないふねもいるのです。美しい小旗にも白い船体にも縁のないふね、風船や紙テープは生まれた瞬間のあとには縁のないふね、千四百円を払っても乗ることのできないふねたち……。
この港には、いろんな国のいろんな艦船がいます。軍艦、護衛艦、空母、えい船さん……除籍された、かつて艦だったものたち……ときどき抗議をしにくるふねたち。ひどく騒がしく、荒々しい港だと思います。最初は、彼らの大きなすがたに戸惑うことも多くありました。そんな彼らすべての名前と存在理由とを把握して、土壇場の、本番一発勝負でアナウンスをするのです。
気づいたらさっきいた艦がいないし、知らないあいだにどこかの艦艇があたりまえの顔をして入港してくる。前方から入港してきたのは……いま前方で停泊しているのは……。「85番『マッキャンベル』、そしてそのおとなりが52番の『バリー』」……「イージス艦の一隻の建造費用は約千五百億円、世界に百隻ほどしかいないイージス艦が、ここに十隻もいるんです」……「合計一兆五千億円の風景です」……「百万ドルの夜景なんて目じゃありませんね」(わらう)……「前方右に見えてきました、あれが原子力空母『ロナルド・レーガン』です」「あそこはここからしか見れませんよ、この軍港めぐりの船の上からしか見れません、この船の上からよおく、見ておいてくださいね」。この船のうえから……(小さく呟き、沈黙)。
……大変な苦労だと思います。わたしもなんどか、あのアナウンスをやらせていただいたことがあるんです。せがんだんですよ、自分から(わらう)。わたしにだってできるわ!やってみたいの!やらせてよ!そういってやらせていただきました。困らせてしまったと、いまでは思っています。
できるんです、わたしにも。アナウンスが。毎日なんども聞いていたからなのか、わたしがそういうふうに生まれているからなのか、それはわたしにもわかりません。でもできるの。アナウンスをするときだけはよく話すね、ってみんなにいわれます(わらう)。アナウンスのときはとてもなめらかに話せるね、きっとそういう星のもとにうまれたんだね……。
わたしのおねえさまは――「シーフレンドⅤ」です、いまは「ルーカス」――昔はもっと大変だったわ、といっていました。券売所だって小さかったし、わたしだって小さかったから乗せられるお客さまの数もかぎられるし、なによりそう、この海の居心地がとてもわるかったの、って。
軍港めぐりがはじまった当初は、艦艇さんたちは遊覧船にたいしてあまりいい顔をしなかったらしいのです。軍港の中を小船がなんども行ったり来たりしてたら邪魔だし、目ざわりだし、自分たちが見せものあつかいされるのは、あまりきもちいいものではなかったのかもしれません。ここはおれたちの海なんだぞ!ここは横須賀なんだから……軍港なんだから(沈黙)。米軍の船がうしろから追いかけてくることもあったらしいの。小さな船が、大きな艦艇たちのあいまをぬって監視されながら泳ぐのは、とてもこわかったとおもいます。「お客さまが手を振っても振りかえしてくれないさみしさ、まるでそこにいないかのように無視されるかなしさ、あるいはアメリカさんに追いかけまわされることの怖さ」……そういうことを、あとひとはあの小さな身で経験していたんです。
その分、わたしはとても恵まれています。艦艇さんたちはお客さまとわたしに手を振ってくれる。陸で会うとおしゃべりもするの。今日は波が高かったよね、大丈夫だった?とか。「十一時の便、きりしまの入港が間近で見れて当たりだったよね」とか(わらう)。アメリカの艦艇さんもわたしをおもしろい小船だとおもっているのか、やさしい英語で話しかけてくれます。なにもかも、先代の苦労のおかげです。
まえに一度、横浜のロサ・アルバ嬢に聞かれたことがあるんです、横須賀の海って怖くないの?って……「艦艇さんって、一般公開のために一隻でいるときはとても紳士的なふねにみえるけど、集団で並んでいるとすこし怖いよね」ってあの子はいうの(わらう)。
