「血族の災厄」ノート

初めに/悔恨

いずれにしても、もう少し13世紀のモンゴル帝国史に詳しくないと何も手を出せない。本を5冊読んでからもう一度書き直すこと。手癖でいつも通りに近代日本からだけの接近法を試みないこと。

2026/9/1まで

  • エピグラフ
    • それではもし歴史の重みが現在と未来にこれほど重くのしかかることがあるとすれば、歴史家の仕事の一部がその重みを解除しようとすることにあることはたしかである。すなわち、たいていの抑圧の形態は構築されたものであるから脱構築されることが可能であるということを示すこと、現在あるものが必ずしも過去にあったとは限らず、したがって未来にあるとも限らないということを示すこと、である。この意味で歴史家は社会批判者でなければならない。/ジョン・L・ギャディス『歴史の風景』
  • Er ist wieder da. 彼に”も”自由や「合意」は無くて、加害者男なんじゃなくて、集団の論理の受難者なんだよな、という話です。皇帝は親ガチャ成功なのか?
  • 時系列は6巻時設定です。
  • 差し込みたいけど差し込めなかった一文
    • オゴタイ、あんたが死んだ七百年後にさあ、俺の国がアメリカとかいう、お前が見たことも聞いたこともない国に宣戦布告するんだよ。知らないだろ。アメリカのこと。なんでなんだよ。俺は無性に悔しいよ。なんだよ。お前もさあアメリカくらいさあ征服しとけよ。ハリボテじゃない本物の大東亜共栄圏を見せてみろってんだよ。お前んとこもれっきとした帝国だろ。五族協和の主役はお前たちになるんだよ。そしたら俺の国もアメリカを奇襲しなかったかもしれないし、俺の大伯父は満蒙とかいう草っぱらをほじくり返す必要もなかったんだ。そんで俺は大伯父なんていうほとんど伝説の域にある男に、自分を共振させることもなかったんだよ。
  • 「血族の災厄」とかいうようわからん二次小説で沖縄戦の話をしはめたのは、血族が血族を殺めるという一族間のいわば、ただの「個人的」な、「末端での出来事」に見える行為が、強固な国家制度や国家構造の前景で成されたものだから、という話なんだけど
    • 皇帝一族の世代間伝達の話がしたかった 以上です
  • トルイの死をめぐるオゴタイとボラクチンの関係は「よきに計らえ」であり、思いやりであり思し召しであり忖度であり、決して命令などしていない/されていない、互いになんとなく許し/許されて、責任の所在と処罰の必然がブラックホールへと飲まれていく…
    • 責任の所在と処罰の必然がブラックホールへと飲まれていくさまは、特定の人間が言う、負の意味での、ある意味での「天皇制」(責任は誰にもないという思想の指摘)っぽいな…とも思う