だからわたしはいいました、「怖くないわ、彼らはわたしに手を振りかえしてくれるんですもの」って。「あっ!乗組員の皆さんが大きく手を振ってくださっていますね、ありがとうございます」そしてわたしも、大きく大きく手を振りかえすのです、本当に、本当に本当に、本当にありがとう!ありがとう、わたしに親愛を示してくれて……任務中でも無視しないでくれて……軍港に泳ぐ遊覧船をうけいれてくれて(沈黙)
……わたしと彼らのあいだには、先代から積みかさねた長いつきあいがある……信頼があると、そう思っています。艦たちと船に。そしてそれらに乗っている人びととの間に……。本当のところ、あちらはこちらをどう思ってるかはわからないけれど(わらう)……好きなんです。この港が、この軍港が。横須賀軍港の海を泳ぐ遊覧船であることに、とてもつよい愛着があるんです。
横須賀消磁所のあいだから見える広い海、あの景色をいつも夢に見ます。わたしは大海原に揺蕩う小船。きっと、わたしはベッドのなかでごにょごにょいってるんだとおもいます。みなさま、大海原が見えてきました、一面の美しい青色です、今日はお天気もよく海上がよく見わたせます、前方のはるか遠くにいるあの艦の名前は――
#シーフレンド7
数年前に書いた小説なので、数年前の設定になっています。
十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたい
十時便と十一時便、いつも迷ってしまいますね~。県外から越境して横須賀に来ると、大体着くのが九時過ぎになってしまいます。横須賀駅から券売所まで駆け足で行っても、横目で見る汐入桟橋にはすでに十時便の乗客がずらっと並んでいるんです。なのでまあ私が並ぶ頃には列も後方ですよね。これは痛いです。艦を撮るにもいい席が取れないので……。右前方の席に突進する権利を失ったも同然です。
私がコースカベイサイドストアーズの二階入口付近で「う~ん……十時便と取ろうか、十一時便を取ろうか……」などとぼやいていたところ、赤いリボンをつけた可愛い女の子が通りがかって、「軍港めぐりに乗るんですか?」と尋ねてきました。クラスでいちばん可愛い女の子にオタバレしたような後ろめたさを感じたものの、「そうなんですよ~。どの時間帯がいちばんいいのか悩んでしまって……」とつい答えちゃって。で、その女の子は「十時便はもう結構な人が並んでますものね」なんて答えてくれて……。おおっわかってるな!と嬉しくなりました。「十時便を流して十一時便に並ぶのがいちばん良い写真が撮れるのかな」「でも十一時便だと逆光の強さが変わってくる」などと一方的にまくし立ててしまいました。でも私がふと「だけど十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたいんですよね……」と呟いたところ、その女の子はとても嬉しそうにうなずいていまして……。「写真を撮るのも楽しいですけど、船に乗ることも気持ちいいですよね」と彼女は笑っていて、そうだよなぁ、わたしはいつの間にか写真を撮ることばかりに気を取られていた気がする……ととたんに申し訳なさがつもってしまい……。誰に対して申し訳ないんだかわからなかったですけど(笑う)。
そんなわけで十時便を選び、後方中央の席に座りながら艦艇たちを眺めておりました。こうして見ていると船上の人間たちも面白く眺められるというか、大砲のようなカメラを構えている人、デジカメで慎ましく写真を撮る人、アナウンスに頷く観光客も十分に軍港めぐりの情景でした。レンズ越しに海と艦を見ていると見落としがちなんですけど……。風と船に揺られる感覚がとても気持ちよかったです。
いつも通り抽選は当たりませんでしたが、なにか良いものに当たった気がしました。思えばあの赤いリボンの女の子が、この船、シーフレンド7ちゃんだったんですかね?
(スターバックスコーヒー コースカベイサイドストアーズ店にて 原晴美)
#シーフレンド7
十時便と十一時便、いつも迷ってしまいますね~。県外から越境して横須賀に来ると、大体着くのが九時過ぎになってしまいます。横須賀駅から券売所まで駆け足で行っても、横目で見る汐入桟橋にはすでに十時便の乗客がずらっと並んでいるんです。なのでまあ私が並ぶ頃には列も後方ですよね。これは痛いです。艦を撮るにもいい席が取れないので……。右前方の席に突進する権利を失ったも同然です。
私がコースカベイサイドストアーズの二階入口付近で「う~ん……十時便と取ろうか、十一時便を取ろうか……」などとぼやいていたところ、赤いリボンをつけた可愛い女の子が通りがかって、「軍港めぐりに乗るんですか?」と尋ねてきました。クラスでいちばん可愛い女の子にオタバレしたような後ろめたさを感じたものの、「そうなんですよ~。どの時間帯がいちばんいいのか悩んでしまって……」とつい答えちゃって。で、その女の子は「十時便はもう結構な人が並んでますものね」なんて答えてくれて……。おおっわかってるな!と嬉しくなりました。「十時便を流して十一時便に並ぶのがいちばん良い写真が撮れるのかな」「でも十一時便だと逆光の強さが変わってくる」などと一方的にまくし立ててしまいました。でも私がふと「だけど十時便の朝の風の気持ちよさも捨てがたいんですよね……」と呟いたところ、その女の子はとても嬉しそうにうなずいていまして……。「写真を撮るのも楽しいですけど、船に乗ることも気持ちいいですよね」と彼女は笑っていて、そうだよなぁ、わたしはいつの間にか写真を撮ることばかりに気を取られていた気がする……ととたんに申し訳なさがつもってしまい……。誰に対して申し訳ないんだかわからなかったですけど(笑う)。
そんなわけで十時便を選び、後方中央の席に座りながら艦艇たちを眺めておりました。こうして見ていると船上の人間たちも面白く眺められるというか、大砲のようなカメラを構えている人、デジカメで慎ましく写真を撮る人、アナウンスに頷く観光客も十分に軍港めぐりの情景でした。レンズ越しに海と艦を見ていると見落としがちなんですけど……。風と船に揺られる感覚がとても気持ちよかったです。
いつも通り抽選は当たりませんでしたが、なにか良いものに当たった気がしました。思えばあの赤いリボンの女の子が、この船、シーフレンド7ちゃんだったんですかね?
(スターバックスコーヒー コースカベイサイドストアーズ店にて 原晴美)
#シーフレンド7
一人の舞踏会
血と、泥と、波間に被る生臭い潮水と、腐肉の饐えたにおい。美しいワルツを踊った脚で千切れかけた人の手足を跨ぎ、血の海に滑りながらナチュラルターン、一瞬止まってアン、ドゥ、トロワ。リバースターン、小休止、小休止。半歩進んで足が留まる、小休止。小休止。小休止。休みたい。休んでいたい。一生休んでいたい、ほんとうは一生休んでいたいもうこんなところにいたくない、なにも感じずにいたいなにも感じていたくないすべて終わらせたい。でもなにも感じなくなるそれまで走らねばならない、すべて終わるまで進まなければならない僕はこの舞台を降りることはできない、僕はこの病院船を降りることなどできないここで止まったらしゃがみ込んだら諦めたら一生立てなくなる進めなくなる、また再びなるであろうなるに決まっているであろう麗しい貨客船に僕は戻れなくなる。そう己を奮い立たせて一歩おおきく脚を滑らせ、白い太陽の陽が射しこむプロムナード・デッキを狂ったように駆け回る。
#氷川丸
血と、泥と、波間に被る生臭い潮水と、腐肉の饐えたにおい。美しいワルツを踊った脚で千切れかけた人の手足を跨ぎ、血の海に滑りながらナチュラルターン、一瞬止まってアン、ドゥ、トロワ。リバースターン、小休止、小休止。半歩進んで足が留まる、小休止。小休止。小休止。休みたい。休んでいたい。一生休んでいたい、ほんとうは一生休んでいたいもうこんなところにいたくない、なにも感じずにいたいなにも感じていたくないすべて終わらせたい。でもなにも感じなくなるそれまで走らねばならない、すべて終わるまで進まなければならない僕はこの舞台を降りることはできない、僕はこの病院船を降りることなどできないここで止まったらしゃがみ込んだら諦めたら一生立てなくなる進めなくなる、また再びなるであろうなるに決まっているであろう麗しい貨客船に僕は戻れなくなる。そう己を奮い立たせて一歩おおきく脚を滑らせ、白い太陽の陽が射しこむプロムナード・デッキを狂ったように駆け回る。
#氷川丸
その戦場、血の湧く英雄などおらず軽侮の眼差し海上護衛
沈めたり沈められたり一枚の下へと続く海上護衛
石油があること運ぶこととは別問題!そう叫んでは海上護衛
「シーレーン」馴染みなかった今もないとりあえず守る海上護衛
艦の熱狂浴びて船らも戦える気がした、主戦場は海上護衛
蒼波に龍の鱗の様に落つ吸音タイルは国防の楯
海星らの求愛言葉を受け入れてキスをされれば僕らは共犯
陸上で片手を使い飯を食う非難するのは海上の民
ソナー越し聴こえるか聴くわだつみの声は聴こえず在るは沈黙
人魚姫、己をそう呼ぶ時もあり無害を装い隠すは魚雷
絢爛の紙テエプの舞う祝福に果てなき旅路を願うは虚し
船舶は国土の延長 亡国の道征く祖国のさだめも背負い
国辱ぞ客船とはいえ担うは責務、去り往く独逸の御客は何処
輸送船残るは我のみ 縋るのは栄光の記憶 藁掴む想いで
鈍色の海で想うはあの時の絢爛たる色舞う紙テエプの
「花のよう」船体を見て人は言う、白塗り白粉の貨客船
紫陽花の色彩深め泥沼に 沼を掻き分け海上輸送
桜散るあの子が散ったわ彼もまた、桜喩えて菊を供う
火の海の色は薔薇色 薔薇園の花を煮詰めた痛みがそこに
金盞花金色散りて乱れゆく浮きて沈めば静寂ばかり
横須賀の艦艇見ゆる駅に立つ 隣通るは制服姿
制服の姿がなじみ軍港は 店にも貼らる「自衛隊割」
人びとは平和を祈るその昔 艦を仰ぎし護国の鬼と
艦艇は征くことが常ただしくば 時代は平和、静寂の海
除籍艦 垢の際立つ喫水に失くしたかと問う命の重み
軍港のクルーズ相手に両手振る これも一種の広報であり
カレー食う戦友は此方に目もくれずカレーはいつでも食えるだろうに
真剣な戦友が囁く「海自カレー制するものが海自を制す」
人気にて並んだ挙句に通される質素な裏部屋ハイカラ食堂
戦友の癖こそこそ集めは溜めていくカレー付属の自衛艦旗
カレーはね何度食べても美味しいねそういい帰艦す金曜の夕
艦船の量産たくさん子だくさんふねも人らも産めよ殖やせよ
「戦標船、美しくないわ彼女らは」優秀船らが矜持で詰り
艦の簡略化は護衛への道 海防艦は丙から丁へ
贅沢なデザインだと謂う曲線は美は財の無駄贅沢は敵
幸福は物があること、千の富幾万の富、帝国の道
軍縮に踊されては同胞を失くしヤケクソ芸者と踊る
世の中の全てを恨む時すらも静かな声で彼は語りき
同胞は平和のための殉教者自沈の誉れの荊冠被り
海泥む華盛頓にてせめぎ合う対七割を生命掛けて
未完成中止解体自沈のさだめ艦が失せれば平和は来ます!
軍艦よ一枚下へ続けども前のみ見据え果てまで征けよ
人殺し、艦を罵る船達も帝都と南洋結びをり
船舶は国土の延長 船もまた帝国主義の子運ぶは務め
「私達自由に海を泳いでた」自由は選ばれたものの特権
「南下するんだってさあ」魚はいるのかそんな処に
「そうだとも、我は海の子、いつだって海は優しい」空、寒々として
この国の海往き思う「俺はまだ日本で死ねるか、ここは祖国か」
敵機発見敵空母一隻見ユワレ敵ト交戦中の打電を最後に消息を絶つ
一万の血潮荒波呑まれたが今も捨石、無名の小船
「電探を集めて早し潜水艦」艦の軽口、船らの軽侮
頼りない艦の護衛を頼りにす 護衛は苦手、戦を望み
「護衛戦?護衛とは何、艦艇は戦う務めがある」といい
灰色の誇りはあるかお前には、思わず尋ぬが艦知らんぷり
稼働率、稼働率だよ輸送には 船団細切れ護衛少なし
石油があること運ぶこととは別問題!そう叫んでは海上護衛
「シーレーン」馴染みなかった今もないとりあえず守る海上護衛
この海を渡り往く時願うのは魚雷の不発、当たるは覚悟
私達心中しているみたいね、と船言う言葉告白みたい
私はさエスコートしてあげられない敵潜悪漢無力諸共
沈めたり沈められたり一枚の下へと続く海上護衛
「電探が少し悪いのかしらね」と船の微妙な気遣い辛い
「私達の海は交わらない。その方がいい、我らは違う」
なんとなくご飯食べたい生きている実感湧けばなんでもいいよ
守るのはいつでも苦手 敵潜は船を屑とすそれを見るだけ
穴二つ 艦を呪いし船たちも護衛に走った艦も諸共
その戦場、血の湧く英雄などおらず軽侮の眼差し海上護衛
沈没地、赤バツ付けて付けつづけ真っ赤な南洋ブーケンビリア
撃沈された愛娘らを呼ぶ声を聞く地獄の火の海に身を焼きながら
復員兵海に飛び降り大脱走ひとのなき病院船の顛狂室
航空機らを果てに送った航空母艦はひとり孤独と戦っている
我が記す戦闘詳報示すのは既に戻れぬ黄金時代
真珠湾開幕前のざわめきを調律音が低く掻切り
調律音如くが低く鳴り響くエンジンの音、九九艦爆
積年の恨みぞと言う彼ら振る帽が靡いて緞帳揺らし
「桜木の下には死体が埋まってる」下を無視する一枚上で
針の山殺意尖らせ発射するヘッジホッグで艦を殺戮
死海に浮かぶふねになりたいこんな容易く死にたくない
「今こそが船生一度の晴れ舞台」常そう思う、華やかな生
我が綴るは出日本記、賠償艦祖国と仰ぐかつての敵地
艦霊の艦内神社を仰ぎ見るその眼示すは神の不在
花如く散ると誓いて散る時跳ねる桜と呼ぶには赤すぎる色
特設艦、艦以上に艦たるべし艦も船も等しく翼賛すべし
鉄鯨を慕い愛して住処とす此処が死に場所鉄の棺桶
戦えない艦はただの鉄屑だと謂う貴方の首筋が好き
共に逝く勇気無ければ愛も無く独り死ねよと詰る眦
うつくしき理念で人を殺せども灰を湛える麗しき艦
船底の様に濁りし眼して麗しき船錆びる赤色
永遠の八月が来て私らは生きているぞと実感が湧き
艦長は勇壮な戦死を語れども巡検の後の暗澹たる甲板整列
そもそもが亡国である定めなり応召船団我が海失くし
船舶は国土の延長 兵役を船も負わねば非国民なり
戦場で遥か向こうの空見れば夜明けの黎明旭日の色
船舶は国土の延長 亡国の定め諸共船を蝕み
最果ての海を睨んで見送るは航空母艦の愛しき荒鷲
地獄沙汰殴り殴られ制裁を受けて波間の航空母艦
空仰ぎ「敵機直上急降下」叫んで待つは数秒後の死
麗しき船ね私は麗しき船惨憺苦海の輸送任務
護送船団の引くウェーキすら憎らしく命託して肩を寄り添う
それぞれの地獄がありて我ら皆等しく逝けば狂風の中
「それじゃあ征くよ」と貴方笑えば寂しき艦上全通甲板
戦争に国家も人もふねたちも一元化すれば愛しきボレロ
夢のなかで私は貨客船でした五色のテープが彩る我が身
芸術を愛することは戦争に似てると思う特設巡洋艦
人姿得た身が鈍く沈みゆく「鐵の城」名だけが強く
讃美歌を歌いながらも生きること強く願うは軍艦たる故
人の死をレンズ通して見送れば、灼熱の海(わたし、の、雷撃)
「嗚呼あのひとも一人の人間だった」人間、と艦を呼ぶことおかしく思い
軍艦が一隻沈んでいったので人間みたいに花で弔う
碧々と夜空明ければ黎明の光まばゆい両目に染みる
戦場で硝煙吸えば思い出す金鵄の味を、火気は厳禁
艦隊の征く果て淡き蜃気楼冬に始まり夏に終わるか
果てのなき太平洋の向こうにはふねたちだけの楽園あるらし
幸福を語り続ける不幸艦「もしも私が人間だとして、」
敗北も勝利も何も俺たちを変えることなどできるはずなく
名前なし番号あればそれでよし海防艦も戦標船も
「そちらでも元気でやれよ」と言われれば帰る場所など既にもう無く
「期待しているわ、あなたは〝軍艦である〟ということ。そのことだけを」
思い出はうつくしくあれ愛情も侮蔑も何もそこにあるなら
戦場で共に戦い諸共に沈むと誓えばまるで睦言
いにしへの海底電線繋ぐのは軍艦達が殺した小声
美しき現代日本様式の美しき様母の薔薇園
夜駆ける海軍さんのサーカスが狙うは対岸米合衆国
浅海のように涼しい眼して東から日は昇ると信じ
大方の艦は道具を自負しをり惜しいと思う我が心あり
船は海を往くことが幸せ、私たちそう考えても海なお深く
愚かなることと知れども我往けり我は染まれり海なお深く
「ヒ船団」名乗り想うは美しきシアトル航路、海なお深く
船底の様に濁りし眼して「綺麗な海ね」(海、なお深く)
波強く、押して引けば底なしの、海底深く、海なお深く
うつくしき吾が妹の吐く言葉呪詛となりては我が心刺し
誉ある大和の名を唯頂きて我は祖国と共に沈めり
轟々と鳴り響く音荒鷲が狂飆を征けば勝利が其処に
孤独こそ僕が求めていたもので僕に貴方は必要がない
「いつか貨客船に戻るのよ」と嘯く彼女は敗戦に泣く
されど愛されど憎しみ深くしてあのふね想う艦の情動
船舶は国土の延長 政治にも軍事にもまた無縁に居れぬ
野蛮なる祝祭として華開く艦と船とのオーケストラが
波間にて揺蕩う身をよく潔く受け入れ艀はただ静止する
「またいつか貨客船に戻るんだ」ビンタを喰わらせ呟けば虚仮
それぞれの過去を捨てれば我ら皆等しく戦に使わる道具
人間が生きると書いて「人生」と呼ぶと弁えふねの我をゆく
同じ名を持ちて我よりうつくしき戦歴を持つ初代の栄光
人間の行けない場所に行くがゆえに幻想を抱かれる鉄の鯨
特設の巡洋艦の哀愁と嫉妬の発露、通商破壊
我も過去、船だったこと忘れまじ(船のままねあなたの最期は)
「またいつか貨客船に戻るんだ」呟き制裁、僚艦に加う
愛情も恋情もまたすべからく知ることもなく海を分け征く
先代を語るときに孕ませる敬意と忸怩を矜持で隠す
我よりも悲しみ深き僚艦を測距し損ね無言に終わる
特設巡洋艦獲物を目指し邁進するたび船生を離る
波上の水兵リーベ僕の船兵士は愛しき船上に乗る
くれなゐにくれなゐかさね氷川丸純白の肌染まりゆく我
我を見よこの砲携え進み征く勇ましき様鐵の城
地図上の仮想敵国ピンで留め遥か微かに轟くスーザ
覗き込む静かな海に滲み出る黄金時代のナルシシズムが
「秘すれば花よ貨客船は」船底の濁る空気も身分差別も
そもそもが植民地たり我が船は伏目で頷き航跡を往く
往くことを征くと言えるが花のうち重油の無き浜白く眩く
愛することは支配すること使役するふねを思へば愛おしき吾子
愛國の文字鮮やかに映える船特設巡洋艦蛮勇な姿
浮き沈みしつつ無様に足掻きたりカルネアデスの船板の船
船舶は国土の延長 美しく装えばまたお国の誉れ
一引きの航跡のために我はあり戦火も息も波を揺らして
二引描く旗を見よ我婀娜らしき笑みを浮かべて名を名乗るとき
三度引く汽笛を鳴らして後進は今の時世にできるはずなく
四は忌言葉、私たち縁起を担ぎ感情の儘に流され民族の船
五度は引く亡き僚船の声々を無視して尚も船団は往く
人間のように笑いて人ならぬことを自分で憐れむときに
強くあることは犯されぬこと我が「領土」固持し犯すは彼らの領域
感傷も情熱もなく潔く艀のように静止する我
得ることのなき栄光を胸に秘めただ粛々と波を切るとき
選ばれし者と思う屠られるよりも屠るを幸福として
愚直であることは素晴らしきこと逡巡も悔いも全てを亡きものとして
うつくしき我を見よ我この姿誇りに思い艦の世をゆく
一輪の花を野端に見つけゆく海でも同じ世は変わりなく
忘れたい忘れたくない逡巡が飽和に至る淡き現在
「聖書には書かれていたわ『信ずことやめたものから沈んでいく』と」
船舶は国土の延長 うつくしき貨物を運べば共犯者なり
シアトルへ航路を往けば美しき異国のゆりかご海色浅く
戦標船「平時を夢見る、うつくしい物を運ぶの」戦禍ではなく
「嫁ぐとは凱旋なき出征」海軍に行けと言われりゃ三歩引き
軍艦のさだめを逃れるために乗る逃避の船の果てなき旅路
「ふねを我が墓場とするは死ぬ者の特権だろう、」(まるで、心中)
戦争は世の常人の常なりとふねらも同じ人間の愛し子
我もまた沈みゆくのだ、群青を身に浴びながら滅び逝くのだ、
くれないの花を咲かせてふねたちは神話になりて人に語られ
黒白の姿はかつて紅の線に染まりしうつくしき生
人間の遺影のように飾られしあまたの船らのかつての航跡
「ああ……そして、みんな沈んでいったのよ。みんな……綺麗な海になったの、」
人間の苦悩の何も関せずの遺影の船は思い出となり
氷川丸語りて曰く「死にきれず、私はここに飾り損なれ…」
水底のふねはひとしく魚たちの命を抱えて無言の栄光
犯罪者、放火犯と呼ばれぬが戦時の良い事、火が舞う港
戦艦は理念を語れども重油なき身の係留の海
その色は我らが属する海の色pearlgrayもashgrayも
船舶は国土の延長 国土とも全て燃えれば生く意味ありや
人間を使役者として愛したり、敵国人と憎んでみたり
船舶は国土の延長 帝国の国土の延長でもある我ら
「秘すれば花よ貨客船は」おしろいの下の錆びれた板は歪んで
船舶は国土の延長 舶来の品はあまたの労働者の血
鐵の城は武力そのものよ うつくしくあれ残忍であれ
今一度この時こそがうつくしき生と思えど切る波高く
三十年目の進水日よ波の冷たさに余命を感じ
同名の代艦想えば愛おしくまた妬ましく我不在の海に
船舶は国土の延長 赤紙が人間に届けば船にも届き
我々に「君死にたまふこと勿れ」そう言う人間がいるはずもなく
親は刃を握らせて「全速前進、向かうは敵の艦隊あまた」
美しく人を殺して死ねよとて沈むことこそ使命なれとて
ばんざいばんざいたからかなこえにまぎれるわれの情動
菊が咲く艦首を南に向け征けばサンフランシスコ航路は遠く
我の名は特設巡洋艦「愛国丸」屠られるより屠るを幸福として
滲み出る悪意を笑みで押し殺し唇を噛めば鉄の味
己が為帽深々と被りをり長い髪は地位ある証
轟沈す軍艦に寄すいけにえの如く乗員生存者なし
美しき名をはにかみ見せる乙女らのごとく船らはたおやかにある
「地獄では波も枯れ果て航海も往く海々もなくなるらしい」
往きて海、海と海、海、海の果て 黒々とした鉄の城あり
船舶は国土の延長 人間の上下を決めるが生業なりき
弧をえがく艦首はゆるく波を割る波濤を立てるは忍者にあらず
紅白が交互にまじわり彩るはうつくしき生、秋空高く
できるなら潜水艦を風船で祝う係の人になりたい
白、黄色、朱色、藤色、桃色の風船が飛ぶ(祝われている)
極彩の今このときが艦生でもっとも華麗な装いなりし
これからは満艦飾もうつくしき装いもなしよ黒色の艦
艦生でなによりもただうつくしき日である(ぼくらにとってはとりわけ)
「秘すれば花よ貨客船は」時には軍需品すら抱えて
矜持のために矜持を捨てること 軍縮の艦自沈する艦
船舶は国土の延長 船隊は御国のために灰を彩り
吾が父はそれは素敵なひとでしたこの身を華美に装ってくれた
前夜にて聞かせることは船のこと船であること使役さること
我の名は鯨あるいは深海の使者また黒い忍者「おやしお」
父達の薔薇園にある大日本様式の椅子(我の座す椅子)
天鵞絨の緞帳は青、それだけが愉快であった、平穏な日々は
橙の灯は淡き絶望の色、我が老いた証その色
うつくしく生きうつくしく死ねよとて先代我に名を引渡し
船舶は国土の延長 舶来の品はあまたの奴隷たちの血
我はここ貴方はそこにあればいい主義はいよいよ硝煙を帯び
心中と呼べば甘き結末だ言えば陳腐になると黙して
回想の過去だけがただ鮮やかで目を開け見据える戦時の塗装
砕氷艦 孤独に生きよ凍る地が解けることなど知らないままに
悲しさは、未練は、愛は船などに必要ですか。どうか教えて。
戦争のまにまに浮かぶ。平穏は戦争後に来る、絶対に来る。
花びらを見あげたことを憶えてます、散ることを無視しながら、わたしは。
美しいテープでしたねえ、今生の一番の幸せだったときです。
さようなら、素敵な船生でしたよ、と、いって娘は工廠に往く
砲弾は雨と霰と降り燃やし戦争は一つの結末である
羊羹は甘美なる味 給糧は戦争のための戦争である
乱れるる碧き波間をとくと見よお前を生かし殺しをもする
荒ぶれる波に揺られて縺れれば優雅な輪舞と笑う君あり
その波濤押しては引いて底なしの我が力であり障壁でもあり
一浪を乗り越え征けば二浪の吾が艦生なり我が定めなり
除籍艦 垢の際立つ喫水に失くしたかと問う命の重み
棺桶のやうに深くに沈むもの艦は死なねば朽ちるといふもの
赤々と波は寄せ引きひとりでは寂しい波間を航跡はかく
羅針儀は北へ 私は進みゆくこの戦場を征き進みゆく
極北は此処、この場こそ果て なおも征く場所あると信ず軍艦
イニシャルはN 父の名を戴きて新田丸往く浅き蒼蹴り
動物と我らの数だけ沈みゆく(命は重い)ノアの箱舟
暴風は神の御示し道先は長く遠く寒く瞬く
女性性語るとき見る護衛戦敵潜なんぞ挟まる余地なく
優秀船にも戦標船にもうつくしい名を与えたい子に与えたい
等しく丸シップ、名を与えられ私たち違うのはそう耐久性だけ
社史語る並びは喪失した順番そこに大小優劣はなし
不自由の権化のごとく人間の身は重く沈みて海に浮かばず
私はあらゆる意味でやはり軍艦でした。遺書に書いた。わからなくていい
マリアナの海戦だって上出来の戦歴である改造艦よ
命名は祝福我が名は私だけのものだった今あなたに託すわ
薄幸の娘に施す餞の化粧は死に化粧にも似て
未完成船というかく甘美なる響きわたしは生きるのが好き
生きるとは波に浮くことただ海を往くということ燦爛たる青
水兵のリーベぼくらの愛おしき船きみはただ静寂たたえて
一人では軽くて二人なら沈む死ぬなら波間に飲まれていきたい
雷撃の絶頂、わたしは加えられるより加えたい奪ってやりたい
離別、そう、シルクの手袋着けていた そんな海もあったのだった
名前、そう貴船はこれから船である ただの鉄ではなくよすがを持つ
生くべきは海でありつつ死地である吾を柔く抱く血肉の器
展翅に孕む残虐な愛情と美学 愛機は死地がお似合い
離別たれかつ強くあれ特設の艦艇もどきを穿つ思い出
白皙の船は孤独を抱えつつ血糊と垢は濡れればおなじ
はらわたは鐵の味腹黒はどう海浮きても悔恨の今
目障りな顔は南瓜と思いつつ古さと場数は海ではおなじ
二引く線それを戴くことはなし(今は今なり)もしもは苦し
風船も船のうちならたとえ鉄成れど吾は船、永遠の船
海だった(船台離れ浮かびゆく我を愛しく抱いたものは)
戦闘詳報汚泥の流れ赤血潮寄せては引く波濡れる我が身は
被る赤 あるいはワインあるいは血、生まれることは罪を負うこと
群青も深まれば黒(夜に往く海に無数の敵潜がいる)
先代の艦のお触れを頂いて海には美しく浮くこと誓う
(まぼろしの就航航路はすさまじき死臭を帯びる)米潜がゆく
「秘すれば花よ貨客船は」白粉で人間を騙すが生業なりき
「秘すれば花よ貨客船は」「運ぶこと、交流こそが平和への道」
喫水線、変更の命(運ぶのは女のふりした兵どもよ)
「京都」というスイートルームがあったっけ……褥のシルクの色すら忘れ
地獄にてまた会うさだめ 艦長のお示しを信じ海を掻きゆく
幻影の潜望鏡を見つけたり、見つけ損ねて失望したり
「秘すれば花よ貨客船は」石炭と女ら抱えて唐へ往き往く
絵葉書を火に焼べてみる。思い出は身を焦がしては身を苦しめて